「……ヤクザの組長が、ずいぶん可愛いことを言うんだな」 さらりと軽口で応じた和彦を、なぜか賢吾がまじまじと凝視してくる。機嫌を損ねたかと一瞬緊張したが、どうやらそうではないようだ。「俺相手に『可愛い』なんて単語を使うのは、先生ぐらいのものだろうな。オヤジですら、言ってくれたことはないぞ」「言ってもらいたかったのか……」 賢吾は唇の端に微苦笑らしきものを刻み、わざわざ後部座席のドアを開けてくれる。おとなしく乗り込んだ和彦だが、車が走り出した方向を確認してから、たまらず賢吾に問いかけた。「次は、どこに行くんだ?」「ついてからのお楽しみだ」「帰りが遅くなるんじゃ――」「先生は何も心配しなくていい」 別に心配はしていない、と心の中で応じた和彦は、ウィンドーの向こうを流れる景色に目を向ける。 夕方になり、少しずつ気温が下がってきたが、車内はほどよく暖房が効き、しかも食後だ。歩き回ったことによる軽い疲労感もあり、急速に眠気に襲われる。賢吾の視線を気にかけつつも、外の景色を眺めるふりをして目を閉じていた。 ただ、なんとなく落ち着かない。車内で男たちがどんな会話を交わすのか、どんな道を走っているのか、神経の一部を尖らせて探る。裏の世界に引き込まれる前から、自分はこんな癖を持っていたのか、もう和彦は思い出すことはできない。なんのためにこんなことをしているのかすら、実は和彦自身わかっていないのだ。 いまさら賢吾が、和彦をどこかに連れ去るはずもないのに。 そう思いながらも、車が、坂とカーブの多い道に差しかかったのを感じ、一体どこに向かっているのだろうかと、さすがに不安になってくる。 とうとう和彦はゆっくりと目を開け、思いがけない周囲の暗さに驚く。軽くウトウトしたつもりだが、時間の感覚が麻痺する程度には寝入ってしまったらしい。完全に日が落ちていた。 外を見ようとシートに座り直すと、賢吾に声をかけられた。「気持ちよさそうに寝ていたな、先生」「……目を閉じていただけだ」「寝息が聞こえたと思った
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