LOGIN鷹津の口調からは、歯がゆさや悔しさ、怒りといった感情が感じられず、まるで、与えられた台本を淡々と読んでいるようだ。刑事でありながら、自分が追う事件に対してここまで淡白なのは、何かしら理由があるのかもしれない。悪徳刑事らしい、理由が。
「警察側から情報が漏れたら、組織としてはさぞかし動きやすいだろうな」 和彦がわかりやすい鎌をかけると、悪びれた様子もなく鷹津は笑った。爽やかさとは対極にあるような凶悪な表情で、ドロドロとした感情の澱が透けて見える目は、いつになく凄みを帯びている。追及してくるなと、和彦を威嚇しているのかもしれない。「……悪徳刑事」「ヤクザのオンナにそう言われると、ゾクゾクするほど興奮する」 そう言って鷹津は、今度はリゾットを流し込むように食べる。「言っておくがぼくは、南郷という男に興味はないから、情報を持ってこられても困る」「すると俺は、タダ働きか」「あんた自身が気になったから調べたんだろ。恩着せがましい言い方をするな」「だったら俺に「どういうわけだか、佐伯家はぼくを必要としているらしい。それで、ある知人を使って連絡を取ってきた。知らない顔をしたいところだが、知人に迷惑をかけられないし、そろそろこちらの意思を伝えておこうと思って、会うことにした。……兄と」「『騒ぎ』とは、そういうことでしたか」「家の問題については、ぼく自身が対応するしかないしな。下手に動くと、ぼくの周囲の人間たちに迷惑をかけるどころか、致命傷を与えかねない」「大事なんですね。――先生の周囲の〈男たち〉が」 恥ずかしいことを言うなと怒鳴ろうとした和彦だが、すぐに思い直し、結局口を突いて出たのは、ため息交じりの言葉だった。「……思惑があるにせよ、大事にしてもらっているからな」「それがヤクザの手口なのに、先生は甘い」「自分でもそう思う」 そんな会話を交わしながら、次々に段ボールを開けて商品を確認していたが、ふと秦が、あることを思い出したように腕時計に視線を落とす。つられて和彦も自分の腕時計で時間を確認していた。「そろそろ昼だな。確か隣のビルに、イタリアンの店が入っていただろう。混む前に食べに行くか?」 和彦の提案に、秦は大仰に残念そうな顔をする。「魅力的なお誘いですが、先生とはこれでお別れです」「なんだ。これから用があるのか?」「わたしではなく、先生が。もう一階に、迎えの方が到着しているはずですよ」「そんなこと、今初めて聞いたんだが。迎えも何も、護衛の人間にはビルの外で待ってもらっていて――」 和彦が戸惑っている間に、ソファに置いたジャケットを秦が取り上げる。促されるまま袖を通すと、肩を抱かれて店の外へと送り出される。「それじゃあ、お気をつけて」 にこやかな表情で手を振る秦の勢いに圧されるように、和彦は首を傾げつつもエレベーターに乗り込み、一階へと降りる。 不可解な秦の態度の理由は、扉が開いた瞬間に氷解した。「三田村っ」 驚いた和彦が声を上げると、エレベーターの前に立っていた三田村がわずかに唇を緩める。しかし次の瞬間には表情を引き締め、鋭
**** 窓際に置かれたソファに腰掛けた和彦は、半ば感心しながら辺りを見回す。前回、この場所を訪れたのは、桜の花が見頃を過ぎた頃だったが、あれから一か月少々しか経っていないというのに、ずいぶん様子が変わっていた。「すごいな。もう一週間もすると、開店できるんじゃないか」 和彦の言葉に、段ボールの中を確認していた秦が顔を上げる。普段、スーツで決めていることの多い男だが、今日はジーンズにTシャツという軽装だ。だが、嫌味なぐらい様になっている。「とりあえず、雑貨屋としての体裁を整えておく必要がありますから、商品の手配だけは急がせたんですよ」「急がせてどうにかなるものなんだな」「持つべきものは、手広く商売をやっている親族です。少々高くつきましたが、店の改装費用を抑えられたので、まあ長嶺組長も笑って許してくれるでしょう」 和彦は立ち上がると、店内のあちこちに置かれた大きな段ボールを避けつつ、歩いて見て回る。元はカフェだったというテナントは、夜桜見物をしたときにはあったテーブルもイスも片付けられており、その代わり、木製のシェルフやラック、デスクが運び込まれている。これだけで、ここが雑貨屋に生まれ変わるのだと感じられる。「壁紙を張り替えはしましたけど、床材は木目できれいだったので、そのまま使っているんです。あとは、照明器具ですね。商品が届いたので、今週中にでも揃えて、早々に工事をしてもらう予定です」 秦の説明を聞きながら和彦は、カウンターの向こう側を覗き込む。きれいに片付けられた小さな厨房があった。「ここはどうするんだ? 雑貨屋なら、使わないだろ」「お客様に紅茶やハーブティーをお出ししましょうか。水廻りを潰すとなると、それはそれで費用と手間がかかりますし。雑貨に囲まれてお茶会を開くというのも、楽しそうですね」「……君が店に出ると、雑貨を見るためじゃなくて、君に相手をしてほしい女性客が殺到するんじゃないか」「先生も、クリニック経営の息抜きに、店に出てみませんか? 雑貨屋としての儲けは期待されていないとはいえ、経営者としては、やっぱりあれこれ努力は
**** 和彦の緊張が電話越しに伝わったのだろう。いつもなら他愛ない世間話から始める里見が、今日はまっさきにこう切り出した。『何かあったのか?』 さすがに鋭いなと、内心で苦笑を洩らした和彦は、携帯電話を一度顔から離す。軽く呼吸を整えてから、努めて落ち着いた声で答えた。「――兄さんから、連絡があったんだ。ぼくの携帯に……」 たったこれだけで、察しがよすぎるのか、それとも心当たりがあったのか、里見は事情が理解できたようだ。『わたしのせいだな……』「里見さん、ぼくの番号、〈K〉で登録してあるんだってね。甘い、と兄さんが言ってた」『……迂闊と言ってくれていい。本当に、わたしのミスだ』「それはいいんだ。もう。知られてしまったんなら仕方ない。里見さんもまさか、兄さんが携帯電話を盗み見るなんて思いもしなかったんだろ」 里見の返事は、重いため息だった。和彦としては、英俊の行為にいまさら愚痴をこぼすつもりはなかった。結果として、こちらが行動を起こすきっかけとなったのだ。 昼の休憩に入って静かなクリニックとは違い、電話越しに慌しい空気が伝わってくる。本来はゆっくり話せるよう、連絡は夜にすべきなのかもしれないが、和彦としては、里見と話し込み、決意が揺れるのが怖かった。「兄さんと少し話した。相変わらずだったよ」『彼は、身近な人間に対しては言葉を選ばない。わたしも、彼の上司だったときは、それなりに敬ってはもらっていたが、今はまあ……。彼なりの、親しさの表現かもしれない』「優しいな、里見さんは」 皮肉でもなんでもなく、本当にそう思った。少なくとも和彦は、実の兄に対して好意的な表現はできない。肉親と他人の違いと言ってしまえば、それまでかもしれないが。「兄さんと電話で話して、キツイことを言われた。それで、いろいろ考えたんだ。一度兄さんと会って、こちらの希望をきちんと伝えるべきじゃないかって」『希望?』「…
「何度も言ってるだろ。お前は、俺にとって大事で可愛いオンナだと。それは、他人とは言わない。恋人でもない。こっちの世界じゃ……、いや、長嶺の男にとってそれはもう、家族と呼ぶんだ」 不覚にも、胸が詰まった。ヤクザの口先だけの言葉など、と返すことすらできなかった。 賢吾に唇を吸われてから、魅力的なバリトンで囁かれる。「もう一度呼んでみろ」 反射的に顔を背けた和彦だが、反応を促すように賢吾に腰を揺らされ、内奥深くまで埋め込まれた欲望の興奮を知らされる。今すぐにでも引き抜かれそうで、はしたなく締め付け、襞と粘膜で奉仕する。「ほら、早く呼べ」 和彦は、賢吾を軽く睨みつけてから、ぎこちなく呼びかけた。「――……賢、吾」「もう一度」「……賢吾」 何度も賢吾に求められ、そのたびに和彦は応じる。まるで、甘い睦言のようなやり取りだった。その間も律動は繰り返され、内奥から否応なく肉の悦びを引きずり出される。賢吾の下で煩悶しながら和彦は、抑え切れない嬌声を上げていた。「うあっ、あっ、あっ、い、い……。気持ち、いいっ――」「ああ、俺もだ。俺をこんなに感じさせてくれるのは、お前だけだ」 嬉しいと、率直に思った。和彦は意識しないまま笑みをこぼし、誘われるように顔を寄せた賢吾と、激しい口づけを交わす。 それだけでは満足できない和彦は、言葉にならない強い求めを知らせるため、筋肉が張り詰めている逞しい肩にぐっと爪を立てる。和彦の求めがわかったのだろう。賢吾は猛々しい鋭い目つきで和彦を見下ろしてきながら、内奥深くに熱い精をたっぷりと注ぎ込んできた。** 賢吾とのセックスはいつでも激しく濃厚だが、今日は特別だったと和彦は思う。 剥き出しの肩先を撫でられて、それだけで淫らな衝動が胸の奥で蠢く。暴れ出さないよう、慎重に息を吐き出した和彦は、賢吾の肩にのしかかるように描かれた刺青に触れる。「――そうやって先生に触れられるだけで、まだ興奮する」 本音半
和彦がぎこちなく手を動かしているのとは対照的に、賢吾の指の動きは巧みだ。確実に和彦の弱みを探り当て、弄んでくる。すべてを賢吾に委ねた証として、無意識のうちに力が抜け、自ら大きく足を開いて愛撫を求めてしまう。そんな和彦を見下ろしながら、賢吾はそっと目を細めた。 オンナの従順ぶりを愛でているようでもあり、そのオンナに、同じような愛撫を施した男の動きを追っているようでもある。「どの男に対しても、こんなにいやらしい蜜を垂らして悦んで見せているんなら、少し仕込みすぎたかもしれねーな」 ゾッとするほど優しい声で囁いた賢吾の片手が、反り返り、先端から尽きることなく透明なしずくを垂らしている和彦の欲望にかかる。唇を噛んで声を堪えたが、反応そのものを堪えることはできない。賢吾の手が動くたびに腰を揺らし、熱くなったものを震わせる。「ふっ……」 凶暴な熱の塊が、ひくつく内奥の入り口に擦りつけられる。それだけで和彦の背筋に、痺れるような疼きが駆け抜けていた。指で解されたとはいえ、まだ狭い場所をゆっくりとこじ開けられ、痛みと異物感が生まれはするものの、大蛇の化身のような男に内から食らわれるという高揚感の前には、あまりに淡い感覚だ。 和彦はすがるように賢吾を見上げながら、逞しい腕に懸命にしがみつく。そんな和彦を見下ろしながら、賢吾が残酷な質問をぶつけてきた。「――こんなふうに、南郷を受け入れたか?」 瞬間的に怯えた和彦だが、欲望の太い部分を内奥に呑み込まされ、強い刺激に気を取られてしまう。さらに追い討ちをかけるように、賢吾が緩く腰を揺する。「んあっ、あっ、あうっ……」「どうだ」 反り返った欲望を、賢吾の下腹部に擦り上げられながら、唇の端を軽く吸われる。吐息をこぼした和彦は、ようやく言葉を発することができた。「……な、い……。受け入れて、ないっ……」「本当か?」 賢吾の口調が穏やかだからこそ、腹の内に滾っているものを想像して恐怖する。和彦は恥らう余裕もなく、事実を答えていた。
念を押すように賢吾に問われ、顔を背けながら和彦は頷く。ここで一旦賢吾が体を起こし、ベッドに沈められそうな圧迫感から解放される。だが、ほっとはできなかった。顔を背けたままの和彦の耳には、しっかりと衣擦れの音が届いていたからだ。 再びのしかかられ、今度はしっかりと素肌同士が重なる。全身で感じる賢吾の体の重みと熱さに和彦は、一気に高まった高揚感から眩暈に襲われる。その間にも膝を掴まれて両足を広げられると、逞しい腰が割り込まされる。擦りつけられた賢吾の欲望は、すでに猛っていた。「先生、俺を見ろ」 傲慢に命令され、和彦はおずおずと従う。見上げた先で、賢吾は唇に薄い笑みを浮かべていた。かつては酷薄そうに見えていた笑みだが、今は違う。ひどく官能を刺激される魅力的な表情だと思った。「あっ……」 こちらの求めがわかったように、賢吾に唇を吸われる。和彦は箍が外れたように賢吾の唇を吸い返しながら、夢中で両腕を広い背へと回し、てのひらで存分に大蛇を撫で回す。口づけの合間に賢吾に問われた。「――こいつが愛しいか?」 和彦は息を喘がせながら、賢吾の目を覗き込む。背だけではなく、この男は身の内にも大蛇を棲まわせている。残酷で獰猛なくせに、蕩かしそうなほどオンナを甘やかしながら、底知れない強い執着心と独占欲を持つ生き物だ。だからこそ、己の手から離れると知ったとき、この生き物は容赦なく、オンナの首をへし折ってしまうだろう。他人の手に渡るぐらいなら、と。「そんなわけ……ない。こんな、怖いもの……」「だが、欲しいだろ?」 甘く優しい声で囁かれ、和彦は賢吾を睨みつける。しかし賢吾の唇が瞼に押し当てられると、もう抗えなかった。「……欲し、い」 指にたっぷりの唾液を絡めた賢吾が身じろぐ。予期したとおり、濡れた指が内奥の入り口をまさぐり始め、和彦は反射的に腰を揺らしていた。内奥をこじ開けるようにして指を挿入され、堪えきれず呻き声を洩らしていたが、賢吾は冷静に和彦の内を探る。 きつい収縮を繰り返す内奥から指を出し入れし、確実に入り口を解してい
「――お前は、俺たちのオンナだ」 和彦の唇を何度も啄ばみながら賢吾に囁かれる。背後から緩やかに内奥を突き上げてくるのは、衰えを知らないほど滾った千尋の欲望だ。何度となく押し開けられ、擦り上げられているため内奥は痺れたようになっているが、それでも愛されると、応えようとして懸命に欲望を締め付けてしまう。 布団に両膝をついた姿勢で小さく喘いだ和彦は、座っている賢吾の肩にすがりつく。賢吾の片手は、さきほどから和彦のものを巧みに扱き続けていた。 「そう言われるたびに、先生は傲然と顔を上げろ。性質の悪いヤクザ二人に、これ以上なく愛されて、大事にされている色男の顔を、
**** 千尋は今日も元気だ――。 犬っころのように目を輝かせ、落ち着きなく食器売り場を行き来するため、いつか食器を割るのではないかと見ているこっちがハラハラする。 実家に戻ってから、明らかに身につけるものの質が上がった千尋が今穿いているのは、あるブランドもののジーンズだ。スタイルがいい千尋にはよく似合っており、足元のレザースニーカーの組み合わせも様になっている。ラフに着ているTシャツも、きっと数万円はするのだろう。 おかげで、一見して育ちのいい好青年ぶりに拍車がかかり、デパートを歩き回っ
「――……なんかいろいろと、大変そうだ。しがらみとか、つき合いとか」 「先生は、そういうの考えないで、医者としての仕事をしてればいいよ。……一番大事なのは、俺とオヤジの、オンナとしての仕事だけど」 一見好青年のような外見で、さらりとこんなことを言えるのが、千尋だ。 和彦が見つめる先で千尋は、今自分が物騒なことを言ったという自覚もない様子で、パンの袋を開けて顔を突っ込んでいる。和彦はちらりと笑って千尋の頭を撫でてやった。 「まだ食べるなよ。肝心の晩メシが入らなくなるぞ」 「……先生、俺のお袋みたい」 千尋の言葉に、和彦は容赦
「いいよ、なんだって。先生が、こうして俺の側にいてくれるなら」 「〈俺〉じゃない、〈俺たち〉だ」 賢吾にあごを掴み寄せられ、また唇を吸われる。和彦は賢吾の頬をてのひらで撫でると、そっと唇を吸い返していた。満足そうに賢吾が目を細めて言った。 「――ヤクザの扱いに慣れてきたな、先生」 内心で和彦はドキリとする。したたかになると決めた和彦は、自分の立ち位置を探り始めていた。決してこの父子に媚びないが、決定的な反抗はしない。今の和彦の話は、ウソではないが、すべて本当とはいえなかった。 ヤクザにさまざまなものを与えられながら、従うことを求めら