All Chapters of 聖女を信じて悪役令嬢を陥れ続けたら、断罪されたのは私でした: Chapter 11 - Chapter 20

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守られるヒロイン

 昼過ぎの演習室。 休憩で私も含めて全員が演習室を離れているうちに、机の上に置いてあった練習用の薬草の一部が紛失していた。 誰かが声を上げる。見てみるとモニカの取り巻きだった。「……サフィー・プラハの鞄から、同じ薬草が!」 何故か私の鞄の中に、薬草が入れられていた。 ご丁寧に学院の備品袋と共に。「ち、違う! 私はそんなの入れてません!」 でもモニカが口元を吊り上げる。「だけど、誰も居なかったじゃない。居ないうちに練習用の材料を盗むなんて、卑しいわ」「そうだ、貴族の誇りを知らないからだ」 取り巻きたちも嘲笑を重ねる。 私を叩く事が出来ているから。「大方、市中で売りさばこうと思ったのでしょう」 私は無実を訴えるけれども、声はかき消されていく。 胸が苦しく、足元が崩れそうになる。「ーーそれは彼女のものじゃない」 冷ややかな声が割って入った。 振り向くと、黒髪を結い上げたメイド服の少女ーーアプリルが立っていた。掃除道具を持っていて、掃除中のようだった。 アプリルの赤い瞳がモニカを射貫く。「サフィーの鞄にその袋が忍ばせたのを、わたくしは見ていたわ。あなたの取り巻きの一人が、誰もいないうちにこっそりとね」 モニカの顔色が変わる。「なっ……証拠はあるの!?」「証拠? もちろんあるわよ」 アプリルはゆっくりと歩み寄り、サフィーの鞄から袋を取り出して机に置いた。「袋の口だけれども、一重結びになっているでしょう? 学院の備品は二重が原則。さらに薬草の葉脈に油染みがある。演習室の扉の取っ手に最近塗られた艶出し油が付着した証拠。今、指先が光っている人がいるわ」 視線が一点を刺す。取り巻きの一人が青ざめ、油で濡れた指先をそっと背に隠した。 演習室は休憩時に扉が閉められていた。 戻ってきたタイミングで教師が開けていて、その間に開けた人物が居たら、付着しているという事になる。「それに、薬草には指紋や泥の跡が残るわ。触ったのが誰かーーすぐにわかる」 教師が険しい顔で袋を確認し、取り巻きの一人を問い詰める。 彼女は怯えた様子で口を噤んでいた。「……これでよろしいかしら?」 アプリルの冷ややかな声が室内に響く。 策略が失敗したことでモニカは歯を食いしばり、悔しそうに唇を噛んだ。「……ありがとう」 アプリルは視線を逸らし、冷たく言い
last updateLast Updated : 2025-10-16
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信じたかった一言

 その夜。 寮の部屋はしんと静まり、外からは虫の声と夜風の音だけが届いていた。 蝋燭の灯りが揺れ、机の上に影を落とす。 私は寝台に腰を下ろし、アプリルに向き直った。 どうしても言いたくてたまらなかった事を。「……今日のこと、本当にありがとう。あのままじゃ、私……どうなっていたか……」 アプリルは日誌に記入しながら、私の話を聞いていた。 少しして静かに息を吐く。「……礼などいらないわ。わたくしは、かつて同じように”疑い”を受け、それを晴らせなかった」「……え?」 私が小さく声を上げると、アプリルは振り返った。 赤い瞳が蝋燭の炎に照らされ、深い影を宿している。「大広間で開かれた裁定の場で、わたくしは皆の前に立たされた。取り巻きだった者達が次々と証言し、机の上には”証拠”と呼ばれるものが並べられた。必死に訴えたわたくしの言葉は、誰の耳にも届かなかった」 その声には怒りよりも、深い疲労と哀しみが滲んでいた。 彼女が言っているシーン、ゲームにおいてもアプリルが破滅するシーンに似ていた。 まるで彼女の断罪だけが先に起きたみたいな感じ。 彼女の目には、今も耳の奥に焼き付いているであろう観衆のざわめきだった。 押し殺した笑い声、うなづく音、冷たい視線の重みーー 彼女はその全てを、ひとりで受け止めたのだ。「でも……それでもわたくしは最後まで信じていたの。誰か一人でも、『アプリルを信じる』と言ってくれると……」 彼女は唇を噛み締め、瞳を細める。「……けれど聞こえてきたのは、こうだった。ーー”わたしは信じたかったけれど”」 私は息を呑んだ。 その言葉は慈悲のようでありながら、背中を突き落とす最後の一押しに聞こえたから。「その一言で、すべてが決まったの。誰もがわたくしのことを黒と決めつけた。群衆はうなづき、わたくしは断罪された。勘当されて、婚約も破棄され、いまや学籍だけ残されてーーメイドとしてここに立たされている」 私は胸が締め付けられ、言葉を失った。 アプリルは視線を落とし、かすかに笑う。「だから覚えておくといいわ。”信じたいと思った誰かに”、その言葉を告げられたら……あなたも破滅する」 一瞬だけ想像してしまったのだーーもし私が
last updateLast Updated : 2025-10-16
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感謝と嫉妬

 モニカの嫌がらせは、日ごとに巧妙さを増していった。 その日の朝。 授業が始まる直前、机の中に入れていたはずの羽根ペンが見つからなかった。「えっ……ない……?」 インク壺まで忽然と消えている。どうして、こんな…… 焦る私の背後で、わざとらしい声が響いた。「まあ、サフィーさんったら。道具の管理もできないの?」 モニカが、取り巻きと一緒に笑っている。「庶民は粗末なものばかりだから、大切にする習慣もないのかしらね」 顔が熱くなる。何も言い返せない。 物を無くしているから……「……ここにありましたわよ」 その声と共に、机の端に羽根ペンとインク壺が置かれた。 振り向けば、アプリルが冷ややかな視線をモニカに向けていた。「愉快な遊びですわね。けれど、授業の妨げになるのは”下品”ですこと」 モニカは一瞬言葉に詰まり、取り巻きと舌打ちして去っていった。「……ありがとう」 思わず呟くと、アプリルはそっけなく答えた。「もう授業が始まりますわよ」 その冷淡な声音に、胸がちくりと痛む。 けれど同時に、助けられた安心感で胸が熱くなった。(でも……これじゃ、私よりアプリルの方が”ヒロイン”みたい……) 菜園での授業後、靴箱を開けると、中に入れていた革靴が泥にまみれていた。「ひっ……!」 泥水が滴り落ち、裾を汚す。周囲から忍び笑いが聞こえた。「まあまあ、またおっちょこちょいですわね」 モニカが扇で口元を隠して笑う。取り巻きの声が重なった。 悔しくて、涙がこみ上げる。 ーーそのとき、黒い影が差し込んだ。「……貸しなさい」 アプリルが黙って布を取り出し、靴の泥を拭き始めた。 手際よく泥を落とす姿は、まるで何事もなかったかのように冷静だった。「……ありがとう」 小さく声を掛けても、アプリルは何も答えない。 ただ淡々と拭き取り、靴を差し出した。(優しい……でも、”元悪役令嬢”に救われている姿を誰かに見られたら……私が情けなく見える……!) 胸の奥に安堵と羞恥がせめぎ合い、視界が揺れた。 試験直前。 徹夜でまとめたはずの勉強ノートが、机から忽然と消えていた。「どこにも……ない……!」 教室中を探す私の背中に、あざ笑う声が投げかけられる。「庶民は物をなくしてばかりね」「勉強したところで
last updateLast Updated : 2025-10-16
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舞踏会前夜

 舞踏会の前夜。 窓の外では、学院の庭園に提灯の灯りが揺れ始めていた。明日の舞踏会に向けて、生徒達が飾り付けをしていったもの。 人のざわめきと灯りの光が、まるで『これから祝福が訪れる』と告げているようでーー私の胸はさらに高鳴った。(明日は……物語のヒロインらしく、みんなの前で輝くんだわ!) 私は自室の鏡の前でドレスを合わせながら、胸の鼓動を抑えられずにいた。 このドレスは舞踏会に併せて、学院が発注してくれたもの。希望の色をベースに作られている。色は舞踏会の雰囲気に合ったものから選ぶ形だったけれど。(ついに……殿下と並んで踊れる日は来るのね。これで本当に”ヒロイン”だって証明できる……!) 頬を紅潮させ、夢見午後地でドレスの裾を広げてみせる。「……浮かれて転ばないように」 背後から冷ややかな声がした。振り向けば、アプリルが雑巾を手に立っていた。 煌びやかな夢を映す私と、現実を拭う彼女。二人の姿は同じ部屋にありながら、まるで別の世界にいた。「転んだって、殿下が助けてくださるもの!」 私は強がって言い返す。 けれどアプリルは肩をすくめただけで、窓辺に視線を向ける。「華やぎは一瞬。けれど失態の記憶は長く残りますわ」 その声音は、冷たいのに優しくもあった。 かつてアプリル自身が破滅した事を含んでいるのかもしれない。 胸を刺されるような痛みを覚えながらも、私は鏡に映る自分の笑顔を見つめ直す。(大丈夫……私はヒロイン。輝く未来は、きっと私のものだから……) アプリルは雑巾を絞ると、何事もなかったかのように黙って机を拭き続けた。 その背中を見ていると、胸の奥に小さな棘が刺さったように疼く。(……でも、きっと大丈夫。だって明日は、私はヒロインで、彼女はもう破滅済みの悪役令嬢なんだから) 私はそう言い聞かせてドレスを抱きしめる。けれど、胸の奥にある自分の笑顔が、ほんの少しだけぎこちなく見えた。
last updateLast Updated : 2025-10-16
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舞踏会の花

 翌日。 舞踏会が行われた。 学院の大広間は、無数のシャンデリアに照らされていた。 音楽が鳴り響き、華やかなドレスと燕尾服が踊りの波をつくる。 初めて着るようなドレス、私は最初ぎこちなかったけれども、徐々に慣れてきた。(凄い……本当に、ゲームでみた舞踏会そのもの……!) 胸が高鳴り、私はドレスの裾を握りしめた。 夢にまで見た舞台の中央へ。そこに、殿下と並んで立つ自分を想像するだけで胸が震える。 ーーけれど。 ふと視線を横に流すと、大広間の隅で給仕に混じって、トレイを抱えて歩くアプリルの姿があった。 煌びやかなドレスの列の中で、ただ一人、地味なメイド服。いや、もう一人ワイン色のボブカットのメイドが居るけれど、アプリルの方がより逆に目立っている。 取りこぼされたパン屑を拾い、倒れかけた杯を受け止めるその姿は、まるで『現実』の象徴のようにも私の目に映った。(……あの人は破滅済みの悪役令嬢。私とは釣り合わない。今日こそ……私が本当のヒロインだって証明するの!) 胸を張り直し、私は会場の中央へ向かって歩き出した。 緊張しながらも王子を探したり、踊ったりしていく。 「サフィー、こちらへ」 やがて王子が人々の前で堂々と私に手を差し伸べた。 ーー殿下が……私を誘ってくださった!? 胸が高鳴って、私は震える手でその手を取る。「君の笑顔は、この夜会に咲く花々よりも美しい」「……殿下!」 涙が滲みそうになる。夢でしか見なかったハッピーエンドが、いま現実に。 私達がホールの中央で踊り出すと、周囲はざわめいた。「まぁ、殿下はあの子を……」「でもあれは、ただの舞踏会の礼儀でしょう?」「そうだ。形式だよ、きっと。他の生徒にも踊りを申し込んでいたし」「でも……見た? あの眼差し。少し違っていた気がしない?」 囁き声が波紋のように広がっていき、私の耳に届く。 その一つひとつが甘い蜜にも、鋭い棘にも感じられた。 しばらく私は踊り続けた。 踊っている最中、ふとホールの隅を見ると、メイドとして雑用をしながら、私達を見つめている影があった。 煌めくドレスの海にあって、ただ一人、地味なメイド服の姿。 燭台を持って歩くアプリルの影が、壁に揺れていた。 同じ場所にいるのに、彼女だけがまるで別の世界に立たされているようだった。かつてはこの場で今の私
last updateLast Updated : 2025-10-16
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祝宴の影

 学院の祝宴。 舞踏会は無事に終わって、私達は食堂へ。 テーブルには豪華な料理が並び、王子や貴族達が談笑していた。 アプリルなどの侍女達は、料理を運んだり皿を片付けたりして、動いている。 その中で、私は自分の皿に盛られたサラダを見つめて固まっていた。(うう……食べないといけないのかな……) 真っ赤に熟したトマトが、宝石のように光っていたから。 何とか他の野菜は食べていたけれども、トマトだけが残ってしまう。 私はトマトが嫌い。あの酸味とかがどうしても口に合わない。 そんなトマトがどうしてよりによって、ここに…… フォークを伸ばそうとするけれども、指先が震える。「どうした、サフィー? 食欲がないのか?」 そんな様子を斜め向かいの席に座っていた王子に見られてしまう。「い、いえ……その……」 トマトが嫌いなんて言えない。 言えないはずなんだけれども…… 必死に取り繕おうと言葉を考えていくけれども、口から出てきたのはーー「……わ、私……トマト、苦手で……」 ほぼ直球の言葉だった。 一瞬だけ、場が静まり返る。 でもその瞬間、モニカとその取り巻き達がクスクスと笑う。 しかも水を得た魚のように……「まあ、サフィー様ったら可愛らしいですわ」「子供のようで微笑ましいですわ」 気がつくと私は頬を赤くして、はにかみ笑いで誤魔化しちゃった。 王子は笑っていたけれども、その笑みにもどこか『甘やかすような』響きがあった。 私の胸はチクリと痛む。「次の料理が来ますので、こちらお済みでしたらお下げしますわ」 するとアプリルがトマトのサラダを下げた。 またはにかんだけれども、少し嬉しかったと同時に恥ずかしい気持ちもあった。(ピンチを救うなんて……アプリルがヒロインに見えるじゃない……) 宴が終わり、灯りの消えた回廊に出る。 月光が白く床を照らし、夜気がひやりと肌を撫でた。 そのとき、不意に背筋をなぞるような視線を感じた。 振り返っても誰もいない。 けれど、祭壇に飾られた白い花が一輪、風もないのにかすかに揺れていた。(……今、誰かが……?) 胸の奥に小さなざわめきが広がる。 それは、まだ名前のない不安の種だった。
last updateLast Updated : 2025-10-16
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浮かれの代償

 数日後。 窓から差し込む光はやわらかく、鳥のさえずりも聞こえるのに、胸の奥は数日経ってもなぜか落ち着かなかった。(……殿下と踊れたのに。夢にまで見た舞踏会だったのに……どうして、こんなにざわつくんだろう) 洗面台で顔を洗い、鏡を覗き込む。 映るのは、いつもより華やいでみてるはずの自分。 けれど唇に浮かぶ笑みは、どこか引きつっていた。「顔色が冴えないわね」 背後から、落ち着いた声が響いた。 振り向くと、アプリルが掃除道具を手にして立っていた。「えっ……そんなことないよ」 私は慌てて笑みを作ったけれども、頬が引きつったまま。「舞踏会の日、随分と舞い上がっていたものね。浮かれるのは結構。でも、浮かれすぎれば足元を掬われるわ」「そんな……! 殿下は、ちゃんと私を見てくださったのよ!」 思わず強く言い返す。 でもアプリルは微笑すら浮かべず、ただ視線を伏せた。「”そう思いたい”のね」 アプリルのその一言が胸に突き刺さる。 言い返したくても、言葉が出ない。(違う……私はヒロインだから……殿下はきっと……!) 心の奥で必死に自分を励ましながら、私は鞄を抱え直した。 足取りは自然と速くなる。まるでアプリルの言葉から逃げるように。「…………」 食堂に向かえば、女生徒達の視線が背中をなぞる。 憧れにも似た眼差しの中に、冷たい棘を含むものも混じっていて、足取りが重くなる。 トマトの一件を笑われた時の事が、何度も脳裏によぎった。(私はヒロイン。殿下に選ばれるべき人……。なのに、少しの失敗で笑われて、心が揺らぐなんて……) 廊下を歩いていると、すれ違ったアプリルが静かに一礼した。 朝の事を気にしているのかいないのか、見ただけでは分からない。 でもその仕草だけなのに、まるで「気をつけなさい」と突きつけられたようで、胸がちくりと痛む。(……負けない。私はヒロインだから……!) 必死にそう何度も言い聞かせながら、私は次の授業へと足を運んでいった。 その先で、運命を狂わせる出来事が待っているとも知らずに。
last updateLast Updated : 2025-10-16
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聖女の登場

 昼下がりの講堂。 授業が終わって、ちょっと後ろの方に行った時ーー。「これ、あなたのじゃないの?」 後ろから声が響き振り返ると、机の中から宝石細工の髪飾りが出てきた。取り巻きの一人が手に取っている。 豪奢な金の細工、王家の紋章まで刻まれている。 ざわめきが一層強くなる。「……なっ、こんなの知らない!」 私は慌てて首を振る。 でも、モニカたちは厳しくサフィーをにらみつける。「まさか平民のくせに盗んだんじゃ?」 誰かが冷ややかに呟き、より多くの視線が集まった。 モニカが口元を吊り上げ、声を張り上げた。「ほらご覧なさい! 平民様がもう”醜い本性”を現したわ!」 胸が締め付けられる。 王族のものを盗んだら、ヒドインになってしまうかもしれない。断罪は免れない。 私の視線は自然と同室のアプリルを探していた。 でも彼女は廊下の奥で雑務に追われ、こちらに駆け寄ることはできない。 孤独が押し寄せ、私は震えそうになる。 もう絶体絶命。 ーーその時。 講堂の扉口から、澄んだ声が響いた。 それは鐘の音のように澄み切っていて、ざわついていた空気を一瞬で凍らせた。「待ってください」 振り返ると、白銀の髪を持つ少女が静かに歩み出ていた。 高い窓から差し込む光を受け、彼女の髪は雪解けの水面のように輝き、藤色の瞳は淡く光を宿している。 揺れる裾からのぞく純白の靴が、大理石の床を踏むたびに小さな音を立て、まるで聖堂に響く祈りのように重なっていた。「その髪飾り……わたしが落としたものです」 透き通る声が再び場を満たした。 少女は柔らかな笑みを浮かべ、髪に挿していた留め具を外してみせる。 細工も刻印も、机の上に置いてある髪飾りと対になっている。「両方とも、わたしが殿下からいただいたもので、サフィーさんは無関係です」 清らかな言葉が落ちるたび、ざわつきは波紋のように消えていき、安堵と憧憬に変わっていく。「さすがグルナ様……」「やっぱり聖女だわ……」 生徒達の囁きが広がる中、私は呆然とその少女ーーグルナ・フストを見つめていた。(……これが、本物の聖女) 助かった、という胸に押し寄せる安堵と同時に、強烈なまぶしさ。 まるで自分が『物語の主役』ではなくなってしまったかのような、説明できないざわめきが胸の奥に
last updateLast Updated : 2025-10-16
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聖女の奇跡

 試験勉強で集中していたある日の昼休み。 陽光が降り注ぐ学院の中庭。突然一人の生徒が崩れ落ちた。 ざわめきが広がり、生徒達は慌てて集まる。「誰か、先生を呼んで!」「顔色が真っ青だわ……」 皆、恐怖と動揺で立ち尽くすだけだった。 でも、その輪の中を白銀の髪が揺れて歩み出る。「お任せください」 静かな声。 グルナさんが倒れた生徒の傍らに膝をついた。 彼女はそっと生徒の額に手を添え、やわらかに微笑む。「大丈夫、少し休めば元気になります」 不思議なことに、触れられた瞬間から生徒の呼吸が落ち着き、苦しげだった顔が和らいでいく。 驚きの声が漏れ、誰もが息を呑んだ。「……すごい、さっきまでぐったりしていたのに!」「奇跡……まるで聖女様だわ……!」 やがて生徒は意識を取り戻し、か細い声で「ありがとう」と呟いた。 その手を包み込みながら、グルナさんは柔らかく微笑む。「お礼はいりません。皆で支え合うのが、学院に通う者の務めですもの」 その姿に、周囲の生徒達は自然と頭を垂れていた。私も倣って頭を下げる。 尊敬と憧憬が、一斉にグルナさんへ注がれている。(……こんなの、まるでゲームの”聖女イベント”みたい) 私は胸を熱くしながら、その光景を見つめていた。 それと同時に、試験で絶対に落としてはいけないという気持ちになる。(このまま何も出来ないままじゃイヤ。私はヒロインなのだから……!)
last updateLast Updated : 2025-10-16
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試験前夜

 試験前日。「うう……難しい……」 当然、この世界でも試験はある。むしろ、佐奈だった時よりも難しいかもしれないような。高校でやる試験よりも何倍も。 しかも中間試験や期末試験といった感じじゃなくて、それぞれのタイミングで行われている。 それをこれまでも何度も行っていて、試験結果も良かったり悪かったりしていた。 勉強はしてきたけれども、簡単には覚えられない。 私はそれぞれの教科書を見ながら、ノートへ試験に出るであろう内容を書き込んでいく。 元の世界と同じような事は分かるけれど、歴史や制度といったものは一からに近い。「この国の歴史がこんなに複雑なんて……落第したくない……」 思った以上に、この国って建国されてから、長くて多い。 覚えるのが辛すぎる…… でも、アプリルは涼しそうに私を見ていた。「泣き言を言っている暇があるのでしたら、一問でも解けるように勉強しなさいな」 紅茶を飲みながら厳しい事を言うアプリルだけど、カップを私の前に置いてくれた。 そして隣に立って、別に教科書やノートを出す。「どこが分からないのかしら?」「アプリル……教えてくれるの?」「わたくしがメイドでも、ルームメイトが落第では気分が悪いですわ」 呆れたような声を出しながらも、アプリルの表情は嬉しそうだった。「ありがとう……」 それから私はアプリルに教えてもらいながら勉強をしていた。 夜はすっかり更け、窓の外には学院の塔が黒い影を落としていた。 蝋燭の小さな炎が私達の間を揺らし、紙の擦れる音だけが部屋に響く。「この辺りは前回の試験にも出たわ。覚えておくといいですわ」 アプリルは紅茶を啜りながら、さらりと指先で図表を指し示した。その横顔はどこか遠く見ているようで、光に照らされた赤い瞳が影を落とす。 私はペンを止めて、つい彼女の手元に視線を落とした。 白魚のような指先には、雑務で新しく出来た小さなタコがある。(どうして……破滅済みの悪役令嬢なのに、こんなにも頼もしくて、綺麗なんだろう)「ありがとう……」 アプリルは微笑むでもなく、ただ静かに頷いただけだった。 勉強が終わって机に伏せながら、私は紅茶の香りにほっと息をつく。(……アプリルって、本当に優しい。でも……私はヒロイン。ヒロインは自分の力で試練を乗り越えて、最後に選ばれる存在。だからーーどれほ
last updateLast Updated : 2025-10-16
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