窓の外は、雨が上がったばかりの鈍い灰色だった。雲の切れ間から朝の光が射す気配もなく、遠くで車のタイヤが濡れたアスファルトを擦る音だけが、規則正しく響いていた。岡田の部屋に射し込む自然光はごくわずかで、リビングの照明は点けられていない。その静けさが、まるで昨夜のことを無かったことにするようで、晴臣の胸にじわりと鈍いものが広がっていた。キッチンからは、豆を挽く音と、お湯を注ぐかすかな音が聞こえてくる。晴臣はソファに腰を下ろしながら、背を向けて立つ岡田の後ろ姿を見つめていた。Tシャツの襟元から覗くうなじには、まだうっすらと昨夜の熱が残っているように見えた。その皮膚の色、肩の丸み、力の抜けた背中のライン――目に焼きつけたはずのそれが、今はやけに遠く感じる。「よー寝とったな」岡田が振り返ることなく、そう言った。軽い口調だった。けれど、その言葉にはどこか、“いつもの朝”を演じるような作為があった。「課長が先に起きるの、珍しいです」そう返した晴臣の声もまた、どこか張り詰めていた。自然に返せたつもりだったのに、言葉の奥に探るような色が混じってしまうのはどうしようもなかった。岡田は笑った。湯気を立てるマグカップを二つ持って、リビングに戻ってくる。その指先に触れる陶器の白が、なんだか冷たく見えた。「今日はちょっと、頭さえてもうてな。なんか、寝つかれへんかった」「…そうなんですか」受け取ったマグカップからは、昨夜と同じ香りが立ちのぼっていた。中煎りのブレンド、まろやかなはずの香り。けれど今朝は、鼻の奥に少し苦く残った。岡田はソファの向かい側に腰を下ろした。いつも通りの姿勢。足を投げ出して、背もたれに寄りかかる。けれどその動きには、何かを避けているような硬さが混じっていた。言葉がなかった。マグを持つ指が、リズムもなく軽く揺れている。晴臣はそれを見ながら、言葉を選びかけては飲み込んだ。自分たちは
Last Updated : 2025-12-04 Read more