塩対応の国宝級アイドルは、私の手料理がないと生きていけないらしい のすべてのチャプター: チャプター 101 - チャプター 110

119 チャプター

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「ハルが結婚とか言うから。……紬がどっかに行っちゃいそうで、怖い」「…………」「顔見せてくれるだけでいい。……充電させて」 震える声に、私の長年の「ファン心」と無駄にある「母性」が刺激されてしまった。こんな声を出されて無視できるわけがない。「……はぁ」 私は大きくため息をつき、ベッドから降りた。重たいソファをズズズと退かし、バリケードを解体してドアを開ける。 そこには、自分の枕を抱えたレンくんが立っていた。「どうぞ」 私が招き入れると、彼は無言で部屋に入ってベッドに腰掛けた。そして隣に座った私に、くたりともたれかかってきた。「……ん」 押し倒されるのかと身構えたが、違う。彼は私の膝に頭を乗せる。私の腰に腕を回して、大きく深呼吸をしただけだった。「紬の匂いがする」 別に夜這いをしに来たわけではないらしい。ただ私に体を預けて、体温を確認するように目を閉じた。「俺、お前がいないと本当にダメみたいだ」 その言葉は愛の告白というよりは、生存本能に近い切実さを持っている。 私が彼のさらさらとした髪をそっと撫でると、彼は心地よさそうに吐息を漏らし、数分もしないうちに安らかな寝息を立て始めた。 安らかな横顔は彫刻のように整っているようで、どこか幼さを感じさせる。彼が安心しきっているのが分かった。「レンくん?」 返事はない。完全に寝落ちている。 結局、私は重たいトップアイドルの頭を膝に乗せたまま、朝まで身動きが取れなくなった。◇ 翌朝。すっかり充電完了してスッキリした顔のレンくんが、私の部屋から出ていった。ちょうど廊下を通りかかったセナさんと鉢合わせる。「…………」 セナさんは私の部屋
last update最終更新日 : 2026-01-10
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 レンくんは私を大事にしてくれる。 そりゃあわがままで、リクエストが多くて、昨日も充電と称して寝かせてくれなかったけど。 まだまだ不安定なところがあって、支えてあげないといけないけど。 それでも彼の気持ちは伝わってくる。 だから私も応えたかった。「私に何ができるかなぁ……」 夕食の料理をしながら、私はぼんやりと考えた。 なお、今日のメニューはブリのショウガ煮である。てりやきベースのタレにショウガをたっぷり入れて、ピリリとした味わい。 ショウガは体を温める効果がある。体を酷使するみんなにはいい食材だ。 ここしばらくハンバーグやらの重いメニューが続いたので、ここらで胃をリセットしなければ。 それはともかく、私はレンくんに何をしてあげられるだろうか。 料理は仕事だから、ノーカウント。 他には何だろう。 男性付き合いをほとんどしてこなかったせいで、何をすればいいのかちっとも分からない。 あと、実は。 彼の重い愛は嫌じゃない。嫌じゃないけど、一方的なのがちょっと悔しい。 以前レンくんに、愛用の香水をもらった。お互いの香りを交換するという条件で。 私は彼の香水。彼は私が当時使っていた、安物の柔軟剤の香り。 でも今はメンバー全員で同居しているので、ちょっとお高い柔軟剤になってしまった。特にセナさんが余計な香りを嫌うから、無臭のやつがメインになっている。 レンくんは最初文句を言っていたものの、ハルくんが「いいじゃん。紬ちゃんのいる家に毎日帰ってくるんだから、匂いがなくても平気でしょ」と丸め込まれて納得していた。ちょっとチョロかった。 なので彼の香水――『CielBlue(シエル・ブルー)』は、使いかけでふたをされたまま私の部屋に置かれている。 一方的なプレゼントになっている。「私も何か贈り物をしようかな……」 独占欲むき出しなのはあなただけじゃないんだよ、と教えてやりたい。 私だってあなたが好きで、
last update最終更新日 : 2026-01-10
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108:王様の嫉妬

 ペントハウスでの共同生活は、奇妙なバランスの上で成り立っていた。私は「専属スタッフ」として、3人の世話を焼く毎日を続けている。 ある休日のリビングでは、こんな光景が繰り広げられていた。「ねーえー、紬ちゃ~ん。爪切って~」 ソファに座る私の膝に、遊馬ハルくんが頭を乗せる勢いで甘えてきた。彼は右手を無造作に差し出してくる。「ハルくん、自分で切れますよね?」「やだ。俺、不器用だから深爪しちゃうもん。……ほら、早く」 彼は上目遣いで私の袖を引っ張る。猛獣の皮を被った甘えん坊である。私はため息をつき、仕方なく彼の手を取った。「はいはい、動かないでくださいね」 パチン、パチン。爪切りの音が響く中、ハルくんは私の肩に頭を預けて、猫のように目を細めてくつろいでいる。猫ならゴロゴロと喉を鳴らしそうな表情だ。「紬さん。出る時間なので、行ってきます」 そこへ、スーツ姿に着替えた葛城セナさんが現れた。彼は鏡の前で立ち止まり、当然のように私を呼んだ。「ネクタイが曲がっています。直してくれませんか」「あ、はい。今すぐ」 私はハルくんの手を離し、セナさんの元へ駆け寄る。襟元を整えてネクタイのノットをキュッと締め上げる。いつものルーティンだ。「やはり、君が結ぶと気合が入りますね」 セナさんは満足げに頷くと、行ってきます、と私の頭を軽く撫でて出て行った。「いってらっしゃいませ」 私が頭を下げ、ふと振り返った時のこと。 リビングの奥にある一人掛けのソファで、撮影中のドラマの台本を読んでいたはずの綺更津レンくんと目が合った。「…………」 彼は何も言わなかった。ただ、そのアイスブルーの瞳からは感情が抜け落ちていた。 背筋が凍るような冷たい視線。彼は私を――いや、私とハルくんを一瞥すると、バサリと乱暴に台本を閉じ、無言で部屋を出て行ってしまった。 
last update最終更新日 : 2026-01-11
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 それに、あの目はただの不機嫌じゃない。もっと深刻な嵐の前の静けさだ。 ここでリカバリーしておかないと、後々大変なことになる予感がする。「私が、ちゃんと栄養を届けてきます」 私はキッチンに戻り、フライパンを火にかけた。◇ 15分後。私はトレーを持って、レンくんの部屋の前に立った。 メインディッシュは彼が一番好きなオムライス。ただし、ランチに出すようなカジュアルなものではない。赤ワインを煮詰めた濃厚なデミグラスソースをかけて、バターを贅沢に使った「ドレス・ド・オムライス」だ。「レンくん。入りますよ」 ノックをしても返事がない。私は肩をすくめると、セナさんから預かっているマスターキーでロックを解除した。 部屋の中は薄暗く、間接照明だけが灯っている。 レンくんはデスクに向かっていたが、ペンは止まっている。背中から漂う空気は、拒絶そのもの。「……勝手に入るなと言っただろ」 低く地を這うような声が聞こえた。不機嫌を通り越して怒りすら感じる。 でも私は怯まない。私は管理スタッフだ。レンくんがいくら怒っても、栄養補給を全うする義務がある。 いや、義務とかそんなもの以上に、彼には健やかでいて欲しい。「ご飯を食べないなら、私が食べさせます」 私が強引に歩み寄ろうとすると、ガタッ、と椅子が鳴った。 レンくんが立ち上がり振り返る。その瞳は熱を帯びていて、暗闇の中で獣のように光っていた。「……っ」 次の瞬間、私の手首が掴まれた。強い力で引き寄せられ、私は壁に押し付けられた。「レンく……」「……お前、鈍感すぎるぞ」 逃げ場を塞ぐように、私の顔の横に彼の手が伸ばされる。 至近距離にある彼の顔は、怒りと、どうしようもない切実さで歪んでいた。「俺が、ここに連れてきたのに」 彼の指先が私の頬をなぞる
last update最終更新日 : 2026-01-11
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「ご飯、冷めますよ。レンくんの好きなオムライスです。食べたら、機嫌直してください」 レンくんはふっと力なく笑った。何かを諦めたような、ちょっと肩の力が抜けたような笑み。 私から離れてソファに座り直す。「じゃあ、紬が食べさせて」「え」 彼はソファの背もたれに深く体を預けて、王様のように顎で皿を示した。「レンくん、食べるなら自分で……」「食べさせて」 聞く耳もってくれない。 でも――甘えよりももっと切実な様子を見て、私も心を決めた。 私はスプーンで黄色い卵とライスを掬い、彼の口元へ運ぶ。彼は私の目を見据えたまま、スプーンごと噛みつくような勢いでそれを口に含んだ。「…………」 咀嚼し、喉を鳴らして飲み込む。「……美味い」 一口食べた瞬間、彼の瞳から険しさが消えた。甘く蕩けるような色に変わる。私の料理が、熱となって彼の体内に溶けていく。「紬の料理は、俺だけのものだ。……お前自身も」 彼は私の手首を引き寄せ、掌に熱いキスを落とした。それは誓いのようであり、所有の刻印のようでもあった。◇ 食べ終わった後、レンくんは空になった皿を持って、リビングに戻ってきた。もう片方の手はしっかり私の腰に回されている。「お、やっと出てきた。飯食った?」 ハルくんが声をかけるが、レンくんは答えない。その代わりハルくんとセナさんの目の前で、私の髪を指で梳き、愛おしげに耳にかけた。さらに私のうなじに顔を埋めるようにして、2人に聞こえる声量で囁いた。「……ごちそうさま。美味かった」 その仕草と視線だけで、部屋の空気が変わった。『こいつは俺の女だ。手出し無用』。そんな強烈なマーキング。「レンくん! やりすぎですよ!」 私は真っ赤になっ
last update最終更新日 : 2026-01-12
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111:裏切り者の影

 カラン。ペントハウスのダイニングに乾いた音が響いた。葛城セナさんが、小さな黒いチップを大理石のテーブルに放り投げた音だった。「……何これ」 ポテチをかじっていたレンくんが眉をひそめる。「GPS発信機です」 セナさんは冷たい声で告げた。「あの雪の日、僕たちが紬さんのアパートに向かうのに使った社用車のバンパー裏に仕掛けられていました」 空気が一瞬で凍った。 私は無名の一般人。パパラッチが私個人をマークしているはずがない。つまり犯人は最初から「Noix(ノア)の動き」を監視し、彼らが向かった先――私の家を特定し、待ち伏せしていたのだ。「社用車の管理ができ、かつGPSを仕掛けられる人間。それは外部のパパラッチではありません」 セナさんの眼鏡の奥が鋭く光る。「事務所に出入りできる、内部のスタッフに限られます」「嘘でしょ……?」 ハルくんが呆然と言う。手からぽろりとポテチがこぼれ落ちた。「俺たちの身内が、俺たちを売ったってこと?」 最も信頼すべき場所に敵がいた。その事実に3人は言葉を失っていた。◇「犯人を炙り出します」 セナさんはスマホを取り出し、不敵な笑みを浮かべた。重苦しい空気を振り払うように。「今日、ある情報を事務所内で『うっかり』流します。……紬さん、協力してくれますか?」 作戦はこうだ。 セナさんが『今日、例の女性(私)が極秘でテレビ局の搬入口へ弁当を届けに来る』という嘘の情報を、スタッフがいる前で電話で話す。もしその時間に、誰も来ないはずの搬入口で待ち伏せしている人間がいれば――それが、ネタを狙っている黒幕だ。◇ 昼下がり、テレビ局の警備室にて。私はモニター越しに、裏口の搬入口の様子を見守っていた。 壁一面に表示されているのは、たくさんの画面。その隅には時刻が表示されている。そろ
last update最終更新日 : 2026-01-12
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 レンくんは年下の斉藤くん――いや、斉藤を気に入って、服なんかをあげていたっけ。 私も彼に買い物を頼んだり、仲良くしているつもりだったのに。 彼は笑顔の裏でレンくんをマスコミに売っていたんだ。 今となっては、私はスタッフとして問題なく働いている。でもそれは結果論だ。 あの時は一歩間違えば破滅が待っていた。「確保」 セナさんの合図と共に、隠れていたセキュリティスタッフたちが彼を取り押さえた。◇ 局内の空き楽屋に連行された斉藤は、悪びれる様子もなくふてぶてしい態度を取っていた。「……お前」 レンくんが信じられないものを見る目で彼を見る。「俺はお前を弟のように思っていた。可愛がっていたつもりだった。何故だよ?」「はっ、弟? 笑わせるなよ」 斉藤は顔を歪めた。こちらを馬鹿にしているようでいて、どこか卑屈な表情。「あんたたちはいいよな! 立ってるだけでキャーキャー言われて、金稼いで! こっちは安月給であんたらの機嫌取りだ。写真1枚売れば、俺のボーナスより高い金になるんだよ!」 金と嫉妬。あまりにチープで、身勝手な動機だった。「……そうか」 レンくんは怒る気力すら失ったように、悲しげに目を伏せた。その姿を見て、セナさんが一歩前に出る。「君は一つ、大きな勘違いをしている」 絶対零度の声だった。彼のトレードマークである、笑顔の仮面すらかぶっていない。 表情を消した素の顔で続ける。「僕たちは『立っているだけ』ではない。君が寝ている間も遊んでいる間も、血の滲むような努力をして、その努力の上に立っているんです」 セナさんは斉藤を見下ろし、冷たく告げた。「……君のような人間には、一生見えない景色でしょうが。――連れて行け」「ああ、そうかよ! 偉そうに。何様だ!」 斉藤は警備員に引きずられながら、最後まで捨
last update最終更新日 : 2026-01-13
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 私が用意したのは、「鯛の胡麻ダレ出汁茶漬け」だった。 刺身用の新鮮な鯛を、すり胡麻、醤油、みりんを合わせた特製ダレに漬け込む。それをご飯に乗せ、熱々のカツオ出汁をたっぷりと回しかける。鯛の表面が白く湯引きされ、胡麻の香ばしい香りと出汁の湯気が立ち上った。「……どうぞ」 3人の前にお茶碗を置いた。 レンくんが、ゆっくりとレンゲを手に取る。パクッ。一口口に入れる音だけが、静かな部屋に響いた。「…………」 出汁の温かさが、冷え切った心に染み渡っていく様子が分かる。 体と心の両方を温めてくれたはずだ。「……あったかい」 お茶碗を持ったまま、ハルくんがポツリと言った。目元が少し赤い。3人は何も言わず、けれど噛み締めるように茶漬けを平らげた。「……紬は」 食べ終えたレンくんが小さく呟いた。弱々しい、迷子のような声だった。「紬は、俺たちを売らないよな?」 私はきっぱりと答えた。「売りませんよ。絶対に」 3人の顔をまっすぐに見る。「私はNoixのファンですから。ファンは、推しの幸せを一番に願う生き物なんです。貴方たちが悲しむようなことは、死んでもしません」 その言葉に、3人が顔を上げた。セナさんがふっと口元を緩めた。「……ファンという生き物は、時にスタッフよりも信頼できるようですね」 セナさんが笑い、つられてレンくんとハルくんにも微かな笑みが戻った。 この夜、私たちの絆はただの「雇用関係」を超えて、痛みを共有した「家族」に近いものへと変化した気がした。◇ それから数日後。裏切りのショックも落ち着いて、平和が戻ったペントハウスに来客を告げるチャイムが鳴った。 コンシェルジュからの連絡ではない。セキュリティパスを使って、直接このフロアまで上
last update最終更新日 : 2026-01-13
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114:ライバル来訪

 リビングの扉が開くと、大輪の薔薇が咲き誇るようなオーラを放つ人物が我が物顔で入ってきた。 彼女はさっさと高級ソファに座って、長くてすらりとした足を組む。 大きなサングラスをかけても、その美貌は隠しきれていない。国民的トップ女優、西条リカだ。「遅いじゃない。待ちくたびれたわ」 彼女はサングラスを指先で少しずらし、不機嫌そうに私たちを、いや、Noix(ノア)のメンバーを見やった。「失礼しました。トラブル続きで、貴女との約束を失念していました」 セナさんが珍しくバツが悪そうに頭を下げた。やり取りから推測するに、どうやら彼女は事務所の社長経由で強引にアポを取り、このマンションのセキュリティパスを発行させていたらしい。「何の用だ。俺は今日オフだぞ」 レンくんがあからさまに顔をしかめた。しかしリカさんは動じる様子もなく、手に持っていた紙袋から高級そうな箱を取り出した。ローテーブルに置く。「あら、オフだから会いに来たのよ。ドラマの打ち上げ、レンだけ来なかったでしょ? その埋め合わせ。ほら、これ差し入れのマカロン。ピエール・エルナの限定品よ」 そう言ってレンくんに箱を押し付けようとするが、「いらん」と断られている。「久々に見たけど、相変わらず派手だなあ」 ハルくんが私の後ろでそんなことを呟いていた。◇ 私は来客用のお茶を準備しようと、キッチンへ向かった。背中に値踏みするような視線が刺さるのを感じる。「あら、新しいお手伝いさん? 随分と地味な子を雇ったのね」 あからさまなマウントだった。彼女にとって私はただの使用人――あるいはそれ以下の存在らしい。私は務めて冷静に、笑顔で振り返った。「専属スタッフの小日向です。お飲み物は何になさいますか?」「喉乾いたわ。白湯(さゆ)を持ってきて。温度は50度ぴったりでね。……あと、そこの加湿器の水も替えておいて。肌が乾燥するから」 細かい注文だ。けれど、これくらいで動揺していてはプロ失格である。私は温
last update最終更新日 : 2026-01-14
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「行かない。俺は家で食う」「はあ? せっかくこの私が予約したのに?」「俺は、紬の飯しか食わないことにしている」 レンくんがきっぱりと言い放つ。リカさんは信じられないものを見る目で、私とレンくんを交互に見た。「……は? たかが家政婦のまかない料理でしょ? トップ女優の私の誘いより、そっちが大事なわけ?」 一触即発の空気が流れる。 見かねたセナさんがパンと手を叩いた。「まあまあ。では、ここでランチにしましょう。私の不手際のお詫びも兼ねてご馳走しますよ。……紬さん、西条さんの分も用意できますか?」 セナさんの視線が「頼みますよ」と語っている。私はエプロンの紐をぎゅっと締め直した。「はい、かしこまりました。お任せください」◇ 改めてキッチンに戻り、私は考えた。 相手は美を売り物にするトップ女優だ。恐らく撮影前や体型維持のために、過酷な食事制限をしているはず。こってりしたフレンチや、炭水化物たっぷりのまかない飯など論外だろう。 いつもNoixの猛獣3人に出しているような男子飯も良くない。彼らはハードなダンスで運動量の多い20代男性だから多少食べても体型が維持できるのであって、女性にとっては酷になる。(求められているのは、『罪悪感のない食事』……!) 私は冷蔵庫にある野菜と、ストックしてあるスーパーフードを取り出した。テーマは「美容・デトックス・満足感」。 30分後。ダイニングテーブルに料理が並べられた。「……何これ」 リカさんが眉をひそめた。目の前にあるのは、彩り豊かな「15品目のパワーサラダ」だ。 低温調理でしっとりと仕上げた鶏むね肉、キヌア、アボカド、ナッツ、グレープフルーツなどが山盛りにされている。ドレッシングはノンオイルの自家製オニオンソース。 サイドメニューには、バターを使わずに仕上げた「根菜と豆乳の濃厚ポタージュ」。そして
last update最終更新日 : 2026-01-14
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