All Chapters of 隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?: Chapter 21 - Chapter 30

132 Chapters

19

海を育てるために仕事を探すつもりだった。子育てに手を抜きたくないから、アシュフォードやキャメロットの縁故採用を期待してはいた。でもまさか、縁故採用で日本支社の副社長の座を用意されるとは思わなかった。理由を聞いて納得。 アーサーによると凱にはパートナーが必要。相手を委縮させてしまう容貌の凱だから、パートナーとするのは飴と鞭の理論で柔和な雰囲気の女性が望ましい。しかし、凱の隣に女性が二人以上存在すると争いが起きるらしい。凱と彼女たちの間に何かしらの関係があろうとなかろうと、そんなの関係なくガチンコ勝負が勃発してしまうらしい。凱という存在は女性の狩猟本能をむき出しにする、それがアーサーの結論。二つの狩猟本能が触れ合えば、即時開戦。実際、過去の人事で凱のアシスタントになった女性二名が病院送りにされ、前任の副支社長は取引先の女性社員を病院送りにしている。恐ろしいことに、仕事に関わらずプライベートでも女性に迫られることの多い凱は「愛しているのに」と愛を免罪符にナイフを振り回す女に昔から慣れているという。慣れるな、そんなものに。妹としては声を大にして言いたい。そんな凱だから、自分の部下が刀傷沙汰の加害者・被害者になっても我関与せずというスーパードライな態度。そんな凱の態度に「ほら、やっぱりあなたは愛されてなんていないのよ」「なんですって、キー!」と第二ラウンドが始まる。 「その点ヒナなら凱が牙をむくから、馬鹿な真似をする奴がいなくなるでしょ?」「それって私が怪我をする前提だよね?」「だから日本支社。日本には銃刀法違反があるだろう?」アメリカの支社じゃないことを喜べと? こんな経緯で就いた副社長のポジション。でも、あの場にいた見知った顔の全てが驚愕に染まる光景を見れたから、その分は頑張って役割を果たそうと思う。仕返しは気分がいい。そのお礼だと思おう。   *  あのパーティーで、凱は周りを煽りまくった。特に、蒼は煽られていた。『以前に藤嶋と一緒に仕事をしたとき、ミズ・アサギリが不遇な環境で仕事をしていることを知りましてね』『……ほう』『藤嶋に見切りをつける決心がつくまでは黙っていましたが……藤嶋を去ると決めたら、私が遠慮をする必要はないでしょう?』『それで、彼女を自分のパートナーに?』『ええ。アーサーも彼女は適
last updateLast Updated : 2026-01-14
Read more

20

「Si tu m'aimes, fais-moi cette faveur, s'il te plaît.」青山のマンションのベランダの欄干に寄り掛かり、陽菜が好きで、俺も一緒に何度も見たフランス映画の台詞を夜空に向かって呟く。いつもより煙草が苦い。吐き出す煙にはため息が混じる。最後にあの映画を見たのは……いつだったっけ。ああ、このマンションに引っ越してきて直ぐだ。二人でくっついていたけど静かなのが寂しくて、適当な音を欲した。ラジオやバラエティ番組という気分ではなく、適当に映画を流そうということになって、陽菜はお気に入りの映画を選んだ。これならスキンシップの度を越して途中で観られなくなっても怒らないからって、甘い夜を予感させる言葉に俺も二つ返事でOKし、陽菜の予想通り、映画そっちのけで俺たちはことに及んだ。あの映画は、いつもそう。俺は最後まで見たことがない。だって、映画の途中で陽菜がいつも「蒼も、私のお願いを聞いてくれる?」と可愛く甘えてくるから。映画の中で、男はそう言った女に口づける。だから俺もそれを真似して、ついばむ様なキスを陽菜に落とすんだ。 「Volontiers.(喜んで)」夜空にただ溶けていくその言葉は、かつてはそう言えば陽菜を笑顔にした魔法の言葉。そう言うと陽菜は、世界中の幸せを詰め込んだ顔で笑ってくれた。そんな陽菜を抱き上げてベッドに運び、甘い時間と柔らかい体に酔いしれる。陽菜との思い出はどれも甘いから、陽菜が姿を消してから吸う煙草はいつも苦い。李凱と共に俺の前に姿を現した陽菜を思うと何度も噛みしめた奥歯が痛くなる。 李凱。陽菜はこの青山のマンションを出るとき、あの男に助けを求めた。「私一人では逃げられなかったから」と黒崎は陽菜に言われたらしい。このマンションに陽菜を閉じ込めている自覚はあった。監視役をつけていたことは常軌を逸してはいる。でも、自分勝手な話だけど、陽菜はいつでも出ていけたじゃないかと思う俺もいる。曲がりなりにも夫婦だったからそれなりの資産を持っていたのは知っているし、能力も行動力もあるから陽菜はいつでも出ていけた。李凱の手を借りる必要はなかったじゃないかって――醜い嫉妬の話。俺はただ、陽菜が李凱に頼ったこと、李凱に甘えたことが気に入らないだけ。信頼というのは、ある意
last updateLast Updated : 2025-12-05
Read more

21

陽菜との出会いというか、俺が朝霧陽菜という女を知ったのは一方的だった。 設計部は藤嶋建設というマンモス企業の花形部署。設計部に所属される奴は自己主張の強い自信家が多く、ほとんどが自薦で異動してきた者たちだったから人事部推薦で配属された陽菜は稀な存在だった。あとで知ったことだが、陽菜が設計部所属になったのは設計部が自分勝手すぎて、「生真面目な新人を入れて初心を思い出させよう」という人事部と総務部の無茶振りだった。陽菜にとってはいい迷惑だったに違いない。 しばらくして、設計部の報告書でその名前をよく見るようになった。部長の俺のところにくるのは成功したプロジェクトの報告で、「最近報告書が多いな」と思っていたら小規模プロジェクトの成功数が増えていたからだった。成功した小規模プロジェクトのリーダーはほとんど【朝霧陽菜】だった。 設計部は配属二年目から、最低でも年に一回はプロジェクトリーダーを経験しなければいけない。陽菜は小規模のプロジェクトリーダーをよくやっていた。得られる利益が少ないから「小規模」と言われているだけで、小規模プロジェクトと言っても難易度は大規模プロジェクトとさほど変わらない。 得られる利益が少ない小規模プロジェクトは「失敗しても構わない」という扱い。だから予算が最低限。配置される人員だって、他のプロジェクトで何かしらやらかした者が反省のために送り込まれる。この過酷なリーダー職に就くなどほぼ罰ゲーム。初年度に設計部に配属されたある意味不幸な新人。そんな陽菜だから経験不足でそれを選ぶしかなかったとしても、陽菜は小規模プロジェクトのリーダーを選び全て成功させていた。   *  「この朝霧陽菜は化け物か? いまいくつプロジェクトを抱えている?」小規模プロジェクトは地味だから存在が目立たないが、陽菜を目で追うようになっていた俺は陽菜の仕事ぶりに驚かされていた。「三つですね。彼女自身は年一回のノルマをこなせばリーダーに就く気はないようですが、『誰もやらないならやろうか?』と引き受けたそうです。依頼主にとってはやってほしい仕事ですからね。依頼主の想いを汲んでのことでしょう」「で、それが今回は三つ重なったと?」「朝霧さんの上司も大丈夫かと気にかけているようですが、『どれも小規模なので』と本人が笑っていることと、実際に進
last updateLast Updated : 2025-12-06
Read more

22

「蒼。いい年した男が休日に家でゴロゴロ寝て過ごすのはどうかと思うわ」「これ以上の最高の休日があったら教えてほしいよ、祖母さん」その心地よさを証明するように縁側を転がってみせたあと、祖母さんがお気に入りの着物を着ていることに気づいた。「どこか行くの?」「朝霧陽菜さんとのデート」「は?」「だって、蒼が女の子の名前を口にするなんて珍しいし、それも頻繁だし、どんな子なのか気になって黒崎君に聞いてみたら蒼の片思いの相手だっていうじゃない? それならお婆ちゃん一肌脱がなきゃって、黒崎君に陽菜さんの情報をもらったの」「情報? 黒崎から? どんな情報?」「それでね」「情報の内容は?」「そんなの自分で聴きなさいよ。それでね、お婆ちゃん、陽菜さんとお友だちになったの」これには呆気にとられた。  「話してみたらとてもいい子。あなたが紹介してくれるまで待てないから友だちになったの。見て、連絡先も交換したのよ」「どうやって?」「QRコードを読み込んで……」「違う、連絡先の交換方法じゃない」祖母さんは黒崎から得た情報をもとに陽菜が休日よく過ごす区の図書館で陽菜を待ち伏せした。陽菜が現れると彼女の目の前でつまずいてみせ、「助けてくれたお礼」と言って陽菜を談話エリアに誘い出した。そして持ち前のコミュ力を生かして陽菜と交流し、その日のうちに『読書友だち』になっていたという。感心するほどのバイタリティだ。 祖母さんのスマホ画面に表示された陽菜とのやり取りは羨ましくなるくらい長かった。新刊情報から始まったそれはいつの間にか恋愛話に発展し、彼氏はいないことや好みのタイプまで陽菜の言葉で表示されていた。出会って一日目でそこまで仲を深めた祖母さん。改めて、心の底から尊敬した。 「今日は一緒に絵画展にいって、日本橋でランチして、本屋さんを巡って、カフェで一休みして、場合によっては映画を見て帰ってくるから」陽菜好みの完璧なデートプラン。祖父さんとよくデートする祖母さんはこういう計画が上手い。「蒼、勉強だけできてもダメなのよ?」祖母さんの言葉が俺の心にクリティカルヒットした。 「お婆ちゃん、それとはなしにあなたについて聞いてみたのよ」「は?」「藤嶋建設の若き御曹司、藤嶋蒼ってどうなのって?」「それとはなし、じゃない。めちゃくちゃストレートだぞ、
last updateLast Updated : 2025-12-08
Read more

23

俺の両親は政略結婚だが、母は「夫婦なのだから」と父の愛を求めた。 しかし父にとって妻は「妻」という役職についた者でしかなかった。愛するかどうかは別の話。 父は女性関係が今も昔も派手だ。俺の知っている限りいつも愛人が何人もいる。そんな父に、母は結婚前に「愛人がいても構わない」と言ったらしい。だから、父からしてみれば愛人については母の了解は得ているという認識だっただろう。それなのに愛人ができるたびに母に騒いだ。「妻だから」を理由に自分を愛するように訴えた。父はそんな母が疎ましがりろくに家に帰らなくなった。そんな父に対して「今日も帰ってこない」「愛人のところにいるのだ」と母は苛立っていた。 そんな両親を俺が俯瞰的に見られたのは、祖父母に育てられたからだろう。おかげで俺は両親である二人を「親」と思ったことがあまりない。 それでも多少は親として見れたのは、外では二人は俺の親を演じていたからだろう。こんな内情にも拘らず、表向きはよい家族だった。特に母が『よい家族』として振る舞っていた。父に愛人がいることは知れ渡っているのに、大した精神だと思う。 陽菜との経験を顧みて、母のことについて多少理解が深まった。恐らく、母がそのように振る舞えたのは父の子が俺だけだったから。父に愛人がどれだけいようと、父の子どもの母親は自分だけという事実が自信となって母を支えていたのだろう。だからこそ、異母兄の登場が母を狂わせた。   *  俺が十歳のとき、父が異母兄の蓮を藤嶋家に連れてきた。彼の母親は父の愛人の一人だった。兄さんの母親が交通事故で亡くなり、彼女と父の関係を知っていた誰かが父に連絡し、他に引き取る者がいないから藤嶋家で育てると父は判断した。その父の判断を祖父母は受け入れ、俺も、突然の兄弟の登場に戸惑いはあったものの反対はしなかった。 このとき父が母に何を言ったか知らないが、母は相当荒れたらしい。これまで母の矜持を支えてきた「父の唯一の子どもの母」というものがなくなったから。しかも兄さんは俺の四歳上。最初から「父の唯一の子どもの母」ではなかったのだから、その衝撃はかなりのものだっただろう。 母の状況に同情はしても、兄さんが藤嶋の血を引いているのは事実。認知してなかろうと、父には養育の責任があった。それを祖父さんも分か
last updateLast Updated : 2025-12-08
Read more

24

それまでの屋敷は祖母さんが管理していたが、母が管理するようになると屋敷の雰囲気は一変した。祖母さんが最も厳しく管理していたのが母だったのだ。 祖母さんがいなくなり、枷が外れた母は暴走しはじめた。それまでは母と兄さんが会うことは滅多になかった。会ったとしても母は睨んだり声を荒げるくらいしかできなかった。しかし、母は俺の知らないところで兄さんに暴力をふるっていた。 母も兄さんも俺の前ではそれまでと同じだった。だからその現場を見るまで、俺は母が兄さんを虐待していたことに気づかなかった。 俺がそれを見たとき、母は趣味のバイオリンの弓で異母兄さんを叩いていた。俺は驚いて、咄嗟に兄さんを守ろうとして二人の間に入り、母を突き飛ばした。突き飛ばしたといっても、まだ成長期前の子ども。相手は母親だったから無意識に力を加減したこともあって、母は床に尻もちをついたくらいだった。しかし、母は泣きながら「酷い」「母親なのに」と言って俺を責めはじめた。いまなら正当防衛だと冷たく対処できる。しかし、当時の俺は子どもだった。 「母親を突き飛ばすなんてっ」泣いて責める母に何もできず、「ひどい」と泣きながら叩かれた。俺は訳の分からない母の抗議が理解できず、ショックで呆然としており、気づけば弓で叩かれるままになっていた。最終的には庇ったはずの兄さんが俺を庇ってくれていた。俺の代わりに母に弓で叩かれて、それでも俺は呆然とそれを見ていることしかできなかった。あのときの弓のしなる音を俺はいまでも覚えている。 使用人が駆けつけて母を止めるまでそれは続いた。そう長い時間ではなかったと思うが、地獄のような時間はとても長く感じた。「ごめん、なさい」俺は泣きながら兄さんに謝った。「泣くな。吃驚して当然だ。それに守るのも当然だ。蒼は俺の弟で、俺の唯一の家族なんだから」兄さんの力強い言葉と笑顔に安心してしまった俺は兄さんの思いに気づかなかった。 兄さんは母がああなったこと、そんな母に俺が苦しむのは自分のせいだと思っていた。兄さんが罪悪感を抱いていたことを知ったのは、俺が十四歳のときだった。   *  あの夏、学校から帰宅した俺は庭で母と出くわした。基本的に部屋に閉じこもっている母が珍しかった。この頃の母はかなり情緒不安定で、絡まれるのは面倒だなと
last updateLast Updated : 2026-01-14
Read more

25

あの夜は蒸し暑くて、でもエアコンをつけるほどではなかった。風通しをよくすればいいかと俺は部屋の扉を開けて寝ていた。大手警備会社に加入した屋敷。使用人もいる。なによりも自分の家。しかも俺は男で――襲われるなんて考えてもいなかった。 ベッドが揺れて、地震かと思って目を覚ましかけた。そしていつもの俺の部屋ではしない、甘ったるい香水の匂いに気づいた。異変と察した脳が俺を一気に覚醒させた。そして目を開けて見えた光景を、その悍ましさを、俺は一生忘れることはないだろう。俺は下着姿の母に跨られた。 「司さん。お願い、抱いて」性に関しては経験がなく知識だけだった。でも、知識はあったから母の求めていることを俺は理解してしまった。息子に性交を強要するなど吐き気がするが、母にとって俺は息子ではなかった。母にとって俺は、あの日庭で父の名で呼ばれて応えたときから、母にとって俺は「司さん」だった。 「子どもが欲しいの……子どもを産まなきゃ……」異母兄が登場したことで母は「父の子どもの母親」という優位性を失った。だから子をさらに産むことで、父の妻はやはり母だと周囲に認識させようとしたのだろう。この頃の俺は背も伸び、大人の体へと成長しかけていた。筋肉だってあったから、母を突き飛ばしてその場を去ることなど簡単だった。それなのに――俺の体は動かなかった。 このあと俺はしばらく精神科医の世話になる。実の母親に襲われるという非常識な状況に対してパニックを起こしていたからだ。母親を突き飛ばして「酷い」と泣かれた経験がトラウマとなって突き飛ばせなかったからだ。あのとき逃げられなかった理由を「仕方がなかった」のだと医者にも祖父母にも言われた。でも、「仕方がなかった」からといってあの経験が俺から消えるわけではない。 裾から入り込まれた母の手に肌を撫でられる感触。下着に入り込まれた母の手に、それを握りこまれる感触。幸いにしてそこで終わったのは、飛び込んできた執事が母を止めたからだ。 「奥様、おやめください。その方は旦那様ではありません、蒼様です。旦那様は今日もお帰りではありません」執事の言葉に母が動きを止め、理解した母の目からは涙が零れはじめた。「どうして、司さん……私は妻なのに……妻は私なのに、どうして愛人なんて、どうして……私はあ
last updateLast Updated : 2025-12-09
Read more

26

俺と兄さんはよく話し合い、ここで俺は兄さんから「藤嶋家を出たい」という希望を聞いた。俺との関係が良好であっても、兄さんが『愛人の子』として親族に蔑まれていたことは知っていた。兄さんが進もうとしていた大学も遠方だった。計画を進めていた兄さん。大学に行ったらそのまま戻ってこないのだろうと思った。 兄さん一人が被害者になることが赦せなかった。特に罪のある二人、父と母が俺は赦せなかった。執事にも相談して、最終的には俺が未成年であることもあり、祖父さんに協力してもらうことにした。兄さんと俺に会ったことを話すと、祖父さんは激怒した。しかし公に母の罪を騒ぎ立てても被害者である兄さんと俺の立場が悪くなると、祖父さんは内々で処理することにした。今後についての話し合いに、祖父さんは父を呼び出した。父は俺が祖父母の養子となって白金の屋敷で暮らすことも、兄さんが祖父と懇意にしていて子のいない西山家の養子にすることにも反対しなかった。好きにすればいいという父の態度に何も思わなかったのは、そういう父だと分かっていたからだ。政略結婚で母の実家からそれなりの利を得ているため、父と母が離縁しないことも想定内だった。しかし、母を関東の人里離れた別荘で療養させることに決めたのは意外ではあった。それには理由があったのだが、この父の決定にすでに壊れかけていた母の心は完全に壊れた。母はいまもその別荘で、監視を兼ねた使用人の世話になりながら生活している。誰もいない虚空に向かって「司さん」と呼び掛けているらしい。想像の中で自分の理想とする父と楽しく暮らしているのだろう。   *  父が母を藤嶋邸から追い出した理由を知ったのはそのあと。愛人の白川百合江のためだった。白川茉莉の母親である白川百合江という女は自身に夫がいながら父の愛人で、愛人の一人なのに父は白川百合江を特別扱いしていた。そんな彼女は「藤嶋家のパーティーでも主役になりたい」と父に強請った。それまで藤嶋家のパーティーでは母がホステスを務めていた。家の中では狂っていたくせに、外に出ると藤嶋家の女主人の顔で人をもてなしていた。いや、あの役割があったから母はあのとき今のように壊れていなかったのだろう。あのときのことは、父にとって白川百合江の我侭を叶えるいい口実でしかなかった。  藤嶋家と白川家は昔か
last updateLast Updated : 2025-12-10
Read more

27

白川百合江は二度離婚し、いまの夫を婿に迎えて白川茉莉を産んだもの。夫が婿養子で強い発言権を持たないのをいいことに幾人もの愛人を作り、堂々と侍らせている。そんな行動が周囲に嫌がられていても彼女は一切気にしない。自分の思うまま、自由気ままに生きている。 父はそんな白川百合江の愛人の一人。白川百合江も何人かいる父の愛人の一人。傍から常識的に見れば奇怪な関係だが、二人とも満足しているのかこの関係は長い。いまもまだ続いている。父にとって白川百合江が特別だと俺が思うのは、白川百合江以外の愛人たちは白川百合江と過ごせない時間の合間を埋めるような存在に見えるからだろう。 そんな白川百合江が父に白川茉莉と俺の婚約を父に提案したのは、俺が十歳になるかならないかの頃。父はその場でそれを了承した。その日から白川茉莉は俺の花嫁になることに執着しているが、俺と白川茉莉の婚約はこの口約束だけで正式に決まることはなかった。母と祖母さんが大反対したからだ。母の反対なら父も流しただろうが、祖母さんの反対には父も躊躇した。ただここで完全に白紙にならず、だらだらと婚約の可能性を残してしまった原因は祖父さんだ。 当時、白川大老は白川茉莉の婚約者を探していた。しかし決まらないどころか、どこの家にも話しさえ聞いてもらえないと状況だった。それを白川大老は祖父さんに愚痴り、祖父さんはそれに同情してしまった。大老だって白川茉莉の婚約が決まらない理由は分かっていただろう。原因は白川百合江だと明らかなのだから。白川茉莉は母親に瓜二つ。祖母から続く選民意識の持ち主。いまどき選民意識なんてあり得ないし、「自分は何をしてもいい」と思い込むなんて脳内お花畑の狂人としか思えない。そんな白川茉莉を身内に迎えるということは確実に爆発する爆弾を抱えるようなもの。そんなリスクは犯せないと、多くの家が白川家から婚約を打診されないように逃げた。年齢が合う息子を海外に留学させる家もあり、政治家一族出身の黒崎も早々に逃げ出して難を逃れている。幼いうちからの海外生活は、急なこともあってそれなりに苦労の連続だったそうだが、いまの俺を見て黒崎は「留学した甲斐があった。本当によかった」としみじみと言っている。 白川茉莉の危険性を祖父さんが理解していないわけがなかった。しかし、「せめて顔合わせ
last updateLast Updated : 2026-01-14
Read more

28

白川茉莉と再会したのは、藤嶋建設の創設記念のパーティーだった。父はここで俺を後継者として紹介するからと言って俺を呼び出した。その父の控室に白川茉莉は白川百合江と共にいた。パーティーが始まって、これは白川茉莉を俺の婚約者にするための布石だと理解した。 パーティーの間、白川茉莉は俺の傍にいるだけだった。でも、そこにいて当然という顔で俺の傍にいるから、参加者の多くが白川茉莉を俺の婚約者だと勘違いした。今日のパーティーと同じ手口。俺の服の色に合わせてドレスを選んだ白川茉莉はただ傍にいただけ。勝手に俺の妻と周りが勘違いするようにしていた。俺によく似た煌を連れて参加すれば、なおさら誤解は真実味も帯びる。 白川茉莉は藤嶋家主催のパーティーでしか俺の傍にいない。藤嶋家主催のパーティーならば「そちらは?」と白川茉莉について聞かれることはないからだ。俺が彼女を婚約者、ましてや妻などと紹介しないと白川茉莉は分かっている。だから聞かれないようにして、何も言わず俺の傍にいる。そんな方法で白川茉莉が外堀を埋めようとしているのは、このときに一度成功したからに違いない。 俺は藤嶋建設の後継者として認知されると同時に、白川茉莉が俺の婚約者だという勘違いも広まった。その勘違いを煽るように白川茉莉は頻繁に俺の前に現れた。ただ傍にいて、白川茉莉が俺の婚約者だという誤解はどんどん広がった。そのしつこさに辟易し、当時俺は通っていた私立高校から公立高校に転校した。選民意識の強い白川茉莉は「公立高校なんか」といって藤嶋家の催しで顔を合わす以外は俺の前に現れることはなくなった。   *白川茉莉はずっと俺に執着している。自分で言うのもあれだが、白川茉莉を満足させられるのが俺しか残っていないからだろう。男なんて星の数ほどいるのに、白川母娘が目をつけそうな男たちは全員とうの昔に逃げている。それを分かっているかは知らないが、俺しかいないというのは感じているのか、母子揃って俺に執着している。その執着を彼女は『愛』という。そして「愛しているから」が理屈になるように、好き勝手に振る舞う。あの「愛しているから」で何でも許されると思っている姿は母を思い出して気分が悪い。 好意を理由に我侭を押し通そうとするのは母や白川茉莉に限ったことではないと知ると、女に「愛している」
last updateLast Updated : 2025-12-11
Read more
PREV
123456
...
14
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status