All Chapters of 再婚したら、元夫と息子が泣いてるんですが?: Chapter 551 - Chapter 560

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第551話

彩葉が姿を現した瞬間、しかも理と並んで入ってきたとあって、林家の人々の顔から一気に血の気が引いた。とりわけ雫と多恵子の母娘にとっては、手痛い衝撃だった。今夜の浩一郎の誕生パーティーを自分たちの晴れ舞台にしようと、ふたりは万全の準備を重ねてきたのだ。それなのに、招かれざる客として現れた彩葉の存在によって、その目論見は無惨にも崩れ去った。大広間の中央に並び立つ美男美女へと、会場の視線が吸い寄せられていく。これまで蒼真と林家の人々に注がれていた眼差しが、まるで潮が引くように林家から離れ、吸い寄せられるように彩葉たちへ注がれた。「見て、あの方!まるで天女みたいじゃない。お肌が透き通るように白くて、女優さんよりずっと綺麗だわ!」「本当ね。華やかなドレスを着ているわけでもなく、ほとんどノーメイクなのに、林家のお嬢様をあっさりと霞ませてしまっている。どこのお嬢様かしら?」「北川社長と一緒に現れたということは……もしかして、正式なパートナーなんじゃない?」「まさか。北川社長の周りには女性が絶えないけれど、公の場にお連れになったことは今まで一度もないはずよ。それなのに今夜、林会長の誕生会という晴れの席で、この美しい方と肩を並べていらっしゃるなんて……ふたりの関係は、もう火を見るより明らかじゃない!」「それはつまり、あの方もただ者じゃないってことよね……」ひそひそと噂を交わしていた客のひとりが、ふと彩葉の顔に目を凝らし、次の瞬間、はっと息を呑んだ。「あっ、林会長の前妻の娘さんじゃないかしら?林家のもうひとりのお嬢様よ!すっかりお美しくなられて、見違えるようで、誰か分からなかったわ!」その一言が飛び出した途端、会場は大きなどよめきに包まれた。理に寄り添い、天女のごとき美貌と圧倒的な存在感を放つあの女性が、かつて一度も公の場に姿を現すことなく、一族からも見捨てられてきた、浩一郎の長女だとは。一体誰が想像できただろうか。「そういえば、ターナルテックの代表に就かれているんじゃなかった?次世代科学技術イノベーション大会で遠目にお見かけした気がするけれど、まさか林会長のご令嬢だったなんて!」「これほど優秀なお嬢さんがいながら、どうして林会長はずっと表に出さなかったのかしら。不思議でならないわ」「後妻を迎えて、その連れ子もいるでしょう。長女さん
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第552話

会場が一瞬にして、水を打ったように静まり返った。林家には蒼真という強力な後ろ盾がある。それでも理がこれほど傍若無人に振る舞えるのは、この北都広しといえども、彼が北川家の人間だからこそだった。彩葉は大広間に足を踏み入れた瞬間、雫の隣にいる蒼真の姿をとらえていた。意識して探したわけではない。ただ、この男はずっとそういう人間だったのだ。子どもの頃から変わらず、目を焼くような存在感を放ち、意識的に無視しようとしても、視線が勝手に引き寄せられてしまう。だが、それも一瞬のことだった。彩葉はすぐに目を逸らし、まるで赤の他人を見るかのように、静かに視線を外した。知っていた。毎年この時期、蒼真は雫の招きに応じて、浩一郎の誕生日パーティーに顔を出していることを。自分と林家が完全に決裂したことも、浩一郎が不倫をする前から母娘にひどい仕打ちをしていたことも、蒼真はすべて知っているはずだ。それでも彼は、妻である自分の気持ちなど少しも顧みることなく、毎年喜んで出席し続けてきた。もっとも、今となってはもうどうでもいいことだ。とっくに気づくべきだったのだ。蒼真と林家は、元々あちら側の人間なのだと。自分だけが、ただ名ばかりの、何者でもない存在だった。「はっはっは……北川社長、何をおっしゃいますか」浩一郎は腹わたが煮えくり返る思いだったが、理はさすがに軽々しく敵に回せる相手ではない。仕方なく、浩一郎は歯を食いしばりながら必死に愛想笑いを浮かべた。「存じ上げなかったもので。もしわかっておりましたら、あのような貴客をお止めするはずがございませんよ。さあ、誰か北川社長をご案内して!」しかし理は、そう簡単に矛を収めるつもりはなかった。鼻で笑うと、言葉を継いだ。「ご案内の者が俺の顔を知らなかった、というのはわかるけど。でも林会長、実の娘である彼女の顔まで知らないとは?俺を止めるのは百歩譲っていいとして、彼女を止めるというのはどういうことだろう。林会長、ここにいるみんなに、説明してもらえるかな?」彩葉は目を僅かに見開き、堂々と挑発を続ける理の横顔をまじまじと見つめた。今夜は面白いものが見られると言って連れてきたのは、つまりこういうことだったのか。公衆の面前で、浩一郎に、とっくに忘れ去られた長女の存在を認めさせようというわけだ。彼なりの親切心なのだ
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第553話

蒼真は目をすっと細めた。あの荒れ果てた部屋の情景が、ふと脳裏をよぎった。浩一郎の言葉を到底、鵜呑みにできるはずもなかった。嫌な胸騒ぎを覚えていた雫は、彩葉がただならぬ気配を漂わせているのを感じ取り、このまま蒼真との関係を公の場で暴露されてしまうのではないかと気が気でならなかった。そのとき、多恵子が娘を鋭く睨みつけ、焦燥を滲ませながら目配せした――絶対に動くな、様子を見ろ、と。雫は奥歯を噛み締めながら、胸の内で暴れ出す不安を必死に押し殺した。「彩葉、本当に誤解なんだよ。お前が来てくれて、お父さんは心から嬉しいんだ。拒むわけなんてないだろう」浩一郎は素早く指示を出した。「さあ、北川社長と彩葉をご案内して」「結構です」彩葉はひと言、冷たく遮った。血の繋がった父親に対して、微塵の愛想もない。「もう何年も林家の食卓にはついていませんから。口にすれば、吐き気がしそうですから」浩一郎は怒りでこめかみをひくつかせたが、これほど多くの人の目がある手前、手出しはできない。胸の中で激しく燃え盛る怒りを、必死に飲み込むしかなかった。「彩葉代表、なかなか度胸があるな」理は彩葉の凛とした横顔を惚れ惚れと眺め、鋭い眉をひょいと上げた。そのまま唇だけをかすかに動かし、声に出さずにひと言、呟いた。惚、れ、た。気づいた者は誰もいなかった。当の彩葉でさえも。だが蒼真だけは、その瞬間をはっきりと見ていた。鋭い氷の刃で胸を抉られたかのように、その瞳にはどす黒い怒りが満ちていった。理という男は根っからの天邪鬼だ。自分に従順な女など見向きもしない。だが彩葉のような触れれば傷つく荊のような、気高くも危うい女には、気づけば、無性に支配したくなる。彩葉はそのとき、冷ややかな視線を理に向けた。「北川社長、今夜は面白いものが見られると仰っていましたよね。もしその見物がこれだけなら、私はこれで失礼します」「え?怒った?」理は慌てて彩葉の細い手首をつかみ、ぐっと力を込めた。次の瞬間、蒼真の瞳に、再び抑えきれない怒りの炎が灯った。長身の体が弾かれたように立ち上がり、周囲の客をぎょっとさせた。「そ、蒼真さん……どうしたの?」雫が慌てて卓の下から蒼真の手をつかもうとしたが、蒼真は反射的にその手を振り払った。パシッ――鋭い音が響き、雫の手の甲
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第554話

客たちは顔を見合わせ、心の中で苦笑した。呼ばれてもいないのに乗り込んできたうえに、プレゼントまで持参するとは。随分と「粋な」計らいじゃないか、と。一方、林家の面々は何が起きているのか何が何やら分からず、ただ狐につままれたような顔をしていた。次の瞬間、理はすっと目を細めて大広間の入り口へと視線を向け、余裕たっぷりの声を響かせた。「待たせたね。もう入っておいで」彩葉は訝しく思いながら扉の外へと目をやった――そして、思わず目を見開いた。現れたのは、YS通信の山口人志チーフだった。鼻や頬を青あざだらけにして、痛々しいほどに腫れ上がった顔を衆人環視の真っ只中に晒されながら、足を引きずって宴会場へと歩み入ってくる。パリッとした清潔なスーツに身を包んではいるが、それがかえって、その下に隠された無惨な暴行の痕跡を際立たせていた。聡い彩葉には、そこですべてが腑に落ちた。あの夜、人志は部下のパパラッチに自分たちを盗撮させた。それが理に露見したのだ。北川家の御曹司を相手に火遊びをするとは何事か、その報いは、見れば一目瞭然だった。理がどうしても今夜連れてきたかった「面白いもの」の正体が何なのか、もう完全に読めた。人志は今や、理の姿を見るだけで体が反射的に恐怖を覚えるらしく、尋常ではない恐怖が骨の髄まで染み付いているようで、理の顔を見ただけでその場に崩れ落ちそうになっていた。それでも全身を小刻みに震わせながら、深く頭を下げた。「き、北川……社長……」見るからに惨めなその男の登場に、会場は困惑の空気に包まれた。しかし、多恵子だけは違った。雷に打たれたように顔から血の気が引き、人志の見覚えのある、だが今は無残に腫れ上がったその顔を食い入るように見つめた。目が大きく開き、全身の神経が今にも弾け飛びそうなほど張り詰めていく。雫は人志のことを知らなかったが、隣の母の顔色が土気色に変わるのを見て、ただ事ではないと察した。胸がぎゅっと縮み上がった。浩一郎は場違いなほど殴りつけられた男の顔を困惑気味に眺め、隣の多恵子に何気なく尋ねた。「ねえ多恵子、この酷い顔の男、誰だか分かるかい?見覚えは?」その何気ない一言が、多恵子を絶望の淵に突き落とした。多恵子は赤い唇をかすかに震わせ、おずおずと立ち上がりかけた。「ええと、ちょっと気分が悪くて
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第555話  

「他人のプライベートをネタに視聴率を稼いで金を儲ける、社会のダニだわ。それで文化や芸能に貢献しているとか嘯いて、本当に恥知らずな道化師だわ!」周囲の非難の声を聞き、雫はさっと顔を青ざめ、はっとして母親に目を向けた。多恵子は視線をせわしなく泳がせ、明らかに動揺を隠せずにいた。浩一郎は事態が飲み込めず、困惑した顔のまま首をかしげた。「俺はYS通信とは一切取引がないし、山口とかいう人間も知らないが」「林会長が知らなくても、奥様は知ってるかもしれないぞ」理は鋭い眉をひょいと上げた。「しかも、ただのお知り合いじゃない。かなり親しいご関係のようで」浩一郎は目を丸くして多恵子を見た。「お前、あの男と知り合いなのか?どこであんな人間と?」雫がすかさず母をかばった。「お父さん、お母さんはあなたと結婚してから、ずっと林家に尽くしてきたのよ。必要なお付き合い以外はほとんど外にも出ないのに、あんな人と知り合いなわけないじゃない」「そうよ浩一郎さん、本当に知らないわ!」多恵子は内心の激しい動揺を懸命に押さえつけながら、必死に否定した。だが人志は、多恵子が自分をあっさり切り捨て、すべての罪をなすりつけようとしているのを感じ取り、腹の底から怒りが込み上げてきた。「多恵子!俺たち、同じ高校の同じクラスだったじゃないか。揃って出雲町から北都へ這い上がってきた仲だろう。なんで知らないなんて言えるんだ!」「……多恵子?」その呼び方に、会場がざわついた。なんとも馴れ馴れしい、いや、どこか過去の親密さすら漂う響きだ。浩一郎が多恵子を真っすぐに見据え、その顔色はたちまち暗く沈んだ。二十数年前に多恵子の籍を北都へ移した経緯は、ほとんど知る者がいない。それなのに、人志はそれを知っていた。「知らない」という多恵子の言葉は、疑念を拭えなくなった。「で、でたらめを言わないで!」長年かけて作り上げてきた完璧な淑女という仮面を守ろうとして、多恵子は必死に反論した。しかし、それが自ら墓穴を掘っていることにも気づかずに。「私はあなたのことなんて知らない。私は北都生まれの北都育ちよ。出雲町なんて関係ない!どういうつもりで私に因縁をつけてくるのか知らないけれど、知らないものは知らないわ!」食い殺さんばかりに人志を睨みつける多恵子は、まるで手負いの獣のようだった
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第556話

「そうだ多恵子!俺たち高校時代、仲の良い友達だっただろ?君の家が本当に貧しくて、うちから二度ほど工面してやったこともあった。氷室代表のおっしゃる通り、人は自分がどこから来たのか忘れてはいけない。高校を卒業してから、俺は奨学金で北都の大学に進んだ。君には進学するお金がなくて、北都に出稼ぎに来て、のちに師匠に弟子入りして芸を磨いて。それでまた繋がりができたんじゃないか。俺の言ったことに一言でも嘘があれば、舌を抜かれても構わない!」人志の暴露は、林家との決別を意味していた。林家に睨まれれば、この業界で生きていくのは難しくなるだろう。だが、北川家に睨まれれば、文字通り「死」を意味するのだ。多恵子の体がぐらりと傾いた。目の前がぐらぐらと揺れた。雫がとっさに支えなければ、その場に崩れ落ちていたかもしれない。会場は、再び衝撃の波に飲み込まれた。これまで多恵子は、名門大学の芸術学部を卒業した才媛として世間に通ってきた。美術展を開き、芸術家協会の集まりに顔を出し、美貌と知性を兼ね備えた上流夫人として完璧なイメージを演じてきたのだ。それが実際は、大学にすら行っていなかったというのか。では、あの輝かしい学歴は一体どこから来たものなのか。浩一郎は奥歯をぎりりと噛み締め、苦虫を噛み潰したような顔で雫に命じた。「雫、早くお母さんを部屋に連れて行け」「誰も行かせない」ずっと沈黙していた蒼真が、突然、低く響く声を放った。鋭い眼差しに冷たい光を宿し、その静かな一言が場を一瞬で制圧した。「山口チーフの件が白黒つくまで、ここを離れることは誰一人として許さない」その圧倒的な気迫の前に、騒然としていた空気が水を打ったように静まり返った。「蒼真さん……でも、お母さん、本当に体の具合が悪くて」雫はいつものように、涙ぐみながら懸命に訴えかけた。「やっぱり、先に休ませてあげた方が……」「なぜ、よりにもよってこのタイミングで?」蒼真は多恵子に静かに見据え、瞳の奥に氷のような冷気を漂わせた。「本当に具合が悪いのか、それともこれから起きることに、後ろめたくて向き合えないのか、どちらですかね」彩葉はわずかに目を見張り、蒼真のほうへ視線を向けた。てっきりこの男は、林家に不利な流れになれば、いつものように庇うに違いないと思っていたのだ。だが彼の
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第557話

「蒼真、妻の具合が本当に悪いんだ。休ませてやってくれ」浩一郎は顔を強張らせ、押し殺した声で言った。「それに、これはどこまでいっても林家の内の話だ……」「北川だけが相手なら、俺には関係のない話だったかもしれない」蒼真の眼差しは、研ぎ澄まされた氷の刃のように冷酷だった。その声に、一切の妥協は感じられない。「だが当事者の中に、彩葉がいる。だから最後まで見届ける」その言葉に、林家の三人の顔色が一斉に固まった。とりわけ雫は、瞳に怒りの炎を宿し、呼吸を乱した。幸い、この席は関係者だけが固まっており、他の客には会話が聞こえていない。もしこれが全員の耳に届いていたら、蒼真と彩葉の関係を誰もが疑い、林家の姉妹がひとりの男を争っているという、目も当てられない事態になっていただろう。最終的に恥をかくのは、父親として一家の主であるはずの浩一郎なのだから。「多恵子さん、北川社長がお聞きですよ」彩葉は薄く微笑んだ。その笑顔は美しいのに、林家の母娘には背筋を凍らせるような凄みがあった。「どうやら、自らの非を認めるつもりはないようですね」高慢で、冷やかで、有無を言わさぬ鋭さがあった。それは蒼真が好む女の姿とはかけ離れているはずなのに、こうして目の前に立つ彩葉から、彼はどうしても目を離すことができなかった。「彩葉!目上の人間に対してなんて口の利き方をするんだ!いい加減にしろ!」浩一郎はついに堪えきれず、父親の権威を振りかざして怒鳴りつけた。しかし彩葉には、すぐにわかった。今この瞬間、浩一郎が突然自分を叱責したのは、多恵子に息をつかせ、言い訳を考える時間を与えるためだということが。この卑劣な男。若かりし頃は愛人を溺愛し妻を蔑ろにして、間接的に母を死へ追いやり、幼い自分を家から追い出した。そして今また、自分の権力で圧力をかけようというのか。彩葉は冷ややかな笑みを口元に浮かべた。「『尊敬』とは、ただ年を取っているだけで得られるものではありません。敬意に値する大人もいれば、到底敬意の欠片すら値しない輩もいる」林家の面々が、息を呑んだ。長年、彩葉は林家の母娘に踏みにじられ続けてきた。自分の居場所が奪われていくのを黙って見ていた。ずっと、耐え忍んできた。今日初めて、彩葉は公の場で林家に牙を剥いたのだ。これはもう、取り返しのつかない決
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第558話

こんな女には、生まれて一度も出会ったことがなかった。ひとたび目にしてしまえば最後、抗いようもなく惹き込まれてしまうだろう。彩葉の言葉は、崩れた山肌から転がり落ちる岩石のように、一つひとつが蒼真の胸に重く叩きつけられ、大小無数の傷を刻んでいった。毅然とした眼差しで立つ妻を見つめながら、蒼真はほとんど無意識に手を上げ、そっと自分の胸に押し当てた。そこに、鈍痛が走った。力を込めて押さえると、やがてその痛みは徐々に薄れ、静かに消えていった。多恵子の目の前が真っ暗になった。さきほどまでは倒れるふりをしていただけだったが、今は本当に膝から崩れ落ちそうだった。出身、学歴、そして彼女が長年誇りにしてきた、あの浩一郎との一目惚れから始まった純愛物語。立て続けの衝撃に、彼女が必死に作り上げてきた仮面に、ついに決定的なひびが入り始めた。崩壊の始まりだった。「彩葉……でたらめを言わないで!うちの母は愛人なんかじゃないわ!」雫は目を真っ赤にして声を荒げた。蒼真の中で自分が必死に築いてきた可憐なイメージが崩れ去ることを、何よりも恐れていた。「今日、わけのわからない男を連れてきて母を中傷して、よりにもよって父の誕生日にこんな騒ぎを起こして――あなた、いったい何がしたいの!」雫がそれ以上口を開くより先に、理が一歩前へ出て、彩葉を庇うように立ちはだかった。まるで彼女を世界から守り抜くかのように立ち塞がった。「ちょっと待って、話をすり替えないでくれ。嘘をでっち上げようとしていたのは、君のお母さんのほうじゃないか。パパラッチを買収して、カメラの位置まで綿密に決めていた。あの夜、俺と彼女の間に何もなかったから未遂に終わったものの、もし何かあれば、君のお母さんの思う壺だったわけだよな」理はひと呼吸置いてから、冷ややかに付け足した。「いや、そもそも、何があろうとなかろうと盗撮は許されない。あの写真が外に出ていたら。俺は男だから、少し噂になるくらいで済む話だが、彩葉代表がどういう目に遭うか、想像がつくか?多恵子さん、君の醜い腹の内が、よくわかったもんだ」蒼真は息が詰まった。見えない手が、喉元をぐっと締め上げてくるようだった。あの夜の記憶が、鮮明に蘇った。嫉妬に駆られ、追い詰めるように彩葉の家へ乗り込んで、理との間に何かあったのかと激しく問い詰めた。あの
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第559話

場が完全に収拾のつかない状態になるのを見て、雫は絶望に顔から血の気を引かせた。父が母を睨みつける目には、抑えきれない怒りが宿っている。よりにもよって、あの胡散臭い記者を信用するなんて。世間を渡り歩く抜け目ない情報ブローカーを仲間に引き入れたのが、そもそもの間違いだったのだ。自業自得としか言いようがない。ただ、この騒ぎが自分にまで飛び火して、蒼真からの信頼を失うことだけは、なんとしても避けなければ――理は浩一郎の情けない顔をじろりと眺め、口の端を意地悪くつり上げた。「林会長、言わんこっちゃない。大口を叩くのも大概にしろ。あとでこの誕生日会が、ただで終わると思わないことだ」「……林会長」蒼真の眼差しは氷のように冷たく、今にも溢れ出しそうな激しい感情を必死に抑え込んでいる様子だった。「林夫人が何をしようとしていたか、その目的は、俺にははっきりとわかっている」その言葉に、多恵子の全身がビクンと震えた。心臓が止まるかと思った。蒼真は静かに続けた。「今日のことについて、二人から納得のいく説明がなければ、林会長、このお誕生日会はそう簡単には終わらないよ」浩一郎が返答に詰まっているその瞬間、多恵子が突然声を上げて号泣し、そのお門違いな怒りを彩葉へと向けた。「彩葉……お母さんが亡くなったこと、ずっと私のせいだと思っているのはわかってるわ。恨むなら私を恨んでちょうだい。でも、なんでよりにもよってお父さんの誕生日に、こんな騒ぎを起こすの?みんなの前に林家の恥を晒して、そんなに嬉しいの?あなたがこの山口とかいう人を連れてきて、偽の録音まで使って私を陥れたんでしょう!彩葉……私を破滅させたいのね!?」理はあまりの言い草に、思わず笑いをこらえるのに苦労した。この女、とんでもない面の皮の厚さだ。浩一郎が彼女と結婚したのは、面に皮が千枚張りだ。彩葉は表情を一切動かすことなく、多恵子を静かに見据えたまま、ただ待っていた。数秒後。宴会場の大型モニターが突然切り替わり、画像を映し出した。そこに大写しになったのは、多恵子が場末の喫茶店で人志と密かに会っている、紛れもない盗撮写真だった。人志と多恵子、ふたりの顔が同時に凍りついた。これはもう、どんな言い逃れも通用しない決定打だった。「あなたを追い詰めようなんて、一度も思ったことはあり
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第560話

その言葉を聞いた彩葉の表情は、どこまでも静かだった。胸の内も、凪いだ水面のように静まり返っていた。蒼真が自分の味方をしているなどと、無邪気に期待を寄せるつもりは毛頭ない。彼がこうして声を上げたのは、単純に林家の面前で自らの体裁を保ちたいからだ。蒼真が自分の夫であることを、林家の人間は知っている。この場で妻のために何も言わなければ、それこそ情けない男だと思われる――ただ、それだけのことだ。理は、怒りを腹の底に溜め込んだ蒼真の顔をちらりと見やり、冷ややかに鼻で笑った。自分は確かに素行の軽い男だし、清廉潔白な人間でもない。だが少なくとも、裏表はない。遊ぶなら遊ぶ、クズならクズなりに、自覚して生きている。それに比べて蒼真はどうだ。身勝手な振る舞いをしておきながら、愛妻家の仮面をかぶり続けようとする。欲しいものはすべて手に入れようとする、その二枚舌が実に鼻につく。客たちは困惑したように蒼真を見て、次に彩葉を見た。ふたりの関係性が、どうしても掴めなかったのだ。雫が蒼真にとって特別な存在だという話は、誰もが知っている。この彩葉という女性は浩一郎の前妻の娘であり、縁者には違いないが、蒼真がここまで他家の事情に踏み込む理由が見えない。いったい何を考えているのか。自分の妻を蔑ろにして、人妻に懸想しているということか?客たちの視線が、今度は雫へと集まった。好奇と嘲りの入り混じった、酷く複雑な目線だった。「蒼真さん!お母さんは山口ってあの人に利用されたのよ!あんな小悪党の言葉を信じないで!」雫は蒼真の放つ威圧感に押しつぶされそうになりながら、それでも必死に多恵子をかばい続けた。蒼真は雫を冷たく見据えた。かつて彼女に向けていた穏やかさは、もうそこには欠片もなかった。「録音、写真、証拠は出揃っている。雫、これ以上かばい続ければ、林家の立場はさらに悪くなるだけだ」その鋭い眼差しに射すくめられ、雫は言葉を失い、喉の奥が震えて動けなくなった。「わ……私は……」多恵子が気を失ったように、がくりと膝から崩れ落ちた。「お母さん!」雫の悲鳴が上がった。「多恵子っ!」浩一郎が慌てて駆け寄る。多恵子はぎゅっと目を閉じたまま、こっそりと娘の手を強く握り締めた。雫はわずかに視線を動かし、すぐに大粒の涙をこぼし始めた。「お父さん!お母さん
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