「おじさん」円香が先に口を開いた。「杏奈はあなたの実の娘なんですよ。せっかく久しぶりに戻ってきたんだから、一晩くらい泊まっていったっていいじゃないですか」蒼介の手前、達也は声を荒げて追い出すことも、文句を言うこともできない。おまけに窓の外はもうすっかり暗くなっているというのに、蒼介は帰る気配もなく、小春を抱いたまま杏奈の傍らに陣取り、腰を据えてこのまま泊まる気でいるように見えた。「そ……そうだな、一晩泊まっていけ」達也はしぶしぶ頷いた。「使用人に部屋の用意をさせる」それから慌てて蒼介に笑顔を作って言った。「蒼介くんも、よかったら今夜は泊まっていかないか?うちにもゲストルームがある。一番広くて快適な部屋を用意させるよ」「いや」蒼介はあっさり言った。「小春と一緒に、あいつの部屋に泊まる。その方が余計な気を遣わなくて済むだろう」最後の一言はやや取り繕った感じがあったが、さほど意味はなかった。他の誰かが何か言う前に、杏奈が冷たくピシャリと言い放った。「あなたと小春は別の部屋を使って。私は今夜、円香と同じ部屋がいいから。その方が都合がいいの」「えーっ、ママ」小春が目を丸くして杏奈を見上げた。「あたしもダメなの?」杏奈は唇をきゅっと引き結んだ。今夜の本来の目的を思えば、断るほかない。「ダメよ」小春の表情が一変した。「分かった、もういい!じゃあ、パパと紗里ちゃんのところで寝る。ママなんかと一緒にいたくない」子どもの言葉は、時として大人より深く刺さる。さっき杏奈が小春を抱いた時、久しぶりに蘇りかけた温かな記憶——それが今、跡形もなく霧散した。「いいわよ」杏奈はひどく静かにそう言った。哀しみすら見せない冷淡な表情に、むしろ小春の方が腹を立てた。「パパ、ここにいたくない。紗里ちゃんのところに連れてって」小春が蒼介の膝をぽんぽんと叩くと、蒼介は本当に小春を抱き上げて紗里の方へ席を移した。「杏奈……」円香がためらいがちに声をかけたが、杏奈が先に小さく首を振って遮った。「いいの。大事なのは今日ここに来た本来の目的。他のことは……どうでもいい」「分かったわ」二人はもう気にしていなかったが、母娘の仲違いを目の当たりにした藤本家の面々は、内心ほくそ笑むのをこらえるのに必死だった。「紗里ちゃぁん……」小春が不満そ
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