All Chapters of 偽物クズ夫に別れを告げ、スパダリと政略結婚します: Chapter 391 - Chapter 400

471 Chapters

第391話

「ちょっとした衝突があっただけでしょ?この会場、どうかしてるんじゃない?入れてくれないくせに、どうして一花のようなクソ女を出さないのよ!」柚葉はまたしても自制心を失い、罵声を浴びせた。だが珍しくも、綾芽は柚葉に共感していた。彼女も、呆れて笑いが出た。なぜ一花の手下に苦しめられる権利があるというのだ?一花は、いったい何様のつもりだ?黒崎グループを食いものにして小さな会社を作っただけだろうが、よくもこんなに威張れるものだ。あの女の会社が、ギャロップと比べものになると思っているのか?綾芽は、浩之に電話して迎えに来てもらおうかと思ったが、家庭の事情を相手に知られたくはなかった。それで、まだ理屈を並べて粘り続けた。しかし、彼女がどんな理由を持ち出そうと、警備員たちは一切顔を立てる気配がない。すぐに、十数人もの警備員が押しかけて、強制的に追い払おうとしてきた。こんな屈辱を、久子はかつて味わったことがなかった。一瞬で顔を紅潮させ、呼吸さえ乱れそうだった。京子は事態の悪化を恐れ、すぐに久子を支えて下がった。綾芽も、ついに折れるしかなかった。黒崎家には一旦帰ってもらおうかと思った。自分だけ入ろうとしたが、まさか、黒崎家を追い払った後、彼女まで入場を拒否されてしまった。「私は、招待されたVIPの客ですよ!」「中には皆、招待された賓客ばかりです。あなた達は会場の秩序を乱しました。入れてしまったら、私は上にどう説明すればいいのですか?」綾芽の抗議は聞かず、ついには無理やり追い出されてしまった。久子はもう堪忍袋の緒が切れ、京子と共に怒りながら帰ってしまった。柚葉は綾芽まで警備員に押し出されるのを見て、思わず声を上げて笑いそうになった。「綾芽さん、本当に大丈夫なの?自信満々で、私たちを連れて入れるって言ってたくせに。まさか、一花さんより役立たずなんじゃないの?」これだけの実力しかないのに、さっきはあんなに偉そうな顔がよくもできたものだ。「さっさと帰りなさいよ」綾芽は不機嫌そうに柚葉に吐き捨てるような言葉を浴びせ、静かなところですぐに浩之に電話をかけた。泰司はまだ様子を見ようとしていたが、柚葉に腕を引っ張られ、駐車場へと向かった。「ここに留まって、また誰かに侮辱される気なの?私はあの誰かさんみたいに、図々しい人間じゃ
Read more

第392話

南関市のハイテク分野の大物が、浩之のことを紹介してくれた。一花はサミット参加前に時間を割き、参加する企業リストには目を通していた。ギャロップの背景は非常に強く、その専門分野も、一花の興味を引くものだった。彼女はすぐに微笑みながら手を差し出した。「三条さん、はじめまして。お名前はかねかね聞いております。機会があれば、ぜひご協力できればと思っております」「はじめまして、西園寺さん、先に言われてしまいましたね」浩之は朗らかに笑い、薄いメガネのレンズの向こうの深い瞳を、一花の顔に向けた。一花はにっこりと微笑むと、アシスタントから自分の名刺を取り、浩之に手渡した。浩之もすぐに両手で自分の名刺を差し出した。二人は軽く挨拶を交わすと、彼が突然言った。「西園寺さん、私たち、以前どこかでお会いしたこと、ありませんか?」「いえ、おそらくないかと……」一花は一瞬言葉を詰まらせ、男の自分を見つめる視線があまりにも直接的すぎることに気づいた。浩之は傍らにいた者に声をかけられ、すぐに申し訳なさそうにうなずいた。「失礼しました。勘違いかもしれませんね。なぜか、西園寺さんにお会いして、妙な懐かしさを覚えてしまいまして。とても親近感を覚えます」一花は社交辞令に慣れていたので、特に気にも留めなかった。それに応じて、軽く返事した。「それは、ご縁があったということなのでしょう。実は私も、三条さんにはどこか親近感を覚えていました」浩之はチャンスを見計らい、一花に会議後の食事を申し出た。一花はアシスタントに目配せした。アシスタントが即座に答えた。「三条さん、申し訳ございません。本日、お嬢様のスケジュールは既に埋まっておりまして……」一花は手を上げてアシスタントを制し、浩之の方へ向き直って言った。「三条さんは南関市にどれほど滞在されますか?もしお時間があれば、こちらからご招待させていただきたいのですが」「今回のサミットのために急いできたんです。ですから、明日には帰りますよ」浩之は一花がやんわりと拒絶したのを読み取り、自ら折れた。「構いませんよ。また後日、南関市に仕事で来る予定がありますので、その時には、西園寺さんは約束通り、ぜひご一緒に食事をしていただきたいんです」「ええ、ぜひ」一花は浩之とのやりとりを終えると、すぐに特別通路から先に離れた
Read more

第393話

夕暮れになり、まだ完全に暗くならないうちに、一花はすでに家に戻っていた。彼女は今日、約束を果たすために、柊馬に付き添うことにした。わずか数日安静にしただけで、柊馬はもうじっとしていられない様子で、一花が外出を許さないと、すぐにオンラインで仕事を始めてしまった。毎日の午後、彼女の家のリビングルームはまるで会議室のように、多くの人々が柊馬に仕事の報告をしに訪れる。一花もそのことを知っており、目をつぶるしかなかった。彼女の手元の仕事もあと数日で仕上がる予定で、一日中柊馬に付き添ったとしても、彼が何もしないで安心して過ごせるかどうかは分からない。一花が家に帰り、ドアが少し開いているのを見つけると、すぐに息を潜めて、そっと中へ忍び込んだ。やっぱり、また彼女に見つかってしまった。柊馬は会議中だった。リビングのソファの両側に、多くの人がびっしりと立ち並んでいる。柊馬の姿は見えない。おそらく人垣に囲まれているのだろう。彼女もそっと足音を忍ばせ、人垣に紛れ込んだ。その場は沈黙に包まれている。何の会議をしているのか分からないが、少し息苦しい。一花が人垣の端に立つと、すぐに湊が彼女に気づいた。彼女がすぐに指を唇に当てると、湊の目に少し慌てた色が走り、すぐに柊馬の方を見た。柊馬はソファにもたれかかり、片方の手でプロジェクト資料を一枚一枚めくっている。もう片方の手は軽くふとももの上に置かれ、掌の下には携帯が押さえつけられている。その場にいる全員は、柊馬がこんなに家にいる時にリラックスしているという様子を見たことはほとんどない。ルームウェアに、メガネ、髪はふわふわと手入れもされていない。普段の、厳しく高貴な気品は、まったく感じさせない。しかし、それでも少しも親近感のある空気は出していない。仕事を処理するとき、柊馬の効率は非常に高い。まるで感情のないロボットのようだ。プロで、冷徹で、まったく感情がない。たとえ最悪の状況や問題に直面しても、彼の瞳には少しも動揺がない。だが、彼のオーラがあまりにも強すぎる。沈黙だけで、人を狂わせるのに十分だった。どれほど時間が経っただろうか。一花でさえ少し我慢できなくなってきた頃、ようやく柊馬が手に持っていたものを放り投げるのが見えた。彼は携帯を握りしめ、何かを確認してい
Read more

第394話

「そんなに急に動かないで、傷に障るわよ」一花も、人垣をかき分けるように歩み寄り、すぐさま彼の隣に座った。「どうして帰ってきたのに黙っていたんだ?」柊馬の声は、突然柔らかくなった。そう言いながら、彼は手を振って湊の支えを振り切り、メガネも外した。手を伸ばして、彼女の頬や髪を、まるで楽しむように撫で始める。柊馬の表情の切り替えがあまりにも急で、しかも全く周囲を意識していない。周囲の人々は一瞬、どこに目を向ければいいのか分からず、天井を見上げたり、床を見下ろしたり、左右を眺めたりしていたが、結局こっそりと二人の方向を盗み見るしかなかった。どうやら、外で噂になった伊集院柊馬が実は愛妻家だという噂は、本当のようだ!ただ、誰もが想像できなかった。このように冷徹で、まるで感情の欠片もないような男に、こんなにも優しい一面があるとは。一瞬に漂っていた重苦しい空気が、まるで消え去ってしまったかのようだ。空気中には、どこか甘い雰囲気が立ち込めている。心配そうな表情を浮かべながらも、一花の言葉には少しだけ小言が混じっていた。「安静にしてるって約束したんじゃなかったの?誰が家で会議をしていいって言ったの?」彼女の声は低く、首をかしげて彼の耳元に顔を寄せて言った。こんなに大勢の前では、一花は相手に面子を立てる必要がある。だが柊馬は気にも留めない。「俺はちゃんと安静にしているんだ。会議でデータを確認しただけだ。たいしたことじゃないだろう」「本当に?さっき、顔色が真っ青になってたよ」一花は小さな声で言った。「それはデータのせいじゃないか」一花が寄ってきて、まだ距離が残っているのに不満を感じたのか、柊馬は突然彼女の鼻先に顔を近づけ、手を伸ばして彼女の後頭部を抱き寄せ、彼女の口角に軽くキスをした。彼はゆっくりと慎重にそうやっていた。「君が俺に返事をくれなかったからだ」「私は……」一花は顔を赤くした。こんなに大勢が見ているのに、彼女は彼の胸元にあてている手を握りしめた。「早くあなたに会いたくて急いで帰ってきたの」確かに、途中で一本、電話に出てしまい、返信するのを忘れていたが。その言葉を聞き、柊馬の瞳にさらに激しい感情が渦巻き、その目つきが柔らかくなった。「そんなに急いだのか?」「うん、結構急いでた。会いたくて……」一
Read more

第395話

彼らは高い給与をもらっている管理職として、とっくに会社との契約にもサインをしていた。柊馬が彼らを罰するのは、あまりにも正当なことだった。「もういい。反省書を書いても時間の無駄だ。妻がそう言うなら、次はないぞ」柊馬が淡々と言うと、また彼らの宙に浮いた心をそっと下ろしてくれた。あまりにも優しい。伊集院社長も、こんなに優しくできるのか。湊はその様子を見るなり、すぐに咳払いをして皆に注意を促した。今度こそ、もう立ち去らなければ、本当に失礼だ。「伊集院社長、どうぞごゆっくりお休みください。奥様とも、どうぞお幸せに!我々は失礼します!」「奥様も、お仕事、うまくいきますように、いつもお幸せに!」数人が立ち去る前、一花に挨拶するのを忘れなかった。彼らが喜んでいるのが分かる。祝福の言葉まで飛び出してきた。一花も思わず笑いそうになった。皆が去るのを待って、ようやく湊がローテーブルの上のものを全て片付け始めた。柊馬の仕事用パソコンも含めて。そうか、彼が毎日おとなしく彼女の帰りを待っているというのは、すべて見せかけだったのだ。一花を安心させるため、柊馬は家の中に仕事関係のものを一切置いていなかった。実は、湊に任せて持って来させていたのだ。柊馬はもう我慢の限界だった。湊がまだ玄関を出ぬうちに、彼はもう一花の腰を抱き寄せ、自分の胸の中にしっかりと抱きしめ、唇を重ねた。一花は半ば拒み、半ば受け入れながらも、やはり湊のことを気にしている。湊はその様子を見るなり、振り返らずに一目散に外へ逃げ出した。書類が床に落ちても拾わず、ドアを閉める時はできるだけ音を立てないようにしたが、完全に無音にはできなかった。「……」柊馬は一花がどうしても欲しかった。特に今日は、なぜか一花が起床して以来、彼の体中を蟻が這いずり回るような感覚だった。医者は、傷の治りかけているので、その痒い感覚だろうと言うが、彼は分かっていた。それは違う、彼の中にある欲望がうごめいているからだ。彼女が欲しかった。彼女に会いたかった。彼女と、一分一秒も離れたくなかった。一花は柊馬に全身の骨が抜かれたように弄ばれ、次第に抵抗を諦めていった。二人はソファの上で、どれほど絡み合っていただろうか。一花がようやく男を押しのける気になった時には、外の空はもう
Read more

第396話

一花は柊馬の唇に軽くキスをした。「キャンディでも食べたの?すっごく甘いわ」彼女が離れるやいなや、柊馬がまたキスをしてきた。前回のような深いキスではなく、本当にただそっと触るだけだった。「なら、もっと味わってもいい」「……」一花はもう耐えられない。柊馬は一体、どうやってあの冷酷すぎる顔で、人の骨まで解かせるほどの甘い囁きが言えたのだろう?「お腹空いたわ」一花は甘えた声で言い、瞬きしながら柊馬を見つめた。「でも私……まだ動きたくないの」外はすっかり暗くなり、彼らはまだ電気もつけていない。二人も、お互いから離れたくない、立ち上がりもしたくない。一花はまだコートを脱いだだけで、服すら着替えていなかった。「分かった。じゃあ、俺が作ってあげる」柊馬がそう言って立ち上がろうとすると、一花にまた腕をつかまれた。「あなたは怪我人よ、疲れちゃダメ。料理してくれたら、私が心配しちゃう」一花はわざとらしく、柊馬の耳元に口を寄せてこう言った。柊馬の耳の後ろが赤くなり、体がまた熱くなってきた。彼はすぐに手を伸ばし彼女の腕を押さえつけた。「心配しなくていい。俺はそうしたいんだ」「……」しかし、口では「そうしたい」と言いながらも、そのまま離れるそぶりは見せず、むしろまた何かをしたがっているようだ。一花も、柊馬をあまりからかわない方がいいと知っていた。医者からは何度も、激しい運動は絶対に避けるようにと言われているのに。彼女はすぐに体をひねり、手を伸ばして携帯を取りながら言った。「デリバリーを頼みましょ」「……」柊馬は止められたが、まだ諦めず、一花の体を引き寄せてまた抱きしめた。「俺も見る」「じゃあ、何が食べたい?」食べ物を見ようと言うくせに、一花が彼に尋ねると、柊馬は上の空で、少しも気にかけておらず、まるで彼女の顔のほうが食べ物より魅力的なようだ。彼は息をのみ、一花が何を言っても、すべて「いいよ」「美味しそうだ」「まあね」としか答えない。これでは永遠に決まらない。一花は結局、自分で決めることにした。デリバリーが届くまでの間、二人はソファの中でイチャイチャしていた。柊馬は背が高く、二人で寝転がっているとベッドよりもずっと親密に感じられる。最初、一花は身動きが取れず少し居心地が悪かったが、
Read more

第397話

一花がチラリと柊馬のほうを見ると、彼の口元に浮かんでいた微笑みが消えていた。眉をひそめてもおらず、落ち着いた眼差しでじっと携帯の画面を見つめていて、感情を少しも感じさせない。「怒ってるの?」一花が探るような口調で尋ねた。「違う」柊馬は小声で言った。「俺が何に怒るんだ?妻が褒められて、喜ぶべきじゃないか」だが声には、少しも喜びの色が感じられない。一花はすぐに携帯の電源を切った。「じゃあ、返事しない。見なかったことにする」「……」柊馬は答えなかった。明らかに、気分が良くない。一花がひじで彼の胸を軽くつついた。「やきもち焼かないでよ。彼、私より年上なんだから」「俺も、君より年上だ」「……」一花は言葉に詰まった。「彼のほうが、あなたより年上だし、老けて見える。あなたのほうが、ずっとカッコイイよ」「よく見てたんだな」柊馬の視線がゆっくりと一花の顔へと移った。一花はまた言葉を失った。もういい、話せば話すほど、やきもちの焦げたにおいが強くなる一方だ。「柊馬さん、やきもちなんか焼かないで。あなたのことしか見えてないって、分かってるでしょ?」この言葉は、どんな説明よりも効果的だった。柊馬の視線が横へとずれ、口元に微かに微笑みを浮かべた。「ギャロップか……この会社、俺は好きじゃない」「分かってる。あなたたちと競合関係にあるんでしょ?どうやら、南関市に支社を設立するらしいわ」一花は純粋に柊馬のことを考えていた。今日、その知らせを聞くとすぐに、彼に尋ねたのだ。柊馬は確かにうんざりしていた。ギャロップが最近、伊集院グループと国際的な事業を争っており、彼らは新エネルギー分野ではかなり早くから参入していて、少しだけ優位に立っていた。だがこの事業は、修治が結構前から狙っていたものだ。伊集院グループも巨額の資金を投じていた。最後の最後で、人に奪われるのは御免なのだ。一花と柊馬がその話をしている最中、インターフォンが鳴った。注文したデリバリーが届いたようだ。一花は柊馬を押しのけ、ウサギのようにぴょんぴょん跳ねながらスリッパを履き、玄関へ向かった。二人とも、すでにお腹が空いていた。一花は食器を取りに行き、一本の映画を選んでスクリーンに映し出した。柊馬と一緒に、映画を観ながら夕食をとっていた。だが今
Read more

第398話

「はいはい、泣いてないね」一花はこっくりとうなずき、子供をあやすように柊馬の肩をポンポンと軽く叩いた。「一緒に映画見られて楽しかったわ。また今度も一緒に見よう」そう言うと、彼女は手際よくテレビを消し、テーブルの上の物を片付け、鼻歌交じりに寝室へ戻って服を脱ぎ始めた。これからシャワーを浴びるつもりだ。一花がバスタオルを体に巻きつけると、柊馬も後をついて入ってきた。彼女はすぐに体をひねって言った。「柊馬さん、私、シャワー浴びるから、ちょっと出て行って……」「見たことないわけじゃないのに、何を緊張してるんだ?」彼はわざとしているようで、後ろから彼女の腰を抱きしめ少し手を動かし、そのバスロープが地面に落ちてしまった。彼女は慌ててバスロープを拾い上げろうとしたが、柊馬に止められた。「一緒に風呂に入ろう」「ちょっと……」「俺は怪我してるんだ、手伝って?」柊馬は切り札を出し、一花の同意も得ず、自ら服を脱ぎ始めた。ルームウェアは脱ぎやすい、脱がれた服がそのまま床に捨てられ、一花のバスローブを覆った。彼がわざとやっていると分かっていても、一花は拒絶することはできない。いくら避けても、やはり彼の手から離れず、そのままその優しい動きに溺れてしまった。温かい蒸気とともに、体もともに軽くなり上昇しているような気分になった。柊馬の体力は結構回復しているが、一花は彼に気をかけているので、できるだけ負担をかけないように……あまり長い時間をかけないようにした。少しだけ、じゃれ合った。柊馬はまだその余韻に浸っているようだ。「これから、毎晩、少し回数増やす?」「柊馬さんのバカ」一花は軽く笑い、唇を噛みしめ、頬を赤らめていた。だが、「バカ」という二文字が彼の耳に届いた時、やはり彼の心を動かした。二人がシャワーを終えて出てくると、一花は柊馬に、来週海外出張に行くと伝えた。「出張?どうして急に出張なんだ?」柊馬は心が敏感だ。西園寺グループの業務の大部分は国内にある。だが、一花が言ったのはM国だった。「安心して、ここ数日はまだ一緒にいるから……出張は、せいぜい二、三日くらいで、すぐ戻ってくるわ」一花は言葉を濁し、柊馬の質問には正面から答えなかった。しかし柊馬は、ドライヤーを取りに行こうとした彼女の手首を掴んだ。
Read more

第399話

「分かったわ、降参する」一花は、柊馬の前ではもう嘘がつけないと悟った。嘘がつけないわけではなく、ただ柊馬にだけは嘘をつくことに、心が痛むのだ。「私、おじい様に一度会いに行くつもりなの、あの、実の祖父に」一花の口調は、少し沈み込んでいた。「西園寺幸雄さんだよね?」柊馬は瞳を、少し暗くさせた。匠の父である幸雄は、もう何年も前からM国に移住している。噂では、海外でのんびり隠居生活を送りたいからではなく、匠と関係が悪かったため、顔を合わせるのを避けているという。匠が重体の時でさえ、幸雄は帰国しなかった。彼が亡くなってから、やっと慌ただしく帰国し、匠の葬儀に参加しただけだという。だが、その日のうちに帰ってしまったようだ。一花はこっくりとうなずく。今日、サミットからの帰り道、彼女は和香から電話を受けた。幸雄が、自分に会いたがっているというのだ。和香からの電話に、一花は非常に警戒していた。だが相手は、ほんの挨拶をしただけで、電話を幸雄に代わった。どうやら、和香が出張でM国へ行ったついでに、幸雄のところに尋ね、西園寺グループの状況も簡単に報告したらしい。匠が西園寺グループを引き継いでから、和香は毎年、定期的に見舞うという名目で、幸雄に会社のことを話していた。時には、意思決定の際に彼の意見を参考にすることもあった。匠が去った後、この役目は本来、一花に引き継がれるはずだった。「聞くところによると、彼が海外に出たのは、君の父である匠さんと生前、不仲だったかららしい。君が西園寺家に戻ってからも、それなりに時間が経っている。どうして今になって、急に会いたいと言い出したんだ?」柊馬は一言で、核心をついた。一花も実際、勇から聞いていた。匠と幸雄の経営理念はかなり違ったそうで、仲が悪かった。さらに匠の性格は、冷たく、頑固で、気性は最も幸雄に似ており、二人はうまくやっていけなかった。その後、幸雄は娘のところで暮らし始めたのだという。幸雄が去ると、匠もまた、何年も彼とほとんど交流しなかった。そして、匠の死は突然すぎた。隠し子の存在も、幸雄も、他の皆と同じように、つい最近知ったばかりだった。勇の話によると、幸雄が帰国して葬儀に参加した際、こう宣言した。匠が重体なのに彼に教えず、それどころかこんなとんでもない遺
Read more

第400話

確かに、話としては筋が通っている。だが柊馬は、どうしても安心できなかった。「あなたの体なら行けないわ」一花は小声で言った。「安静にしなきゃ」「俺は行ける」柊馬が譲らないのを見て、一花は二人の約束を持ち出さざるを得なかった。「私の言うこと、聞かないっていうの?さっきの約束、全部認めないつもり?」「君とは離れたくない。一日だって嫌だ。俺は」柊馬は眉間に皺を強く寄せ、声に焦りが混じった。何度も口を開けたが、言葉が詰まってしまった。彼は怖かった。いつも、不安で仕方がなかった。自分の中の不安がまた騒ぎ出したのか、それとも本当に不吉な予感なのか、分からなかった。「私だって、あなたと離れたくないの。でも今回は特別な事情だから。怪我人を連れて、あんな遠くまで一緒に行けるわけないでしょ。妻としての私の気持ちも、少しは尊重してよ」以前、柊馬が彼女に怪我人の気持ちを尊重してくれと言った時、彼女はちゃんと彼の意思を尊重した。今度は彼の番だ。柊馬は反論できなかった。無理に彼女を引き留めることも、強引について行くこともできない。それに、彼の今の体の状態では……確かに、足手まといだ。たとえ自分では調子がいいと思っていても、旅の途中で何かあるかもしれない。柊馬は黙り込んでしまった。一花が彼の頬を両手で包み、そっとキスをすると、彼の表情には少し寂しげな色が浮かんでいたが、それで折れた証だった。しばらくして、柊馬が口を開いた。「数人、ボディガードを連れて行って」「うん」「何かあったら、すぐに俺に連絡するんだぞ。隠さないで」「分かったわ」「西園寺家が君に難癖をつけるようなら、もうこれから一切付き合わなくていい。君には、うちにもじいちゃんとばあちゃんがいるんだから」「……」一花は目がきらりと輝いた。しばらく、彼の自分をじっと見つめる深い瞳を見つめ返してから、ようやく重々しく「知ってる」と答えた。柊馬は深く息を吸い込んだ。彼の声はとても重苦しかったが、一花の耳には、温かく響いていた。彼女は、彼の自分への過剰なまでの心配をこっそりと噛みしめ、ふと、これから先にどんな難関があろうとも、もはや怖くないと思った。ただ、気持ちが沈んだ男に対して、少し酷な気もした。そこで一花は、柊馬の手を握りながら、ベッドの上で
Read more
PREV
1
...
3839404142
...
48
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status