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All Chapters of 血と束縛と: Chapter 1451 - Chapter 1460

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第41話(23)

 二人分の精で汚れた和彦の下腹部を見下ろし、ぽつりと南郷が洩らす。和彦のほうは呼吸を整えるのが精一杯で、自分の姿を気にかける余裕はない。 南郷は、自分が脱ぎ捨てたワイシャツを掴み寄せると、惜しげもなく和彦の下腹部を拭き始めた。一瞬戸惑いはしたものの、少し前まで確かにあった屈辱や羞恥という感情は、虚脱感によって踏み潰されてしまった。 傲慢に振る舞われた意趣返しというわけではないが、後始末は南郷に任せることにする。「暑い……」 いまさら暖房の効きが気になり、つい声が洩れる。眉を跳ね上げて反応した南郷が、くっくと喉を鳴らした。「そりゃあ、あれだけ燃え上がればな」 腕を伸ばした南郷がスウェットのトレーナーを取り上げ、和彦は漫然とその様子を目で追う。太い首から胸元にかけて幾筋もの汗が伝い落ち、身じろいだ拍子に、脇腹に差した影も視界に入ってドキリとする。 汗が、百足も濡らしていた。ゾクリとするような生気を帯び、ますます艶が増している。総毛立つほど気味が悪いと感じる一方で、どこかで心惹かれるものがあると、この瞬間、和彦は認める。 それと同時に、南郷の脇腹に向かって手を伸ばしていた。 意識しないまま取った自分の行動に驚いた和彦だが、一方の南郷も、何事かと怪訝そうに眉をひそめる。だが、すぐに和彦の行動の意味を察したようだった。 伸ばしかけていた手を取られ、また脇腹へと導かれる。和彦は自分から指先を這わせていた。そんな和彦を、南郷は興味深そうに見下ろす。「――ほらな、あんたは刺青と相性がいい。それとも、俺と相性がいいのかな」 そう言って南郷が顔を寄せ、ベロリと目元を舐めてくる。その拍子に、ムッとするような雄の匂いが強く漂い、眩暈に襲われる。 心も体も疲れきっているというのに、それでもまだ胸の奥から湧き起こる淫らな衝動に、和彦は、南郷でも百足でもなく、自分自身を恐ろしいと感じた。**** ウトウトしていた和彦は、急に肩を揺すられて目を開く。南郷に見下ろされていると知り、慌てて起き上がろうとしたが、狭い折り畳みベッドの上だと
last updateLast Updated : 2026-07-30
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第41話(24)

 ムキになって反論する間に冷めてしまいそうで、和彦は黙って、温かなタオルに顔を埋める。心地よさに小さく吐息が洩れていた。「そのまま聞いてくれ、先生。――あんたをこれから、長嶺の本宅まで送り届けることになった」 タオルからわずかに顔を上げると、南郷はあごに手を当て、やけに神妙な顔をしていた。「本宅、ですか……」「あんたをゆっくり休ませて、昼頃にでもマンションに送る予定だったんだが、どうやら本部のほうで騒動になっているらしくてな。早く戻ってこいと命令された」「南郷さんに命令って、会長が――」「総和会の組織体系がまだピンときてないだろうが、あそこで、俺に命令できる人間はいくらでもいる。普段は何かと大目に見てもらって好き勝手しているが、さすがに長嶺組を本気で怒らせるような事態となったら、話は別だ。ケジメをつけるために指を何本か落とせと言われても、逆らえない」 南郷の話に、和彦は顔を強張らせる。騒動の原因が、自分の行動にあることを嫌というほど自覚しているからだ。大事になると薄々わかっていながら、長嶺組に連絡を入れることなく一晩所在をくらませ、しかも南郷と一緒だったと知り、長嶺組――というより賢吾の怒りは、和彦にも向くかもしれない。「……総和会には、どこにいるか知らせてなかったんですか?」「知らせたら、どこからか長嶺組にも伝わって、あんたは数時間とここにいられなかったはずだ。俺は案外、義理堅い男なんだ。まあ、誰にも邪魔されたくなかったというのもあるが」 別に、南郷に感謝しようという気持ちは湧かなかった。ただ、自分のせいで南郷が、総和会で危うい立場に追いやられるかもしれないということに、わずかながら申し訳なさを覚える。 そんな感情の揺れが顔に出たのか、南郷がニヤリと唇を歪めた。「優しいな、先生。そんなことだから、悪い男たちに付け込まれるんだ。それともあえて、そういう隙を見せているのかな」 返事の代わりに咳をすると、すぐに表情を引き締めた南郷は、和彦がテーブルの上に置いたスーツ一式を、無造作にゴミ袋に突っ込み始める。「何してるんですかっ」「バッ
last updateLast Updated : 2026-07-30
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第41話(25)

 ワイシャツの上から南郷の脇腹に触れさせられた。指先で感じるのは硬い腹筋の感触だが、姿が隠れている百足の蠢きが伝わってくるようで、和彦は顔を強張らせる。 耳元に顔を寄せた南郷がひそっと囁きかけてきた。「忘れるなよ、先生。あんたが可愛がった刺青の姿を」 体が離れてほっと息をつく間もなく、玄関まで連れて行かれる。 急いでいるというのは本当らしく、コートに袖を通す和彦をその場に置いて、南郷は慌ただしく二階へと駆け上がっていき、すぐに戻ってきた。片手には和彦のスーツが入ったゴミ袋を、もう一方の手には南郷自身のジャケットを掴んでいる。 車を停めてある庭に出ると、早朝の冷たい空気に和彦は大きく身を震わせる。コートの前を掻き合わせながら、昨夜はよくわからなかった庭の光景を改めて目にする。どの遊具も塗装が剥げているだけではなく、壊れかけてボロボロだ。昨夜は気づかなかったがかつては花壇だったらしいものもあるが、もちろん荒れている。「――経営者は、この庭でくたばったそうだ」 車のロックを解除した南郷が、さらりと物騒なことを言う。軽く目を見開いた和彦に対して、南郷は皮肉っぽく唇の端を動かした。「昨夜は、あんたが気味悪がるだろうから言わなかったんだ。ここで焼身自殺があったってことは。買い手がなかなか見つからないのは、そのせいだ。縁起が悪いからな」 そんな場所を南郷は隠れ家として使っているのかと、和彦はうすら寒いものを感じた。 南郷が車を庭の外へと移動させるのを待ってから、和彦は後部座席に乗り込む。入れ替わりに車を降りた南郷は鉄門扉を閉め、鎖を巻きつけていく。その様子を眺めていた和彦は、鉄門扉越しに庭へと視線を遣り、すぐに背ける。 かつての経営者の話は、あえて和彦の耳に入れなくてもよかったものだ。それでもあえて話したのは――南郷の性癖だとしか思えなかった。和彦がどんな反応を示すか、観察したかったのだろう。 急速に車内が暖房によって暖められていく中、居心地の悪さを覚えた和彦はシートの上で身じろぐ。その拍子に、ポケットに入れたままの携帯電話の存在を思い出した。 ポケットに手を突っ込み、携帯電話をそっと指先でまさぐる。本宅に着く前に連絡を
last updateLast Updated : 2026-07-31
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第41話(26)

「……南郷さんは、違いますよね」「聞きようによっては、なかなか自惚れの強い言葉だな、先生。身近にいる男たちのほとんどが、自分に骨抜きになっていると自覚していないと出ない言葉だ」「どうせぼくは、したたかで性悪ですから」 一瞬の間を置いて、南郷が快活な笑い声を上げる。こんな笑い方もできる男なのかと、和彦は驚嘆する。ずっと張り詰めていた空気がふっと緩むが、それもわずかな間だった。 なんの説明もないまま、車がコンビニの駐車場へと入る。 和彦は小さく声を洩らす。昨夜も立ち寄った場所だった。車を停めた南郷は肩越しにこちらを一瞥したあと、一人車を降りる。すると、待機していたらしい男たちが駆け寄ってきて、南郷に向けて深々と頭を下げた。第二遊撃隊の隊員だ。 和彦はウィンドーに顔を寄せて外の様子をうかがいながら、やっと状況を理解する。昨夜は、ここで隊員たちと別れて南郷と二人きりとなったが、今度は合流するのだ。 案の定、南郷は隊員の一人を伴って車に戻ってくる。ただし、南郷が乗り込んだのは助手席だった。 その理由を、車が再び走り出してから南郷が口にする。「これから長嶺の本宅に向かうのに、俺が堂々と、あんたの隣に座っているわけにはいかないだろう。さすがに、自分の立場はわきまえている」 皮肉っぽい南郷の言葉を聞いて、和彦はそっと背後を振り返る。やはり護衛の車がついてきていた。しかも、二台。護衛にしては仰々しすぎると感じた次の瞬間、和彦は慌てて正面に向き直り、南郷の後ろ姿を凝視する。 まさかと思いつつも、己の持つ力を賢吾に対して誇示しようとしているのではないかと、ふと気になった。 和彦は、自分の格好を見下ろす。羽織ったコートの下は、南郷が着るために買っていたスウェットの上下だ。明らかにサイズの合っていない服を着た和彦を見て、賢吾が何も感じないはずはない。 自分の迂闊さをひたすら心の内で罵っているうちに、車は見慣れた住宅街へと入って行く。 心臓の鼓動が少しずつ速くなってくる。和彦は無意識のうちに詰めていた息をそっと吐き出し、おそるおそる前方をうかがう。本宅の建物が見えてきたところで、ふいに南郷が声を
last updateLast Updated : 2026-07-31
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第41話(27)

 障子が閉められ一人となっても、すぐにはその場から動けなかった。少しの間ぼんやりと立ち尽くしていたが、改めて自分の格好に思い至り、うろたえる。慌ててコートを脱ぐと、押入れからネルシャツとパンツを引っ張り出した。 着替えを済ませたところで和彦は、文机の上に置かれた紙袋に目を留める。この客間に置いてあるということは、自分に関係があるものだろうが、勝手に中を見ていいのだろうかと逡巡しているうちに、廊下から足音が近づいてくる。 いきなり障子が開き、賢吾が姿を見せた。数秒ほど、言葉もなく見つめ合う。 スッと賢吾の視線が動き、文机に向けられる。「袋の中は見てみたか?」「えっ……」 賢吾が軽くあごをしゃくったので、紙袋の中を覗き込む。「第二遊撃隊の人間が、昨夜のうちに持ってきたんだ。佐伯俊哉から託ったということで。お前の忘れ物だそうだ」 紙袋に入っていたのは、昨夜和彦が首に巻いていたマフラーだった。慌ただしく料亭を出たため、今この瞬間まですっかり失念していた。「マフラーだけ持ってきて、肝心のお前の居場所は知らないと言われたときは、性質の悪い冗談かと思った」 マフラーを文机の上に置いてから、和彦はおずおずと賢吾に向き直る。「……さっき、南郷さんは、大丈夫だった、のか……?」「お前がまっさきに言うことはそれか」 冷然とした声と眼差しに、胸の奥まで貫かれる。和彦は吐き出した息を震わせた。「違う。そうじゃ、なくて……、あの人にあんなことして――」「それはお前が気にすることじゃない。今、お前が何より気にしなきゃいけないことはなんだ」 あくまで賢吾の表情は静かだった。さきほど南郷を殴ったというのに、激した様子は微塵もない。だからこそ和彦は、賢吾が身の内に抱えた、冷たい、凍りつくような怒りを感じずにはいられない。 口を動かそうとするが、言葉が出ない。何から言うべきかと、頭が混乱していたのだ。気持ちと体が委縮して、意識しないまままた後ずさりそうになり、そんな自分の態度を言い訳した
last updateLast Updated : 2026-07-31
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第41話(28)

「これまでの経緯はあるが、総和会を信頼していると示すために、俺はお前の身を預けた。だが、結果はどうだ? 総和会の代紋を背負っている南郷は、お前が泣こうが叫ぼうが本宅に連れて来るべきだったし、そうできたはずだった。そうしなかったのは、憔悴したお前の姿に絆されたからじゃない。南郷は――」 賢吾が視線を向けた先には、和彦が畳んで置いたスウェットの上下がある。突き刺すように冷たい賢吾の一瞥は、不快さに満ちていた。「薄汚い捨て犬のようだった男が、ずいぶん偉くなったもんだ……」 凄みを帯びたバリトンの呟きに、ざわりと肌が粟立つ。賢吾の怒りは本物だと、理屈ではなく理解させられる。 自分がまだ知らない賢吾の一面を見たくないと思いつつも、怒りの原因が自分にあるということに、和彦は困惑と戸惑いだけではなく、胸の奥からせり上がってくるむず痒いような感覚を覚える。 つい、賢吾の腕にそっと手をかけていた。賢吾にその手を掴まれそうになったが、寸前のところで躱す。反対に、賢吾の手を掴み寄せ、手の甲をまじまじと見つめる。指の付け根が真っ赤になって腫れていた。「――……手、痛そうだ」「痛いぜ。なんたって育ちがいいからな。他人を殴り慣れてないんだ」 本気で言っているのだろうかと、和彦は上目遣いで賢吾の表情をうかがう。すると、苦笑いで返された。「やっぱり本調子じゃねーな、和彦。いつもなら澄ました顔で、そうだな、と返すところだ」「そんな……。そうかも、しれない。頭の中がいっぱいで、上手く動いてない感じがする。でも、あんたに話したいことがあって……」「言ったろう。込み入った話は後回しだと。どちらにしろ、俺はこれから出ないといけねーんだ。夕方までしっかり休んでおけ。話はそれからじっくり聞いてやる」 そこまで言われると、頷くしかなかった。賢吾は、もう一度和彦の頬を撫でると、部屋を出て行こうとする。この瞬間、さきほど賢吾に言われた言葉が唐突に蘇り、つい声を洩らしていた。賢吾が振り返り、わずかに首を傾げる。「どうした?」「えっ、あ&h
last updateLast Updated : 2026-07-31
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第41話(29)

 千尋とともに賢吾の部屋に向かうと、ちょうど賢吾は電話をかけている最中だった。二人の姿を見るなり、少し待てというように賢吾が軽く片手を上げる。 千尋はいそいそと自分の分の座布団を用意して、和彦には座椅子を勧める。自分はかまわないと首を横に振ったが、肩を掴まれ、半ば強引に座卓につかされた。 並んで座った和彦と千尋を見て、電話を切った賢吾が微苦笑を浮かべる。話を聞くのなら、この席順はおかしくないかと思った和彦だが、賢吾も同様らしい。だが、些細なことだと言わんばかりに、いきなり本題を切り出した。「メシの前に、胸が悪くなる話は済ませておこうと思ってな。――年末年始の間、お前を佐伯家に戻すよう、佐伯俊哉が要求してきたというのは、本当か?」 隣で、千尋がわずかに身じろぐ。しかし声は発しなかった。 和彦は視線を伏せたまま頷き、俊哉の言葉を伝える。ただし、説明してかまわないと言われたところまで。 無条件に俊哉の言葉に従ってしまう自分に口惜しさを覚えつつ、一方で、俊哉の目的がわからない以上、長嶺の男たちの疑心をさらに煽るのは危険だと、理性的な部分で判断もしている。「オヤジは、お前に判断を任せると言っていた。もっともらしい渋面を浮かべていたが、腹の中はわかったもんじゃない。すでにもう、お前の父親との間で話がついているのかもしれないしな。お前はけっこうな値段がつきそうだ」 芝居がかった辛辣な言葉を放ったあと、そんな自分にうんざりしたように賢吾は荒く息を吐き出す。「下世話な話をするなら、長嶺組は佐伯和彦に対してけっこうな金を投資している。じっくりと先を見越しての投資だ。総和会が無理を通そうとしても、長嶺組としては承服しかねると突っぱねる理由にはなる」 長嶺組として、俊哉からの要求を断ることができると仄めかされ、和彦の胸に広がったのは安堵の感情だった。ただしその感情は、繊細な砂糖菓子のようにあっという間に溶けてしまう。 賢吾や千尋を、こちらの事情で危険に晒すわけにはいかないのだ。「……父さんは今回の要求で、総和会や長嶺組と揉めるつもりはないと思う。放蕩者の次男が行方不明のままで通すわけにはいかないから、年末年始の間だ
last updateLast Updated : 2026-07-31
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第41話(30)

「俺はずっと見てきたんだ。和彦が自分の家族に会うたびに、ものすごく不安定になって、落ち込んで、人を寄せつけなくなるところを。それが、何日も一緒にいて平気なのかよっ……。年末年始の間だけって言うけど、信用できねーよ。もしかして和彦を閉じ込めて、俺たちのところに帰さないつもりかもしれないし」「ぼくはここに戻ってくる。――……戻ってきたいと思っている」 これは偽らざる本心だった。ただひたすらに静かな賢吾の目と、不安に揺れる千尋の目を交互に見つめ、和彦はもう一度、戻ってくる、と告げる。 昨夜から混乱し続けていた思考が、こうして声に出すことでまとまっていく。俊哉によって逃げ道を塞がれてしまうのなら、数少ない選択肢の中からとにかく選択するしかないのだ。「お前の意思はともかく、佐伯家がそれを許すか?」「いざとなれば、ぼくの出生について、佐伯家を脅す」 ずいっと座卓に身を乗り出してきた賢吾が、鋭い笑みを浮かべる。「お前が自分の生まれについて告白してくれたとき、こうも言ってたな。自分の父親が、組や俺たち父子に何かしようとするなら、取引の材料にしてくれと。お前が示してくれた誠意だから、当然、オヤジには話していない。知っているのは、俺と千尋だけだ」「それは、信用している」「俺は躊躇しないぞ。お前を逃がさないためなら。こう見えて、汚い仕事は得意なんだぜ」 本気とも冗談とも取れる言葉に、ふっと唇を緩めてから、和彦は首を横に振る。「――違う。ぼくが、ぼくの実家を脅すんだ。……自分の生活を守るために」** 昼間眠ったせいか、夜になって布団に入っても目が冴えたままだった。和彦は客間の天井を見上げ、何度も自問を繰り返していた。 今の自分は冷静なのだろうか。自分の選択は間違っていないのだろうかと。 一か月後に自分が置かれているであろう状況を想像すると、心臓を締め上げられるような不安が押し寄せてくるが、数瞬後にはふっと気が緩む。それはここが、怖い男たちに守られた場所だからだろう。 これではいけない――。
last updateLast Updated : 2026-08-01
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第41話(31)

** 和彦が小さく肩を震わせると、寒がっていると勘違いしたのか賢吾が暖房をつける。実際のところ和彦は、寒いどころか妙に体が熱く、特に頬が火照っていた。夢中で話し続けているうちに、興奮してしまったようだ。 里見が、和彦を連れ戻すために行動を起こしたと聞いても、賢吾は特に言葉は発しなかった。胡坐をかき、腕組みをしながら、何か思案するように目を伏せていたのだ。 相槌すらなく、一人話し続ける状況に、和彦の声はときおり不安で揺れ、そのときだけは賢吾がちらりとこちらを見る。その眼差しが軽蔑や怒りの色が浮かんでいたら、居たたまれなさに口を噤んでいたかもしれないが、賢吾の態度はあくまで淡々としていた。「腹を括った堅気は、厄介だ」 ようやく賢吾が言葉を発し、数瞬、和彦は反応が遅れる。「……里見さんのことか?」「誰が好きこのんで、ヤクザと関わりを持ちたがる。下手をすりゃ、自分の身も危ういっていうのに。かつて世話になった上司に頼まれたとしても、勘弁してくれという話だ。――よっぽど、お前が大事なんだろうな」 口調は穏やかだが、賢吾の言葉には毒が含まれている。「里見さんが見ているのは、昔のぼくだ。狭い世界で、甘えられる相手がたった一人しかいなくて、都合よく里見さんを利用していたんだ。あの人にとってぼくは、いつまで経っても放っておけない子供なんだと思う」「その子供に手を出していたんだから、大したもんだ」 咄嗟に覚えた反発心は、抑え込むまでもなく消えてしまう。賢吾に対して抱くには筋違いの感情だった。「でもぼくは、救われていたんだ。……再会して実感した。お互い何もかも変わってしまって、昔のような関係にはなれないし、甘ったれた気持ちは抱けないって」 こう告げた途端、本当にそうなのかと、和彦は自問していた。しかも自分の声ではなく、俊哉の声で。 俊哉に、里見との関係を昔から知られていたことも衝撃的だが、同じぐらい、里見が英俊と関係を持っており、そのことすら俊哉は把握しているという事実が、和彦の胸をどす黒く染めていく。 嫉妬という感情だけではなく、
last updateLast Updated : 2026-08-01
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第41話(32)

『お前の父親と手を組むことにした』という鷹津の台詞を口にすると、賢吾はわずかに眉をひそめた。「……鷹津がオヤジを脅迫したのは、お前の父親の計画だろうな。ヤクザとつるんでいた鷹津なら金欲しさになんでもやりかねないと思わせる一方で、佐伯家側が鷹津を匿っているかもしれないと、オヤジ……というより総和会に少しでも思わせられるなら、儲けもんだ。鷹津は双方にとって厄介者なのか、それとも佐伯家と組んで、総和会を手玉に取ろうとしている使える駒なのか。そして当の佐伯家のほうは、鷹津にどれだけの信頼を寄せているのか――」 大蛇の潜む両目で問われた気がして、和彦は首を横に振る。「父さんから、鷹津が今どうしているかも教えられてないんだ。知っていたらぼくはきっと、あんたや会長から隠し通せないだろうって」「さすがは、父親ということだな。お前のことをよくわかっている」 今この機会しかないというのに、一度だけ、夜の街中で鷹津の姿を見かけたことは話せなかった。 あれは都合のいい幻だったのかもしれないし、仮に鷹津があの場にいたのだとしても、会ったわけではない。そう、賢しい言い訳を心の中でしてしまう。 すがるように賢吾を見つめると、何かを察したのか苦い口調で言われた。「お前は本当に、性質の悪いオンナだ。関わった男を骨抜きにして、狂わせる。里見も鷹津も、お前に人生を差し出したようなもんだ。三田村がそうしたように」 責められていると感じて和彦は身を引こうとしたが、それを阻むように賢吾に腕を掴まれる。「――だが俺は、そんなオンナが愛しくて堪らねーんだ。無茶をして手に入れたんだから、もちろん大事にはするつもりだったが、すぐに箍が弾けた。どうやってお前を、俺から逃げられなくするか、考えるのはそんな物騒なことばかりだ」「いまさら、ぼくを口説いているのか……?」「いまさらも何も、俺はいつだって、お前を熱心に口説き続けているだろ。お前が応えてくれないだけで」 寸前まで、自分たちが何を話し合っていたのか、一瞬わからなくなる。深刻な話をしていたはずなのに、バリトンが艶を含んだ囁きを
last updateLast Updated : 2026-08-01
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