All Chapters of 聖女を信じて悪役令嬢を陥れ続けたら、断罪されたのは私でした: Chapter 31 - Chapter 40

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誘いの庭園

 次の日、私は初めて王宮へ向かうことに。こんな場所、転生する前ですら行ったことがないし、行くことすら無いかも。 白い壁に大理石の床。 ドキドキしながら王宮の庭園へ向かう。 私は胸を高鳴らせながら回廊を歩いていた。 王子と話せるかもしれない……グルナ様が隣に座らせてくれるかもしれない……そう思うだけで、頬が自然と熱くなる。 その時だった。「あ、アプリル……?」 柱の陰から、アプリルが姿を現した。いつものメイド服で、手にはトレイを抱えている。「……サフィー」 呼び止められて、私は足を止めた。 けれど胸の奥には、なぜか冷たいものが走る。「なに? もうすぐお茶会なの。時間が無いのよ」 少し急かすように言うと、アプリルは静かに目を伏せ、それから真剣な眼差しでこちらを見つめた。「気をつけなさい。グルナ様は……貴女のために見えるかもしれない。でも、わたくしはあの方の”慈悲”の裏に別のものを見た」「……またその話?」 私は思わず声を強めた。 せっかく楽しい気持ちだったのに、冷水を浴びせられたみたいで。「わたくしが破滅したとき……最後に背を押したのは、あの方の言葉でした」 アプリルの指先が小さく震える。 それでも彼女の瞳は必死で、私に訴えかけていた。「どうか、間違った道を選ばないで。サフィー、貴女まで同じ結末を迎えてほしくないの」 心臓がきゅっと締め付けられる。 一瞬だけ、その言葉が真実に響いた。(……でも、認めちゃいけない。アプリルは悪役令嬢。私はヒロイン。信じるべきはグルナ様なんだ)「やめてよ……嫉妬でそんなこと言うのは見苦しいわ」 私は冷たく言い放ち、踵を返した。 振り返る勇気はなかった。 背中にアプリルの小さな吐息が届く。「……サフィー」 その声は哀しみに満ちていたけれど、私の足は止まらなかった。(グルナ様を信じる……それが、私の”ヒロイン”としての道だから!) 胸の奥で繰り返し言い聞かせながら、私は庭園へと歩みを進めた。
last updateLast Updated : 2025-10-16
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微笑む聖女、遠ざかる影

 王宮の庭園に無事着いて、お茶会が開かれてる。 学院の庭園よりも広く豪華で、季節に応じて咲き誇る花々に囲まれた東屋。 そこに招待された私達は座っていて、テーブルにはお茶やお菓子が正しい順番で並べられている。 私は王子の隣に座っていて、本当に夢みたいな時間。 胸はずっと高揚していた。「で、殿下……カッコいいですね」「これはこれはありがとう」 グルナ様のおかげもあって、ここに座れている。 感謝してもしきれない。「サフィー嬢はとても努力家です。昨夜も遅くまで試験勉強を重ねていましたのよ」「は、はい……そうなんです……」 グルナ様が柔らかな声でそう告げると、王子は頷いて私に視線を向けてくれた。 王子は私に尊敬の目を向けている。「そうなのか。君の誠実さは見習うべき者だな」 私の頬は赤らめていって、胸が熱くなった。 嬉しいからかな。もしかしたらそれ以上かもしれない。「そ、そんな……私はただ、皆のために……」 緊張なのか言葉がどもっちゃう。 上手く話せたらいいんだけれども…… もっともっと王子と近づくためには、必要なのに。(これも全部……グルナ様のおかげ。やっぱり、あの方を信じていれば間違いない。私はヒロインとして、殿下に選ばれる……!) アプリルが少し離れた場所から見ている事に気づき、私の胸にかすかな痛みが走った。 彼女は今日、給仕係としてこのお茶会に参加している。勿論王子との会話なんて一切許されていないし、私達とも必要な会話以外話してはならない。 廊下で話すような事は出来ない。私もグルナ様も居るから、しようと思っても出来ないよね。 今は出来上がったお菓子が無いから、待機しているみたいだけれども。 彼女の無言で私を見ているというのは、ちょっと申し訳ないかな。 ううん、そんな事無い。 今のアプリルは破滅してメイド。今の状態は正しいんだ。 私はそう思うことにした。 それに、グルナ様が優しく微笑みかけてくれたことで、その迷いはどこかに消えていったのもあるから。「サフィー嬢は、好きな人は居るかな?」「……この場で恐縮なんですが、殿下です」「ふむ、それは嬉しいね」 私のさりげない告白に、殿下は頷きながら笑顔を見せていた。 殿下ってこんなにイケメンでカッコいいなんて。 結ばれるんだったら、どんな事だってしたい。グルナ様
last updateLast Updated : 2025-10-16
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月影の告白

 その夜。 寮に戻った私は試験勉強を行っていたけれど、ページの文字がもう頭に入らなくなっていた。ペンを置くと、窓から差し込む月明かりが机の上を淡く照らしている。 静寂の中、アプリルはぽつりと口を開いた。「……サフィー、今日のお茶会はどうだったかしら?」 その声は穏やかだったけれど、微かにかすれていた。 私は顔を上げ、思わず胸を張って答えた。「とても楽しかったわ。あんなに殿下と一緒にいられるなんて」 アプリルの赤い瞳が揺れるのを、月明かりが淡く照らす。 確かにアプリルも給仕として来ていたから、気になったのかもしれない。 かつては彼女こそ王子の隣に座っていた。婚約者として、当たり前のように。 その姿を思い出すと、胸の奥が少しざらつく。「そう……楽しかったのでしたら、良かったです」 アプリルは静かに微笑んだ。けれど、その笑みはまるで紙で作られた仮面のように脆く見えた。 私は、彼女が本当に聞きたいことに気づいてしまう。「何を聞きたいの?」「いえ……わたくしは、ただ気になっただけですから」 アプリルは視線を下げ、言葉を尻すぼみにした。 月明かりがその横顔を縁取って、影を濃くする。(訊かないんだ……殿下のことも、グルナ様のことも) その沈黙に、私の胸の奥で小さな棘が疼く。 でも私は、口に出してしまった。「アプリル、私はヒロインだから、殿下と結ばれたいのよ。……いいえ、結ばれなきゃいけないの」 言いながら、声が震えた。 言わなければ、信じられなくなりそうで。 必死に、ヒロインという言葉に縋っている自分がいた。(そうじゃないと、私はヒロインじゃいられない。ただの”ヒドイン”に……そんなのはイヤ……) ヒロインは私だから。 アプリルは驚いたように私を見つめ、それから目を伏せた。 唇がかすかに動き、しばらくして静かな声が返ってきた。「……サフィーがそこまでの思いがございましたら。是非とも自力で掴んでください。サフィーにはそれが出来ますから」 その声は優しいのに、奥にひそやかな寂しさが滲んでいた。 月光の下で、赤い瞳が一瞬だけ揺れた気がした。「……ありがとう」 私も微笑んでみせたけれど、胸の奥では別の声が囁いていた。(今だって、自力よ。グルナ様を利用して、殿下との距離を縮めている……これが最短のルートなの。ヒロインに選
last updateLast Updated : 2025-10-16
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太陽の下の影

 昼休みの中庭。 お昼ご飯を食べた後、私達が花壇の周りで談笑する中、グルナ様はいつものように柔らかな微笑みを向けて輪の中心に居る。 まるでグルナ様は太陽。さんさんと優しい光を私達に向けている。「心配しなくてもいいの。努力は必ず実を結ぶわ」 ある生徒がグルナ様へ試験などで不安になっている事を言って、グルナ様が頭を撫でながら安心させていた。「さすがグルナ様……!」 周囲の生徒達は感嘆の声を上げ、憧れの眼差しを向けていた。 その中には当然私も居る。「決して諦めてはいけませんわよ」「はい……!」 グルナ様のはげましは、この世界の誰よりも強い力がある。 だからグルナ様に尊敬しちゃうんだ。「……そこで何をしているの?」 ふとグルナ様が中庭の外を見た。 視線の先には、掃除道具を抱えたアプリルの姿。タイミングのせいかもしれないけれど掃除する訳でもなく、私達を見ている。「ぐ、グルナ様……」「……また出しゃばっているのね、アプリル・ブラチスラバ」「わたくしは、ただ掃除を……」 少々尻すぼみな声を出して、グルナ様に反論していた。「言い訳は聞き飽きたわ」 グルナ様は微笑みを崩さないけれど、声には棘を込めている。 それを躱す力なんてアプリルには無い。「あなたが居るだけで皆の気分を悪くするの。どうして理解できないのかしら」 周りがアプリルを嘲笑する。 アプリルは俯いて、静かにその場を離れていった。「ごめんなさい。気分を悪くしてしまって」「いえいえ、グルナ様のせいではありません」「悪いのはあのブラチスラバですから」 私も他の生徒と同じように同調していた。 タイミング的になんであそこに居るんだろう。こうなるのは理解出来るはずなのに。 アプリルが去った後、中庭の空気は再び和やかなものに戻っていった。 生徒達は「やっぱりグルナ様が正しい」と頷き合い、彼女の周りに花が咲いたような笑顔が広がっていく。「サフィーさんも、心配はいりませんわ」 不意にグルナ様が私の方へ視線を向け、やさしく微笑んだ。 その目は、私だけを選び取るように真っ直ぐでーー胸の奥がじんと熱を帯びる。「あなたは誰よりも努力を重ねている。だから必ず殿下に認められます。……わたしが見守っていますから」「……っ!」 胸が震えて、思わず頷いてしまう。 その瞬間、周囲の生徒
last updateLast Updated : 2025-10-16
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蝋燭の影

 その夜。 寮の部屋に入ると、アプリルが机に向かって黙々と帳面を整理していた。 蝋燭の灯りが赤い瞳を照らし、影が揺れている。「……サフィー」 その声に、思わず背筋が伸びた。 呼び止められたはずなのに、胸の奥がざわつく。「なに?」「今日の事、どう思っているの?」 その一言で胸が強く脈打つ。 アプリルの視線は真剣で、彼女の声は震えていないのに、必死に抑えているような張り詰めた響きがあった。「どうって……グルナ様が正しいに決まっているじゃない」 自分でも分かっていた。即答しすぎた。 でも、それを否定したら、私は迷ってしまう。だから口早に言葉を重ねた。「だって、あの人が声を上げれば、みんな信じてくれるじゃない。まるで奇跡みたいに」 アプリルは小さく息を呑み、何かを言いかけては飲み込む。 赤い瞳が震えているのが、蝋燭の炎に揺れて見えた。「……サフィー。わたくしは、ただ貴女に間違ってほしくないの」「……っ」 声が痛い。優しいのに、刃のように胸を刺す。 思わず机の上に視線を落とした。「やめて、アプリル。私はヒロインなのよ。だから導いてくれるのは、グルナ様だけなの。あなたじゃない」 言い切った瞬間、アプリルの顔から血の気が引いたように見えた。 けれど彼女はただ静かに俯き、それ以上は何も言わなかった。 寂しい沈黙だけが残る。 蝋燭の炎が小さく揺れ、影が二人の間に深く落ちていく。
last updateLast Updated : 2025-10-16
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夜の訪問者

 夜更け。 アプリルが眠った後、部屋の灯りを消してから間もなく、扉が控えめに叩かれた。「……サフィー、まだ起きているかしら?」 グルナ様の声だった。 思わず飛び起きて、アプリルを起こさないように慌てて扉を開ける。月光に照らされた白銀の髪が、夜の静寂に淡く輝いている。「グルナ様……!」「夜分にごめんなさいね。少し、お話ししたくなって」 そう言われただけで胸が高鳴る。私は迷いなく頷き、彼女の後に続いた。 案内されたのは、学院の一角にある小さな応接室。蝋燭の明かりに包まれた空間で、彼女は椅子をすすめ、微笑んだ。「先日のお茶会、とてもよく振る舞えていましたわ。殿下も貴女を見て、確かな誠実さを感じていらしたわ」「ほ、本当ですか……?」「ええ。わたしはずっと見ていましたもの。サフィーが、どれほど努力しているかを」 その言葉に、胸が熱くなる。 アプリルが言った『自力で掴んで』という言葉が、一瞬頭をよぎる。 でも今、目の前にいるのは自分を信じ、誉めてくれる存在。 グルナ様はやさしく私の手を取った。「だから、どうか迷わないで。殿下に選ばれるのは、貴女です。わたしが保証します」 藤色の瞳に見つめられた瞬間、あらゆる不安が溶けていった。 胸の奥の痛みも、アプリルへの罪悪感も、霧のように。「……グルナ様……!」 涙がにじみそうになって、私は思わずその手を強く握り返していた。
last updateLast Updated : 2025-10-16
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信じるという光

 翌朝。 鏡の前で髪を整えながら、昨夜の言葉が何度も頭に蘇っていた。(殿下に選ばれるのは、貴女です。わたしが保証します) その声が耳の奥でまだ響いているようで、指先に触れる髪さえ柔らかく輝いて見えた。 胸の奥に染みついたその一言は、不思議なほどの安心をくれた。 どれだけ不安でも、グルナ様がそう断言してくださったのなら、間違いない。 頬が自然に紅潮して、鏡に映る自分の笑顔さえ眩しく感じる。(これが”ヒロイン”の顔……ちゃんと出来ているわよね) 自分を確認するように笑ってみせる。 ほんの数日前までは、同じ鏡の前でため息ばかりついていたのにーー今は違う。 授業中。 試験を控えて、周囲の生徒達はみんな緊張した面持ちで教科書に目を走らせている。 ページをめくる音、ペン先のかすかな擦過音、それらが教室の空気を張り詰めさせているのに、私の胸の内だけは穏やかだった。(大丈夫……私は選ばれた存在で、ヒロインだから) ペンを握る手に自然と力がこもる。 胸の奥で、昨夜グルナ様が握ってくださった手の温もりがまだ残っているようで、心の奥に小さな光が灯っているのを感じる。 ほんの数日前までは不安でいっぱいだったのに、今は胸の中に揺るぎない支柱が立っているみたいだった。「あっ、アプリル……」「……サフィー、大丈夫? 試験、心配じゃない?」 授業終わりの廊下で、アプリルが控えめに声をかけてきた。 その赤い瞳は真剣で、かつて私が頼りにしていた日の温もりを宿している。 胸の奥に小さな痛みが走るけれど、私は微笑んで、軽く首を振った。「平気よ。だって、私にはグルナ様がいてくださるから」 自分でも驚くほど、声がすっと出た。 その瞬間、アプリルの瞳がわずかに揺れ、何かを言いかけた。 けれどその声は最後まで聞こえなかった。 私はもう前を向いていたから。 背後に残った沈黙が、かすかに背中へまとわりつく。 試験前夜。 ベッドに横たわり、月明かりがカーテンの隙間から差し込む中で目を閉じる。 指先でシーツを握りしめ、ゆっくりと息を吸う。(大丈夫。殿下に選ばれるのは私。グルナ様がそう言ってくださったんだもの) その言葉を唱えるたびに、胸の奥に光が差し込むようで、鼓動が落ち着いていく。 不思議と眠りは浅くない。 夢の中でさえ、私の隣に立っているのはグルナ
last updateLast Updated : 2025-10-16
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守られる手の中で

 試験が行われた朝、私は教室の椅子に座ったまま、掌にじっとり汗をにじませていた。 答案用紙が配られると同時に、心臓の音が大きくなる。(……落ち着いて。大丈夫、グルナ様に教わったんだから) 震える指でペンを握り、最初の問題に目を走らせる。 すると、先日グルナ様の声で繰り返し聞いた解説がそのまま浮かんできた。 自然に手が動き、答えを書き込む。(解ける……! すらすらと……!) 一問、二問、と進むごとに緊張が和らいでいく。 以前、アプリルに助けてもらったときも確かに解けたけれど……今の感覚はそれ以上だった。 不思議なほど頭が冴えていて、全ての回答欄を埋めていく自分が誇らしくなる。 ちらりと横目でモニカを見れば、こちらを睨むようにしていたが、何も言ってこなかった。 きっと「カンニングしている」と騒ぎ立てたいはず。 けれど、今回はグルナ様に教わったんだ。彼女の威光が後ろ盾になっているのだと分かっているから、モニカは迂闊に動けない。(……守られている。やっぱり、グルナ様がいると違うんだわ) 胸の中に満ちていく安心感は、答えを書き進める勇気になった。 試験が終わる頃には、不安でいっぱいだった朝の自分が嘘のように晴れやかになっていた。とても良い試験だったと言えるくらいに。(これなら……きっと大丈夫!)
last updateLast Updated : 2025-10-16
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踊りと囁き

 数日後、結果が戻ってきた。「こんなに取れているなんて……!」 結果は前回よりも大幅に上がっている。科目によっては満点を取っていて、佐奈だった時のテストよりも取れているかも。 もしかしたら、学院で一番かもしれない。「……すごいわね、サフィー」 掃除中のアプリルが答案を覗き込み、小さく呟いた。 けれどその声音は、どこか寂しげ。 私は視線を逸らしながら笑顔を作る。「ふふ……全部、グルナ様に教えていただいたから」 アプリルの唇がかすかに震えたのを、見なかったことにした。「サフィー、どうでしたか?」 アプリルに見せた後、グルナ様と会う。 そこでグルナ様は早速、私の試験結果を訊いてきた。 色々と教えてもらったから、グルナ様だって気になっているんだと思う。私だって同じ立場だったら気になるし。「満点もありますし、そうじゃなくても高い点数を取れました! 教えていただきありがとうございます!」「ふふっ、それは良かったですわ。そうですね、わたしが教えたかいがありますが……大部分は貴女の実力ですわよ」 微笑みながら私をねぎらってくれた。 頭を撫でてくれて、心が躍ってくる。「そんな……私だけだったら……」「大丈夫ですわ、貴女は誇って良いですのよ」「は、はい……!」 グルナ様は、自信を持たせてくれた。こんなにお優しいなんて。「ねえ、サフィー。今度また、舞踏会が開かれるのだけれども、踊りは大丈夫かしら?」 そうだった。また舞踏会が行われる。今度は学院じゃなくて、王宮で。 私達が主役みたく踊るのよ。 流石異世界というのかな、そこそこの頻度で行うんだよね。私達が出られるような舞踏会を。「勿論です! と言いたいんですが、ちょっと不安でして……」 前回は無事に踊れたけれども、もし王子と踊っている時にミスをしたら私だけじゃなくて、王子にも恥をかかせてしまう。 そんなことは避けないといけない。「まあ……それは、もしよろしければ個人的にレッスンしましょうか?」「ぐ、グルナ様が……!?」 わざわざ私のために教えてくれるなんて。 嬉しいけれども、時間を割いて大丈夫なのかな。「でも、忙しいんじゃ……」「大丈夫ですわ。選ばれたヒロインのためだったら、わたしは協力いたしますから」「ありがとうございます……!」 私はグルナ様の提案に乗っかって、レ
last updateLast Updated : 2025-10-16
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鏡の中のヒロイン

 ダンスのレッスンが終わって数日後。 学院内の廊下を歩いていると、私の前を通り過ぎる生徒達が口々に囁いているのが耳に入った。「最近のサフィー嬢、本当に素敵ね」「グルナ様の隣にいると、ますます輝いて見える」 胸の奥に小さな満足感が膨らんでいく。 かつてはアプリルの方が注目されていたのに、今は私が光のなかにいるーーそんな錯覚さえしてしまう。 上機嫌のまま寮に戻る。 部屋の机にはドレスが広げられていた。これは明日に控えた舞踏会のために用意されたもの。 胸元には繊細なレース、裾には銀糸の刺繍が施されていて、光を受ければきっと煌めくはず。 けれど私は鏡の前で立ち尽くし、手を伸ばすことができずにいた。(これで本当に大丈夫……? 殿下と並んで恥をかかせない……?) そんな迷いを振り払えずにいると、扉が控えめに叩かれた。「……サフィー、入ってもよろしいかしら?」 聞き慣れた澄んだ声に、私は慌てて立ち上がる。 扉を開けると、月光をまとったような白銀の髪が目に飛び込んできた。「グルナ様……!」「準備が進んでいるか気になって。……そのドレスを、着てみてくださらない?」 促されるままに袖を通すと、背後からグルナ様が近づき、手早く紐を結び、余分な布を整えてくれた。 指先が首筋や肩に触れるたび、全身が熱くなる。「殿下は、こうした髪型をお好みですのよ」 彼女の手が櫛を取り、私の髪をゆるやかに編み上げていく。 結われていく髪の重みが、まるでヒロインとしての証のように感じられて、胸が高鳴った。 鏡の前には、見慣れた自分でありながら、どこか別人のように気品を帯びた少女が映っていた。「……グルナ様、本当にありがとうございます」」 思わず呟いた私に、彼女は背後から抱き寄せるように囁いた。「大丈夫。殿下に選ばれるのは、必ず貴女です」 その言葉が心臓に深く染みこみ、不安は霧のように溶けていく。 私の視線は藤色の瞳の未来に釘付けで、他のものは映らなかった。 ……けれど、そのとき。 扉の隙間の影に、一瞬だけ赤い瞳が覗いた気がした。 けれど私は振り返らなかった。 見てしまえば、胸の痛みが再び疼くから。(今は見ない……大切なのは、グルナ様の言葉だけ) そう自分に言い聞かせながら、鏡の前の姿に深く息をついた。 こえが、舞踏家へ向かう私の『本当の姿』な
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