LOGIN「……ヤクザの組長が、ずいぶん可愛いことを言うんだな」
さらりと軽口で応じた和彦を、なぜか賢吾がまじまじと凝視してくる。機嫌を損ねたかと一瞬緊張したが、どうやらそうではないようだ。「俺相手に『可愛い』なんて単語を使うのは、先生ぐらいのものだろうな。オヤジですら、言ってくれたことはないぞ」「言ってもらいたかったのか……」 賢吾は唇の端に微苦笑らしきものを刻み、わざわざ後部座席のドアを開けてくれる。おとなしく乗り込んだ和彦だが、車が走り出した方向を確認してから、たまらず賢吾に問いかけた。「次は、どこに行くんだ?」「ついてからのお楽しみだ」「帰りが遅くなるんじゃ――」「先生は何も心配しなくていい」 別に心配はしていない、と心の中で応じた和彦は、ウィンドーの向こうを流れる景色に目を向ける。 夕方になり、少しずつ気温が下がってきたが、車内はほどよく暖房が効き、しかも食後だ。歩き回ったことによる軽い疲労感もあり、急速に「……わたしのことはいい。総和会から一方的に、佐伯くんを預かると連絡があって、長嶺組長――賢吾がおとなしく引き下がるとは思わなかったんだろう。だから、総本部から離れられないようにしたんだな。突然、臨時総会の開催を通知して呼び出しておいて、数回の予定変更。幹部の誰に探りを入れても、長嶺会長の居場所を把握していなかった。個人的な所用のため、現在地は教えられないという伝言のみで。今の総和会で、長嶺会長のその言葉を受けて、あえて居場所を探ろうとする者は、佐伯くんが、長嶺会長と一緒にいると確信を持っている賢吾ぐらいだ」「そして、その長嶺組長から相談を受けたお前と、か?」「わたしは……、今朝まで動けなかった」「隊の態勢が整うまでは、何かと雑事に煩わされるだろう。なんなら、うちから人手を貸してやってもいいが」 御堂は返事の代わりに、切りつけるような眼差しを南郷に向けた。「――何を企んでいる。南郷」 南郷は緩く首を動かす。「臨時総会の内容は耳に入っているんだろ?」「年明け、お前に新しい肩書きがつくと……。統括参謀とは、大層な役職を作ったものだな。ただ、わざわざ臨時総会として人を招集する必要はなかった。長嶺会長個人の裁量で行った人事なら、用紙一枚の告知で済んだはずだ」「うるさ型が多いからな、手順を踏むのは必要だ。何事も。肩書きについては……、地面を這いずり回って泥臭い仕事をし続けた俺に報いたいと、オヤジさんから言ってくださった。そして――」 南郷が意味ありげに和彦を見つめてくる。 守光は、南郷の働きに報いるために、自分のオンナである和彦を与えた。そういう形を取った。 いまさらながら、その事実が重く肩にのしかかる。和彦が微かに唇を震わせると、南郷がぞっとするほど優しい声をかけてきた。「顔色が悪いな、先生。寒いのか?」 肩を抱かれそうになり、短く声を上げた和彦はダウンジャケットごと南郷の手を払いのけ、御堂のもとに駆け寄っていた。すかさず庇うように引き寄せられる。自分でも理解できない本能的な行動に、心臓が壊れ
**** 車中から総和会本部の建物が見えてきても、和彦に驚きはなく、また動揺すらしなかった。別荘を出発して、まっすぐ長嶺の本宅に送り届けてもらえるとは、最初から期待していなかったのだ。 体にかけていた毛布を畳み始めると、助手席に座っている南郷が振り返る。「起きたのか、先生。よく眠っていた。さすがに疲れたんだろう」 こちらを気遣う言葉に、和彦の体はカッと熱くなる。二人きりであったなら、誰のせいだと声を荒らげていたかもしれない。しかしハンドルを握る人間がおり、何より今の和彦には、南郷相手に会話ができるほどの体力も気力もなかった。すべて、その南郷に奪い尽くされた。 和彦の精が搾り取られた一方で、南郷の精を注ぎ込まれたのは、ほんの数時間前だ。いよいよ和彦が湯にのぼせて気を失いかけると、南郷に抱えられて浴場を連れ出されてから、脱衣場で獣のように這わされ、欲望を受け入れさせられた。 南郷は執拗で、念入りだった。 麻痺していた屈辱感が蘇り、いまさらながら涙が滲み出そうになる。和彦は手の甲で目を擦ると、乱暴に息を吐き出す。悄然としている余裕はなかった。ようやく返してもらった携帯電話は不在着信で埋め尽くされており、メールも届いていた。移動中に一件ずつ確認しようと思っていながら、結局、疲労感から眠ってしまったのだ。 本部で与えられている部屋に入ったら、何を置いても賢吾に連絡を取らなければならない。冷静に話せる自信はまったくないが、無事であることは知らせておきたかった。それは、オンナとしての義務だ。 なんと切り出せばいいのだろうかと考えるだけで、指先が冷たくなっていく。さらに南郷が話しかけてきたが、耳に入らなかった。 車が駐車場に入って停まると、すぐに南郷が降りて、後部座席のドアを開ける。片手が差し出され、その手と南郷を交互に見た和彦は、邪険に押し退けようとしたが、あっさり手首を掴まれる。半ば引きずり出されるようにして車を降りた。 時間はすでに夕刻に近く、空が赤く染まり始めている。寒さにブルッと身震いすると、別荘から持ってきたダウンジャケットを肩からかけられた。「さっさと中に入ろう。あんた
頭の芯がドロドロと溶けていくようだった。それだけではなく、体の奥も熱いものでこじ開けられ、掻き回されて、容赦なく解されていく。南郷の欲望を深々と根本まで呑み込まされたとき、和彦はぐったりとして、厚い胸板にもたれかかるしかなかった。「……あんたの中が、悦んでる。ヒクヒクと震えながら、俺のものにしゃぶりついてる」 南郷に耳元で囁かれながら、背筋に沿っててのひらを這わされる。身震いしたくなるような被虐的な愉悦に、和彦は上擦った声を洩らしていた。「求めてくる男に弱いな、先生。組長も、面倒な檻を作ってでも、あんたを逃すまいとするはずだ。……あんたみたいなのは、外に出しちゃいけない。〈俺たち〉で大事にしてやらないと」 和彦の中で脈打つものが、痛みと肉欲のうねりを交互に生み出し、緩やかに一つに混ざり合っていく。気がつけば、南郷の肩に手をかけるだけとなっていた。待ちかねていたようにまた、百足が身を潜める脇腹へと手を導かれた。 引っ掻こうとして、寸前で躊躇する。結局、てのひらを押し当てていた。内奥で、南郷のもう一つの分身が蠢く。「うあぁっ――……」 和彦が上げた声は、自分でもわかるほど切ない響きを帯びていた。南郷が気づかないはずもなく、会心の笑みを浮かべる。和彦がよく知る、攻撃的に歯を剥き出しにするいつもの笑みとは、まったく違っていた。 南郷が腰を揺すりながら、和彦の首筋を舐め上げてくる。その最中、さきほどより強く歯を立てられた。噛みつくというほど激しいものではなく、痛みはない。ただ、肌に食い込む歯の硬さはしっかりと認識できた。この瞬間、内奥がきつく収縮する。「こうされるのが好きなのか?」 そう言って南郷が、もう一度首筋に歯を立てた。肩先にも。 南郷は、自分という存在を和彦に刻み付けているようだった。もしかすると、所有の印のつもりなのかもしれない。 わずかに反発心が芽生えたが、震える欲望を握り締められると、呆気なく砕け散る。和彦は、はあはあと荒い呼吸を繰り返しながら、天井を仰ぎ見た。目の前で光が点滅しており、ときおり意識が遠のきかける。仰け反り、このま
もっとも太い部分を呑み込まされたとき、浅い呼吸を繰り返しながら、なんとか下腹部に力を入れまいとする。求め合ったうえでの行為なら、相手への身の委ね方は知っている。しかし、今は違う。体が緊張で強張り、和彦自身を苦しめようとするのだ。 南郷も何かを察したようだった。「初めてみたいな反応だな、先生。昨夜はこんなんじゃなかっただろ。もっと俺に身を任せてくれ」「い、や、です……」 背後で南郷が笑った気配がした。繋がり、ひくつく部分に指が這わされ、擦られる。和彦はビクッと腰を震わせた。「あんたはいい加減、理解するべきだな。あんたが反抗したり、強がりを言うたびに、俺が興奮するってことを。それとも、わざとなのか? それがオンナの手管だとしたら、俺は見事に引っかかったというわけだが」 腰を掴んだ南郷が、一層深く欲望を押し込んできた。一旦動くのを止めると、和彦の緊張している下腹部にてのひらを這わせてくる。「この辺りに、昨夜あんたの中に出したものがまだ残ってるかもな。オヤジさんと、俺の分」 ゾクッと寒気とも疼きとも取れる感覚が、背筋を駆け抜ける。このとき意識しないまま、内奥でふてぶてしく息づく南郷の欲望を締め付けていた。「あんたをオンナにしてる男たちは、そうやって自分の存在を馴染ませてきたんだろ。強引な長嶺組長に最初は反発心を抱いていたはずのあんたも、今じゃすっかり従順だ。俺の場合は、あと何回――」 露骨な言葉を聞かされながら、両足の間に手が差し込まれ、欲望を掴まれる。いつの間にか和彦のものは熱くなり、身を起こしていた。「嫌、だ……」「そうか? あんたの体は違うみたいだ。俺のものに吸い付いて、締まり始めてる」 内奥を突き上げられると同時に、湯が大きく波打つ。和彦は背をしならせ、必死に湯舟の縁にすがりついていた。なんとか耐えようとしたが、膝は震え、爪先に力が入らない。そんな状態が南郷にも伝わったようだった。「もうのぼせたか、先生?」 内奥から欲望を引き抜いて、揶揄するように南郷が問いかけてくる。和彦はズルズルと座り込み、俯いた顔をそのまま湯につけそうに
「しっかり撫でろ」 傲慢に命じた南郷に再び唇を塞がれる。嫌悪感から呻き声を洩らした和彦だが、それだけでは逃れることはできない。苦しさから息を喘がせたときには、口腔に南郷の舌が入り込んでいた。 感じやすい粘膜を舐め回されながら、唾液を流し込まれる。和彦が小さく喉を鳴らすと、柔らかな膨らみをまさぐる南郷の指の動きが変わった。脅すためではなく、和彦の官能を刺激するために、巧みに弱みを攻め始めたのだ。堪らず爪先を突っ張らせる。「うっ、うっ……、そこ、やめ――……」「なら、ここか、先生?」 次に南郷が興味を示したのは、昨夜守光に犯された欲望の先端だった。指の腹で強く擦られたあと、じわりと爪を立てられる。和彦は短く悲鳴を上げ、反射的に百足を引っ掻いていた。次の瞬間、南郷が激高するのではないかと、和彦は心底震え上がる。 相手は、自分に情を注いでくれる男たちとは違うのだ。 和彦の反応に、南郷は目を眇める。「俺の言葉は信用できないか? 何度でも言うが、あんたに手を上げたり、声を荒らげることは絶対にしない。――約束する」「だったら、やめてください。放して、ください……」「それはできない。俺の誠意を受け取る代わりに、あんたにはオンナとしての役割を果たしてもらわないとな」 和彦は返事の代わりに、今度はしっかりと百足に爪を立てる。それこそ食い込むほど。痛痒も感じていない様子で南郷は続けた。「俺の誠意なんていらない、というのはなしだ。あんたももう、この世界の男たちのやり口はわかってるだろ。俺たちは恩着せがましくて、悪辣だ。目的のためなら、善悪なんて糞くらえという人種なんだ。それでもあんた相手には、ずいぶん優しくしている」 この瞬間、南郷に対して抱いた強烈な畏怖や嫌悪感には、覚えがあった。かつて、和彦の堅気としての生活を奪った賢吾に対して、抱いたものと同じだ。横暴で傲慢で理不尽で、しかし和彦には抗う力もなく――。 かつての賢吾のやり方を踏襲しているようではないかと、和彦は瞬きも忘れて南郷の顔を凝視する。 唇を啄みながら南郷が言った
「……そういう話は、ぼくじゃなく、長嶺組組長と総和会会長がするべきです」 突然、カランと音がして、和彦は身を竦める。屈んでいた南郷が風呂桶を放り投げ、ゆらりと立ち上がった。素早く動けば逃げられたかもしれないが、百足を見せつけるようにして浴槽に入ってくる南郷に対して、無防備な姿を晒したまま和彦は何もできなかった。「言い方を変えよう。あんたと協力関係を結びたいんだ。俺は、総和会の中での長嶺組の立場を守りたい。あんたは、長嶺組長の立場を守りたい。結果としてそれが、総和会と長嶺組のためになる。そう思わないか? いがみ合ったところで益はない」「だから、あなたのオンナになれと?」「いいや。あんたは昨夜、俺のオンナになった。そう言っただろ」 和彦は急いで湯から出ようとしたが、派手な水音を立てながら南郷が歩み寄り、手首を掴まれた。顔を強張らせる和彦に、南郷は獰猛な笑みを向けてくる。「まだ自覚がないようだな、先生。かつては長嶺組長も、あんたをオンナとして躾けてきたんだろ。だったら俺も、そうしないと」 協力関係を結びたいと言いながら、南郷は平然と恫喝じみたことを口にする。 和彦は手を振り払おうとしたが、反対に引っ張られてバランスを崩す。しかも南郷に足元を払われて、湯の中に倒れ込んでいた。溺れかけ、慌てて体勢を立て直したものの、湯が気管に入って咳き込む。そんな和彦を、南郷はじっと見下ろしていた。「――俺の前でよく転ぶな、先生」 苦しい息の下、和彦は南郷を非難しようとする。「それはあなたがっ……」「危なっかしい。俺が側にいて、しっかりとあんたを守ってやらないと」 こう言われたとき、和彦の視界に嫌でも入ったのは、南郷の脇腹にいる百足だった。次に、南郷の体の変化に気づく。 和彦は短く悲鳴を上げると、湯の中を這うようにして逃げようとしたが、あっという間に首の後ろを南郷に掴まれて動けなくなる。首にがっちりと指が食い込み、顔を湯に押し付けられそうな危機感を持った。 和彦の体の強張りがわかったらしく、南郷は芝居がかった優しげな声で語りかけてくる。「まだ