朝が、森に帰ってきた。霧は薄く、金の粉みたいにほどけて、鳥の声が一つずつ目を覚ます。足元には、夜の名残が花びらの模様になって残っていた。焦げてはいない。やわらかい光の跡だけが、土の上で呼吸をしている。私は焚き火の灰を寄せ、細い枝をそっと足す。手のひらの“赤い花”は、欠けたまま――でも、淡い明かりで脈を刻んでいた。すぐそばで、白い呼吸。ルシフェルは静かに横たわっている。瞼はまだ下りたまま、胸だけがゆっくり上下していた。「……生きてる。よね」声は霧に吸われて、戻ってこない。けれど、息の音がある。それだけで、喉の奥がじん、と熱を帯びた。私は彼の指先に触れる。冷たくない。火のそばへ毛布を引き寄せ、肩口まで掛け直す。布の上に落ちた光が、薄い羽の形を作って、すぐ壊れた。小さく息を吐く。寂しさと安堵が同じ肺に入って、うまく分けられない。*鐘の音が、石の街を斜めに走った。王都ルクシアの広場。朝の光が尖塔に触れ、人々は顔を上げる。湯気の立つ屋台、笑い声、祈りの仕草――祝祭のようで、空気は少し冷たい。聖堂の壇上に、白衣の司祭が立つ。セレノの唇がわずかに開き、紙の音よりも小さな声が、広場の真ん中へ落ちた。「神の火は、現れた。……だが、それを扱う者は、神の座を――奪った」ざわめきが、波になる。子どもたちの指先が空を真似てゆれ、両手のあいだで見えない火をこしらえる。大人たちの目は、誰かの肩越しに遠くを見ていた。セレノがもう一枚の紙を広げる。息を吸い、吐く間が、わざとらしいほど静かだ。「異端の聖女。名を――エリカ・クローディア」名前が空で薄く鳴り、石畳に降りる。何人かは胸に手を当て、何人かは指を組んだ。祈りの形は同じでも、視線の温度は揃わない。広場の端で、青い外套の騎士がひざを折った。リオン。刃の音はしないのに、見えない鎖が足首に絡むような感覚。「お前の報告は虚偽。異端をかばった罪、拘束する」兵の手が剣を奪う。リオンは抵抗しない。ただ、喉が一度動いて、言葉がそこから落ちた。「……彼女は、祈っただけだ」風が、その一言だけを運んでいった。誰の耳にも届かないふりをして、広場のどこかで、誰か一人の胸にだけ残るような、弱い風だ。*森の朝は、夜よりも静かだった。焚き火の音が小さく、霧の粒と混じって消える。私はルシフェルの手を両
Last Updated : 2025-10-18 Read more