木製の引き戸が、控えめな鈴の音を鳴らして閉まる。外の冷気が足元を撫でていったのも一瞬で、店内の暖かな空気がすぐにその隙間を埋めた。晴臣は、岡田の後ろをついてカウンター席に腰を下ろす。二人で来るのはもう何度目かになる、小さな居酒屋。駅から少し外れた路地にあり、派手な看板もないのに、いつもそれなりに客が入っている。木の質感が落ち着いた空気をつくっていて、照明も程よく暗い。過剰な演出のない、その居心地の良さが好きだった。岡田も気に入っているらしく、店主と顔馴染みになってからは、よくここで晩飯を食べて帰るようになった。「瓶でええか?」「はい」「唐揚げと…ポテサラと、あとなにか食べます?」「うーん、焼き魚いっとくか。あ、あれ、前のさわらの西京焼き、まだあるやろ?」「あるある。出すわ」カウンターの向こうから店主が返し、ほどなく瓶ビールとグラスが二つ、すべるように置かれる。グラスに注いで渡すと、岡田が微笑んでそれを受け取った。「ほな」「お疲れさまでした」グラスがかちんと静かにぶつかる。泡が立ち上り、岡田は一口飲んでから、ふう、と息をついた。「年末って、なんでこんなにしんどいんやろな」「みんな、年内に終わらせようとするからですよ」「せやな。ほんま、俺らサンタちゃうのにな」岡田が笑うと、晴臣もつられて口元を緩めた。そんな風に冗談を言える余裕がある日と、そうでない日があることも、ここ数ヶ月で分かってきた。岡田は意識的に、穏やかな顔をつくるときがある。それは自分にだけ向けられているのか、それとも誰に対してもそうなのか、まだ断定できない。「…ほんでさ」ビールをもう一口飲んで、岡田が口を開く。「イブって、仕事やろ? 残業確定やし」「そうですね、課内も詰まってますし」「だから、その前の日。空いてるなら…うち来るか?」軽い口調だった。誘うというより、確認するような声音。
Last Updated : 2025-12-22 Read more