雨音が、夜を優しく叩いていた。窓の向こうでは、街灯が淡く滲んでいる。薄いカーテンを通してぼんやりと浮かぶオレンジ色の光が、寝室の壁に柔らかな陰を落としていた。時折、風に揺れるカーテンの影が壁を撫で、まるでこの静けさすらも何かを許しているようだった。ベッドの上、岡田と晴臣は毛布の上に並んで座っていた。肩と肩が触れるか触れないかの距離。エアコンの風が肌を撫でていくのに、部屋の空気はどこか緊張に満ちていた。岡田の視線は、まっすぐに晴臣の目を見ていた。けれど、その奥にはまだ残る戸惑いと、逃げ場を探すような色が薄く浮かんでいた。晴臣もまた、息を浅く整えながら、黙って岡田を見つめていた。どちらからも言葉は出なかった。いや、言葉にしてしまえば壊れそうで、互いの気持ちが手のひらから零れ落ちそうで…ただ黙っていることしかできなかった。岡田の喉が、小さく鳴った。そのわずかな音が、雨音の中ではっきりと響いた。晴臣のまぶたが、ほんの少しだけ落ちる。それから、ごく自然な動きで、指先を岡田の前髪に滑らせた。しっとりとしたその髪の感触は、ほんの少し前まで雨の中にいた名残を思わせた。晴臣の指は、前髪をそっとかきあげるだけで、すぐに離れた。触れたのはほんの一瞬だったのに、岡田の肩が小さく揺れた。「…もう逃げへん」岡田が、ぽつりと呟いた。その声は小さかったが、きっぱりとした響きを持っていた。「たぶん、また不安になることもある思う。勝手に塞ぎ込んだり、ややこしいこと考えたり…でも、それでも、逃げへんて決めた」晴臣の喉が、かすかに鳴った。一度目を伏せ、それからそっと笑った。「逃げるなら、今のうちですよ」その言葉に、岡田はかすかに口角を動かした。「遅いな」「…じゃあ、もう手遅れですね」晴臣は、静かに体を傾けた。岡田の胸元に手を伸ばす。ワイシャツの第一ボタン、そのすぐ下に結ばれたままのネクタイの結び目へ
Last Updated : 2025-12-14 Read more