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last update Last Updated: 2026-01-05 11:29:35

 30分後。私たちはマンションから少し離れた、庶民派のスーパーに来ていた。

「どう? これならオーラ消えてるだろ?」

 レンくんが得意げに胸を張る。黒縁の瓶底メガネに、ボサボサの黒髪ウィッグ。さらにどこで調達したのか分からない絶妙にダサいチェックのシャツを一番上のボタンまで留めている。

「……素材が良すぎて、逆に『隠しきれないイケメン』になってますけど、まあマシですね」

「よし、行こう」

 レンくんは嬉々としてカートを押し始めた。

「これ、やってみたかったんだ。カート押して、『晩飯なににする?』って聞くやつ」

 彼は完全に楽しんでいる。時間がないため、私たちは手分けして食材をカゴに放り込んでいった。大根、ごぼう、人参、豚バラ肉、豆腐、油揚げ。

「すげぇ……このシール、『20%引き』って書いてある。素晴らしいシステムだ」

「いいから早く」

 特売シールを見て感動しているトップアイドルを急かし、私たちは買い物を終えた。

 マンションの地下駐車場に戻ると、車を降りた私たちに人影が走り寄ってきた。

「レンさん、紬さん! もう時間ですよ」

 新人マネージャー補佐の斉藤くんだ。人懐っこい性格で、Noixメンバーから可愛がられている人だった。

「分かった。ごめん紬、俺もう行かなきゃ」

「はい。いってらっしゃい、レンくん」

「……うん」

 彼は名残惜しそうに、一度だけ私の手をきゅっと握った。

「夜、楽しみにしてる」

 そう言い残して、彼は「ダサいチェックシャツ」から「王子の衣装」に着替えるべく、斉藤くんと一緒にエレベーターへと消えていった。

 そこからは孤独な戦いだった。広大なペントハウスに一人で取り残された私は、最新鋭すぎて使い方の分からないIHコンロやオーブンと格闘しながら、ひたすら下拵えを続けた。

 トントン、トントン。誰もいないキッチンに包丁の音が響く。出汁の香りが立ち上り、炊飯土鍋から白い蒸気が漏れる。

「……よし。まずは

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  • 塩対応の国宝級アイドルは、私の手料理がないと生きていけないらしい   98:魔王の偏食

     ペントハウスでの生活が始まって数日。私はこの「城」の主である葛城セナという男の、完璧な鎧に隠された致命的な欠陥を発見してしまった。 朝食のダイニングテーブルでのことだ。セナさんは優雅な手つきで箸を置き、ナプキンで口元を拭った。「ごちそうさまでした。素晴らしい朝食でした」「……あの、セナさん」 私は彼が下げようとした皿を指差した。そこには非常な精密さで選り分けられた「あるもの」が、幾何学模様のように美しく残されていた。「お野菜、残ってますけど」 極薄に千切りにした人参とピーマンだ。彼は眉ひとつ動かさずに答えた。「僕に必要な栄養素は、既にサプリメントで補完済みです。これ以上の摂取は過剰であり、非効率です。必要ありません」「嘘だよ紬ちゃん」 横でトーストをかじっていたハルくんが、ニヤニヤしながら暴露した。「この人、味覚が子供なの。苦いのと青臭いのがダメなだけ。人参とピーマンが嫌いなんて、いかにもおこちゃまでしょ?」「……黙りなさい、ハル。ピーマンはこの世のバグです。苦味という警報を発している物体を食べる必要性を感じません」「はいはい、言い訳乙ー!」 セナさんが不機嫌そうにコーヒーを煽る。  なるほど。魔王の弱点はピーマンと人参。  私は心の中でファイティングポーズをとった。契約上の肩書きとはいえ、私は「専属栄養管理士」だ。この偏食を見過ごすわけにはいかない。 栄養という面だけならば、ピーマンと人参を食べなくても死にはしない。それこそサプリもある。  でも、この2つの野菜はとても使い勝手がいいものだ。色んな料理に使う。栄養はもちろん、見た目にもカラフルで彩りがいい。  偏食のせいで食べられないなどもったいない!「分かりました。では、セナさんが気付かないうちに、人参とピーマンを食べさせてみせます」「ほう」 セナさんが眼鏡の奥で目を細めた。「僕の舌を欺けると? ……いいでしょう。お手並み拝見といきましょうか」 かくして私の『人参とピ

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     30分後。私たちはマンションから少し離れた、庶民派のスーパーに来ていた。「どう? これならオーラ消えてるだろ?」 レンくんが得意げに胸を張る。黒縁の瓶底メガネに、ボサボサの黒髪ウィッグ。さらにどこで調達したのか分からない絶妙にダサいチェックのシャツを一番上のボタンまで留めている。「……素材が良すぎて、逆に『隠しきれないイケメン』になってますけど、まあマシですね」「よし、行こう」 レンくんは嬉々としてカートを押し始めた。「これ、やってみたかったんだ。カート押して、『晩飯なににする?』って聞くやつ」 彼は完全に楽しんでいる。時間がないため、私たちは手分けして食材をカゴに放り込んでいった。大根、ごぼう、人参、豚バラ肉、豆腐、油揚げ。「すげぇ……このシール、『20%引き』って書いてある。素晴らしいシステムだ」「いいから早く」 特売シールを見て感動しているトップアイドルを急かし、私たちは買い物を終えた。 マンションの地下駐車場に戻ると、車を降りた私たちに人影が走り寄ってきた。「レンさん、紬さん! もう時間ですよ」 新人マネージャー補佐の斉藤くんだ。人懐っこい性格で、Noixメンバーから可愛がられている人だった。「分かった。ごめん紬、俺もう行かなきゃ」「はい。いってらっしゃい、レンくん」「……うん」 彼は名残惜しそうに、一度だけ私の手をきゅっと握った。「夜、楽しみにしてる」 そう言い残して、彼は「ダサいチェックシャツ」から「王子の衣装」に着替えるべく、斉藤くんと一緒にエレベーターへと消えていった。 ◇  そこからは孤独な戦いだった。広大なペントハウスに一人で取り残された私は、最新鋭すぎて使い方の分からないIHコンロやオーブンと格闘しながら、ひたすら下拵えを続けた。 トントン、トントン。誰もいないキッチンに包丁の音が響く。出汁の香りが立ち上り、炊飯土鍋から白い蒸気が漏れる。「……よし。まずは

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