「Si tu m'aimes, fais-moi cette faveur, s'il te plaît.」青山のマンションのベランダの欄干に寄り掛かり、陽菜が好きで、俺も一緒に何度も見たフランス映画の台詞を夜空に向かって呟く。いつもより煙草が苦い。吐き出す煙にはため息が混じる。最後にあの映画を見たのは……いつだったっけ。ああ、このマンションに引っ越してきて直ぐだ。二人でくっついていたけど静かなのが寂しくて、適当な音を欲した。ラジオやバラエティ番組という気分ではなく、適当に映画を流そうということになって、陽菜はお気に入りの映画を選んだ。これならスキンシップの度を越して途中で観られなくなっても怒らないからって、甘い夜を予感させる言葉に俺も二つ返事でOKし、陽菜の予想通り、映画そっちのけで俺たちはことに及んだ。あの映画は、いつもそう。俺は最後まで見たことがない。だって、映画の途中で陽菜がいつも「蒼も、私のお願いを聞いてくれる?」と可愛く甘えてくるから。映画の中で、男はそう言った女に口づける。だから俺もそれを真似して、ついばむ様なキスを陽菜に落とすんだ。 「Volontiers.(喜んで)」夜空にただ溶けていくその言葉は、かつてはそう言えば陽菜を笑顔にした魔法の言葉。そう言うと陽菜は、世界中の幸せを詰め込んだ顔で笑ってくれた。そんな陽菜を抱き上げてベッドに運び、甘い時間と柔らかい体に酔いしれる。陽菜との思い出はどれも甘いから、陽菜が姿を消してから吸う煙草はいつも苦い。李凱と共に俺の前に姿を現した陽菜を思うと何度も噛みしめた奥歯が痛くなる。 李凱。陽菜はこの青山のマンションを出るとき、あの男に助けを求めた。「私一人では逃げられなかったから」と黒崎は陽菜に言われたらしい。このマンションに陽菜を閉じ込めている自覚はあった。監視役をつけていたことは常軌を逸してはいる。でも、自分勝手な話だけど、陽菜はいつでも出ていけたじゃないかと思う俺もいる。曲がりなりにも夫婦だったからそれなりの資産を持っていたのは知っているし、能力も行動力もあるから陽菜はいつでも出ていけた。李凱の手を借りる必要はなかったじゃないかって――醜い嫉妬の話。俺はただ、陽菜が李凱に頼ったこと、李凱に甘えたことが気に入らないだけ。信頼というのは、ある意
Last Updated : 2025-12-05 Read more