All Chapters of 偽物クズ夫に別れを告げ、スパダリと政略結婚します: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

「私もこんな年になって、嫁からこんなひどい態度を取られるなんて、まったく恥ずかしくてたまらないわよ!あの女が一体何だって言うの!あなたがどうしてもあの女と結婚したいと言わなければ、黒崎家の門だってくぐる資格なんてないような人間よ?」京子は慶が一切自分のほうに肩入れしようとしないのを見て、彼のほうへとやって来ると悔しそうに地団太を踏んで訴えた。慶はどうしようもなく、一歩譲って、母親が一花を教育してやると言うのに同意するしかなかった。それに一花をここまで連れて来て、柚葉に直接謝罪させる約束もした。柚葉の家を出ると、慶はすぐに一花へ電話をかけた。暫く呼び出し音が続いてから、一花はようやく電話に出た。この時、慶は少し不機嫌そうにしていた。「家に帰ってきた?」「まだよ。今はまだ顧客との商談中なの。何か用事?」実はこの時、一花は西園寺勇のタワーマンションの一室にある夜景が一望できるダイニングで食事をしていた。傍にいるメイドが霜降りのステーキを切り分けてくれているところだ。一花が席を立たずにその場で電話に出たので、勇はすぐに隣にいる使用人に目配せし、その場にいた使用人たちはみな、サッと部屋を出ていった。「今日、母さんと柚葉に呼ばれたらしいじゃないか、君は行かなかったの?」電話越しに、慶は単刀直入に言った。一花は口角を上げ、ニヤリとした。「そうだけど」「一花、母さんなんだぞ。いくら機嫌が悪かったとしても、譲歩してやってくれよ。それに柚葉は今産後で情緒が不安定な時期なんだから、そんな彼女がいつもと同じだとは……」慶の声は一応穏やかではあったが、その言葉の端々に一花を責めるのが聞き取れる。彼は母親と柚葉が言っていたことを決して真に受けてはいなかった。しかし、家族がここまで気分を害するほどの騒ぎに発展してしまったのだ。柚葉も離婚するとまで言い出してしまい、父親も加わると、彼のせいだと責められることになってしまう。それに加え、最近会社は順調ではなく、彼も相当悩んでいるのだ。そして口を開くと、一花の主張を聞くこともなく、直接一花に指示を出した。「こうしよう、君は今どこにいるんだ?商談が終わったら、俺が迎えに行くから、一緒に母さんと柚葉に会いに行くんだ。誤解があるならちゃんと話して、事を荒立てないようにね」慶は一花のために考え
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第12話

一花は慶から連絡が来ても、暫くの間返事をしなかった。慶は商談がまだ終わっていないのだと思い、座席にもたれ掛かって静かに待っていた。この日、彼は綾芽に付き合い、リモートで多くの仕事をこなしていたので、すでに疲労困憊していた。そして今はまた家族内の揉め事を収めないといけないので、かなり精神的にまいっていた。しかし、一花が遠方まで商談に来ているのを思うと、自分とそう変わらず大変だろうと思い、ふいに複雑な気持ちが込み上げてきた。彼女も彼の会社のために尽力してくれているのだ。苛立って彼の母親と柚葉に少しくらい冷たい態度を取ったとしても、許されていいはずだ。慶は黙々と、さっき自分が一花には少しきつく言いすぎたのではないかと考えていた。後で彼女に会ったら、やはり彼女を慰めなければ。どれくらい経ったか分からないが、慶は突然目を覚ました。携帯が光り、一花から電話がかかってきたのだと思って、すぐにそれに出た。しかし、聞こえてきたのは綾芽の声だった。「慶、こんな時間なのに、どうしてまだ帰って来ないの?何かあった?」その声には彼を心配する気持ちしかなかった。「大したことないよ。今はちょっと仕事を処理しているんだ」慶は座り直し、こめかみを揉みほぐした。いつの間にか寝てしまっていたようだ。しかし、一人で一花を探しにきて、家族のごたごたもあることを綾芽に知られてやきもきさせたくなかった。それで、適当な嘘をついてその場を誤魔化したのだ。「もう夜中の2時よ、まだ仕事なの?」綾芽の疑問の声に慶は頭がはっきりした。彼はすぐに時間を確認した。さっき来た時はまだ8時だったのに、寝てしまいすでに夜中の2時になっていたのだ。慶は気持ちが沈み、適当に彼女に話してからすぐに電話を切った。携帯には一花からの返事もなく、電話をかけてみても、電源が入っていないという機械音しか返ってこなかった。慶は一気に怒りが込み上げてきて、すぐに家に帰った。綾芽はまだ寝ずに彼の帰りを待っていた。しかし、帰って一花の部屋を確認してみると、ドアは閉ざされ明りはついていなかった。一花に騙されてしまったのか?一花はまさかほぼ一晩待たせたのか?慶は気持ちを落ち着かせるかのようにネクタイを整え、ルームシューズに履き替えると、そのまま一花の部屋へ向かった。しかし、彼が
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第13話

「なんでそんなこと聞くんだ?」慶は視線を戻し、すぐに綾芽を抱きしめた。「俺が彼女のことを好きだったら、君と結婚して子供まで作ったりしないよ。ただ、今はまだ一花を利用し続けないといけないし、黒崎家も穏やかにさせておかないと」「……」慶がそう言うと、綾芽はもう何も言わなかった。彼女は、この時慶のプレッシャーが大きいことが分かっていたので、万が一、慶が一花に情を持っていたとしても、自分の気持ちを抑えるしかなかった。翌日、慶は朝早くに起きてきた。一花のことがあり、彼はその夜、ほぼ一睡もできなかったからだ。夜が明けると同時に、慶は一花に会いに行こうと思ったが、今回も部屋のドアを開けようとしたところで、携帯が鳴り出した。彼は電話に出ると、徹夜で一睡もできなかった疲れた声で言った。「昨夜は家に帰ってこなかったの?」「ええ、顧客と一緒にお酒を飲んでいたから、ホテルで休むことにしたの」この時の一花からは申し訳なさそうな声は聞こえてこなかった。それとは真逆にさっき起きたばかりの冷たい声だった。「かなり待たせちゃった?」慶は言葉を失った。昨夜焦っていた自分がまるで馬鹿のように感じた。「約束通りに来てくれなかったのは、そのせいだったのか?」「それだけじゃなくて、私会社を数日休みたいんだけど」慶は急に声のトーンを高くした。「休む?こんな時期にか?会社のいくつかのプロジェクトが白紙になって、今はその損失を補わないといけないのに、なんでそんなことが……」「最近仕事が忙しすぎてストレスがかなり溜まってるみたいなの。だから体調が悪くて。会社に私がいないと、回らなくなるとでも言うの?」一花は彼の言葉を一刀両断してしまった。その口調には相手に感じさせにくい冷たさが含まれていた。「昨日、あなたの秘書がサインをお願いしてきたけど、その時ちょうど顧客と損失を補うための案件を話していたのよ。それでもう一息つく暇もないくらい忙しかったの。それなのに、あなたの母親はひっきりなしに電話してきて、柚葉ちゃんは産後私の料理を食べたいから、ご飯を作れって言うのよ」彼女は少し間を空けて、皮肉交じりにこう言った。「慶、自分の心に問いかけてみてよ。こんな時期に数千万の損失を補うために商談に行かせた上に妹のためにご飯を作れって、どうなの?」その言葉で、慶は何も言えなくなっ
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第14話

しかし、母親は気の強い性格をしているし、柚葉も自己主張が強い。そんな二人に一花に謝れと言ったら、家の中は大騒ぎになって収拾がつかなくなってしまうはずだ。「一花、母さんの性格を君も理解しているだろう、母さんに謝れって……」慶はどうしようもなく奥歯を噛みしめていた。まずは作戦を変更して、一花の気持ちを落ち着かせることにした。今はやはり、会社のほうが優先事項だからだ。「人ってその気になれば変われると思うわ。慶、私と会社のためにも、慎重によく考えてちょうだい」一花は一切の迷いなく、そのまま電話の電源を切ってしまった。慶が再び電話をかけても、一花の電話に繋がることはなかった。彼はネクタイを整え、怒りをどこにもぶつけることができずにイライラしていた。綾芽の言った通りだ。一花を甘やかしすぎてしまったせいだ!こんな重要な時に、ここまで反抗的になるというのか?慶は怒りを溜めていたが、焦って再び一花に会いに行こうとはしなかった。今一花を失って会社の上場が上手く行かなくなるなど意地でも信じなかった。しかし、一花が午前休暇を取ってから、午後には会社が火を吹くような慌ただしさになるとは、この時の慶は思ってもいなかった。三つの提携先がまた黒崎グループとの提携を取りやめにし、株主たちは大きな不満をつのらせた。会社に到着すると、慶はすぐに会議を開き、その原因もすぐに明らかになった。昨日の午後、ある製品の宣伝に問題があったのだ。これは一花が担っていたわけだが、昨日のその時間帯は、一花はずっと実家からの電話の対応をしていたのだ。慶はその瞬間言葉を失ってしまった。そしてちょうどこの時に京子から再び電話がかかってきた。彼は何も考えることなく、携帯を床に叩きつけた。その場にいた者はそれに驚き、秘書が恐る恐る彼の携帯を拾ってから、慶は会議を終了させた。彼は自分を落ち着かせるために、暫く待ってから、やっとスーツのジャケットを取って家に帰った。柚葉は泰司とひどく喧嘩したので実家に戻っていた。この時、ちょうど京子が家でどうやって一花を罰して困らせてやろうかと話し合っているところだった。使用人が慶が帰ってきたことを伝えると、二人はいい気になっていた。京子と柚葉は互いに目を合わせ、得意げにしていた。慶はやはり謝罪させるために一花を連れて帰っ
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第15話

京子はそれに大きく反応を見せた。「謝れですって?私はあの子にとって義理の母親なのよ!なんで私が謝らないといけないわけ」「それは一花さんが会社の下半期の大事なプロジェクトを担っているからだ」この時、則孝が突然口を開き、手に持っていた書類を京子に突き出した。「お前名義のあの川沿いにある邸宅、それから柚葉のトラストファンドも即日運用を停止する。一花さんに謝罪したら、すぐにそれは解除してやろう」「母さん、今後はきっちり柚葉の管理をしておいてくれ。柚葉がいくらわがままでも、会社の将来を潰すほどわがままでいてもらっては困るんだよ」京子の名義の邸宅は、彼女が貴婦人たちの中で最も自慢できる財産である。柚葉のトラストファンドに関しては、それがあるからこそ、彼女が好き勝手に泰司にいろいろ指図できるのだ。これらが消えてしまえば二人は黒崎家で偉そうな態度を取れなくなってしまう。それを聞いて柚葉は慌てだし、すぐに目に涙を浮かべた。「お父さん!ひどいわ、私は出産したばかり……」「黒崎家の金で、何もしない穀潰し程度は養っても、馬鹿は養うつもりはない。さっさと一花さんに謝りに行くか、どちらもこの家から出ていくか、選択肢は二つだけだ」京子は手をわなわなと震わせていた。彼女は一歩も譲る気のない慶の横顔を見て、また則孝の有無を言わさぬ確固たる瞳を見つめた。そして彼女は、今回は一花を懲らしめることができなくなったあげく、夫と息子から叱られて、納得できない罰を受けることになってしまったと気づいた。そして最終的に、京子は悔しそうに唇を噛みしめながら、使用人に一花へ電話をかけるよう命令した。電話をしている彼女は自分の非を認めることができずに、なかなか声にならなかった。そしてようやく喉の奥から絞りだすように「ごめんなさい」の言葉を出した。柚葉のほうは絶えず泣き続けていて、何を言っているのかよく聞き取れない声で、「仕事の邪魔するべきじゃなかったわ」と言っていた。電話を切ると、リビングはまるで死が訪れたかのような静寂に包まれた。京子はギロリと鋭い目つきで窓の外を睨みつけていた。その瞳には憎しみ以外の感情はなく、一花への強烈な恨みが溢れ出ている。京子は自分と娘が一花のせいでひどい目に遭ったと思い、絶対にいつか必ず千倍にして仕返ししてやると心に誓った。夜、慶が家に帰
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第16話

「彼女を失うのが怖いんじゃない?」綾芽が慶の気持ちを探ろうとしているのは明らかだったが、この日慶はそれを相手にする気力もなく、ただ冷たく笑った。「そんな馬鹿みたいな話しないでくれ」そう言い終わると、彼は電気を消し、携帯を横に置いて綾芽の相手をするのはやめてしまった。綾芽のほうはまだ何か言いたげにしていたが、強制的に話が終わる形になってしまった。それで彼女は挫折感のようなものを味わい、慶が寝てしまってから、起き上がり、こっそり彼の携帯のロックを解除した。携帯画面を開くと、なんとすぐに一花とのチャット画面が現れた。2時間前に、慶がメッセージを送って一花と話そうと思っていたが、返事はないままだった。それで、彼はこの夜ずっと携帯を握ったまま放そうとしなかったわけだ。仕事がまだ残っていると言っておきながら、実際はずっと一花からの返事を待っていたのではないか?眉間にきつく皺を寄せて寝ている慶の顔を見つめ、綾芽の心は一瞬にして冷めてしまった。そして翌日の夕方。この時、慶は残業で顧客の接待をしているところだった。すると、今まで長年黙ったままだった同級生たちとのチャットグループに突然メッセージが届き始めた。一つ、また一つと次々とメッセージが送られてくる。【みんな知ってるか?南関の西園寺家の謎に包まれていたお嬢様の正体が分かったって!】そのグループには弾丸のようにメッセージが打ち込まれていき、どんどん下にスクロールしていく。【西園寺家って?あのちょっと指を動かしただけでも、南関の経済を大きく左右するっていう、西園寺家のこと?】誰かがまるで信じられないといった驚きの声をすぐに返した。【そうだよ!西園寺匠の隠し子が見つかって、彼の兆を超える遺産を相続したらしいよ。そして今、正当な西園寺家の跡取りなんだよ!】そのメッセージを最初に送ってきた同級生は現場にいるらしい。【パーティーではボディーガードが三重にもなって、誰かが3メートル以内に近づくとすぐに摘まみ出されてたよ。しっかりプライバシーを守ろうとしてるんだ!】するとチャットグループは一気に過熱した。【兆超えてるって?そんな棚ぼたラッキーみたいなことって、小説の中でもそこまで大袈裟に書かないっしょ?】【どんな人だった?美人?独身なのか?】またある人が興味津々に尋ねだした。【も
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第17話

しかし、写真をダウンロードしている途中で、電話がかかってきた。綾芽だ。慶が電話に出ると、綾芽の泣き声が耳に飛び込んできた。「どうしたんだ?何があったの?」彼は一気に緊張し、その声もかなり焦っていた。しかし、いくら慶がどうしたのか聞いてみても、綾芽は一向に泣くばかりで話そうとしないのだ。どうしようもなく、慶は彼女に「今どこにいるんだ、家か?今すぐそっちに行くから、ね?」と言うしかなかった。彼がまだ話し終わる前に、彼女のほうから電話を切ってしまった。慶はかなり焦り、接待がまだ終わっていないのに、慌てて秘書に任せて顧客に断りを入れてから席を離れた。綾芽の身に何かあったのではと思うと、魂までも抜き取られてしまうくらいに恐ろしくてたまらなかった。慶は接待の席では酒を飲んでいなかったので、車を走らせながら綾芽に電話をかけた。何度も電話をかけて、やっと彼女は電話に出た。「綾芽、一体何があったん……」「私は綾芽じゃなくて、三谷よ。バー・キュリオスに来て。この子飲み過ぎてもうどうしようもなくて」三谷紬(みたに つむぎ)は綾芽の親友だ。ここ南関でバーを経営していて、バー・キュリオスも彼女の店なのだ。慶が綾芽にアプローチしていた頃、誰かに見つからないように、二人はよく紬のバーで密会していたのだ。「分かった。すぐに行く!」慶は電話を切ると、紬の店に急いだ。彼は店まで超過速度で運転し、十分ほどで到着した。バーの個室で、綾芽はかなり酔った様子で紬に抱きつき、酒を飲ませろとわあわあ騒ぎ立てていた。彼女はかなり酒を飲んだらしく、テーブルの上には空になったボトルが散乱していた。「綾芽、これは……」目の前の光景を見て、慶はかなり驚くとともに、このような彼女の様子に心を痛めた。綾芽と長年一緒に過ごしてきて、彼女は酒を飲むことなどせず、自分の体を大切にしていた。「黒崎君、ちょっとひどすぎるんじゃない?綾芽はあなたのためにどれだけ尽くしてきたか、分かっているでしょう。あの女のために、誓いを破るつもり?」慶を見るや、紬はかなり不機嫌な態度を取った。紬は綾芽を抱きしめたまま、肘で慶が近寄るのを阻止した。「三谷さん、それはどういう意味だよ?なんで俺が約束を破ったなんて言うんだ?」慶はこの時、かなり疲労が
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第18話

紬は一言一句はっきりとした口調で、慶に警告した。慶は深く息を吸い込んだ。今ここで紬と喧嘩したくなかったので、声を抑えて言った。「三谷さん、ちょっと席を外してもらえないかな。綾芽にはどういうことなのかちゃんと説明するから」綾芽もこの時は座り直し、紬の手をぎゅっと握って、ドアのほうへ視線を向けた。紬はその意味を理解し、不満ながらも立ち上がり出ていくしかなかった。そして部屋に二人だけになると、慶はネクタイを緩め、綾芽の横に腰掛けた。彼は綾芽の腕を掴もうとしたが、その手は振り払われてしまった。「もう機嫌を直してくれないか?俺、最近本当に疲れているんだよ」綾芽は何も言わず、少しして両肩を震わせ始めた。慶はまた綾芽が泣いているのが分かり、心がズキズキと痛んだ。「ごめん、全部俺のせいだ」慶は今度は後ろから綾芽を抱きしめた。彼女が嫌がっても決して離そうとしなかった。「会社でトラブルがあったんだ。最近の契約全て問題が起こって、損失が馬鹿にならないほど大きくなってしまった。実家のほうも大騒ぎで本当に君のことまで考える余裕がなかったんだよ。俺と水瀬さんの間には何もないから。彼女が怒って仕事に影響が出始めたから、彼女の機嫌を取るしかなくてさ」そう慶が説明すると、ようやく綾芽は落ち着きを取り戻した。彼女はこれ以上拒むことなく、おとなしく慶の話を聞いていた。「君だって、水瀬一花はまだ利用しないといけないって分かっているだろう。彼女に気づかれると、俺たちには不利になってしまう。まさか俺はそんなに信用できない奴なのか?」慶はため息をついた。彼の優しい声からはその苦渋が感じられる。「言ったでしょ、私はただ怖いの……こんなに長く一緒に過ごしてきて、あの子に心変わりしちゃうんじゃないかって」綾芽はかすれた声で嗚咽を漏らした。慶はゆっくりと彼女の体を自分のほうへ向かせた。彼女からは強い酒の匂いが漂い、泣き腫らしたその目は見るにも痛々しかった。昔、彼を雪山で三日三晩背負って歩いてくれたお姉さんが、今では自分を頼りにしている。慶が6歳の頃、冬のキャンプに参加し、雪山で彼がうっかり列から離れてしまったことがある。その夜は吹雪で、凍死するのではないかと弱気になっていた時に、寝るんじゃないと、温かい声が耳元に響いたのだ。その
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第19話

彼は音を立てて、一花を起こしてしまうのではないかと思い、綾芽を部屋に送り届ける時にはできるだけ足音を立てないように、慎重になっていた。慶が一花の部屋へ目を向けてみると、ドアはやはりしっかりと閉じられたままだった。彼は一花が二日も家に帰ってこないはずはないと思い込んでいた。怒るにも限度はあるし、彼女も物分かりの良い人間だから、きっと部屋でもう休んでいるだろうと思っていた。それに、玄関には彼が一花にプレゼントしたブランド物の靴もある。それは彼女の一番のお気に入りだった。慶はこの時、疲れ切っていたが、少し考えて、結局一花の部屋に行くことにした。彼がドアノブに手をかけ、開けようとしたところに、バタバタと駆け足で向かって来る足音に遮られてしまった。「パパ!」すると颯太の声が聞こえてきて、慶は緊張し、音を立てるなと人差し指を口元に当てた。颯太はそれに不機嫌になり、慶を見つめるその顔は一瞬で不満そうに暗くなった。そして、ギロリと一花の部屋を睨みつけた。「どうしたんだ。こんな遅くにまだ寝ていないのか?」慶は颯太を抱き上げて、彼の耳元で小声で尋ねながら、体の向きを変えて一花の部屋から離れた。「ママが吐いたんだ……」颯太が「ママ」と呼ぶのを聞いて、慶は眉間に皺を寄せた。「言っただろう、ママと呼んじゃ駄目だって。綾芽さんと呼びなさい。ママは一花なんだから」「あんなのママじゃない!」すると颯太はすぐに小さな顔を真っ赤にさせて言い返した。「あいつはただ、ママをいじめる悪い奴だ!」慶は鋭い目つきになり、冷たいオーラを放ち声を暗くして言った。「もう一度言ってみろ」慶はかなり不機嫌そうな顔をし、颯太はすぐにそれに怯えてしまった。真っ黒な大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ、これ以上反抗することはなかった。慶が颯太を連れて部屋に戻ると、綾芽はトイレで激しく嘔吐していた。この騒ぎで一花を起こしてしまわないように、慶も使用人に手伝ってもらわず、自ら薬を探してトイレに入ると、拭くのを手伝ってやった。綾芽は吐いて少し楽になり、慶も彼女のベッドの横にへばりついて出て行こうとしなかった。「綾芽……」「ん?」綾芽の血色のない真っ青な顔を見て、慶は出かかった言葉をやはり呑み込んだ。颯太は普段から一花にはトゲトゲしい態度を取って
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第20話

慶は驚いた。「家に帰ってないってどういう意味だ?」その質問の答えが返ってくる前に、携帯が鳴り出した。会社でまた問題が発生したのだろう。慶は使用人を下がらせ、すぐに席を立ち電話に出た。電話を終えて戻ってきた慶はかなり不機嫌そうに顔を暗くさせていた。綾芽はその様子を見て緊張してきた。「また何かあったの?」「会社はまた重要な契約を取り消しされてしまった。相手が一花じゃないと契約しないと言うんだと」慶はこの話をする時、胸が詰まりそうだった。その契約は、会社がここ一年で最も重要視していたものだった。年間の契約一覧でも赤いチェックを入れていた。もし、この契約が白紙になれば、株主たちは慶を簡単に許しはしないだろう。「水瀬さんは部署ではチーフをやってるくらいでしょ?取引き先は何か勘違いしてるんじゃない?社長であるあなたを置いて、彼女のほうを重視するっていうわけ?」綾芽には一花がそれほどまでに高い実力があるとは信じられなかった。慶の会社は彼女がいなくなると、本当に回らなくなってしまうのか?「会社に行ってくる」慶は綾芽に多くは言わず、スーツを持って急いで去っていった。これと同時刻、一花は勇のプライベートジェットに乗っていた。一花は今、西園寺グループの製薬事業における筆頭株主である。西園寺家を代表して隣国の国際慈善パーティーに参加するのだ。そのパーティーに呼ばれるのはごく少数である。国際的に影響力を持つ企業や、社長たちが参加することができるため、トップクラスの人脈が集まる会だと言われている。例年であれば、西園寺家からは匠と和香の夫婦二人に養子の陸斗が参加していた。そして匠の全資産を相続した一花が今、招待されたのだ。それに腹を立てた和香は同行を拒否し、もちろん陸斗も母親とともにその誘いを断った。和香と陸斗の行動によって、一花が西園寺家で認められていないと明らかになってしまった。これは今後の一花にとって、人脈を広げ、西園寺グループを取りまとめるのには確実に不利となる。だから、勇自ら彼女と一緒にパーティーに参加し、みんなに一花への印象を良くさせるつもりだ。それにより、世間で噂される私生児という偏見や見方を変えさせる作戦なのだ。夕方、プライベートジェットが目的地に到着し、パーティーが開かれるホテルへと向かった。ホテル
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