「それに…服自体少なくない?」 湊さんが、クローゼットの中を覗き込んだまま、ぽつりと呟いた。 その視線の先には、ドレスの横に並ぶ、わずかな私服。 上着が四枚、ズボンが二本、スカートが一枚。 それだけだった。 自分でも、少ないとは思っていた。 けれど、それが“普通”になっていた。 服を選ぶことが怖くなってから、私は新しい服を買わなくなった。 何を着ても似合わない。 そう思い込んでいたから。 湊さんの言葉に、私は少しだけ肩をすくめて、曖昧に笑った。 「スーパーに行くくらいしか、着る機会もなかったから」 私は、クローゼットの中の服を見つめながら、静かに言葉を継いだ。 本当は、もっといろんな場所に行きたかった。 季節ごとの服を選んで、カフェに行ったり、映画を観たり、たまにはおしゃれをして、街を歩いたりしたかった。 でも、そんな機会はほとんどなかった。 湊さんはいつも忙しくて、私は家にいることが多かった。 外に出る理由がなければ、服も必要ない。 そうやって、少しずつ自分のための服が減っていった。 気づけば、クローゼットの中は、実用性だけを重視した服ばかりになっていた。 「デートとか…しなかったよね、ごめん」 湊さんの声が、少しだけかすれていた。 彼は、クローゼットの中を見つめたまま、どこか遠くを見ているような目をしていた。 記憶を失っているはずなのに、まるで何かを思い出しているような表情だった。 そのごめんは、今の彼の気持ちから出たものなのだろう。 過去の自分が、私に何もしてこなかったことを、今の彼が悔やんでいる。 「湊さんが謝ることじゃないよ」 私は、静かにそう言った。 記憶を失っている彼に、過去のことを責めるつもりはなかった。 それに、あの頃の私は、何も言えなかっ
Last Updated : 2025-11-28 Read more