All Chapters of 手遅れの愛、妻と子を失った社長: Chapter 411 - Chapter 420

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第411話

遥真は彼に一言だけ言い放った。「いっそ君が先に仁也と付き合ってみれば?」「なんで僕の話になった?」時也はすぐに距離を置きつつ、話題を変えた。「それより、あの隼人、あんなに動いて何がしたいんだ?」「さあな」遥真は人のいなくなったドアの方にちらりと視線をやった。「俺に神崎家の事業をもっと取らせたいのか、あるいは何か一緒にやりたいことがあるのかもな」「協力したいって言っといて、先に人の息子に手を出すとか、普通じゃないだろ」時也は理解できない様子だった。遥真は説明しなかった。隼人は実権が少なく、家でも兄に抑え込まれている。そこから上に行くのは簡単じゃない。陽翔の件も、おそらく彼のやけくそな一手だ。「恭介」「はい、社長」恭介はいつでも動けるようにしていた。「修司に電話を入れろ」遥真の目がわずかに鋭くなる。「蒼海市の支社はしばらく俺が預かる。京原市の方はあいつに任せるよう伝えろ」「承知しました」柚香がここに住むと決めた以上、しばらくはここで彼女に付き添うつもりだった。彼女が戻る気になれば、その時に一緒に帰ればいい。もし一生戻らないと言うなら、陽翔が小学校に上がったあと、少し強引な手を取るしかない。「こっちにいる間、玲奈が来たらどうするつもりだ」時也が釘を刺す。「彼女、じっとしてられるタイプじゃないぞ」「来てから考える」遥真の目がわずかに深くなる。その頃、玲奈はすでに動いていた。ただし、相手は遥真ではなく柚香だった。柚香はまだ家に着く前に、見知らぬ番号から電話を受けた。口を開く前に、向こうが先に言った。「話があるの。切らないで」柚香はためらいなく切った。玲奈はまたかけてくる。柚香はまた切る。ブラックリストに入れようとしたとき、玲奈からメッセージが届いた。【陽翔のことでも聞きたくない?】少し迷ったその隙に、また電話がかかってきた。前のこともあって、柚香は陽翔のことにはいつも以上に敏感になっていた。「何の用?」端的に聞く。「その前に、ひとつ条件を出したい」玲奈の声はいつになく真剣だった。「言って」玲奈は一気に言い放った。「遥真に十億出させて。そうしたら私は京原市を離れて、一生戻らない。恩のことも持ち出さないし、もう彼に何も求めない。どう?」「私には関係ない」柚香は即答した。
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第412話

その話を聞いた怜人は、すぐに柚香へ電話をかけた。つながるなり、開口一番こう聞いてきた。「彼女、君に何を頼んだ?」「遥真に十億出させて。そうしたら京原市を離れて、一生戻らないって言ってた」柚香は玲奈の言葉をそのまま伝えた。「でも、彼女らしくない気がして」「手がかりをたどって、彼女が前に通ってた整形外科医を見つけた。傷跡の治療が専門らしい」怜人は経緯を一通り説明した。「ただ、その医者は玲奈のことをあまり覚えてなくて、思い出す時間がほしいってさ」柚香は黙って聞いていた。怜人は続ける。「そしたら、その数日後に事故が起きた」柚香は眉をひそめる。「事故?」「登山中に転んで、今もICUにいる」怜人はますます玲奈に疑いを強めていた。「最初はこの件に玲奈が関係あるかどうか半信半疑だったけど、今の話を聞く限り、かなり怪しいね」真帆の声が横から聞こえてきた。「どんな傷か、あるいは何があったのか……そこまでして人を殺そうとする理由って何なんだろう」「わからない」柚香は少し考えたが、答えは出なかった。普通に考えれば、玲奈に傷があろうと整形していようと、遥真は気にしないはずだ。彼が彼女に優しくしていたのは、命の恩人だからに過ぎない。まさか、その恩人にはその部分に傷がなくて、玲奈だけが同じ場所に傷を持っている……なんてことだろうか。あるいは、どこかを少しだけ整える必要があったのか。「遥真に直接聞いてみたら?」真帆が提案する。「ちゃんと状況をはっきりさせた方がいいよ。玲奈もこれ以上騒がなくなるかもしれないし」「ちょっと考える」柚香はすぐには頷かなかった。玲奈の話が本当かどうかなんて、自分にはそれほど関係がない。自分と遥真の間には、もうすでに溝ができている。たとえ玲奈の「恩人」という立場に問題があったとしても、自分には大きな影響はない。それどころか。もし玲奈の立場に問題があれば、遥真が離婚しない理由がまた一つ増えるだけだ。そうなれば、もっと堂々と居座るかもしれない。「……やっぱり俺が探りを入れるよ」怜人がしばらく考えた末に言った。「君が聞いたら、きっと彼は『やり直したいのか』って勘違いする」真帆も頷く。「それはありそう」電話を切ると、柚香はちょうど家に着いたところだった。込み上げる気持ちを押し込めてリビングに入ると、
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第413話

昭彦は、落ち着いた大人の顔にわずかな沈黙を浮かべ、しばらくしてから立ち上がり、名刺を一枚テーブルに置いた。「何かあれば、いつでも連絡してくれ。そこに書いてある番号は、いつでもつながる」柚香は答えなかった。昭彦はそのまま帰っていった。彼が別荘の門を出ていくのを見届けてから、柚香は母のそばに行き、隣に座った。どこか怒っているような表情の彼女を見て、安江は思わず笑う。「私は別に怒ってないのに、どうしてあなたが怒ってるの?」「時間が経ったからって、なかったことみたいにするあの人たちのこと、ほんと嫌い」柚香は母のために腹を立てていた。安江はその言葉の一部を拾う。「あの人たちって?」柚香は唇を引き結んだ。言うべきか迷う。昭彦の出現だけでも母の傷を一度えぐってしまったのに、もし神崎家のことまで話したら、もっとつらくなるんじゃないか……「神崎家の人に会ったの?」安江の声は淡々としていて、まるでどうでもいい人の話でもするようだ。柚香は言いかけて、やめた。安江は彼女の頭を優しくなでる。その目には、彼女だけに向けられる柔らかな愛情があった。「あなたを蒼海市に来させた時点で、もう過去のことに振り回されるつもりはないってことよ。せいぜい好きじゃないって思うくらい」「昔のこと、少 し話してくれない?」柚香は知りたかった。「話すほどのことじゃないわ。どれも取るに足らないことばかり」安江は本当にもう触れたくなかったらしく、退屈そうに言う。「もしあの人たちが本気であなたに優しくしてくるなら、受け入れてもいいと思うわよ」柚香は一瞬、言葉に詰まった。安江は念を押す。「本当にね」柚香は頑固だった。「無理」「私より頑固じゃない」安江は、それが良いのか悪いのか分からない様子で言う。「もし本気で起業するつもりなら、その性格はちょっと厄介よ」「どうして?」柚香が聞く。「起業したばかりの頃は、頭を下げることも必要だし、話し方も大事。態度もね」安江はゆっくり説明する。「もし相手があなたの企画やプランに文句をつけて、ひどく言ってきたとして、受け入れられる?」柚香は少し考えた。「場合による。正しいことなら受け入れるし、間違ってたら無理」安江はさらに言う。「でもね、世の中には正しいかどうかだけじゃない時もあるの」柚香は考え込んだ
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第414話

「はい」恭介は即座に応じる。遥真が何か言いかけたそのとき、棚の上に置いてあったスマホが「ブーン」と震えた。手に取って見ると玲奈からで、迷わず通話に出る。声はいつも通り、淡々としていて距離がある。「どうした」彼女の性格からして、このタイミングで電話をかけてくるということは、おそらく26日に自分が柚香と一緒に過ごすのを望んでいないのだろう。「今どこ? 大事な話があるの」玲奈は柚香に連絡がつかず、仕方なく思い切って彼に連絡してきた。「蒼海市だ」「一度戻ってきて」遥真は表情を変えずに答える。「今は戻れない。用があるなら電話で言え」「遥真、約束を忘れたの……?」玲奈はまたそれを持ち出そうとした。「毎回それを持ち出す必要はない」遥真の口調は相変わらずだった。「今、病院にいる。医者に退院を止められてる」それを聞いた玲奈は仕方なく、航空券を取ってほしいと頼み、自分が会いに行くと言った。遥真は恭介に手配させた。それで一件落着。恭介はずっと彼を見ていて、何か言いたそうにしている。「社長」遥真は淡々とした声で聞き返す。「何か?」「その……ご自身で刺したあの一件、柚香さんの誕生日に、玲奈さんに呼び戻される可能性まで計算に入れてたんですか?」恭介の言葉は少し回りくどかった。遥真の目は揺れない。「考えすぎだ」「本当に違うんですか?」遥真はそれ以上答えずに言った。「暇なのか?」彼がこういう態度を取るほど、恭介の中では確信が強くなる。――絶対に計算してたに違いない。毎年、柚香さんと一緒に誕生日を過ごしていた。今年は玲奈という不確定要素があるから、あえて一手打っておいたんだ。とはいえ、あくまで推測。真相は一生わからないままだろう。その日の夜、玲奈はもう到着し、恭介が送った住所を頼りに入院棟へ向かった。彼女から「迎えに来てほしい」とメッセージが届いたとき、恭介は少し不安を覚えた。「社長、玲奈さんにケガのこと知られても大丈夫ですか?」「問題ない」遥真は病床に座っていて、さっきよりも顔色が少し良くなっている。「どうせもうすぐ治る」恭介「……?」退院の認識、ちょっとズレてません?まだ二週間ありますけど。心の中でツッコミを入れつつも、玲奈を迎えに行った。病室に入った玲奈は、ベッドに横にな
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第415話

恭介は思わず目を丸くした。さすがに吹っかけすぎだろ!「いいよ」遥真はあっさり答えた。彼にとって今の玲奈はただの厄介ごとだ。金でその恩義から派生した約束を断ち切れるなら、四十億どころか二百億でも迷うことはない。「二つ目」玲奈はそう言いながら、手のひらが汗でびっしょりになっていた。「このお金、何があっても絶対に取り返さないって約束して。どんな形でもダメ。それに、あとで私に面倒をかけるのもなし」遥真はじっと彼女を見た。何も言われていないのに、玲奈は見透かされたような気がして、内心がざわつく。「約束するの、しないの」彼女は急かした。これ以上見抜かれたくなかった。「できなくはないけど」遥真は多くを語らず、時間を稼ぐために軽く嘘をついた。「今、手元にそんなに動かせる金はない。一週間待ってくれ」「借りればいいでしょ」玲奈は待つ気がなかった。一日長引くごとに、リスクは増える。井上先生のところは怜人の人間に常に見張られていて、近づく隙もない。もし突然目を覚ましたら、自分のことが全部バレるかもしれない。遥真は恭介に目配せしてから、話を続けた。「俺は久瀬グループの社長だ。他人に借金なんてしたら、会社が危ないって誤解される」「友達に借りてよ!」玲奈は疑いもせず、とにかく金だけが欲しかった。「時也なら絶対持ってる。電話して」「玲奈」遥真が彼女を呼ぶ。玲奈の体が一瞬強張るが、表情は平静を装った。恭介がまだスマホでこっそりメッセージを打っているのを見て、遥真は落ち着いた口調で言った。「今の君、ちょっとおかしくないか?」玲奈の背筋がひやりとする。「どこが?」「前はどんな条件を出しても受け取らなかったのに、急に金が欲しいなんて」遥真は裏があると見ていた。玲奈は典型的な自己中心タイプだ。「何か後ろめたいことでもあるのか?」「ただ、もうこれ以上あなたと関わりたくないだけ!」玲奈はあらかじめ用意していた言い訳を口にした。「それに、人から浮気相手だなんて言われたくないし」遥真の視線は強い圧を帯びている。見つめられるだけで、玲奈は耐えきれなくなりそうだ。結局その視線から逃げるように、彼女は声を荒げた。「電話するの、しないの!今はあなたじゃなくてお金が欲しいだけなんだから、さっさと決めて!じゃないと気が変わって、前みたい
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第416話

遥真は表情ひとつ変えず、「ああ」とだけ答えた。「恭介に頼んで、私のために高級ホテルを手配して。三日後、期限が来たらあなたのところに行って約束を果たしてもらうから」玲奈はとにかく逃げることしか考えていなかった。遥真は顎で軽く合図をする。それを受けて、恭介はすぐ手配に向かった。しばらくして。時也から電話が入った。「さっきの電話、どういう意味だ?」あれだけ金を持っているくせに、自分に金を借りてくるなんて、どう考えてもおかしい。遥真は事情を簡単に説明した。話を聞き終えた時也は、頭の上に疑問符を浮かべたような声で言う。「いや、彼女って君に死ぬほどしつこくまとわりついて、あれこれ手も使ってたんじゃなかったのか? なんで急に諦めたんだよ」「この間に何があったか調べてくれ」遥真が口を開く。「どこに行って、誰に会っていたのか」時也「……」時也「戻って自分の仕事しろって言ったのに、結局君の雑用かよ」「海外のクライアントの件、片付けてやる」遥真は淡々と言う。「それと、もう一年も揉めてるあの案件も、まとめて決着つけてやる」「乗った!」時也はあっさりと承諾した。電話が切れる。病室のドアがノックされた。続いて、病衣姿の隼人が入ってきた。相変わらず、どこか気の抜けた、気だるい雰囲気をまとっている。「また会ったな、お義兄さん」遥真「……」入院中でもおとなしくしていられないのか。「夜ってさ、暇で眠れなくてさ」隼人は遥真の椅子に腰を下ろし、足を組んでだらりとした様子で言う。「せっかくだし、ちょっとビジネスの話でもしない?」「話してみろ」遥真が言いた。隼人はにやっと笑った。「やっぱお義兄さんは話が早い」遥真はその呼び方を無視した。こういうタイプは、言い返せば言い返すほど面白がる。「ひとつ情報を教える。その代わり、兄を引きずり下ろすのを手伝ってくれ」隼人は回りくどい言い方もせず、業界の人間とは思えないほどストレートに言った。「この件、従姉の件とも関係ある」遥真の黒い瞳が、さらに深く沈む。これまでのところ、柚香と神崎家に接点はなかった。関係しているはずがない。「叔母の事故、あれは事故じゃない」隼人は交渉する気もなく、あっさりと言い切った。「人為的なものだ」「証拠は」遥真は鋭い視線で見据える。「確証
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第417話

「叔母本人は買い戻せないのか?」遥真が聞いた。隼人はあの契約の内容を把握している。「できない」遥真は、柚香が主寝室の枕の下に隠していたあの財産譲渡書を思い出した。あのときは軽く目を通しただけで、元の場所に戻し、春江にも「シーツを替えるときは主寝室の物には触るな」と言い含めていた。今になって考えると、安江が事故に遭った日付と、その譲渡書の日付は一致している。手を下した連中は、おそらく安江が全財産を柚香に譲ったあと、柚香が戻ってきて彼らの株を買い取るのを恐れたんだろう。「やりすぎて、君の叔母さんが死ぬ可能性は考えなかったのか?」遥真の目がわずかに冷えた。「死ぬかどうかなんて、あいつらにはどうでもいいんだ」隼人は椅子にもたれ、相手の考えをよくわかっている様子で言った。「弘志が生きている限り、柚香は第一相続人にはならない。そうなれば、あいつらにとって脅威でもなくなる」遥真はそれ以上何も言わなかった。どうやら、安江と弘志が契約結婚していたことを知っているのは、美玖だけらしい。「この情報、取引としては十分だろ?」隼人は少し含みのある調子で言う。「俺には決められない」遥真は一方的に利用されるつもりはなかった。貸し借りはきっちりさせるタイプだ。「柚香も安江も、神崎家とは関わりたくないと思ってる。もうすぐ離婚する俺が、代わりに決める立場じゃない」隼人はくすっと笑った。遥真は表情を変えずに彼を見る。「わかった、俺から直接話す」隼人は立ち上がった。病衣姿のままで、どこか頼りなげに見える。「その代わり、裏でサポートしてくれればいい」遥真は何も言わなかった。だが、それは暗黙の了承だった。二人の話が終わって間もなく、秘書の神崎裕樹(かんざき ひろき)がドアの外に現れた。隼人が襟元を開けたまま、空調の効いたやや冷えた病室に立っているのを見るなり、大股でさっと中に入り、まず遥真に軽く挨拶してから、自分の社長に向き直る。「医者から言われています。この三日間は、こんなに冷える部屋にいちゃいけません」「あと二分だけ」「一分でもダメです」半ば引っ張るように外へ連れ出され、隼人は不満げに言う。「どっちが社長だよ」裕樹は真顔のまま、手を緩めない。「あなたです」そこへ恭介が入ってきた。このやり取りをちらりと見たが、時間を無駄
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第418話

柚香の目がぱっと輝いた。「ほんとに?!」安江は微笑んでうなずいた。「ええ、本当よ」柚香はこれまで一度もこういう分野を学んだことがないのに、ここまでの企画書を書き上げた。大企業のものには及ばないとはいえ、起業したばかりの人間としては、発想も大胆さも十分すぎる。「お嬢様、安江様」新しく雇われたボディーガードの高城慎吾(たかしろ しんご)が入ってきた。相変わらず無表情のまま言う。「神崎隼人と名乗る方が面会を求めています。大事な話があるとのことです」柚香は考える間もなく断った。「会わない」慎吾は端正な顔のまま、淡々と言う。「もしお断りするなら、奥様のあの事故は事故ではなかった、とお伝えしろと言われました」柚香ははっと顔を上げた。ほとんど一瞬で、考えを変えた。「通して」「承知しました」柚香はノートパソコンを閉じ、ずっと玄関の方を見つめていた。以前、京原市で母の机にあった財産譲渡書を見たとき、あの出来事は人為的なものではないかと疑ったことがある。けれど由奈の態度や当時の様子を見て、考えすぎだと思うようにしていた。本当に故意なら、あんなに長く病院で看病を続けるはずがない。あの日の一連の出来事も、どう見ても殺人には思えなかった。「心配しなくていいわ」安江は一瞬だけ驚いたあと、すぐに落ち着きを取り戻した。「大したことじゃない」柚香はきっぱりと言った。「大したことだよ」母は長い間意識が戻らず、三年以上もベッドに寝たきりだった。それが大したことじゃないはずがない。やがて隼人が入ってきた。二人が話しているのを見て、まるで昔からの知り合いのように気軽に挨拶し、可愛らしい八重歯を見せて笑った。「安江おばさん、柚香姉ちゃん、はじめまして」柚香は眉をひそめた。「……は?」こんなタイプは見たことがない。「勝手に親戚扱いしないで」「いやいや、どうして勝手って言うんだ」隼人はずっと笑みを浮かべたまま。「おばさんは祖父の娘で、あなたはその娘。つまり家族だろう」柚香が反論しようとした瞬間、安江がそっと手で制した。呼び方なんてどうでもいい。心の中で認めなければ、それでいい。言い争っても、どうせ結論なんて出ない。「さっき言ってた『事故じゃない』ってどういうこと?」柚香は意図をくんで、すぐに話題を切り替えた。「神崎拓海
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第419話

「うん」柚香は一切迷わず頷いた。「じゃあ、先に失礼しますね」隼人は立ち上がる。若々しく整った佇まいのまま続けた。「おばさん、何か知りたいことがあればいつでも連絡ください。知っていることは全部お話しします」安江はそれに答えなかった。お互い利用し合っているだけだと、分かっているからだ。隼人も気にした様子はなく、口元に笑みを浮かべて柚香に声をかける。「柚香姉ちゃん、じゃあまた」柚香「……」彼が去ったあと、柚香はさっきの話をさらに詳しく聞いた。「お母さん、どうしてあの人たちはあなたを狙ったの?」安江は株のことを一通り話してくれた。自分の子どもなら当時の価格で株を買い戻せる代わりに、彼女自身は神崎家のことに一切関わってはいけない。柚香が正式に株と関わるようになった時点で、安江はもう手出しも助言もできなくなる。あのとき彼らが動いたのは、おそらく柚香が資金を手に入れて株を買い戻し、さらに遥真が動けば、神崎グループが完全に彼らの手に落ちると恐れたからだ。「そんな株のためにあなたを傷つけるなんて……実の妹なんでしょ?」柚香には理解できなかった。「実の妹なんて関係ないわ」安江はあの家の人間をあっさり切り捨てる。「利益のためなら、身内だって平気で切り捨てるのよ」柚香は眉をひそめた。母がそんな環境で育ってきたなんて、想像もしていなかった。「でも、あなたが言う『そんな株』ね、今は数兆円の価値があるのよ」安江は淡々と、とんでもないことを口にする。「私が売ったときの百倍以上にはなってるわ」柚香「???」数兆円?思わず口を開いたまま固まる。「じゃあ、どうして売っちゃったの?」「女がそんな大きな株を持つのはふさわしくないって思われたのよ」安江はもう感情を乗せることもなく言った。「あらゆる手で追い詰められて、面倒になって売ったの」柚香の胸は複雑な思いでいっぱいになる。その軽い一言の裏で、母はどんな思いをしてきたのか。「でもあの人たちの性格なら、簡単にあなたに株を渡すはずがないわ」安江はよく分かっていた。「怖い?」「怖くない」柚香は、それが本来母のものを取り戻すことだと思うと、不思議と何も怖くない。安江はそっと手を伸ばし、彼女の頭を撫でる。これまで柚香に経営や金融を学ばせなかったのは、前に話した理由もあるけれど、一番の理
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第420話

柚香はスマホの画面を消し、返信しなかった。隼人は三十分待っても返事が来ず、舌打ちしてつぶやく。「ほんと、柚香姉ちゃんって冷たいよな」裕樹「……」裕樹「さっき和雄様から電話があって、あなたと連絡が取れないって言っていました」隼人「マナーモードにしてた」裕樹「和雄様、怒りますよ」「そんなわけないだろ」隼人はその場で電話をかけ、繋がった瞬間、甘ったるい声で呼びかけた。「おじいちゃん」和雄は何も言わなかった。隼人はすでに言い訳を用意していた。「さっき、安江おばさんと柚香姉ちゃんに会ってきたんだ。明日柚香姉ちゃんの誕生日でさ、プレゼント送る?」和雄の注意は見事にそっちへ向いた。「明日か?」「うん」庭に座っていた和雄はひげを撫でながら、何を贈るか考え始める。「迷うなら、とにかく高いのにしとけばいいよ」隼人は気楽な口調で続けた。「例えば不動産とか、別荘とか、クルーズ船とかさ。気に入らなくても売れば現金になるし」和雄はうなずいた。――たしかに一理ある。同じ頃。昭彦のほうでも、柚香の誕生日プレゼントを準備していた。遥真は彼らが用意しているものを聞いて、眉間にうっすらと影を落とす。これまでに同じようなものは一通り贈ってきたとはいえ、まだ正式に別れていない夫として、見劣りするわけにはいかない。「この前買ったワイナリーと島、あれを柚香に贈れ」遥真は静かに言った。「それと、今年出た限定モデルのスポーツカーも全部送れ」恭介は一瞬言葉を失う。それでも気を利かせて言った。「柚香さんたちが買った別荘、車は六台までしか停められません」「じゃあ隣の土地も買って拡張して、一緒に贈ればいいだろ」恭介はうなずいた。――それも一理ある。「準備と同時に、この話は外にも流せ」遥真の瞳の奥は暗く沈んでいた。「和雄と昭彦に知らせるんだ」柚香が蒼海市に来て最初に手にする大金。しっかり増やしてやらないとな。結果から言えば。この策は見事に当たった。和雄も昭彦も、彼が贈るものを知るやいなや、さらに高価な贈り物を用意し始めた。祖父としても、父としても、考えていることはただ一つ。あんな男より見劣りするわけにはいかない。当の柚香は、そんなことは何も知らない。隼人が帰ったあと、彼女は陽翔を連れて新しい幼稚園へ
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