「佐伯審議官に相談を持ちかけられたときも、半信半疑だった。だが、写真を見せられて気が変わった。――今の君を放っておくべきじゃないと」 困る、という一言が出てこなかった。思いがけない里見の登場に、明らかに和彦の心は揺れている。ただの元家庭教師というだけでなく、佐伯家で居場所のなかった和彦にとって、里見の存在は特別だった。 里見のおかげで、和彦は〈大人〉になれた。家族と馴染めないからこそ、足りないものを他人とのつき合いで補う術を教えてくれたのだ。 佐伯家の人間とは会いたくない。しかし、里見とは――。 気持ちが掻き乱され、何も考えられない和彦は、危うくすべてを話してしまいそうになったが、寸前で脳裏を過ったのは、今関係を持っている特別な男たちの顔だった。 唇を引き結んだ和彦は、里見の顔をまっすぐ見据える。「……ごめん、里見さん……。もう時間がないんだ。そろそろ戻らないと、患者さんを待たせることになる」 里見は穏やかに微笑んだ。「医者として仕事をしているらしいと、君の友人から話は聞いていたんだが、本当みたいだな」「もちろん」「ならまあ、君の口から情報を一つ引き出せたことに、満足しておこう」 そんなことを言った里見が、名刺入れから一枚の名刺を取り出し、手早く何か書き込む。渡された名刺を受け取った和彦は、それが携帯電話の番号だと知った。「これ……」「連絡先を教えてほしいとは言わない。その代わり、わたしの連絡先を知っておいてくれ」 困惑する和彦に、里見はこう付け加えた。「卑怯な言い方をするなら、佐伯審議官の心象を悪くしないためにもわたしは、君と連絡を取れる立場を確保しておきたい。――君から連絡が欲しい。もっと言うなら、また会いたい」 ズルい大人のようなことを言う里見から、嫌な印象はまったく受けなかった。口調があまりに切実だったからだ。「……実家のことでいろいろと聞きたいことはあるけど、今は本当に時間がないんだ。それに、いつ電話できるか、約束もできない」「
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