「あなたは休んでなさい」安江は柚香にそう言った。どうでもいいことで余計な気を遣わせたくなかったのだ。「こっちは私が対応するから」「うん」柚香はそう返事をして、その場を離れた。昭彦が母に会いに来たのだと、柚香には分かっていた。今夜の出来事を知って母が気を悪くし、自分に悪い印象を持つのではないかと心配しているのだろう。母と昭彦のことに、自分が口を挟むつもりはない。今夜が終わっても、しばらくは仕事で忙しい日々が続く。最初のプロジェクトはほぼ完了し、あとは承認のサインをもらって検収を終えるだけだ。しかし、拓海の性格を考えれば、そう簡単には終わらせてくれないだろう。そんなことを考えているうちに、気持ちは少し重くなった。その後の展開は、案の定だった。検収の承認サインをもらうのは、決して簡単なことではなかった。だが、検収が終わらなければプロジェクトの資金は会社の口座に振り込まれず、彼女の仕事も完了したことにはならない。恭介はその件を遥真に報告し、あわせて指示を仰いだ。「こちらから相手に一声かけましょうか?」遥真にとっては、こんなのは取るに足らない些細な問題だ。恭介が動くまでもなく、簡単に片づけられる。だが、どんなコネも力も使えない柚香にとっては、とても難しいことだった。そして、それこそが大半の人の現実でもある。「いや」遥真は助けたい気持ちを抑えた。「もう少し本人にやらせてみよう」「拓海の部下が、検収担当者と接触しています」恭介が続ける。「わざとサインを引き延ばすよう仕向けるかもしれません」「今はまだ放っておけ」遥真は、柚香に十分な成長の機会と自由を与えるつもりだ。「相手のやっていることは全部記録しておけ。必要になった時に出せばいい」「承知しました」この件を解決するまでに、柚香は何度も何度も足を運んだ。そしてその時になって初めて、多くの人が、本来なら自分のもののはずの権利を手にするだけでもどれほど大変なのかを思い知った。手順どおりにプロジェクトは完了している。それでも最後の最後で、わざと足止めされるのだ。ようやく関係者全員のサインがそろうと、柚香は書類を慎吾に渡し、銀行へ提出してもらった。あと二日で大晦日。年が明ければ、プロジェクトの資金が会社の口座へ振り込まれる。これで最初のプロジェクトも
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