塩対応の国宝級アイドルは、私の手料理がないと生きていけないらしい のすべてのチャプター: チャプター 71 - チャプター 80

119 チャプター

77

 レンくんは確認するように、何度も頷きながら箸を進めている。一口ごとに、彼の中に「生気」が注入されていくのが目に見えて分かった。 青白かった頬に赤みが差し、瞳に光が戻ってくる。それはただの食事というより、もっと切実な儀式のようだった。「肉、甘いよね!? タレは甘辛だけど、それだけじゃなくてさ。生姜焼きなんてありふれた料理だと思ってたのに、どうしてこんなに美味しいんだろ。ポテサラも味噌汁も、一見普通じゃん。でも食べてみると激ウマ。派手さはないのに、懐かしい味のバージョンアップ版って感じで」 ハルくんが肉を頬張りながらニコニコしている。「まさに『ご飯が進む味』! 俺、パン党だったんだけどやっぱりご飯もいいな。日本人で良かったと思える味! あ~~~美味しい。この甘辛タレとショウガのピリッとした味、サイコー!」「黙って食え。紬の料理が美味いのは、俺が誰よりも知っている」 レンくんがぎろりと相手を睨んだ。ハルくんは全くこたえずにニコニコと笑顔を続けている。 そして、最後に残ったセナさん。彼は疑わしげに豚肉を持ち上げ、じろりと観察した。「……随分と脂っこそうですね。アイドルの食事管理としては0点です」 憎まれ口を叩きながら、小さく一口、口に含んだ。 もぐもぐと咀嚼するあごの動きが、不意に止まる。眼鏡の奥の瞳が、わずかに見開かれた。「……」 無言のまま、二口目。三口目。白米を口に運ぶ手が、止まらない。完璧な姿勢とテーブルマナーを崩さないまま、しかしそのスピードはハルくんに負けていなかった。 沈黙の食卓に、咀嚼音と箸が器に当たる音だけが響く。ものの数分で3人の皿はきれいに空になった。◇ コト、と箸を置く音が重なる。セナさんは懐から取り出した高級ハンカチで口元を拭い、小さく息を吐いた。「……悔しいですが」 彼は眼鏡の位置を直し、まっすぐに私を見た。その目にはもう、先ほどまでの「害虫を見るような冷たさ」はない。
last update最終更新日 : 2025-12-26
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78:裏マネージャー

 完食の余韻が漂うリビングにて。3人の男たちは、まるでサウナ上がりのようにスッキリと満足げな顔で息を吐いている。 魔王こと葛城セナさんは、高級なハンカチを丁寧に折りたたんでポケットにしまった。そして、スラックスの埃を払うような何気なさで、テーブルの上に手を伸ばす。 シュッ。 風を切る音がした。次の瞬間、テーブルの中央に鎮座していた分厚い茶封筒――推定3億円の手切れ金セット――は、神速の早業でセナさんの懐へと回収されていた。「……検討の結果、この資金は不要と判断しました」 早っ。私の心のツッコミが追いつかないほどのスピードだった。 未練はない。ないけれど、あの大金を一瞬たりとも惜しむ素振りを見せず、秒速で回収するあたりに、彼の徹底した合理主義――オブラートに包まず言えばドケチ根性――を垣間見た気がする。 推定3億円を目の前にぶら下げられて、せめてその1%でも分けて欲しかったなあと思うのは人情だろう。3億円なら1%でも300万円だよ? 300万円! 私はついつい、3億円が隠されたセナさんの懐を眺めてしまった。「さて」 セナさんは鞄から新たなアイテムを取り出した。重厚感のある黒革のバインダーだ。彼はそれをうやうやしく開き、高級そうな万年筆と共に私の前に差し出した。「合格です。貴女を、綺更津レンの専属シェフ兼メンタルキーパー……平たく言えば『飼育係』に認定します」「……飼育、係」 予想外のパワーワードが出た。恐る恐る手元の書類に目を落とす。『業務委託契約書(機密保持条項付き)』 印字された文字を見て背筋が寒くなった。手切れ金の封筒だけでなく、この契約書まで最初から用意していたのだ。 つまり私が「使える」人間かどうか、最初からテストするつもりだったということか。 さすがは国民的グループのリーダー。用意周到すぎて、もはや恐怖すら感じる。ファン解釈の腹黒メガネは大当たりだったということだ。「契約の条件は、主に3つです」 
last update最終更新日 : 2025-12-26
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79

「食事による栄養管理は当然として、睡眠導入のサポートもお願いします。彼を死なせないこと、そして最高のパフォーマンスができる状態を維持すること。これが貴女のミッションです」「睡眠導入……ですか?」 睡眠導入って何をやればいいのだろう。本の読み聞かせ? それともまさか添い寝とか、そういうことだろうか。私が頬を引きつらせると、セナさんは「具体的な方法は任せます」とだけ言って、意味深に微笑んだ。任されてしまった。怖い。「第二条。徹底した守秘義務」 声のトーンが一段低くなる。「この関係はもちろん、レンのプライベートに関する一切を口外してはいけません。万が一、情報が漏洩した場合……」 彼は契約書の末尾にある「違約金」の欄を指差した。ゼロの数が多すぎて、一瞬視力が低下したかと思った。「まあ、ご実家の定食屋さんが3回くらい潰れても足りない額ですね」 笑顔で脅迫された。実家の『こひなた』を人質に取られている。というか実家を把握されている。逃げ場はない。「そして、第三条。これが私個人としての絶対条件です」 セナさんが眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、キランとレンズを光らせた。 私は契約書をのぞき込むが、第三条などという項目はない。「福利厚生として、定期的……そうですね、最低でも週に一度は、私と遊馬ハルにも食事を提供すること」「……はい?」 想定外の条件に、間抜けな声が出てしまった。 誰と誰に食事を提供するって?「特に、先ほどの豚肉の生姜焼きとポテトサラダ。あれは必須メニューとします。私の疲労回復に極めて有効であることが確認されました」「俺もー! 俺、次はハンバーグ食べたい!」 ハルくんが小学生のように、元気よく手を挙げた。「やったね紬ちゃん! これでもう『他人』じゃなくて『身内』じゃん。実質『Noixのママ』ってことだよね?」 ママ。24歳独身にして
last update最終更新日 : 2025-12-27
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80

 ここに名前を書けば、もう「ただのファン」には戻れない。彼らの共犯者になり、運命共同体になる。それはモブとして生きてきた私にとって、身の丈に合わない危険な賭けだ。 ふと視線を感じて、レンくんを見た。 彼は不安そうに私を見つめていた。雨の日に拾われた捨て犬のような、潤んだ瞳。着ている服は間抜けなモチ犬だが、その瞳だけは、私を必要としてくれている。 あの瞳を見て突き放せるほど私は冷血人間じゃない。(……仕方ないなぁ) 私は腹を括った。迷いを捨て、署名欄にペンを走らせる。『小日向紬』 インクが紙に染み込んでいく。それは、私の新しい人生が始まった音だった。「謹んで、お受けします」 私がペンを置いて契約書を差し出すと、レンくんが大きく息を吐いた。緊張の糸が切れたように、肩の力が抜けていく。「よかった……紬……」 感極まったレンくんが、両手を広げて私に飛びついてきた。「これで何も気にせず、ずっと一緒にいられるんだな! 嬉しい!」「わっ、ちょっ……」 モチ犬スウェットの塊が迫ってくる。しかし、その身体が私に触れる直前。ドスッ!! 鈍く重たい音がリビングに響いた。セナさんの拳が、レンくんのみぞおちに容赦なく突き刺さっていた。「いってぇ!!」 レンくんが床に転がり、お腹(みぞおち)を抱えて悶絶する。「な、なにするんだよクソメガネ! せっかくの紬の料理を吐くかと思っただろ! もったいない!」「誰がクソメガネですか。……離れなさい、バカ犬」 セナさんは冷徹に言い放ち、スラックスの折り目を直した。「スタッフへのセクハラは禁止です。彼女は今日から、我が社の重要な資産(リソース)なんですからね」「資産って言うな! 紬は俺の……!」「礼くらい言いなさい。私
last update最終更新日 : 2025-12-27
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81:増殖するイケメン

 酸素が薄い。 私の城である1DKのアパートに帰宅した瞬間、最初に抱いた感想がそれだった。 玄関のドアを開けると、まず視界に入ってきたのは、狭い廊下を塞ぐようにして開脚ストレッチをしている派手なオレンジ髪だった。「あ、お帰り紬ちゃん! 邪魔だった?」 遊馬ハルくんが、とんでもない柔軟性で上半身をぺたりと床につけたまま、首だけでこちらを向く。人間の体ってあんな動きができたんだ。 というか邪魔だ。物理的に通れない。 でもそんなこと、言えるはずがない。「……ただいま。踏みますよ」 私は彼をまたいでリビングへと進む。六畳のリビングは完全に制圧されていた。「おや、遅かったですね。お腹が減りました」 部屋の一等地――私の愛用する『人をダメにするビーズクッション』を占領しているのは、葛城セナさんだ。 彼は膝の上にノートPCを広げ、優雅にキーボードを叩いている。背景がボロアパートでなければ、どこかのCEOの執務室に見えなくもない。「遅い」 そして、キッチンには不機嫌な顔をした大型犬――綺更津レンくんが仁王立ちしていた。「寂しかった。なんでこいつらも待ってるんだよ」「約束だからね……」 レンくんが私の腕を引いて、自分の懐に閉じ込める。狭い。暑い。そして顔が良い。人口密度と顔面偏差値のキャパシティオーバーで、目がチカチカする。 数日前、私はうっかり契約書にサインしてしまった。その結果がこれだ。私の安らぎの城は、トップアイドル『Noix(ノア)』の部室と化してしまったらしい。(……はぁ。作るか) 私は観念して、エプロンを手に取った。もはや「推しの世話」ではない。「男子寮の寮母」だ。オカンだ。 今夜のメニューは決めていた。外は冷え込んでいる。こんな日は、体の芯から温まるものがいい。 じゃがいも、人参、玉ねぎ、鶏もも肉。そしてブロッコリー。定番の具材を大きめにカットしていく。炊飯器のスイッ
last update最終更新日 : 2025-12-28
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 耳元でささやかれる独占欲たっぷりの呪詛。吐息が首筋にかかり、背中には彼の体温と心音が直に伝わってくる。ドキドキする暇もない。包丁を持っている手元が狂いそうで危なっかしい。「はいはい、離れてください。火傷しますよ」「やだ。……ここが一番落ち着く」 彼は更に強く腕を回し、私の肩にあごを乗せた。重い。物理的に重いが、それ以上に愛が重い。 私は背中に巨大な愛の塊を背負ったまま、フライパンを振るう羽目になった。 30分後。ちゃぶ台――もといローテーブルを囲む食卓は、すし詰め状態だった。成人男性3人(しかも体格が良い)と私。箸を動かすたびに、誰かの肩や膝がぶつかる距離感だ。「いただきます!」 目の前に置かれたのは、湯気を立てる濃厚なホワイトシチューである。横に置かれたのはもちろん白米。シチューには白米。文句は言わせない、これが正義だ。「シチューをご飯にかけるか、分けるか。これは古来より続く戦争の火種になりかねない組み合わせですが」 セナさんがスプーンを持ち上げ、白米とシチューを交互に見た。パンではなく米。その選択に、美食家の眉がわずかに動く。「うちは定食屋なんで、ご飯に合うように調整してあります。……文句があるならパン買ってきますけど」「いえ。出されたものに文句は言いません」 セナさんは優雅にスプーンを運び、シチューを一口含んだ。「……ほほう」 彼の眼鏡の奥が、キラリと光る。「市販のルーにしてはコクが深い。ベシャメルソースから作りましたか? いや……これは」「白味噌です。あと、醤油を少し」「……なるほど。発酵食品の旨味と塩気を足して、白米との親和性を高めましたか。庶民の知恵、侮りがたし」 セナさんは納得したように頷くと、スプーンでシチューをすくい、白米の上に躊躇なく掛けた。そして、口へと運ぶ。もぐもぐと咀嚼し、嚥下する。「…
last update最終更新日 : 2025-12-28
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82

 ピタリ。ハルくんの顔面スレスレで止まる銀のスプーン。「食うか喋るかどっちかにしろ。落ち着いて食えないだろ」「うわ危なっ! レンくん殺す気!?」「俺の紬に気安く話しかけるな。飯が不味くなる」 レンくんは不機嫌そうにうなりながらも、シチューを食べる手は止めない。 彼は私のお皿に自分の鶏肉を一つ乗せてくれた。無言の「食べて」の合図だ。……可愛いところもあるじゃないか。 やがて食後の満腹感が狭い部屋に充満する。体が温まったハルくんが、あくびをしながら横になろうとした。彼が狙ったのは、私の隣――レンくんの定位置だ。「ふあー……食った食った。紬ちゃんの隣、借りていい?」「…………」 瞬間、レンくんが動いた。野生動物のような反応速度でハルくんの襟首を掴み、無造作に引きはがす。「痛っ!?」 ハルくんが転がっていくのを尻目に、レンくんは無言で私の隣に座り直した。そして、私の肩に頭を預け、ぎゅうと腕を絡める。「ここは俺の席だ」 鋭い瞳がハルくんを威嚇している。縄張りを守る猛獣そのものだ。 私の肩はずっしりと重いが、その温もりは不思議と心地よかった。「さて」 セナさんが腕時計を見た。「明日は早朝ロケです。そろそろ引き上げますよ」 彼は立ち上がり、スマホのカレンダー画面を私に見せた。「ちなみに、明後日の夕食も予約を入れておきました。メニューは『鶏の唐揚げ』でお願いします。ニンニクは控えめで」「ニンニク美味しいけど、俺らみたいに人前に出る仕事だと、ちょっとね」 ハルくんも口を出す。「勝手に入れるな! キャンセルだ!」 レンくんが吠えるが、セナさんは涼しい顔だ。「福利厚生です。諦めなさい。……行きますよ、ハル」「はーい!ごちそうさま紬ちゃん!また来るねー!」
last update最終更新日 : 2025-12-28
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83:闇鍋パーティー

 記録的な寒波が日本列島を襲った夜のこと。 私の部屋の真ん中には、実家から急いで送ってもらった文明の利器――「こたつ」が鎮座していた。「……俺はこたつの一部になる。もう動かない」 その魔窟には、既に先客がいる。パステルイエローのモチ犬スウェットを着た綺更津レンくんだ。 彼は肩まで布団に潜り込み、顔だけをひょっこりと出している。その姿は完全に巨大なカタツムリだった。モチ犬からコタツムリに進化してしまったらしい。 と。 ピンポーン! ピンポーン! 静かな部屋に、けたたましいチャイム音が鳴り響いた。嫌な予感しかしない。「はいはい、今行きますよ……」 私が重い腰を上げてドアを開けると、そこには雪まみれのオレンジ髪と、高級コートをまとった眼鏡の青年が立っていた。「さっむ!! 死ぬ! マジで凍死する!」 遊馬ハルくんがガタガタと震えながら、両手に持ったビニール袋を掲げた。「だから鍋パしよ! 今日は闇鍋だ!」「お引き取りください」 私は即座にドアを閉めようとした。しかしガッと硬質な音がして阻まれる。葛城セナさんが、磨き上げられたイタリア製革靴の爪先をドアの隙間にねじ込んでいた。 危なっかしい! あのピカピカな革靴に傷が入ったらどうするつもりなんだろう。 私は革靴の値段を想像し、思わずちょっと手をゆるめた。「こんばんは、紬さん。外はマイナス3度です。我々を殺す気ですか?」 セナさんは優雅に微笑んでいるが、その目は「開けろ」と語っていた。 魔王の命令に逆らえる人はいない。 私はすごすごとドアを開けたのだった。◇ 数分後。狭いワンルームに、再びトップアイドル3人が集結していた。 どうしてこうなる。私は不可解さをこらえながら、宣言した。「では、食材の審議会を行います。ちなみに食べ物を粗末にする『闇鍋』は禁止です」 定食屋の娘として、レンく
last update最終更新日 : 2025-12-29
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 高級紙袋の中から出てきたのは、桐箱に入った牛肉の塊と、鮮度満点のタラバガニ(まだちょっと動いている。生きている)、そして拳ほどの大きさがあるアワビ。「鍋と言えばこれでしょう」「出汁が喧嘩します。あと、うちの土鍋に入りきりません」 最後に、こたつムリ(レンくん)が、のっそりと袋を差し出した。「……白菜、豆腐、しらたき。あと長ネギ」「レンくん……!」「紬が好きなものを買ってきた。……あいつらの食材は捨てていいぞ」 結局、私の采配により、セナさんの高級食材とレンくんの庶民派食材を融合させた「奇跡の寄せ鍋」を作ることになった。 スープは高級食材の邪魔をしないよう、昆布とアゴ出汁の上品な塩ベースで仕立てる。 グツグツと土鍋が音を立て、ふたの隙間から白い蒸気が漏れる。ふたを開けた瞬間、カニと和牛と出汁の芳醇な香りが爆発した。 うん、成功。あご出汁のシンプルな味わいが、高級食材をしっかりまとめてくれている。「うっわ! 闇鍋じゃない! 光の鍋だ!」 ハルくんが歓声を上げ、さっそくタラバガニに手を伸ばす。そこからは奇妙な時間が流れた。「…………」「…………」「…………」 部屋がシーンと静まり返る。カニを前にすると人は無口になる。それはトップアイドルであっても例外ではなかった。 彼らはオーラを完全に消し去り、ただひたすらにカニの殻を剥く作業員と化している。 そんな中、レンくんだけは自分のカニを食べようとしなかった。黙々と剥いた身を私の取り皿に積み上げていく。「……はい、紬。あーん」「え、あ、自分で食べますよ」「いいから。俺は剥くのが楽しいんだ」 彼は満足げに、山盛りのカ
last update最終更新日 : 2025-12-29
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「お前……! 紬のカニを! 俺のために剥いてくれたカニを!」「早く食べないのが悪いんでしょ」 ハルくんは全く悪びれない。立ち上がりかけたレンくんを、私は必死でなだめた。「また剥きますから! でも自分で食べるんですよ?」「チッ……! 命拾いしたな、ハル?」 レンくんはハルくんを睨みながら、皿を差し出してきた。カニの身を載せてやる。「んっ。美味い。紬が剥いてくれたカニ」 ぱくりと食べて満面の笑みを浮かべている。  その笑顔を見ていると、あーんして食べさせてあげてもよかったかな……などと一瞬だけ思ってしまった。「皆さん、僕が持ってきたカニというのをお忘れなく。感謝してくれていいんですよ?」 セナさんがクールに言ったが、カニの身を剥きながらではどうにも締まらなかった。 ◇  嵐のような食事が終わった。鍋がすっかり空になり、満腹になった男たちは、こたつの魔力に負けてドロドロに溶けている。  誰かが何気なくテレビのリモコンを押した。画面に映し出されたのは、ちょうど歌番組のスペシャルステージだった。『Noix』の新曲披露。イントロが流れた瞬間、私の視線は釘付けになった。 そこにいるのは、今目の前で転がっている彼らとは別次元の存在だった。 ダンスは激しくとも軽やかで、一糸の乱れもない。カメラのレンズを射抜くような、鋭く挑発的な視線。指先の角度ひとつまで完璧に計算された所作から、圧倒的なカリスマ性があふれ出している。 センターでスポットライトを浴びるレンくんは、同じ人間とは思えない美しさだった。銀色がかった髪が照明を弾き、陶磁器のような肌は発光しているかのようだ。  まさに絶対王者。神が作り上げた彫刻。  一切の感情を排したアイスブルーの瞳がカメラを見据えるだけで、画面越しでも息を呑むような神々しさがある。 セナさんは知的な銀縁眼鏡の奥から、全てを見透かすような冷徹な視線を投げかけている。指先の動き一つとっても計算し尽くされた優雅さがあり、ただそこに立っているだけで空
last update最終更新日 : 2025-12-30
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