30分後。私たちはマンションから少し離れた、庶民派のスーパーに来ていた。「どう? これならオーラ消えてるだろ?」 レンくんが得意げに胸を張る。黒縁の瓶底メガネに、ボサボサの黒髪ウィッグ。さらにどこで調達したのか分からない絶妙にダサいチェックのシャツを一番上のボタンまで留めている。「……素材が良すぎて、逆に『隠しきれないイケメン』になってますけど、まあマシですね」「よし、行こう」 レンくんは嬉々としてカートを押し始めた。「これ、やってみたかったんだ。カート押して、『晩飯なににする?』って聞くやつ」 彼は完全に楽しんでいる。時間がないため、私たちは手分けして食材をカゴに放り込んでいった。大根、ごぼう、人参、豚バラ肉、豆腐、油揚げ。「すげぇ……このシール、『20%引き』って書いてある。素晴らしいシステムだ」「いいから早く」 特売シールを見て感動しているトップアイドルを急かし、私たちは買い物を終えた。 マンションの地下駐車場に戻ると、車を降りた私たちに人影が走り寄ってきた。「レンさん、紬さん! もう時間ですよ」 新人マネージャー補佐の斉藤くんだ。人懐っこい性格で、Noixメンバーから可愛がられている人だった。「分かった。ごめん紬、俺もう行かなきゃ」「はい。いってらっしゃい、レンくん」「……うん」 彼は名残惜しそうに、一度だけ私の手をきゅっと握った。「夜、楽しみにしてる」 そう言い残して、彼は「ダサいチェックシャツ」から「王子の衣装」に着替えるべく、斉藤くんと一緒にエレベーターへと消えていった。 ◇ そこからは孤独な戦いだった。広大なペントハウスに一人で取り残された私は、最新鋭すぎて使い方の分からないIHコンロやオーブンと格闘しながら、ひたすら下拵えを続けた。 トントン、トントン。誰もいないキッチンに包丁の音が響く。出汁の香りが立ち上り、炊飯土鍋から白い蒸気が漏れる。「……よし。まずは
最終更新日 : 2026-01-05 続きを読む