佐奈side会計を済ませ、代官山の街角へ出ると冬の午後の少し冷ややかな空気が頬を撫でた。心の奥に釈然としない気持ちを隠したまま、何事もなかったかのように歩き出そうとしたその時、ふいに蓮に手首を強く掴まれた。「佐奈、ちょっと待って。さっきの話だけれど……佐奈の本当の気持ちも聞かせてくれないか?」「さっきのことって?」本当は分かっている。だけど自分の本音を晒すのが怖くて、私はわざと分からないふりをした。すると、蓮は真剣な目で私を見つめ、静かに答えた。「不妊治療のことだよ。あと、誤解のないように俺の気持ちもちゃんと伝えさせてほしい。……俺は、佐奈が望むなら治療にも積極的に協力する。早い方がいいと言ったのは、妊娠できる期間もあるから早い方が医学的な確率が上がるからであって、義務だと思っているわけじゃない。もし佐奈が、無理な治療はしたくないと思うならそれが俺たちの答えでいい。自分たちのベストを二人で見つけていこう」蓮の言葉が、私の抱いていた心の闇を一つ一つ丁寧に言語化してくれているようだった。胸に溜まっていた重い沈殿物がスッーと消えていくのを感じる。もし治療に専念し、通院が生活の中心になれば、責任ある仕事を任せてもらえる保証はない。それは、今の会社でようやく手にした自分の居場所と、積み上げてきたキャリアを手放すかもしれないという恐怖だった。私は蓮との将来を歩むと決めた。
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