**** 段ボールに本を詰め込んでいた和彦は、インターホンが鳴って手を止める。一瞬ドキリとしたのは、賢吾が迎えにきたからではないかと思ったせいだが、次の瞬間には、それはないと否定する。 自分の都合で和彦を連れ回す男だが、身の安全を考えてか、朝のうちに絶対に連絡を入れてきて、三田村とともに部屋まで迎えにやってくる。知り合って間もないとはいえ、賢吾が一人になったところはまだ見たことがなく、必ず組の人間を一人は連れていた。あらかじめ決めたスケジュールの中で、賢吾は和彦を振り回しているのだ。 今朝、賢吾から電話はなかったので、つまり会う予定はないということになる。 組関係しか人づき合いがなくなってしまった自分に自嘲気味な笑みを洩らしつつ、和彦はインターホンに出る。画面に映った人物を見て、会話もそこそこに慌てて玄関に向かった。 「澤村っ」 ドアを開けた和彦は、段ボールを抱えた澤村の姿を改めて認めて、声を上げる。クリニックを辞めてから、もう澤村と顔を合わせることはないと思っていたのだ。 困惑する和彦に対して、澤村はこれまでと変わらない笑みを向けてくる。無駄に爽やかなその表情を見ていると、なんだか嬉しくなった。 「……どうかしたのか」 「クリニックに残っていたお前の荷物を持ってきた。お前は、適当に処分してくれと言っていたけど、専門書はなかなか手に入らないものもあるし、何より高いしな」 クリニックに写真が送られてきた日のうちに和彦は、辞める旨を電話で事務局に伝え、デスクの片付けなどもすべて任せてしまった。あれから一度もクリニックに顔を出さず――出せるはずもなく、必要な書類などのやり取りを終えたあとは、それで居心地のいい職場との縁は切れたと思っていた。 だが、今日こそが本当に最後らしい。澤村から段ボールを受け取ってから、和彦はほろ苦い感情を噛み締める。 「わざわざすまない。……住所がわかってるんだから、送ってくれたらよかったのに」 「アホ。俺がお前の顔を見たかったんだよ。ああいう別れ方のままだったから、気になってたんだ。本当はすぐにでも来たかったが、お前なりに落ち着く時間も必要かと思
Last Updated : 2025-10-21 Read more