政夫に嫌われても仕方がない。「おお、杏奈、よく来たな」政夫は目尻を下げて相好を崩すと、温かな声をかけた。「まずは円香を連れて、中へ入りなさい。あんたたちのために、料理人に腕を振るわせて特製の薬膳料理を用意させた。温かいうちに食べてきなさい」「おじいさま」円香はぱぁっと顔を輝かせた。「本当にお優しいんですね」まさか老境に入った今になって、若い娘から無邪気に称賛されるとは思ってもみなかったのだろう。政夫は苦笑いを浮かべるしかなかった。「はいはい、お世辞はよせ。冷めないうちに、さっさと杏奈と中へ入りなさい」「はーい。では、お先に失礼しますね」「おじいさんも、早く来てくださいね」と杏奈も言った。和やかな空気の中、二人の背中が屋敷の奥へと消えていく。しかし、彼女たちの姿が見えなくなった瞬間、政夫の顔からすっと笑みが消え失せた。代わりに全身から滲み出たのは、刃のような鋭い気配だ。見えない重圧が、その場に残された者たちに重くのしかかる。中でも、美南が受けている威圧感は凄まじかった。政夫の氷のように冷え切った視線が、まっすぐに彼女を射抜いていたからだ。「お、おじいさん……」美南は怯えきった声で、かろうじて言葉を絞り出す。政夫は冷たく鼻で笑った。「気安くおじいさんと呼ぶな!今日、円香が話してくれなければ、お前が裏でこそこそと、あのような不届きな真似をしでかしていたとは知らぬままだったわ!」抑えきれない怒りが爆発し、政夫の怒声が広大な屋敷の隅々にまで響き渡る。美南の肩が、びくりと大きく跳ねた。吉川家に代々伝わる過酷な折檻を恐れているのは、誰の目にも明らかだ。今や、吉川グループの実権はすでに蒼介が掌握している。「吉川家当主」という肩書きは、美南たちにとっては、ただの老人をなだめるための名目上の飾りに過ぎない。それでも、この老いた獅子が本気で彼らを罰すると決めたなら、逆らって止められる者などこの家には一人としていなかった。「お、お義父さん……」瑞枝が許しを乞おうと震える唇を開いたが、政夫は、その言葉を容赦ない怒号で遮った。「長男が早くに逝ってしまったとき、残されたお前が女手一つで子を育てるのはさぞかし苦労だろうと、わしは何事もお前の好きにさせてきた。この家のことだって、お前に一任してきたはずだ。
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