「とりあえず、先に運び込んでしまいましょう」杏奈はそれ以上考えるのをやめ、作業を再開した。「ああ、今行く」……翌朝、夜明け前だというのに、けたたましい着信音に叩き起こされた。まどろんだ目で画面を確認した杏奈は、思わず身を固くした。颯からの電話だった。「杏奈さん、今日はお時間はありますか?」電話に出るなり、向こうから子犬のように人懐っこい声が飛び込んできた。「何か用事?」杏奈は警戒して眉を寄せた。「急ぎの用というわけではないのですが、どこかで少しお話ができたらと思って」颯は屈託なく笑って答えたが、杏奈の眉間の皺は深まるばかりだった。必要がない限り、この人畜無害な顔をした毒蛇とは関わりたくなかった。「それだけなら、今日はちょっと……」「はあ……」長い嘆息が、杏奈の言葉を遮った。颯はどこか寂しげな響きを装って言った。「杏奈さん、実はもうすぐ帰らなければならないんです。発つ前にもう一度だけ、お会いできればと思ったのですが」帰る?杏奈は訝しげに目を細めた。裕司が数日前に言っていた話では、成海家は新しい提携相手を探している最中のはずだった。話がまとまっていないうちに、なぜ立ち去るのか。裏に何かある。そう直感した杏奈は、あえて誘いに乗ることにした。敵の様子を探るためにも。「わかったわ。場所を指定してくれれば行く。せめて見送りくらいはしてあげる」「やったー!」颯は弾んだ声で応じ、すでに決めてあったらしい待ち合わせ場所を伝えてきた。彼が電話を切ろうとしたところで、杏奈が釘を刺すように言った。「そういえば、円香には話したの?」電話の向こうで、颯がわずかに詰まった。しかし感づかれないよう素早く笑い、言葉を継いだ。「杏奈さんに真っ先に連絡したので。あとで彼女にもちゃんと伝えますよ」伝えるかどうかも、どのような形で伝えるかも、すべては自分次第だ——そんな腹の内を見透かしたように、杏奈は先手を打った。「じゃあ、あなたがわざわざ連絡しなくていいわ。今から円香を迎えに行って、私から伝えるから」「あ、はい……お任せします」「では、後ほど」電話を切った杏奈は、手早く身支度を整えて一階へ下りた。リビングでは祐一郎がすでに起きており、日経新聞を気怠そうにめくっていた。杏奈が下りてきたのを横目
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