All Chapters of 愛よりもお金をとるのならどうぞご自由に、さようなら: Chapter 131 - Chapter 140

175 Chapters

131.沈黙の壁

玲央side「祐実も見つかったことだし、ひとまず宿に行こう。……話をしなくてはいけないことが、山ほどある」父が璃子の母親を「祐実」と名前で呼ぶと、彼女は子供のように無邪気に小さく頷いた。そして、吸い寄せられるように父の手に自らの手を重ね、引っ張られるままに歩き出した。その背中を、璃子は幽霊でも見るかのような虚ろな目で見つめていた。最愛の母の瞳に自分が映っていないという事実は、彼女の心を粉々に打ち砕くに十分だった。「玲央、運転を代わるよ。お前は璃子ちゃんと後ろに乗って、様子を見てやってくれ」父に言われるがまま、僕と璃子は後部座席に座った。車が走り出すと、璃子は糸が切れた人形のように僕の肩に深くもたれかかった。海風に当たり氷のように冷たくなった彼女の身体を温めるように手を握ると、極限の緊張から解放されたせいか、璃子は微かな寝息を立てて眠り始めた。バックミラー越しに見える運転席の父と助手席の祐実さんは、一言の言葉も交わさない。時折、祐実さんが熱っぽい視線を父に送るが、父は一切それに応えることなく、ただ険しい表情で前方の闇だけを凝視していた。車内は、湿り気を帯びた不穏で重苦しい空気に支配され、エンジンの音だけが不気味に響いていた。十五分ほど車を走らせ、予約していた奥伊豆の古い料亭宿に到着すると、仲居さんが手際よく、隣同士の二部屋を用意してくれる。襖を開けると、い草の香りが漂う静かな和室が広がっていた。「今日こそは、ちゃんと話をしよう
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132.母の告白

玲央side宿の和室に立ち込める空気は、湿り気を帯びて重く逃げ場のない沈黙が四人を支配していた。璃子が淹れたお茶はすでに冷めきり、微かな湯気さえ立っていない。父が落ち着いた声で璃子の母の祐実さんに問いかけた。「……祐実。君はなぜ二年前、唐突に姿を消したんだ。君を探しに行った璃子ちゃんの目の前で逃げていなくなるなんて。残された彼女がどんな思いで過ごすか一瞬でも考えなかったのか」祐実さんはその問いに、びくりと肩を揺らしたが、その視線は目の前で傷ついている娘を無情にも通り越し、父の瞳だけを熱っぽく射抜いている。祐実さんの唇がゆっくりと動き、この場にはそぐわないほどの猫撫で声が漏れた。「それは、貴一くんに真実を知られるのが怖かったのよ。璃子の出生の件をずっと隠していたことがバレて、あなたに失望されると思ったら……恐怖で夜も眠れなかった。それなら、いっそのこと私が消えてしまえば、あなたは心配して私を探してくれるかもしれない。もし、それでまた再会できたら、それはもう『運命』だと思ったわ。だから、その運命を感じるにふさわしいあの場所で、鐘を鳴らしながらずっとあなたのことだけを待っていたの」祐実さんは、娘への謝罪も二年間の空白に対する悔恨も一切なかった。彼女の頭の中は、大学時代の愛しい恋人の貴一くんが深く居座っており「貴一くんにどう思われるか」「貴一くんとどう結ばれるか」という歪んだ感情が支配していた。母の告白に
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133.母の告白②

玲央side部屋に漂う空気は、もはや重苦しいという言葉では足りないほどにどろりとした執着と絶望に満ちていた。祐実さんは、遠い日の思い出を昨日のことのように語り続ける。その声には罪悪感など微塵もなく、ただ陶酔しきった甘さが混じっていた。「貴一くんは大手銀行の令嬢の今の奥様と結婚をして、私も二年後に結婚をした。だけど、心の中にはお互いに配偶者じゃなくて、私は貴一くん、貴一くんは私の存在があったの。だから久々に会ってすぐにまた関係が再燃したんだわ。その時、私は貴一くんとは結ばれるべくして結ばれたと思ったの」父は頭を抱え込むように右手で顔を隠し、深くうつむいていた。僕や璃子は祐実さんから聞いて、二人が結婚後も恋仲だったことを知っているし、その事実を父にも伝えている。しかし、面と向かって祐実さんが僕たちに美談のように語る姿を見るのは、耐えがたいものがあるようだった。「貴一くんとの関係が再開して、子どもを宿った時、私は確信したわ。これは絶対に貴一くんの子どもだって。だけど……もし検査をして、それが夫の子どもだと突きつけられたら、私は生まれてきた子供を愛せる自信がなかった。だから、今までずっと真実を調べることもしないで心の奥底に隠してきたのよ」「祐実! 君は、実の娘を前にしてなんてことを言うんだ!!!!」父が弾かれたように怒鳴り、祐実さんを制止した。しかし、その怒声さえも璃子の耳には届いていないようだった。璃子は両手で口元を覆い、感情の死
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135.父の語る真実②

玲央side「懐かしい気持ちと、純粋に相手に惹かれて恋をしていた若かりし頃を思い出した。あの頃の私は自分を抑えきれなかった。苦痛な日常から逃げ出したかった。待ち合わせ場所に行き、俺の到着を待ち侘びている君の姿や、ふとした時に見せる笑顔は、義務感で凍りついていた私の心を確かに溶かしていったんだ。だが、現実は残酷だった」父は一度言葉を切り、深く息を吐いた。「病院で精密な検査を受け宣告されたんだ。俺には先天的に生殖能力がない……無精子症だとね。この先、医学がどう進歩しようと私が自分の子を授かる可能性はないとキッパリと医師から告げられた。……祐実、そのことは君にもあの時、涙ながらに話したはずだ。それでも君は、璃子ちゃんが俺の子だと言い張るのか?」父の問いかけに、祐実さんは急激に血の気を失っていった。口元を戦慄させ何かを否定するように激しく首を振る。「そんなはずない……。璃子は、私の、私たちの……」「祐実、君は自分の夫から逃げるために、私との記憶を都合よく書き換えていただけなんだよ。確かにあの時、三十年後の約束はした。でも、あの時は付き合っていてお互い同じ未来を夢見ていた。だけど、理由は受け入れ難くても僕たちはあのあと別々の道を歩んだんだ。君への気持ちは、君が璃子ちゃんを授かってから綺麗に消えたよ。それが、会わなくなった理由だ」「…&he
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137.呪縛の終結

玲央side父と自分の本当の関係を知った今、僕たちの間には以前よりも強固で、揺るぎない絆が結ばれたような気がした。そんな感動に満ちている時に割り込むように声をあげたのは、璃子の母親・祐実さんだった。「何よ、自分たちだけ幸せになって……もう終わったこと? 勝手に終わらせないでよ! それなら私の三十年間は何だったのよ。貴一くんを思い続けたこの時間は……! 許さない、絶対に許さないわ!」祐実さんの声は低く、地を這うような怨念に満ちていた。彼女は幽霊のような足取りで父に縋り付こうとした、その時だった。「もういい加減にして!」璃子は立ち上がって拳と声を震わせながら大きく声を出した。魂の叫びのような響きに、一瞬にして部屋の空気が静まり返った。「お母さんがいなくなってから、私がどれだけ心配したと思っているの? なのに、さっきから自分のことばかり。自分の妄想で過去を塗り替えて、挙句の果てに私と玲央を引き裂こうとして……! お母さんにとって、この三十年間は、おじさまとの復縁のためだけにあったの? お母さんの心に、私は映っていなかったの?」「それは……」祐実さんは、璃子の言葉でようやく我に返ったようで自分の発言の残酷とどれほど無残に娘を傷つけていたかを痛感し、口元を手で
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