あなたの「愛してる」なんてもういらない のすべてのチャプター: チャプター 431 - チャプター 440

461 チャプター

431話

「れっ、苓さ──」 「ちょっと待って、待ってください茉莉花……っ」 ばくばく、と心臓がけたたましい音を立てている。 それは、私の心臓かそれとも苓さんの心臓か──。 どちらの心臓の音なのか分からないくらい、私たちは近くて。 「お、落ち着き、ます……、だから、お願いですから、動かないでください……っ」 苓さんの切実な声が聞こえる。 私は、そろそろと顔を上げて苓さんを見た。 すると苓さんはぎゅっと目を強く瞑り、真っ赤な顔で何かに耐えるようにぶるぶると震えていた。 私を抱きしめる苓さんの腕の力が強くて、身動ぎが出来ない。 私のお腹にある、苓さんのそれ、が……どくどくと脈打っているのが分かって。 どうしよう、どうしたら、と頭の中にはその言葉だけがぐるぐる巡っている。 ぎゃ、逆に、苓さんに欲を発散してもらった方が落ち着くのではないだろうか。 む、無理に耐えなくても。 私はそう思い、そろそろ、と自分の腕を下げて行く。 私が腕を動かしたからだろうか。 私の手が、苓さんの腰を掠ってしまった。 「──ぅあっ」 「──っ!?」 瞬間、苓さんの体がびくっ、と跳ねる。 苓さんの、掠れた低く、色っぽい声が私の耳元で聞こえた。 そして、抱きしめていた体勢から少しだけ体を離した苓さんが、真っ赤な顔で信じられない、と言うように私を唖然と見つめた。 「な、何を……、」 苓さんが真っ赤な顔のままぱくぱくと口を開けているのを見て、私は頭の中がパニックになりつつ、慌てて口を開いた。 「ちっ、違っ、その……っ、苓さんが無理に耐える必要はないと、思って……!そのっ、えっと……っ、お手伝いをした方がいいかと……!」 パニック状態になっている私の口からは、とんでもない言葉が紡がれてしまって。 私の言葉を聞いた苓さんの顔が益々真っ赤になって、その赤みが体にまで現れている。 唖然としていた苓さんだったけど、私がわたわたと視線を彷徨わせている間に何か吹っ切れたのだろう。 「──分かりました」 そう、低く呟いた苓さんの声が聞こえた。 「──え?……んむっ!?」 私が苓さんの低い声にびっくりしていると、苓さんが私の後頭部をガシっと掴んで強い力で引き寄せた。 驚いた私をそのまま引き寄せ、苓さんの唇が私の唇に重なる。 驚いた拍子に開いていた私の唇の隙間から、苓
last update最終更新日 : 2026-06-07
続きを読む

432話

◇ 「──ん」 朝、眩しい光がカーテンの隙間から射し込んでいて、私は目を覚ました。 起き上がろうとしたけど、私の体にガッチリと逞しい腕が回っていて、動く事が出来ない。 「──〜っ」 その腕の持ち主が苓さんだと分かった瞬間、私の頭の中に昨夜の出来事が一気に蘇った。 顔がぼわっ、と熱を持ったように熱くなり、私は自分の顔を両手で覆った。 あ、あんな事を……!お風呂で……っ! はしたない!はしたないわ……! 私が1人で悶えていると、私を抱きしめる腕に力が籠った。 「茉莉花……?」 「れっ、苓さん……!?起きたんですか!?」 「──んん、まだ、眠い……。もう少し寝ましょう……」 寝起きだからか、普段より掠れて低い声。 それに、どこか気怠さを含んでいる声はどこか色気を孕んでいて。 昨夜の事を思い出した私のお腹がずくり、と疼く。 「──っ」 昨日は、お風呂場であんな事をした後、それだけでは収まらず、結局このベッドの上で何度も求め合ってしまったのだ。 苓さんの怪我に響くから、だからお風呂場で欲を解消して欲しかったのに。 けれど、苓さんの欲は益々昂ってしまって──。 最後は、意識を失うようにして眠りについたのだ。 だから、私と苓さんは未だに何も衣服を身に付けておらず、素肌のまま。 温かな苓さんの体温が凄く心地よくて。 このまま眠ってしまいたい気持ちになるけれど、いつまでも幸せに浸っている場合じゃない。 私は、朝に弱い苓さんを起こしてしまわないように慎重に腕から抜け出す。 動いた瞬間、体のあちこちがぴきり、と痛んだけどそれには気が付かない振りをして服を身に付けていく。 もしかしたら、今日警察が来るかもしれないのだ。 事件の事を聞きにくるかもしれない。 それに、谷島さんが涼子の件でやって来るかもしれないから。 その準備をしておかないと。 私は、すやすやと眠る苓さんを起こさないようにそっと部屋を出た。 ◇ 「──んん、茉莉花?」 ふ、と目が覚めた。 隣にいるはずの茉莉花の温もりを求めて腕を動かしたけど、掴んだのは冷たいシーツだ。 「──っ!?」 俺は、一瞬で目が覚めてがばりと起き上がった。 背中にビリッとした痛みが走ったが、そんな事に構っている暇は無い。 「茉莉花……?」 シーツに、茉莉花の体温は残っていない
last update最終更新日 : 2026-06-07
続きを読む

433話

◇ ドタドタ、と廊下を走る足音が聞こえてきて、私はキッチンからふと顔を覗かせた。 一緒に朝食を作っていたお母様がくすくすと笑いながら告げる。 「ふふ、苓くんが起きたみたいね。話に聞いていた通り、本当に朝に弱いのね」 お母様に振り返り、私は笑いながら頷く。 「ええ、そうなんです。今日は寝坊してしまったみたいですね」 「でもまだ寝坊って時間帯じゃないわ。お父様やお祖父様に比べれば全然早い方よ」 「えっ、お父様やお祖父様も朝が苦手だったんですか?」 いつもお父様はピシッとしていて、朝が苦手なんて知らなかった。 私が驚いて聞くと、お母様はくすくすと笑いつつ頷く。 「ええ、そうよ。茉莉花が産まれてから、大分直ったけど……昔は酷かったんだから。今でも時々寝坊してしまう事もあるのよ?」 「──それはきっと、お母様が目覚められて、安心したからだと思いますよ」 「そうかしら?怠けているだけよ、きっと」 私とお母様が笑いながら話していると、慌てた様子で苓さんが食堂にやって来た。 「す、すみません……!寝過ごしました……!」 髪の毛を乱している苓さんが珍しくて、私が驚いているとお母様が私の背中をトン、と押した。 「後は大丈夫よ。手伝ってくれてありがとう、茉莉花。苓くんにお水を持って行ってあげて」 「ありがとうございます、お母様」 私はお母様からお水の入ったグラスを受け取り、キッチンを出て食堂に向かう。 「苓さん、おはようございます」 「おはようございます、茉莉花」 苓さんにグラスを手渡しつつ、乱れてしまった苓さんの髪の毛を直す。 そのまま苓さんの隣に座ると、喉を潤した苓さんがこそっと耳打ちしてきた。 「──茉莉花、体は?大丈夫ですか?」 「──っ!?」 「昨日は、すみません……。我慢が出来なくて……」 「れっ、苓さん……っ!」 こんな所でやめてください、と言う意味を込めて苓さんを睨む。 すると、苓さんは私の視線を受けてふにゃりと様相を崩した。 「良かった……無理をさせたと思ってたので……」 「も、もういいです、その話は……!」 「さあ、茉莉花に苓くん。朝食が出来たわ、食べましょう」 こそこそと苓さんと言い合っていると、キッチンから出てきたお母様が食事をトレーに乗せて運んでくれる。 私たちは慌てて椅子から立ち上がると、お
last update最終更新日 : 2026-06-08
続きを読む

434話

「ちょっと電話に出ますね、待っててください」 苓さんにそう言われた私は、こくりと頷く。 私が頷いたのを見て、苓さんは電話に出た。 「──もしもし、谷島?」 〈小鳥遊か?こんな時間にすまないな〉 「大丈夫だ。今から茉莉花と一緒に警察署に行こうと思っていた」 苓さんがスピーカーにしてくれたお陰で、谷島さんの声が私にも聞こえる。 苓さんの言葉を聞いて、谷島さんが驚いたように声を発した。 〈藤堂さんと?今からって事は、今そこに藤堂さんも居るのか?〉 「ああ、一緒に居るよ」 「谷島さん、おはようございます。藤堂です」 苓さんの言葉の後に私が続けると、電話の向こうに居た谷島さんが「おはようございます」と柔らかく挨拶を返してくれた。 〈一緒なら丁度いい。警察署には来なくて大丈夫だ。昨日、スタッフの女性が速水 涼子からの依頼だった、としっかり供述したよ。今警察は、速水を追う事に忙しい。今回の事件については、また後日改めてそちらに伺う〉 「──そうなのか?今日は行かなくて大丈夫だと?」 〈ああ。なるべく家を出ないでくれ。1人歩きは避けて欲しい。特に藤堂さんは〉 「……速水 涼子は、茉莉花を狙っているから?」 〈その通りだ。捜査が大規模になって来ている。追い詰められた速水が何をしでかすか分からないからな〉 「……速水家は?どうしてる」 〈速水家にもしっかり警察を配置しているよ。母親は今のところ怪しい動きは無しだ〉 谷島さんの言葉を聞き、私と苓さんは顔を見合わせた。 速水家に怪しい動きは無い。 それならば、やっぱり──。 「分かった。進捗があればまた教えてくれ」 〈ああ、勿論だ〉 「じゃあ、切るよ」 〈ああ〉 苓さんと谷島さんは言葉少なに挨拶を終えると、電話を切った。 電話を切った苓さんが私に顔を向ける。 「……速水家が動いていないなら、やっぱり……」 「ええ。涼子は別の人間から情報を得ているんでしょうね」 苓さんと話した通り、藤堂の会社か、小鳥遊建設に情報を流している人がいるのだろう。 多分、苓さんの会社じゃなくて、藤堂の会社に。 悔しさでぐっと唇を噛み締めると、苓さんの指がふと優しく触れた。 びっくりして私が顔を上げると、苓さんは私を気遣うような優しい笑みを浮かべてくれている。 「唇を噛んだら痕になってしまいます
last update最終更新日 : 2026-06-10
続きを読む

435話

翌週。 私は苓さんが運転してくれる車で会社に出社した。 「茉莉花、仕事が終わったらそっちに行きます。そんなに遅くならないと思うので、本部長室で待っていてください」 「分かりました、苓さん。運転、気を付けてくださいね」 「ええ、大丈夫です。茉莉花も来客などには気を付けて」 「はい」 運転席の窓を開けてくれた苓さんと話をする。 苓さんはさっと確認をすると、ちょいちょいと私を手招きした。 どうしたんだろう?と思い、私が腰を屈めると、苓さんが窓から自分の腕を出し、私の後頭部を優しく覆った。 ぐっ、と優しく引き寄せられ、そのまま苓さんに口付けられる。 「──んっ」 時間にしたら、数秒だけ。 すぐに唇を離した苓さんは、私の頬を軽く撫でて微笑んだ。 「また後で、茉莉花」 「はい……、苓さん」 私は頬を赤く染めたまま、駐車場から社員用のエレベーターに向かった。 エレベーターに乗り込んだ所で、苓さんの車が走り去って行くのを見送った。 「おはようございます、藤堂本部長!」 「おはようございます矢田主任」 本部長室に入ってきた矢田主任が元気よく挨拶をしてくれる。 私も笑顔で挨拶を返すと、矢田主任がバインダーを手渡してくれた。 「本部長、決済書類です。お願いします」 「ありがとうございます。すぐに確認しますね」 バインダーを開き、すぐ内容に目を通す。 署名をしながら、私は矢田主任に向かって問いかけた。 「そう言えば矢田主任。最近チームの皆の残業時間は大丈夫そうですね。家に持ち帰ってお仕事をしているような人もいませんか?」 「はい!大丈夫です!藤堂本部長が本部長になられてから、仕事の質も上がってますし、残業時間も減りましたし!仕事後は、自分の時間が出来たって皆喜んでますよ」 「ふふっ、それなら良かった。やっぱりオンとオフ、公私は分けないと」 「ありがとうございます。私も……その、彼との時間が以前より増えて凄く嬉しいんです。本部長のお陰です」 「──まあ!それは嬉しいです」 恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに笑う矢田主任。 そんな矢田主任を見ていると、私まで嬉しくなってしまって。 私は笑顔で矢田主任を見送った。 パタン、と扉が閉まった瞬間、私は今まで浮かべていた笑みをすっと消す。 「……残業時間は、減った。それに、持ち帰りの
last update最終更新日 : 2026-06-10
続きを読む

436話

志木チーム長に内線をかけ、彼と少し話した。 話している内に彼が思い悩むような雰囲気を感じた。 「志木チーム長──」 本部長室に呼んで、しっかり顔を合わせて話した方がいいだろうか。 そう思い、彼を呼ぼうとしたけど、私がそれを口にする前に志木チーム長が先に口を開いた。 〈本部長……少しお話が……。そちらに伺っても大丈夫でしょうか?〉 「──っ!え、ええ!大丈夫ですよ。時間がある時に──」 〈いえ、今から伺います〉 「……分かりました。待っていますね」 内線を切り、私は椅子に深く背中を預ける。 志木チーム長も、自分がやっている事は分かっているようだった。 そして、自分のパフォーマンスが落ちている事も、痛感している。 「……でも、それがどうして今……」 こんな事が起き始めたのは、ここ最近だ。 それまで、普通にチームが回っていたのに。 あの、1号店開店記念パーティーの後、異変が起こり始めたように思える。 「この時期に、もしかしたら涼子と接触を……?でも、どうしてこんな時期に……」 1人で考えていても答えは出ない。 私は志木チーム長を待つ事にした。 「藤堂本部長、志木です」 扉がノックされ、志木チーム長の声が聞こえる。 私はすぐに返事をした。 「入ってください、志木チーム長」 「失礼します」 扉を開けて入室した志木チーム長。 ここ最近、私はカフェ事業の現場回りや他の部署との会議に時間を取られ、戦略チームの朝礼に参加する事が少なくなっていた。 チームの皆とは、メールや電話でやり取りが出来ていた。 だけど、朝礼に参加していなかった事を私は深く悔やんだ。 「──志木チーム長、その顔色どうしたんですか!?」 「──え?ああ……すみません、最近寝不足で」 「まさか、持ち帰って仕事を……?だけど、システムには何にも……」 会社端末を時間外に開けば、履歴が残る。 30分以上端末を開いていると「業務」とみなされるため、履歴がしっかりと残るのだ。 だけど、私たちのような役職持ちは家にいても仕事の連絡は来る。 だから、私たちに関しては目が緩い──。 その事情を利用して、もしかして志木チーム長は持ち帰って家で長時間も仕事を?いえ、だけど私たちであっても履歴は残る。ただ、見逃してもらっているだけだ。 だけど、志木チーム長は履歴
last update最終更新日 : 2026-06-11
続きを読む

437話

私の言葉に、志木チーム長はこれ以上隠す事は出来ないと判断したのか、ゆっくりと。だけどはっきりと全てを最初から話して説明してくれた──。 「……ここ、最近なんです。佐藤が、仕事に手を抜くようになったのは……」 「佐藤社員が……?どうして……」 佐藤社員。 とても真面目で、こつこつと仕事をやるタイプの人だ。 それなのに、仕事の手を抜く……?そんな人じゃないのに。 そう私が考えていると、志木チーム長が話してくれた。 「今まで有り得なかった些細なミス。それが、増えました。……最初は疲れているのかと思って、俺が全然カバー出来る範囲だったので、修正していました」 「……ええ、それで?」 「それ以降も、ミスが続いて……。些細なミスだったのが有り得ないくらい重要なミスをしだして……。だけど、その修正をするには俺がカバーするしかなくて……」 「佐藤社員に話をする前に、志木チーム長が手直しを……?まさか、それが続いたのですか?」 私がぎょっとして声を上げると、志木チーム長はぐっと悔しそうに唇を噛み締め、肯定するように頷いた。 「佐藤に指導するにも、その時間も惜しくて……」 「や、矢田主任には!?話していないんですか!?」 「──はい、すみません」 私は頷く志木チーム長に自分の頭を抱えた。 「ごめんなさい、私の管理ミスです。最近、外回りが多くて、内勤の皆をちゃんと見てあげられなかった……私の管理不足です」 「──いえっ、そんな事は……!本部長が外勤で忙しいのは分かっていました。だから、内勤の事で煩わせるのは、と思い……報告をせずに自分で解決しようとした自分のミスです。……結局自分1人では解決出来ず、こんな事態に……」 ぐっと拳を握り、俯く志木チーム長。 自分で解決出来なかった事が相当悔しいのだろう。 だけど、誰かの仕事を肩代わりして解決するのは会社として良くない。 「……佐藤社員を呼び出しましょう。……志木チーム長はここに居てください」 「ほ、本部長……っ」 私は何かを言おうとする志木チーム長を手で制し、内線をかける。 私が佐藤社員を呼び出すと、不思議そうにしながらもすぐに伺う、と返してくれた。 電話を終えた私は、志木チーム長に向き直る。 「佐藤社員から詳しい話を聞きましょう。志木チーム長は、今後残業も、自宅に仕事を持ち帰る事も禁止
last update最終更新日 : 2026-06-12
続きを読む

438話

「えーっと……あれ?何か俺、ミスやってしまいました、か……?」 佐藤社員は、本部長室に流れるピリついた緊張感に戸惑いを見せた。 だけど、彼の表情はへらり、としていて。 佐藤社員は、こんな人だったかしら──。 そんな、僅かな違和感を覚える。 以前までの佐藤社員は、こんな、ここまで……軽薄そうな雰囲気じゃなかった。 仕事に一生懸命、と言うイメージでは無いけれど、与えられた仕事には真面目に取り組んでいたように思える。 自分の仕事には責任感を持って取り組んでいたのに。 どこか、薄っぺらい──。 そんな印象を今の佐藤社員からは感じる。 へらり、と笑っている佐藤社員に私は硬い表情のまま口を開いた。 「佐藤社員。ここ最近、あなたの仕事にミスが多すぎます。……自分では気付いていなかったと思うけど、今後はミスをしてしまった社員に対応してもらいます」 「──へ?ミス、ですか?」 佐藤社員は想定外だ、と言うように目を丸くする。 ぽかんとしていたけど、ハッとして部屋の隅に控える志木チーム長に顔を向けた。 「──あ〜、ああ〜……、なるほど、そう言う事っすかぁ……」 「……?」 佐藤社員は事情が読めたんだろう。 気の抜けた声を出しながら後頭部をかく。 「志木チーム長が俺の尻拭いをしてくれてたって事っすよね?はあー、マジかぁ……」 「佐藤社員……」 ちょっと態度が軽すぎではないだろうか。 それに、自分のフォローをしてくれていた志木チーム長にも謝罪をして欲しい。 そう思った私が口を開いたけれど、佐藤社員は面倒くさそうに呟いた。 「ああ〜ダルっ」 「──何ですって?」 佐藤社員の言葉に、私はぴくりと眉を跳ね上げる。 先程までよりも室内の空気、温度がぐっと下がった。 いけない。 感情を表に出してしまうのは、時期経営者として悪手だ。 部下を威圧感で怯えさせてはならない──。 そう考えていた私だけど、佐藤社員は信じられないくらい軽い口調で続けた。 「いや、あー……いいっす、退職します」 「──は?」 「なんか、チマチマ働くの馬鹿らしくなっちゃって。金に困ってないですし?」 「ちょ、佐藤社員……っ」 「じゃあ、明日には退職届を書いて持ってきます。すいませんっした」 佐藤社員は自分が言いたい事だけをさくっと口にすると、私や志木チーム
last update最終更新日 : 2026-06-14
続きを読む

439話

「──苓さん!?」 ガタリ、と勢いよく立ち上がる。 私と志木チーム長の慌てように、苓さんは戸惑っているようだった。 そして苓さんは廊下を振り返ると不思議そうに私たちに問いかける。 「さっき、ここの会社の社員が部屋を出て行ったけど……あれは誰だ?」 私と志木チーム長は顔を見合わせると、苓さんに向き直った。 「苓さん、一先ず中へどうぞ」 「え?え、ええ……。分かりました」 苓さんは戸惑いつつも中に入ってくれて、ソファに座る。 私もデスクから離れ、ソファに座った。 志木チーム長は私たちに顔を向けると、口を開く。 「本部長。私は佐藤と話をして来ます」 「ええ、分かりました。……だけど、無理に引き止めなくて良いですよ。あの様子から、大体の事は分かりましたから」 「──承知しました。……では、私は失礼します」 ぺこり、と頭を下げて志木チーム長が部屋を出て行く。 その姿を見送った私は、苓さんに向き直った。 苓さんは何が何やら、と言った様子だ。 でも、そうなるのは無理も無い。 私は不思議そうにしている苓さんに向かって、頭を下げた。 「茉莉花!?頭を上げてくださ──」 「ごめんなさい、苓さん。やはり、私の会社に……情報を流した社員が居ました……」 それに気付かず、苓さんはしなくてもいい怪我を負ってしまった──。 「ま、待ってください……!説明を……!説明をしてください!」 慌てた様子で苓さんが話す。 そんな苓さんに、私はこくりと頷いてから先程会った佐藤社員の事について説明を始めた。 ◇ 私の説明を聞いた苓さんは、自分の顔を手のひらで覆い、仰いだ。 そして、低い声で呟いた。 「──なるほど、佐藤社員が」 「ええ……」 「今までとは違い、明らかに身なりが良くなっていたんですね。……それに、高価なものまで」 「そうなんです。今まで見た事が無い貴金属や腕時計をしているのを見ました」 私の言葉に、苓さんは顎に手をやり考え込むように俯いた。 「……人は、急に金を得ると途端に振る舞いや身に付ける物が変わりますからね」 「ええ、そうだと思います」 そう言う人を、私たちは沢山見てきた。 沢山見てきた人達と同じように、佐藤社員も似たように不遜な態度に変わり、身に付ける物も豪華で、派手な物に変わっていた。 「……話を聞く限り、そ
last update最終更新日 : 2026-06-16
続きを読む

440話

佐藤社員は、会社を辞めると言っていた。 仕事をしなくても十分やっていけるくらいの額を貰っていた、と言う事なのだろう。 「……涼子には、無理ですね」 私の言葉に、苓さんも頷く。 「ええ。速水 涼子にはそれだけの金額を動かせないはずです」 「……自分に、それだけの権力があり……尚且つ」 「茉莉花がこの会社でどんな人物達と関わりがあるか……それを知っている人物じゃないと、こんな事はできません」 「だけど、人を使えば簡単に分かるような気がします」 私の言葉に、だけど苓さんはゆるり、と首を横に振った。 「……慎重に動くはずですから、これ程スピーディーに動けないはずです。茉莉花がどんな仕事をして、どんな部署の人達と関わりがあって、どの人物画茉莉花のスケジュールを漏らす事が出来るか。それを判断するために外部の人間を潜り込ませたとしても、相当な時間がかかるはず……」 苓さんの言葉に、はっとする。 確かに、そうだ。 佐藤社員の身なりが派手になっていったのは、ここ最近。 もし、以前から佐藤社員を潜り込ませていたのなら、こんな分かりやすい変化は出ないはず。 「……佐藤社員に接触したのは最近ですものね。……最初は佐藤社員も真面目に仕事をしていましたから」 「……でしょう?短期間でそこまで変わるなら、最初から報酬を渡し、茉莉花のスケジュールを入手した人物、そして速水 涼子に茉莉花のスケジュールを流した人物は、近い場所に居る人間だと思います」 「……近い場所」 苓さんの言葉に、私は自分の顎に手をやり考え込む。 近い場所、とは言え、この会社の人物とは限らない。 それに、私が関わりのあるのは同じチームのメンバーくらい。 それ以外の部署の人達とはそこまで親しくない。 私の外出スケジュールを入手するには、秘書室や重役、それに私のチームの人間。 お父様や苓さんも知っているけど、身内が漏らす訳が無い。 そうなると、自ずと対象は絞られてくる。 私は、ここ最近感じていた違和感を口にした。 「苓さん」 「ん?」 「そう言えば、ここ最近ある人を全くみかけないんです」 私の言いたい事が分かったのか、苓さんははっと目を見開いた。 あれだけ執念深くまとわりついて来ていたくせに。 それなのに、今はぱたり、と姿すら見せなくなった。 苓さんはすっと目を細めると
last update最終更新日 : 2026-06-18
続きを読む
前へ
1
...
424344454647
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status