玄関のドアを閉めた瞬間、思わず口をついて出たその言葉。誰に向けたわけでもない、癖のようなものだった。でも、今日は違った。その一言が、空間に吸い込まれる前に、すぐに返ってきた。「おかえり」あぁ、そうか。今は、おかえりって言ってくれる人がいるんだ。それだけのことなのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。これまで、家に帰っても誰もいないのが当たり前だった。電気のついていない部屋、静まり返った空気。ただいまも、おかえりも、どこにもなかった。たとえ湊さんがそこにいたとしても、あの頃の彼は、そんな言葉をかけてくれるような人じゃなかった気がする。でも今は違う。私は確かに、誰かの待つ場所に帰ってきたんだ。そのことが、どうしようもなく嬉しかった。「湊さんも、おかえりなさい」言葉にするまでに、少しだけ時間がかかった。胸の奥に溜まった熱を、そっと吐き出すように。靴を脱ぐふりをして、視線を合わせないようにした。「ただいま。やっぱり家が一番だね」私は今まで、そんなふうに思ったことなんてなかった。家は、ただ帰る場所でしかなかった。安心も、温もりも、そこにはなかった。むしろ、早く外に出たくて仕方がなかった。どこにいてもよかった。湊さんがいない場所なら、どこだって同じだった。でも湊さんのその言葉を聞いて、私の中にも同じ気持ちが芽生えていた。「…そうだね」それは、湊さんがいるから。この空間に、彼の気配があるから。この場所が、私にとっての“帰る場所”になっている。「これだけあれば半年は大丈夫かな」湊さんがそう言って、両手いっぱいの紙袋を床にそっと下ろした。その中には、今日ふたりで選んだ服がぎっしり詰まっている。「半年…?」これだけあれば10年…そんな考えが、ふと頭をよぎった。 いや、10年どころじゃない。このままずっと、もう服なんて買わなくてもいいんじゃないかって。そう思った。私は、一生分の贈り物を貰った気になっていたのに。「半年経ったらまた買いに行こうね!今度は夏のお洋服!」湊さんの声は、まるで未来を信じて疑わない子どものように明るくて、その無邪気さが胸にじんと響いた。その言葉の中に、私と一緒にいる未来が、当たり前のように含まれている。明日さえも不確かなのに。半年後の私たち。私は、夏になっても、湊さんの隣に立って
Last Updated : 2025-12-08 Read more