あなたの「愛してる」なんてもういらない のすべてのチャプター: チャプター 441 - チャプター 450

461 チャプター

441話

◇ 御影ホールディングス、専務取締役室。 御影 直寛はそこで電話をしていた。 「──ああ。先程振り込んだ。今後も頼むぞ」 上機嫌だった表情と声音は、だが向こう側にいる相手が発した言葉に一瞬で強ばる。 「なに?……辞めた?今、辞めたと言っているのか?」 へらへらと軽薄な態度で話す相手に、御影は声を荒らげる。 「勝手に辞めるなど、ふざけるな!今までの報酬は今後も俺に情報を持ってくる事を条件に提示した金額だ!勝手に反故にするならば、今まで払った金額をそっくりそのまま返却しろ!」 電話向こうにいる相手が何やら騒いでいるが、それをものともせずに一方的に電話を切る。 そして苛立ったままスマホを床に投げ付ける。 「──くそっ、余計な真似を……!これだから庶民は嫌なんだ。身の丈に合わない金を手に入れると態度が大きくなる」 苛立ち、ネクタイを緩める。 「あの男、どうしてやろうか──」 御影が呟いた瞬間、専務室に慌ただしく近付く気配がした。 御影が不思議に思い、扉に顔を向けたのと、扉が開くのは同時だった。 ◇ 「お、お待ちください……!約束がなければ、専務のお部屋にお通しできません……!」 私と苓さんは今、御影ホールディングスにやって来ていた。 もちろん、私たちは御影専務に約束など取っていない。 だけど、私と苓さんの身分を知っている受付の人からしたら私たちを強く止める事は出来ない。 申し訳ないとは思うけど、このまま御影専務の部屋まで向かわせてもらう。 「お、お待ちください……っ」 悲痛な面持ちで私たちを止めようとする受付を押しのけ、苓さんが専務取締役室の扉を開けた。 「──失礼します、御影専務」 「……お前、小鳥遊?それに……」 御影さんは突然扉が開いた事に驚いた様子だった。 苓さんの影に私が居る事に気がついた御影さんは、面白そうに眉を上げる。 「茉莉花か。良い、2人を通せ」 「か、かしこまりました……。失礼します」 受付の人間は御影専務にそう言われると、頭を下げて退がる。 扉が閉まる音がして、部屋には今私たち3人しかいない。 室内には、妙な緊張感が漂っている。 ぴりぴりとした緊迫感。 だけど、その中でも御影専務は何故かとても余裕そうに笑った。 「随分不躾だな。約束もなく突然やって来るなんて」 「あら……御影専務
last update最終更新日 : 2026-06-19
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442話

佐藤社員。 私がその名前を口にした時、御影専務は一瞬「誰だ?」と言うような表情を浮かべた。 だが、それも一瞬。 すぐに合点がいった、と言うように「ああ」と頷く。 「確か、そんな苗字だった気がするな」 「……その社員の事を知っている、と言うのですね」 「ああ、知っている。先程もちょうど電話をしたばかりだ」 御影専務は、余裕そうに笑っている。 どうしてこんなに余裕そうなの──。 御影専務の考えている事が、全く分からない。 私が眉を顰めていると、苓さんが話し出す。 「彼を知っている、と?電話をしていた、と話しましたね。……と言う事は、御影専務は彼との関係性を認めた、と捉えてもいいんですか?」 「関係性?ただ、電話をしただけだ。それがどうした?」 「……取引をしていたのでは?ここまで言わないといけませんか?ご自身が1番分かっているでしょう。何故、俺と茉莉花がここに来たのか、俺たちが御影専務に何を聞きに来たのか、分かっているはずです」 苓さんが私の事を「茉莉花」と呼んだ瞬間、御影専務の眉は不愉快そうに跳ねた。 だが、笑みは口元に浮かんだまま。 御影専務は私たちから視線を外し、窓の方へ顔を向けると話し出す。 「──茉莉花と会ったのは、藤堂グループの新事業、和風庭園カフェのオープン記念のパーティー以来か」 どうして突然、その話を。 御影専務の意図が読めず、私も苓さんも顔を顰める。 だけど、私達の疑問などそのままに、御影専務は言葉を続けた。 「俺があれだけ言っても茉莉花、お前は首を縦に振らなかったな?」 「──ええ。私が好きなのは苓さんだけですから。御影専務の気持ちなんて、いりません」 はっきりと答える私に、御影専務は唇を歪めた。 忌々しい、とでも言うように表情を歪める彼に、薄ら寒さを覚える。 それは苓さんも同じようだったみたいで、私を庇うようにそっと引き寄せた。 そんな私と苓さんを、つまらないものでも見るように御影専務は冷たい目を向けてくる。 「……それなら、俺のものにならないのなら。……俺以外の物に茉莉花がなるというなら。お前が死んでくれればいいと思ったよ」 あっさり、と。 まるで明日の天気の話をするように、世間話をするように、とんでもない事を口にした御影専務。 私は驚きに目を見開いた。 「──は?」 信じられ
last update最終更新日 : 2026-06-22
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443話

「御影専務……っ、あなた、自分がどんな事をしでかしたのか、分かっているんですか……!?」 苓さんがまた、大怪我を負ったのはやっぱり私のせいだったのだ。 佐藤社員をお金で買収して、彼に私のスケジュールを盗ませていたのだろう。 そして、盗んだ私のスケジュールをどう言うルートかは分からないけど、涼子に売ったのだ。 涼子に私の情報を渡せばどうなるか、それを分かった上で、御影専務は売った。 つまり、私が涼子に殺されようが、死のうが、どうでも良い。むしろ、そうなる事を願っていたのだろう。 御影専務は、悪びれなく肩を竦めると軽い口調で答えた。 「さっきからそう言っているだろう?……話は以上か?それなら、さっさと出て行ってくれ。仕事で忙しい」 「分かりました、と出て行く訳がないでしょう?あなたは茉莉花の命を狙っている速水 涼子と手を組んで、茉莉花に危害を加えようとしたんですよ」 苓さんの言葉に、御影専務は笑って答える。 「どこにそんな証拠がある?お前達の証言だけで、俺を逮捕出来ると思っているのか?俺は御影ホールディングスの専務取締役だ。それに、御影家の唯一の跡継ぎである俺は、抜け道だって多い」 だから、何の罪にも問われない。 自信たっぷり、といった様子の御影専務に、苓さんはスーツのポケットに手を入れた。 そして、スマホを取り出すと分かりやすいように御影専務に画面を見せた。 「……聞いていたのが、俺たちだけで、訴えるのも俺たちだけだったら、御影専務のように確かに握りつぶされていたかもしれないですね」 苓さんの手の中にあるスマホの画面には「通話中」と文字が表示されている。 御影専務も、それにはすぐに気がついた。 訝しげに眉が寄せられる。 「──通話中……、いったいどこと……」 御影専務はぽつり、と言葉を漏らす。 だけど次の瞬間にははっとして、目を見開いた。 「お前、まさか──!」 苓さんが聞かせた相手に思い至ったのだろう。 御影専務が声を発し後、スマホから落ち着いた低い声が、スピーカー越しに静かな室内に落ちた。 〈……警視庁刑事一課の谷島です。今のお話、全て聞かせて頂いておりました。……我々が向かいますので、詳しくお話を聞かせてください。ほんの5分程で到着しますので〉 谷島さんはそれだけを発すると、ぷつりと電話を切ってしまう。 室
last update最終更新日 : 2026-06-22
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444話

そこをどけ!と叫びながら御影専務が歩いて来る。 苓さんは素早く私を庇うように前に出た。 苓さんさえどうにか出来れば、この場から逃げ出せると思ったのだろう。 御影専務は拳を握り、振りかぶった。 「──苓さんっ!」 私が声を上げると、苓さんは余裕たっぷりの笑顔で「大丈夫です」と答えた。 そのまま御影専務に向き直り、真正面から殴りかかってくる御影専務の拳を落ち着いて手のひらで受け止めた。 そして苓さんは御影専務が殴りかかってきた勢いを利用するように後ろに流し、前のめりになった御影専務の足元を払った。 「──っ!」 御影専務はそのままバランスを崩し、驚いた様子で前のめりに倒れ込む。 苓さんはすかさず御影専務の腕を後ろに回し、拘束するとそのまま御影専務を床に叩き付ける。 「ぐ……っぅ……っ!?」 「──暴れないでください、御影専務」 「お前……っ、手を離せ……っ!」 「手を離したらあなたは逃げ出すでしょう?それに、今御影専務を逃がしてしまったらこれからも茉莉花を狙う。……彼女を危険な目に遭わせたくない」 「──はっ!茉莉花がどうなろうが、俺には関係ない……!」 「どうしてそんな酷い事を……!」 「俺の物にならない女など、この世に存在してはならないからだ……!」 御影専務の発した言葉に、私も苓さんも驚く。 私と苓さんが一瞬言葉を失うと、御影専務は更に続けた。 「俺の物になれば……っ、そうしていればこんな事はしなかった!茉莉花、これはお前が俺を拒んだせいだ!俺を拒み、受け入れなかったからこその結果だ!」 「……なんて傲慢な人なんだ」 苓さんは嫌悪感を顕にして呟く。 「……そういう風にしか、生きてこられなかったのでしょう。いつも、彼は周囲から持て囃されて……否定された事の無い人生だったから。……自分が選ばれなかった、と言う事実を受け入れられなかったのかもしれません」 「茉莉花……」 私の言葉に、苓さんは眉を寄せる。 そして「これ以上近寄らないで」と私に告げると、御影専務の拘束をぐっと強めた。 「……なら、やっぱりあなたには暫くの間、然るべき場所で反省してもらわないといけませんね。これ以上茉莉花に執着されるのはかなわない」 「執着、だと!?俺が、この女に!?ふざけるな……っ!」 御影専務の怒声が室内に響く。 じたばた、と
last update最終更新日 : 2026-06-24
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445話

◇ 「指名手配犯の逃亡幇助に、殺人未遂幇助、通報義務があるにも関わらず、指名手配犯の隠匿を起こした……それらが該当するかな」 御影ホールディングスの専務取締役室にやって来た谷島刑事は、数人の刑事を連れて来ていた。 室内に踏み込んだ谷島刑事は、床に倒れている御影専務と、彼の背中に片膝を乗せ、行動を制限して拘束している苓さんの姿を見た時に一瞬驚いたような顔をした。 だけどすぐに思考を切り替えると、部下の刑事に指示をして拘束していた苓さんを下がらせた。 先程まで酷く騒いでいた御影専務は、もうこの部屋にはいない。 彼は暴行未遂の現行犯、と言う形でその場で逮捕された。 今後、速水 涼子への協力について調査が進められるだろう。 「速水 涼子の居場所を絶対に突き止める。彼が知っている情報もあるだろう」 「ああ、そうしてくれ。彼は茉莉花に対して恨みのような物を募らせている。彼を自由にしていたら、茉莉花が今後も危険な目に遭う可能性が高い。必ず罪を追求して、彼を逮捕してくれ」 「ああ、必ずそうする」 こくり、と強く頷いてくれた谷島刑事。 谷島刑事の言葉に苓さんもほっとしたのか、ようやく表情を和らげた。 「じゃあ、俺は署に戻る。速水の潜伏先など、情報を得られたら連携する」 「よろしく頼む」 「……小鳥遊、藤堂さんをなるべく1人で行動させないように気をつけてくれ。……第二、第三の佐藤社員がまだ居るかもしれないから」 「……分かった。用心する。それに、茉莉花を1人にはさせない」 じゃあ、またな。 そう言って去って行く谷島刑事を、私と苓さんは見送った。 パタン、と扉が閉まり、部屋には私と苓さんだけが残る。 「苓さん、どこにも怪我は無いですか?」 「──俺ですか?」 きょとん、と目を瞬かせる苓さんに私は歩み寄る。 さっき御影専務に殴りかかられていたのだ。 手首を強く打っていないか、捻ってはいないか、と心配になってしまう。 私は苓さんの手を取って怪我はないかを確認する。 「御影専務を床に倒した時も、大丈夫でしたか?変なふうに手や足を捻っていませんか?」 「ええ、大丈夫ですよ」 苓さんはふふ、と嬉しそうに笑うとそのまま私を引き寄せて抱きしめた。 「──わっ、ちょっと、苓さん……っ」 「ほら、こうやって茉莉花をぎゅっと抱きしめる事も出来ま
last update最終更新日 : 2026-06-24
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446話

◇ 仕事を終え、家に帰って来た私たち。 「そう言えばお父様は出張中でしたね」 「ええ、苓さん。お母様は──」 いつもなら出迎えてくれるお母様の姿が無い。 あれ?と思ってお手伝いさんを呼んで聞くと、どうやらお母様は体調を崩してしまったようだった。 「茉莉花、お母様のお見舞いに行きましょう」 苓さんの言葉に私は頷き、私たちは急いでお母様の所へ向かった。 お母様が利用しているのはお父様と同じ部屋だ。 お母様はお父様が出張で不在の中、体調不良で心細かったのだろう。 お父様と一緒に使っているベッドに横になり、昔お父様からプレゼントされたぬいぐるみを抱きしめている。 熱に魘されているお母様の傍にやって来た私と苓さん。 私はお母様の手にそっと触れた。 「──茉莉花?」 「お母様、ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」 私が触れた事で、お母様の睫毛が震えて瞼が開いた。 高熱があるのだろう。 お母様の目はぼんやりとしていて、焦点が定まっていない。 うろ、と瞳が虚空を彷徨うように揺れて。 そして私の顔に視線が定まる。 私の顔を見たお母様はほっと安心したように表情を緩めた。 次に、私の隣にいる苓さんを見て安堵が深くなる。 「退院したばかりで体調が定まっていないですから、あまり無理はしないでくださいね」 「──ふふっ、ありがとうね苓くん。……あの人に心配をかけないように早く熱を下げないと……」 「気負っても駄目ですよ、お母様。無理せず、たっぷり睡眠を取って……しっかり休んでください」 「ありがとう、茉莉花。私は大丈夫だから……2人とも帰ってきたばかりでしょう?ご飯を食べて、早く休みなさい……」 お母様は自分の体調が辛いのに、それでも私と苓さんを気にしてくれる。 あまり長居しては、お母様もゆっくり休めないだろう。 私は熱で熱くなっているお母様の手を離し、座っていた椅子から立ち上がった。 「分かりました……。気分が悪くなったりしたら遠慮なく呼んでくださいね」 「ふふふ……大丈夫よ。おやすみ、茉莉花。苓くん」 「お休みなさい、お母様」 私と苓さんは、お母様の部屋を出る。 お母様の部屋から離れ、廊下を歩いていると隣に居た苓さんがぽつりと零した。 「茉莉花のお母様は、退院してまだ間も無いですから、まだ体力が十分に戻っていないんで
last update最終更新日 : 2026-06-26
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447話

翌日。 私と苓さんは早起きをして、スーパーに買い物へ向かった。 休日は、お手伝いさんの人数も少なくなる。 出来る事は、なるべく自分達で。 藤堂家は昔からそのスタンスでやって来た。 どうしても出来ない時は、お手伝いさんにお願いしていたけど、人に頼り切りになるのは良くない。 だから、私と苓さんは朝早くに起きて出かける準備をしていた。 「──谷島からの連絡は、……無いですね」 「急に呼び出しが入ったりする事もあるでしょうか?」 私の問いに、服を着替えていた苓さんは「どうですかね」と答えた。 「きっと今、谷島達警察は速水 涼子を追うのに忙しい気がします。それと、昨日御影専務も連れて行ったので、そっちの裏付けにも忙しいはず……。俺たちに連絡が来るのは確認が取れてからなような気がします」 「カフェで女性店員に苓さんが怪我をさせられてしまった件も、まだ呼ばれていないですもんね」 そうか、あっちの事件もありましたね、と苓さんが呟く。 背中の痛みがまだ取れていないはずなのに、その原因を忘れてしまうなんて、と私が少し呆れた顔をしていると苓さんが苦笑いを浮かべた。 「そんな顔をしないで、茉莉花」 「だって……苓さんにこんな大怪我をさせたのに……。まだ痛いでしょう?昨日、御影専務を捕まえる時だって、痛みがあったんじゃないですか?」 私はそう言うと、自分の着替えが終わったので苓さんに近づく。 苓さんの着替えは殆ど終わっているけど、着替えたばかりだから少し襟元が乱れていた。 それに気がついた私は、そっと苓さんの首元に手を伸ばす。 私がしようとしている事を察した苓さんは、軽く屈んでくれた。 「多少痛みはあるけど、日に日に良くなっているから茉莉花は気にしないでください」 「だけど、苓さんは無茶をするから……」 「それは……否定できないですね。茉莉花が危ない目に遭っていたら、無茶をするのは当然です」 「──もう!私が危険だからって、闇雲に動かないでください!」 私がそうやって怒れば、苓さんは笑って「それは無理だ」と零す。 そして、襟元を直した私が苓さんから離れようとしたけど──。 苓さんの腕が私の腰に回り、ぐっと強く引き寄せられた。 「──えっ!?……んっ」 ぎゅうぎゅう、と強く抱きしめられ苓さんに唇を塞がれる。 まるで噛み付くような激し
last update最終更新日 : 2026-06-26
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448話

「ほ、ほら……!早く買い物に行きましょう、苓さん!」 私の言葉に、苓さんはくすくすと笑いながら「分かりました」と告げた。 私と苓さんは車に乗って大型スーパーに向かった。 このスーパーは品揃えがとても良く、私が昔一人暮らしをしていた時に良く利用していた場所だ。 お野菜も新鮮で、お値段もお手頃。 種類も豊富で見ているだけでどんな料理を作ろうか、と楽しみになる。 「あ、このお肉とても新鮮だわ。お母様に早く元気になってもらいたいし、沢山良質のタンパク質を摂ってもらわないと……」 私がぶつぶつと顎に手を添えて呟いていると、カゴを持ってくれている苓さんが後ろからひょい、と私の手元を覗き込んだ。 「買いますか?それならカゴに入れてください」 「──あっ、ごめんなさい苓さん……!」 1人で買い物に来ていた時のような、悪い癖が出てしまった。 今日は苓さんと一緒だから、1つ1つの買い物にゆっくり悩んでいる時間は無いし、早く帰って料理を作らなきゃ。 私が苓さんに向かって謝ると、苓さんはキョトンとする。 「ゆっくりで大丈夫ですよ、茉莉花。多分お母様もまだ寝ていますし……それに、料理は俺と一緒にすれば、掛かる時間は半分に短縮されるでしょう?お母様の体に良い、良質な食材をしっかり選びましょう?」 優しく微笑みながらそう言ってくれる苓さんに、私は驚く。 「──無駄な時間だと、思わないんですか?」 「え?」 「──いえっ、その、何でもないです」 「……過去に、無駄な時間だって言われた事があるんですか?」 私がついつい零してしまった言葉に、苓さんが反応する。 私が隠しても、きっと苓さんにはバレてしまっているだろう。 どこか拗ねているような、不機嫌な苓さんをちらりと見た私は、カゴを持っていない方の苓さんの手にそっと触れて、手を繋いだ。 それが自然な事のように、苓さんはするりと私の指を絡めて手を繋ぐ。 私たちは指を絡ませ、ぎゅっと強く握りつつ口を開いた。 「──すみません。……以前、買い物に着いて来てくれた人が居て……。私が食材を選んでいる時間が、無駄だって……。そもそも、その人は私が作る料理には興味が無かったですから」 「……その人間は、貴重な時間を無駄にしていますね」 「──え?」 「食材を楽しそうに、目を輝かせて選んでいる茉莉花は可愛いし、
last update最終更新日 : 2026-06-28
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449話

「ふふっ、ほら……早く売り場を離れましょう?他の方の邪魔になっちゃいます」 「──え?あ、確かに……。分かりました」 私は笑いながら、苓さんの手を引いて次の売り場に向かって行く。 お母様に滋養の良いものを。 そう考え、苓さんを引っ張りながら店内のあっちこっちを移動して、カゴの中に品物を入れて行く。 苓さんは私に連れ回されていると言うのに、全然嫌そうな顔1つ見せず、楽しそうににこにこしながら着いて来てくれていた。 カゴの中がいっぱいになってしまって、相当重いだろうに苓さんは重さなど全く感じないような顔で、レジにカゴをひょいと置いた。 「ごめんなさい、苓さん。苓さんが居てくれるから、重い物をいっぱい買っちゃった……」 「ん?全然重くないですよ。荷物持ちくらいしか出来ないから、いくらでも俺を使ってください」 「もう……腕痺れていないですか?大丈夫?」 全然平気です、そう言って笑う苓さんは本当に重さなんて全く感じていないようで。 会計が終わり、サッカー台にカゴを持って行く時もひょい、と軽々とカゴを持って行った。 「ありがとうございます、苓さん」 「どういたしまして。それにしても、真剣な顔で食材を見比べている茉莉花が可愛かったので、これからも定期的に一緒に買い物に来ませんか?」 「ええっ、私の顔じゃなくて食材を見てくださいよ……」 「すみません、俺には違いが全く分からないので」 にこにこ、と楽しそうに笑っている苓さん。 食材を真剣に選んでいる私をそんなにじっと見つめていたのか、と今更恥ずかしくなって来てしまう。 買った品物を全て袋に入れた私たち。 スーパーを出るため、私が買い物袋の1つに手を伸ばすと、私が荷物を掴む前に全部苓さんが持ってくれた。 「──えっ、ちょっと苓さん……!1つくらいは自分で持ちます……!」 「それなら、カゴを置いてもらっていいですか?」 「そ、それは勿論……!」 「じゃあ、車に戻りましょう」 私が使い終わったカゴを元に戻すと、苓さんはスタスタと歩き出してしまう。 私は慌てて苓さんを追いかけ、苓さんの手から袋を奪い取ろうとしたけど、苓さんは私の手をひょいと避けてしまった。 「苓さん……っ、全部持たせてしまうのは申し訳ないです……」 「……それなら、じゃあ、これだけ……」 「えっ」 渋々、と言った
last update最終更新日 : 2026-06-28
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450話

苓さんと一緒に車に乗り込んだ私。 苓さんは私の顔を見て不思議そうに話しかけて来た。 「どうしたんですか、茉莉花?」 「──え?」 「……ずっと笑っているから」 シートベルトを締めていた私に、苓さんが瞳を細めて愛おしそうに笑う。 私は、自分が無意識に笑みを浮かべていた事に気が付かなかった。 自分の頬に手を添え、ふふっと笑い声を零す。 首を傾げる苓さんに顔を向けて、私は言葉を返した。 「ただ、苓さんと一緒にいれて幸せだなって思っていたんです」 「──え」 「そう考えていたら、自然に笑っていたみたいです。苓さんと一緒にお買い物をして、苓さんと一緒のお家に帰る……。凄く普通の事に見えますが、これって奇跡みたいなものですよね」 「……ええ、俺もそう思います」 「だって、苓さんと出会えてなかったら、私はこんな風に幸せを感じる事が出来なかったから。……辛い事があっても、苓さんと一緒だから乗り越えられる。こんな奇跡って、そうそう無いと思うんです」 私は笑顔のまま苓さんに視線を向ける。 すると、苓さんはじっと私を見つめてくれていた。 いつものように優しい視線。 だけど、どこかいつもとは違うような。何か深い感情が瞳に浮かんでいるように見えて。 私が目を瞬かせていると、自分のシートベルトを外した苓さんがぐっと身を乗り出した。 助手席に座っている私に覆い被さるように苓さんが身を寄せる。 ふ、と軽く触れ合うような優しくて軽いキス。 すぐに苓さんの唇はぐっ、と重なり、キスは深い物に変わって行く。 車内には私と苓さんの時折漏れる吐息だけが響いていた。 甘いキスに酔いしれ、私のお腹がきゅんと疼く。 苓さんの昂りも確かに感じていて、お互い求め合うようなキスをしていた。 だけど、不意に苓さんが唇を離す。 私は瞑っていた目をゆっくり開ける。 すると、目の前にはぐっと耐えるような苓さんの顔があって──。 苓さんは私の頬に手を添えたまま、熱の籠った吐息を吐き出した。 「これ以上は止まらなくなりそうです……。それに、茉莉花のお母様に買ったアイスが溶けてしまう」 「──あっ!」 私は、自分の座席の近くに置いていたアイスの入った袋に視線を向けた。 今は春先。 朝晩は寒いとは言え、日中は大分暖かくなってきているのだ。 それに、車に乗り込んでから
last update最終更新日 : 2026-07-03
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