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第20話(3)

「佐伯審議官に相談を持ちかけられたときも、半信半疑だった。だが、写真を見せられて気が変わった。――今の君を放っておくべきじゃないと」 困る、という一言が出てこなかった。思いがけない里見の登場に、明らかに和彦の心は揺れている。ただの元家庭教師というだけでなく、佐伯家で居場所のなかった和彦にとって、里見の存在は特別だった。 里見のおかげで、和彦は〈大人〉になれた。家族と馴染めないからこそ、足りないものを他人とのつき合いで補う術を教えてくれたのだ。 佐伯家の人間とは会いたくない。しかし、里見とは――。 気持ちが掻き乱され、何も考えられない和彦は、危うくすべてを話してしまいそうになったが、寸前で脳裏を過ったのは、今関係を持っている特別な男たちの顔だった。 唇を引き結んだ和彦は、里見の顔をまっすぐ見据える。「……ごめん、里見さん……。もう時間がないんだ。そろそろ戻らないと、患者さんを待たせることになる」 里見は穏やかに微笑んだ。「医者として仕事をしているらしいと、君の友人から話は聞いていたんだが、本当みたいだな」「もちろん」「ならまあ、君の口から情報を一つ引き出せたことに、満足しておこう」 そんなことを言った里見が、名刺入れから一枚の名刺を取り出し、手早く何か書き込む。渡された名刺を受け取った和彦は、それが携帯電話の番号だと知った。「これ……」「連絡先を教えてほしいとは言わない。その代わり、わたしの連絡先を知っておいてくれ」 困惑する和彦に、里見はこう付け加えた。「卑怯な言い方をするなら、佐伯審議官の心象を悪くしないためにもわたしは、君と連絡を取れる立場を確保しておきたい。――君から連絡が欲しい。もっと言うなら、また会いたい」 ズルい大人のようなことを言う里見から、嫌な印象はまったく受けなかった。口調があまりに切実だったからだ。「……実家のことでいろいろと聞きたいことはあるけど、今は本当に時間がないんだ。それに、いつ電話できるか、約束もできない」「
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第20話(4)

 夕方になって突然〈決められた〉のだが、実はこれから、長嶺の本宅に向かわなければならない。賢吾から電話がかかってきて、いつものように夕食に誘われたのだ。クリニックを開業してから何かと多忙な和彦の食生活を、長嶺組として気遣っているらしい。夕食の誘いは頻繁だ。 ただ、今日に限っては間が悪いとしか言いようがない。 エレベーターの中で和彦は、手荒く自分の頬を撫でる。顔の筋肉が強張ってしまい、不自然な表情になりそうなのだ。興奮が鎮まった代わりに、今度は緊張感が肩にのしかかる。 昼間、里見に会ったあと、夕方からは賢吾と顔を合わせるのだ。大蛇を潜ませたあの目に見つめられれば、問われもしないうちに、何もかも話してしまいそうで、怖い。だからといって誘いを断る選択肢は、和彦にはなかった。 ビルを出ると、いつもの手順で迎えの車に乗り込み、長嶺の本宅に向かう。 組員に出迎えられて玄関に入ると、コートとアタッシェケースを預けて、まっすぐ賢吾の部屋へと行く。 緊張のあまり、不自然な態度を取ってしまうのではないかと危惧していたが、寛いだ様子で座卓についた賢吾の姿を見ると、胸の奥がじわりと熱くなった。 自分にとっての日常が、目の前にある。理屈ではなく、本能的にそう思った和彦は、すぐには声が出せず、ただ立ち尽くして賢吾を見つめる。 ニュース番組を観ていた賢吾が、そんな和彦を見てニヤリと笑い、テレビを消した。「――どうかしたのか、先生。いまさら俺の顔なんざ、珍しくもないだろ」 賢吾の言葉に我に返り、和彦は慌てて部屋に入って障子を閉める。「別に……、あんたの顔を見ていたわけじゃない。人を呼びつけておいて、悠然としているなと思ったんだ」「なんだ。俺に玄関まで出迎えてほしかったのか?」 からかってくる賢吾に抗議しようとすると、組員がお茶とおしぼりを運んできたため、和彦も座卓についた。 賢吾が正面からじっと見つめてくる。いつになくその視線を意識しながら、熱いおしぼりで手を拭いた和彦は、さりげなく障子のほうを見る。「千尋は?」「すぐにやってくる。先生に渡したいものがあるそうだ」
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第20話(5)

「本当は誕生日当日に渡したかったんだけど、俺はじいちゃんに同行してるから時間が取れそうにないからさ、今のうちにと思ったんだ。――と、じいちゃんで思い出した」 千尋が反対側のポケットをさぐり、てのひらサイズの桐箱を取り出す。なんとなく嫌な予感を感じて和彦は身構えたが、それに気づいた様子もなく千尋は嬉しそうに言った。「これは、じいちゃんから先生への誕生日プレゼント」「えっ、ぼくに、って……。会長がそう言ったのか?」「うん。先生に、けっこう前から準備してたみたい。思いついてすぐに準備できるものじゃないから。この〈特別な〉プレゼント」 開けてみるよう促され、長嶺の男二人の強い視線を受けながら和彦は、そっと蓋を開ける。 桐箱に納まっていたのは、バッジだった。精巧な象眼細工によって描かれているのは総和会の代紋で、和彦は息を呑んで指先を這わせる。バッジの表面に打ち込まれているのは、おそらく純金だろう。「ダイヤモンドを埋め込むような悪趣味さはなかったようだな、総和会会長には」 皮肉っぽい口調で言ったのは賢吾だ。その言葉に反応もできず、和彦は困惑しながらバッジを見つめる。 一枚の大きな葉と、十枚の同じ大きさの葉が『総』の字を囲む総和会の代紋は、すでに和彦にとって馴染みの存在となったが、こんなに間近でバッジを見るのは初めてだった。総和会に限ったことではないが、揉め事や警察の監視の目を極力避けるため、組バッジを堂々とつけて出歩く人間は多くないのだ。「これを、ぼくに……?」「先生みたいに、総和会の協力者という立場の人には、普通は渡さないんだけどね。先生は長嶺組の庇護下にあるから、事情が違う」 少し意地の悪い見方をするなら、総和会のバッジを悪用する可能性が低いと判断されたのかもしれない。「俺、先生の誕生日のこと誰にも話してなかったのに、なぜかみんな知ってるんだよなー」 千尋がぼやきながら、賢吾に視線を向ける。つられて和彦も見ると、意味ありげな笑みとともに賢吾が言った。「俺からも、先生にプレゼントがあるから、楽しみに待っていろ」「
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第20話(6)

「春から、ゴルフを始めるんだろ」「……まあ、千尋は張りきってるみたいだが……」 その千尋は、守光からの誕生日プレゼントを和彦に渡してすぐに、慌しく出かけていった。 わかってはいたが、当然のように和彦は本宅に泊まることになり、入浴後はこうして賢吾の部屋で時間を過ごしていた。いつものように――と言ってしまうには、今夜は少しだけ空気が違っている。「覚悟しろよ。先生とコースを回りたがる人間は多いぞ。なんならレッスンプロを雇うか?」 賢吾の気の早さに苦笑しつつ、最後の爪を切り終える。「ゴルフ道具だけじゃない。先生に買い与えてやりたいものは、まだある」「なんだ?」「来週にでも一緒に出かけるぞ。そのとき教えてやる。――先生は、金のかかった誕生日プレゼントが苦手なようだからな。だからあえて、誕生日を過ぎてから買ってやる」 それは屁理屈だと、口中で呟きながらも和彦は、親指の爪に丁寧にヤスリをかけてやる。初めてにしてはなかなかだと、出来上がりに満足していると、唐突に賢吾が切り出した。「――秘密を抱えている顔だな、先生。艶っぽい表情からして……、色事絡みか?」 この瞬間、心臓を掴み上げられたような気がした。強張った顔を賢吾に見られた時点で、誤魔化すことなど不可能だった。それに和彦は、心のどこかで待っていたのだ。賢吾からこう問われることを。聞き出された、という前提があるだけで、ずいぶん気は楽だ。 ただし和彦が話すのは、二つの隠し事のうち、一つだけだ。 切った爪ごと新聞をゴミ箱に捨てると、賢吾に手を取られて引き寄せられる。髪を弄ばれながら和彦は硬い表情で口を開いた。「あんたに相談しないまま、独断で総和会に連絡を入れたんだ」「どんな用で?」「……先週、クリニックの近くのファミレスで食事をしていたら、総和会の南郷さんが現れて、誕生日プレゼントをくれた。ブレスレットだ。ぼくが勝手に勘違いをして、会長から贈られたものだと思い込んだ。でも、そうじゃなかったみたいだ」「それで今日、千尋が
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第20話(7)

「俺としては、先生の機嫌より、艶っぽい表情をしていた理由のほうが気になるな。南郷に口説かれていると思って、そういう顔になったのだとしたら、俺も嫉妬に狂う男にならないと」 冗談めかしてはいるが、こちらを見据えてくる賢吾の目は蛇のように冷たい。牙を突き立ててくるように和彦の心を容赦なく抉ってこようとしているのだ。 痛みを与えることだけが、相手を恐れさせる手段ではない。賢吾を目の前にすると、それがよくわかる。 脳裏に蘇りそうになる昼間の出来事を、和彦は必死に抑え込む。賢吾と里見の存在を交わらせるわけにはいかないのだ。 どちらも、和彦にとっては特別な男だからこそ。「会長からの誕生日プレゼントのことで、あんたに叱られるんじゃないかとビクビクしていたんだ。……会長からのプレゼントだと思っていたら、どうやら南郷さんからのプレゼントみたいで、当の会長からは、意味ありげな総和会からのバッジを贈られた。そんなぼくが、あんたからどう見えているかなんて、わかるはずがない」「オヤジ、か……」 守光の話題が確実に、賢吾を刺激したようだった。突然、勢いよく立ち上がった賢吾に腕を掴まれて、和彦は強引に引き立たされる。引きずられるようにして連れて行かれた隣の部屋には、すでに布団が敷かれていた。 突き飛ばされて布団の上に倒れ込んだ和彦の上に、大蛇が這い寄るように賢吾がゆっくりとのしかかってくる。 耳に唇が押し当てられ、それだけで和彦は小さく呻き声を洩らしてしまう。浴衣の裾を割り広げて賢吾の手が入り込み、いきなり下着を引き下ろされたときには、全身を羞恥で熱くする。何度経験しようが、こういうときの反応に困るのだ。 帯を解かれ、羽織ごと浴衣を剥ぎ取られると、賢吾の視線から体を隠すものは何もなくなる。和彦の体を観察するように賢吾は目を細めた。「――この体目当てで、何人の怖い男たちが先生に貢ぐようになるんだろうな」「ぼくは、貢いでほしいなんて頼んだことも、思ったこともないぞ。あんたはどれだけ、ぼくを性質の悪い〈オンナ〉にしたいんだ」「したいんじゃない。先生はもう十分に、性質が悪いだろ。今、それを証
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第20話(8)

 どこか楽しげな口調で呟いた賢吾に両膝の裏を掴まれ、足を抱え上げられる。何をされるのかと身構える間もなく、柔らかな膨らみに舌が這わされた。唇を噛んで声を堪えた和彦だが、淫らな愛撫にすぐに理性は陥落する。 熱い口腔に含まれて舐られると、はしたなく腰を揺すり、放埓に声を上げて感じてしまう。刺激が強すぎてつらくなってくるが、和彦がいくら賢吾の頭を押し退けようとしても、愛撫がとまることはない。「はっ……、やめ……、つらい、んだ」 和彦は必死に訴えながら、押し寄せてくる快感に爪先を突っ張らせる。顔を上げた賢吾に再び足の指を舐められ、柔らかな膨らみを指で刺激される。弱みを弄られると、意識しないまま上擦った声が出る。賢吾がそんなことをしないと知ってはいるが、容赦なく潰されるかもしれないという恐れは、一方で強烈に甘美だ。「うあっ、あっ、あっ、あぁっ」「涎を垂らしっぱなしだな、先生。そんなに、ここを弄られるのはいいか?」「……うる、さっ……」 震えを帯びた声で言ったところで、賢吾を悦ばせるだけだ。涙が滲んだ目で和彦が睨みつけると、今にも舌なめずりしそうな表情を浮かべた賢吾が、広げた両足の間に再び顔を埋める。ただし、次に濃厚な愛撫を施されたのは――。「んんっ」 全身を駆け抜ける快美さに、和彦は必死に布団を握り締めた。 賢吾の舌が内奥の入り口に這わされ、蠢く。繊細な部分を、繊細な動きでくすぐられると、身悶えたくなるような感覚が湧き起こる。はしたないからと、必死に声を押し殺していた和彦だが、舌が内奥に入り込んでくると、身悶えながら喘ぎ声をこぼす。 すっかり反り返ったものを賢吾に舐め上げられ、内奥には今度は指が挿入される。しっかりと、付け根まで。「これだけ可愛がってやったんだ。しっかり俺を甘やかして、感じさせてくれよ、先生」 和彦の内奥を指で解した賢吾が、耳元にそんな囁きを注ぎ込んでくる。すぐに囁きの意味を理解した和彦は、手の甲で涙を拭ってから応じた。「……ぼくはいつでも、あんたに甘
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第20話(9)

****  長嶺の男たちは、和彦が静かに誕生日を過ごせるよう結託したのかもしれない。 そう勘繰ってしまうぐらい、誕生日当日の和彦は普段以上に淡々と過ごしていた。――夕方までは。 まったく予定が入っていなかったため、外で適当に食事を済ませ、さっさと自宅に引きこもろうと考えていた和彦だが、意外な人物と誕生日のディナーを共にすることになった。 急な仕事に備えて電源を入れておいた携帯電話が震える。慌ててフォークを置いた和彦は、ジャケットのポケットから取り出した携帯電話をテーブルの下で確認する。メールは、無粋とは対極にあるような内容だった。知らず知らずのうちに顔を綻ばせると、向かいの席についている鷹津が不躾な言葉をぶつけてくる。「お前の男からか?」 和彦は携帯電話に視線を落としたまま、テーブルの下で遠慮なく、口の悪い男の脛を蹴りつけてやった。 ささやかな攻撃が効いたのか、次に鷹津が口にしたのは、悪態でも皮肉でもなく、ジンジャーエールのお代わりを頼む言葉だった。 野獣と一緒に食事しているようだと思いながら和彦は、届いたメールを改めて読み返す。送り主は、中嶋からだった。 和彦と特別な関係を持っている男たちは、二月十日という日を決して無視しているわけではなく、しっかりと気にかけてくれている。その証拠に、今日は何通かのメールが届いていた。内容はどれも、和彦の誕生日を祝うものだ。 唯一、メールを送ってこなかった男は、なぜか今、和彦の目の前でステーキにかぶりついている。和彦はその食べっぷりを、半ば感心しつつ眺める。 今晩の鷹津は不精ひげを剃っているだけでなく、見た目だけはいつもより多少マシだった。 いままで見たことがない、きちんとプレスされたスーツを着込んでいるのだ。ネクタイもセットで色合いは地味そのものだが、オールバックの髪型や彫りの深い印象的な顔立ちのおかげで、かえってちょうどいいバランスとなっている。少なくとも、高級感漂うレストランにあって悪目立ちはしていない。 好奇心に負けて、和彦は鷹津に問いかけた。「――なあ、どうして
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第20話(10)

 テーブルの下で、鷹津の靴先がくるぶしの辺りを軽く突いてくる。和彦はぐっと唇を引き結び、鷹津の靴先を蹴った。「あんたに仕事を頼んだ覚えはない。働きって、なんのことだ」「お前に迫っていた、熊みたいにでかい男のことだ。総和会第二遊撃隊の頭だろ」 眼差しを鋭くした和彦は、鷹津を見据えたまま肉を口に運ぶ。「名前は、南郷桂。三十九歳という若さだが、けっこうな修羅場を踏んでいる。元は金城組の人間だった。金城組は、今も派手にやっているある連合会の一門だったんだが、分派騒動で力を削ぎ落とされ、後ろ盾を失った。そこに手を差し伸べたのが、当時長嶺組組長だった長嶺守光だ。――これはまあ、得々と語るまでもなく、組の事情に詳しい人間に聞けばわかることだ」「ぼくは別に、個々の組に興味はない」「賢い奴だよ、お前は。知らないことが身を守る術だと、よく理解している」 鷹津なりの皮肉かもしれないが、和彦自身、自分のそんな性質をよく自覚していた。この世界で力を持たない人間にとって、小賢しいながらも大事な処世術だ。 表情を変えない和彦の反応に、鷹津は軽く鼻を鳴らして話を続ける。「俺が暴力団担当から外れている間に頭角を現した男かと思ったが、どうやら長嶺守光は、南郷にずいぶん昔から目をかけているようだな」 鷹津が南郷のことを調べたのなら、自分が持っているささやかな情報を隠しても仕方ないと判断し、和彦は頷く。「……十代の頃から可愛がってもらっていると言っていた。組を紹介してくれて、総和会にも招き入れてくれて……、実の親より面倒を見てくれたとも」 やっぱり、と鷹津は洩らした。「三年前に県警を定年退職した男がいるんだ。総和会の幹部と繋がっている、という噂があって、最後まで出世とは無縁な刑事だったが、少なくとも俺より善良だ。その男に会って、知っていることを教えてもらおうとしたが、なかなか口を開かなくて苦労した。いまだに、ヤクザに義理立てしているんだ」「あんたにとっての『善良』という価値観がどうなっているのか、ぼくには理解できないんだが……」
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第20話(11)

 鷹津の口調からは、歯がゆさや悔しさ、怒りといった感情が感じられず、まるで、与えられた台本を淡々と読んでいるようだ。刑事でありながら、自分が追う事件に対してここまで淡白なのは、何かしら理由があるのかもしれない。悪徳刑事らしい、理由が。「警察側から情報が漏れたら、組織としてはさぞかし動きやすいだろうな」 和彦がわかりやすい鎌をかけると、悪びれた様子もなく鷹津は笑った。爽やかさとは対極にあるような凶悪な表情で、ドロドロとした感情の澱が透けて見える目は、いつになく凄みを帯びている。追及してくるなと、和彦を威嚇しているのかもしれない。「……悪徳刑事」「ヤクザのオンナにそう言われると、ゾクゾクするほど興奮する」 そう言って鷹津は、今度はリゾットを流し込むように食べる。「言っておくがぼくは、南郷という男に興味はないから、情報を持ってこられても困る」「すると俺は、タダ働きか」「あんた自身が気になったから調べたんだろ。恩着せがましい言い方をするな」「だったら俺に、餌を与えるに値する仕事をくれ」 そんなものはない――。そう言いかけた和彦だが、ふとあることを思い出し、胸の奥がチクリと痛んだ。「あるのか?」 和彦の異変を敏感に察知した鷹津が、すかさず問いかけてくる。ぐっと唇を引き結んだ和彦は、リゾットに視線を落としたまま、ぼそぼそと答えた。「デザートが運ばれてくるまで待ってくれ」「好きにしろ」 時間稼ぎのつもりだったが、リゾットを最後まで食べることを早々に諦めた和彦は、コーヒーを啜り始めた鷹津が見ている前で、デザートを運んできてもらう。 和彦は白桃のシャーベットを一口食べてため息をつくと、鷹津に向けて片手を突き出した。「……ペンはあるか?」 鷹津がボールペンを投げて寄越してくる。和彦は、シャーベットの器と一緒に出されたペーパーナプキンにあることを書き込み、まずボールペンを鷹津に返した。「今からぼくが頼むことは、内密にしてくれ。もちろん、組長にも知らせないでほしい」「ほお、そりゃ、大事だな」
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第20話(12)

「……俺はいままで、屑以下の最低な奴らと会ってきたが、お前はその誰とも違う。唾を吐きかけたくなるほど忌々しくて憎たらしい。ズルくてしたたかな嫌な人間だ」「蛇蝎の片割れに、そこまで言葉を費やして貶されると、かえって嬉しいな」 皮肉半分、本音半分でそう洩らすと、和彦はミネラルウォーターのペットボトルに口をつける。このとき首筋を、髪先から落ちた水のしずくが伝い落ちる。シャワーを浴びたあと、よく髪を拭かなかったせいだ。 鷹津の奢りで食事をしたあと、〈美味い餌〉の前払いを改めて求められ、和彦は拒まなかった。鷹津には、働きに対する報酬だけでなく、里見の件に関して口止め料も払わざるをえなくなったのだ。鷹津をどこまで信用していいかはわからないが、和彦が自分の事情に巻き込めるのはこの男しかいない。「今になって初めての男を調べさせるということは、会う気なのか?」「里見さんを使って、佐伯家がぼくのことを調べようとしている。だったらぼくは、里見さんを使って佐伯家の動向を探るだけだ。ただそのためには、あの人がいまだに信頼に値する人間なのか、それが知りたい」「妙に色気のある目をして、言うことはえげつない奴だ」「あんたの品性に合わせているんだ」 もう一度鼻先で笑った鷹津が立ち上がる。「人に頼み事をしておきながら、よくそんな口が聞けるな」「――……あんたに餌は与えるんだ。口の聞き方ぐらい大目に見ろ」 鷹津にきつい眼差しを向けながらそう言い放った和彦は、ペットボトルの水を飲み干す。空になったペットボトルを鷹津が床に放り出し、そのまま和彦はベッドの上に押し倒された。 のしかかってきた鷹津にバスローブの紐を解かれ、前を開かれる。じっと見下ろしてくる鷹津の眼差しの強さに、堪らず和彦は顔を背けた。鷹津の舌にベロリと首筋を舐め上げられ、嫌悪感に鳥肌が立ちそうになるが、それも一瞬だ。腰からじわじわと疼きが這い上がってくる。「うっ……」 胸元に手が這わされ、すでに硬く凝っている突起を指で転がすように刺激されたかと思うと、いきなり鷹津の熱い口腔に含まれた。まるで
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