会社の忘年会で、夫と女性秘書が肩を寄せ合いながら、楽しそうにピアノを連弾していた。二人が手をつないで壇上から降りてくると、息子まで嬉しそうに駆け寄っていく。「蛍さん、すごいね!なんでもできるんだ。蛍さんが僕のママだったらよかったのに」目の前の、仲睦まじい三人を眺めながら――私は静かに、心の底で決めた。もう、いい。捨てるべきものは、ちゃんと捨てないと。時野一真(ときの かずま)が息子の言葉に頷きかけた瞬間、私は大股で前へ歩き出し、彼のスーツに付いたマイクを思い切り引きちぎった。キィィン――と耳を刺すような音が会場中に響き、さっきまでの賑やかさが一気に凍りつく。すぐに、ひそひそとした声が飛び交い始めた。「社長の面子を潰すなんて……奥さん、身の程知らずじゃない?」「いや、でも社長もどうなの。愛人まで連れてきて、息子まで一緒って……」ざわつく会場に反比例するように、一真の顔色はみるみる険しくなる。彼は素早く忘年会のお開きを宣言し、来賓たちを帰らせた。ただし、夏目蛍(なつめ ほたる)だけは残したまま。真紅のイブニングドレスを纏う蛍は、一真の隣に堂々と立っている。その姿は、一真がずっと昔に亡くした初恋の人・辛島悦子(からしま えつこ)に瓜二つだった。息子の時野颯太(ときの そうた)はといえば、蛍の前にすっと立ちふさがり、私が彼女に何かするのでは、とでも言いたげにこちらを睨んでいる。本当に、微笑ましい。まるで、彼ら三人が本物の家族みたいだ。一真は片手で蛍の肩を軽く叩きながら、苛立ちを隠そうともせず私を睨めつけた。「みんなの前で何してんだよ。そんなに蛍が気に入らないのか。西の別荘に住まわせる。お前とは会わせない。安心しろよ。おばあ様には約束したんだ。時野家の妻の座は、お前のものだって」私が黙っていると、颯太まで怒鳴ってきた。「あっち行ってよ!ママなんか蛍さんに全然かなわない!蛍さんのほうがずっといいもん!蛍さんが僕のママだったらよかった!」夫と息子が、まるで敵を見るような目で私を見ている。私は何か言おうとしても、喉が詰まって声が出ない。その様子を、蛍は余裕の笑みを浮かべて眺めていた。「奥様、私と一真さん、本気で愛し合ってるの。正妻の座を奪ったりはしないから、どうか安心して」そ
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