Share

第3話

Author: シンプルノート
しかし、恵が入院してから晴香はずっと眠りが浅かった。

だからスマホが一度鳴っただけで、すぐに目を覚ましてしまっていた。

バスルームのドアには、男の影がぼんやりと映り、中からは美優の甘ったるい声が聞こえてくる。「誠、なんだか停電しちゃったみたいなの。一人でこわいから、今すぐ会いに来てくれないかな?」

誠の声には、いら立ちが滲んでいた。

「もう電話してくるなって言ったよな?」

しかし、美優は柔らかい声で続ける。「わかってる。晴香さんが怒るのが心配なんでしょ?でも、大学のときの停電、覚えてる?私、夜はあんまり目が効かないから、もう少しで階段から落ちて死ぬところだったよ。

今夜、もしまた何かあったら……」彼女はそこで言葉を切り、声を震わせた。「私が死ぬだけならいいの。でも、病院のお父さんを面倒見るのは私しかいないから……」

静かな夜、誠が「面倒なやつ」と小さく毒づき、「わかった、すぐ行くから待ってろ」と答える声は、晴香の耳にはっきりと聞こえてきた。

誠がバスルームから出てくると、晴香はベッドに座っていた。

時計の針は、午前2時を指している。

誠の顔に一瞬だけ動揺が浮かぶ。しかし、慌ててシャツを羽織り、彼女から目をそらして言った。「晴香、ごめん。会社で急用ができたんだ。だから、先に寝てて。待ってなくていいから」

晴香は彼を見ようともせず、ただ静かに尋ねる。「明日、あなたの実家で食事する約束だったよね。それはどうするの?」

誠の両親は、ずっと晴香を良く思っていなかった。とくに誠の仕事が軌道に乗ってからは、息子には不釣り合いだとあからさまに見下すようになっていた。

だから、彼の実家に行く度いつも嫌がらせを受けた。しかし、そのときは誠がいつも間に入って守ってくれた。

でも、今回は……

ネクタイを結ぶ誠の手は一瞬止まったが、彼の声には迷いがなかった。「行くさ。心配するな、すぐに戻るから」

玄関のドアがカチャリと閉まると、庭で車のエンジン音がせわしなく鳴り響く。

それからすぐに、スマホの画面が光った。

新着メッセージが一件、表示されている。

【ねえ、見た?私が呼べば、彼はいつでも飛んできてくれるの】

【せっかくおやすみのところ邪魔しちゃって、ごめんね】

晴香は顔をしかめ、スマホの画面をオフにした。

送り主は、考えなくてもわかる。美優からの挑発だ。でも、今の晴香にとって、そんなことはもうどうでもよかった。

どうせ、もうここを出ていくのだから。

誠のことが欲しいなら、美優にでもくれてやればいい。

晴香は寝室で一晩中座ったまま朝を迎えたが、夜が明けても誠は帰ってこなかった。

彼女は重い体をなんとか起こすと、ファンデーションで目の下のクマを隠し、服を着替える。そして、一人で車を運転して誠の実家へと向かった。

数日後に控えた婚約パーティーのことなんて、もうどうでもよかった。ただ一つ気がかりなのは、亡くなった母親が妹に遺した水晶のペンダントのこと。以前、誠の母親・松浦茜(まつうら あかね)が妹のお見舞いに来た、それを持っていってしまったのだ。

その時は、いつか同じ家族になるんだし、と急いで返してもらおうとは思わなかった。しかし、茜はそれを半年も我が物顔で身につけ、返す素振りなど一切ない。

もうここを去るのだから、妹の大切なものを取り返さなくてはならない。

そして、今日は誠がいないから、彼の両親が晴香にいい顔をするはずもなかった。

リビングに座った茜は、横柄な態度で言う。「晴香、あなたはもう何年も誠の家で暮らしてるでしょ?食べ物も服も、全部誠のお金で。だから結納金なんて、払わなくていいわよね?」

晴香は言い返すのも面倒だったので、視線も上げずに答えた。「ご自由にどうぞ」

「なにその態度は!」茜がテーブルをバンと叩く。「もうすぐ私のことも『お母さん』って呼ぶことになるのに。未来の姑に向かって、そんな口の利き方。誠がいつもあなたの味方だからって、私が何もできないとでも思ってるの?」

晴香はぐっと息を飲み、なんとか喉までこみ上げてくる苦い思いを抑え込む。「誠は今日ここに来ていませし、婚約の話だって、どうなるかわかりません。それに、私が今日ここに来たのは、母の形見の水晶のペンダントを返してもらいたかったからなので」

茜はとっさに首から下げたペンダントを手で覆い、不機嫌さを全面に出す。「これは、あなたが私にくれたものでしょ?一度あげたものを返せだなんて、そんな話があるわけないじゃない!

まだ嫁にもなっていないくせに、なんて生意気な。いい加減にしなさいよ!」

意地悪い言葉が耳元でうるさく響き、晴香はどんどん頭が重くなっていくのを感じた。

「おばさん。元々は、数日お貸しするというお約束でしたよね?」なんとか、冷静さを保つ。「返してほしいと、ずいぶん前からお伝えしているはずですが」

もともと品のある育ちではない茜は、とうとう床にへたり込み、大声でわめき始めた。「なんてめちゃくちゃなの!まだ嫁入りもしてない女が、私たちを脅すなんて!

早く誠に電話して!あの子が結婚しようとしてるのが、どんな女か思い知らせてやるんだから!」

大げさな泣き言が終わるか終わらないかのうちに、誠本人が勢いよく部屋に駆け込んできた。

彼のシャツの襟は乱れ、首筋にはうっすらと赤い痕がついている。それは誰の目から見ても、かなり生々しいものだった。

しかし晴香はすでに松浦家の使用人たちによって、両肩をがっちりと押さえつけられ、茜の前に無理やりひざまずかされていた。

手加減を知らない数人の力で、晴香の膝はすでに赤く腫れ上がっている。

誠の姿を見た瞬間、痛みと悔しさが堰を切ったようにあふれ出し、晴香は声を震わせた。

「誠……私たち、ここまで一緒にやってきたのに。それなのに、あなたの家族はまだ、私にこんな仕打ちをするの?」

しかし誠は、その場に立ち尽くしたまま、深いため息をついただけだった。

「晴香、こっちは仕事で疲れてるんだ。これ以上邪魔しないでくれるか?」
Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 月だけが見ていた   第21話

    誠の両親が駆けつけたとき、彼は床に力なく横たわり、まるで抜け殻のようになって、全身から酒臭さを漂わせていた。茜は、怒りと心配で居ても立ってもいられず、思わず声を荒らげた。「たかが女ひとりのことでしょ!代わりなんていくらでもいるのに、どうしてそこまでこだわるの!」誠はゆっくりと顔を上げると、ふいに寂しそうに笑った。「お母さん、もう晴香は戻ってこない。彼女は結婚して、俺のことなんていらなくなったんだ」彼は茜をじっと見つめて言った。「ずっと晴香が気に入らなかったんだろ?これで満足した?」茜はカッとなった。「もともとあの子が悪かったんでしょ!いなくなってせいせいしたわ。それなのに、まさか私を責めるつもりなの?」しばらく一方的にまくしたてたが、誠がまったく反応しないので、彼女は急に不安になった。そっと手を伸ばして誠の体に触れてみると、燃えるように熱くなっていた。高熱のせいで、とっくに意識がもうろうとしていたのだ。医師によると、生きようとする気持ちがとても弱く、このままでは命の危険もあるとのことだった。これを聞いた誠の両親は慌てふためき、ベッドにすがりついて泣きながら言った。「誠、もうお母さんは反対しないから!あなたが元気になってくれるなら、晴香にお願いに行くわ。結婚して、二人で幸せになるって……」でも、晴香の気持ちがもう決して変わらないことを、二人は知らなかった。一方、誠の心は、まるで抜け殻のように空っぽになっていた。数日後、茜は翔を連れてK市へ向かい、横山家の門の前にひざまずいた。その手には、新しく買ったペンダントが握られていた。「晴香、お母さんが間違っていたわ!誠がもう長くないの。お願いだから、一緒に帰ってあの子に会ってあげてくれない?」晴香はペンダントを受け取らず、ただ冷たい目で彼女を見つめた。「おばさん、私はもう結婚した身ですから、姑に聞かれたら誤解されてしまいます」茜は声を振り絞って泣き叫んだ。「本当にもうどうしようもないの?誠と8年も一緒にいたのに、彼が死んでいくのをただ見てるつもりなの?」晴香はもう答えず、そばにいた執事に、「門を閉めて」とだけ言った。それからも茜と翔は横山家の門の前で待ち続けた。晴香が家を出るたびに駆け寄って泣きつき、ときには無理やり彼女を連れ去ろうとさえした。我慢の限界に

  • 月だけが見ていた   第20話

    誠の約束にも、晴香の表情は少しも変わらない。いつものビジネススマイルを浮かべただけだ。「松浦社長、今日、仕事の話が向いてないなら、別の日にした方がいいんじゃない?仕事と関係ない話は、しても意味がない。お互いの時間の無駄だと思うよ」誠の必死だった顔つきが、一瞬で固まった。晴香に恨まれるのも、憎まれるのも覚悟していた。でも、こんなに冷たく突き放されるのは、どうしても耐えられなかった。まるで自分は、彼女にとってどうでもいい、ただの他人なんだと思い知らされた。言いたいことは山ほどあった。美優は罰を受け、晴香をいじめた連中も皆報いを受けたと伝えたかった。そして今度こそ、何があっても彼女を連れ帰ると。絶対に諦めないと、そう誓いたかったのだ。でも、晴香の澄みきった静かな目を見たら、なにも言えなくなってしまった。「晴香、俺たちはもう、本当にこれで終わりなのか?」声は震え、彼女の手に触れようと手をのばす。「頼むから、そんなふうにしないでくれ。俺を罵ってくれても、殴ってくれてもいい。殺したいならそれでもかまわない……」誠はさらに晴香の手をつかむと、自分のほおに押しあてた。「この顔を叩いてくれ。絶対にやり返さないから」でも、晴香は冷たく手をふりほどいた。指先が、ゆっくりと彼の手から離れていく。「松浦社長。他に用がなければ、これで失礼します。仕事が残ってるので」誠は思わず引き止めようとした。でも今回は、彼女の服のすそにさえ、指が届かなかった。その日の夜、晴香はめずらしく定時で会社を出た。涼太の車が、とっくに会社の入り口で待っていた。彼女が出てくるのを見ると、わざとむっとした顔で言ってくる。「すっかり忙しくなっちゃって。もう俺と会う時間もないわけ?」晴香は笑いながら車のドアを開けた。「今夜の時間は全部あなたのものですよ。それで埋め合わせではいけませんか?」涼太は車を出すと、彼女を海辺へ連れていった。ちょうど夕日が沈むころで、オレンジ色の光が海いちめんに広がっている。きらきら光る波は、まるで金色の砂が流れているみたいだった。道ばたの屋台からの呼び声と、子どもたちが水遊びをする楽しそうな声がまざりあって、あたりはにぎやかで温かい空気に満ちていた。晴香は砂浜に立って、しょっぱい潮の香りを胸いっぱいに吸いこんだ。「こ

  • 月だけが見ていた   第19話

    晴香の言葉は、誠の胸にぐさりと刺さった。自分がどん底だった頃も離れずに、8年間も支えてくれた女が、こんなにも自分を怨むなんて、思ってもみなかったのだ。誠の記憶の中の晴香は、いつも物分かりがよかった。たとえ傷つくことがあっても、少し言葉をかければすぐに機嫌を直してくれたはずだ。やっと彼女に会えた喜びは、一瞬で不安に変わった。誠はうろたえ、慌てて言い訳した。「そんなことない!お前を見下したことなんて一度もない!ボディーガードの件は、本当に知らなかったんだ!信じてくれ!」彼は最後の望みにすがるように訴える。「もし知っていたら、お前にあんなひどい思いは絶対にさせなかった!」晴香は鼻で笑い、誠を問い詰めた。「私が暴力を受けたことは知らなかったと。じゃあ、入院したことは?熱いスープをかけられて、無理やり接待に引っ張り出された時は?この全部を、『知らなかった』の一言で済ませるつもり?」晴香はだんだん感情的になり、声が震え始めた。「本当に知らなかったというなら今教えてあげる。あなたが私にしてきたことは、全部心に刻んでる。一生忘れないから!あなたを許さない。むしろ憎んでる。だから、あなたとやり直すなんてありえないわ」晴香は誠の目をまっすぐ見て、きっぱりと言い放った。「私たち、これで終わりよ」誠はとっさに彼女の腕を掴もうとしたが、その手は空を切った。涼太が一歩前に出て、晴香を背後にかばう。そして、冷たい視線を誠に向けた。「松浦さん、でしたか?松浦さん、妻が言いたいことは、以上です。身の程をわきまえなさい」誠は目を真っ赤にして叫んだ。「晴香と俺は8年も一緒にいたんだ!お前に何がわかる!彼女は一時的な迷いでお前と一緒にいるだけだ。本当に愛しているのは俺なんだよ!どけ!さもないと容赦しないぞ!」誠が言い終わる前に、横山家のボディーガードたちが彼を取り囲み、その場で押さえつけた。涼太は前に進み出ると、集まっていたマスコミの前で、誠を殴りつけた。涼太はもともと我慢強い性格ではない。先ほどの言葉は最大限の警告だった。相手が聞き入れないのなら、人前で手荒なことをするのもいとわない。「もういいですよ」晴香は、涼太の腕をそっと引いた。「あんな人のことで怒る価値なんてありませんよ。横山家の評判にも関わってきますから」地面に押さえつ

  • 月だけが見ていた   第18話

    騒動が収まった後、涼太は海外にいた梓を呼び戻した。この波乱万丈な一族の争いを経て、梓の晴香に対する見方はすっかり変わっていた。はじめは「取引相手」という気持ちだったが、今では彼女を心から嫁として認めていた。高価な宝石やオーダーメイドのドレスが、ひっきりなしに晴香の部屋に届けられた。横山家の誰もが、晴香を宝物のように大事にした。でも、晴香は黙って荷物をまとめると、涼太に別れを告げに行った。涼太は彼女のスーツケースに目をやると、黙って手を伸ばしてそれを部屋の隅に置いた。声には少し緊張がにじんでいる。「どうして?」晴香は彼の視線をそらしながら言った。「あなたと結婚したのは、あなたの計画のためですよ。もう全部終わったんですから、私と恵ちゃんは……行かなくてはいけません」涼太は少し眉をひそめた。「君は……前の婚約者のことが、まだ忘れられないのか?」「いいえ!」晴香はすぐに首を横に振った。「彼の大切な人が戻ってきたとき、私たちは終わっていたってわかりました」「そうか」涼太はそう言うと、そっと指を握りしめた。「じゃあ、俺のことは嫌い?」晴香は首を横に振った。「嫌いじゃないです。一緒に過ごすうちに、もう友達だと思ってました」突然、涼太が梓を呼んだ。二人は顔を見合わせ、互いにとても真剣な表情をしていた。「晴香、横山家はいい加減なことはしないのよ」先に口を開いたのは涼太だった。彼は今までにないほど真剣な目で、晴香の顔を見つめている。「はじめに君を家に迎えたのは、お互いの利害が一致したからだ。君も同意してくれたよね。俺たちはもう、法律の上では夫婦だ。それに、俺のことを嫌いじゃないんだろ。だったら……この関係を続けるチャンスをくれないか?」涼太は少し言葉を切った。耳の先がかすかに赤くなっていて、いつもの冷静な彼とは別人のようだ。「だって……君を嫌いじゃないどころか、好きなんだ」晴香は驚いて目を見開いた。「えっ、いつから……」言いかけて、すぐそばに梓がいることに気づき、彼女は慌てて口を閉じた。梓は二人の初々しいやりとりを見て、優しい笑みを浮かべた。「晴香、あなたたち若い人のことには口をはさまないわ。でも、覚えておいて。私はあなたのことを、本当の嫁だと思ってる。あなたがどんな決断をしても、私はそれを応援するわ」彼女

  • 月だけが見ていた   第17話

    恵が退院した日、晴香が荷物を片付けていると、涼太の主治医から急な知らせが入った。海外の特別な治療法なら涼太を完全に目覚めさせられるかもしれないらしく、極秘で出国して治療を受けることになったそうだ。今回の渡航はごく内密なもので、秘書の大野浩(おおの ひろし)も同行しなかった。もちろん、晴香も横山家に残されることになった。出発の直前、晴香は使用人たちの目を盗んで、こっそり涼太の部屋へ見送りに行った。「これもあなたの計画ですか?」晴香は、涼太がヘルパーに車椅子へ乗せられるのを見ながら、声をひそめて尋ねた。涼太は首を横に振った。「俺の筋書き通りじゃない。だけど、これはチャンスかもしれない」「じゃあ……危なくないですか?」晴香の声には、隠しきれない緊張が滲んでいた。一つには、もし涼太に何かあったら、自分と恵は横山家で居場所がなくなってしまう。それに、この数ヶ月一緒に過ごしてきて、ただの友達としてだって、彼が危険な目にあうのを黙って見てはいられなかった。こんな命がけの状況なのに、涼太はなんと笑みを浮かべ、冗談めかした口調で言った。「ああ、すごく危ないさ。こうなるって分かってたら、最初からおじさんの側につけって言えばよかったな」晴香の心臓がきゅっと縮む。彼女は慌てて涼太の言葉を遮った。「バカなこと言わないでください!」涼太は顔から笑みを消し、珍しく真剣な表情になった。「真面目な話をする。銀行に君と恵ちゃんのために40億円を残してある。もし俺が戻れなかったら、大野さんを訪ねろ。彼が君たちが逃げる手はずを整えてくれる。夫婦になったのに、何もしてやれなくて、ごめんね」彼は静かな目つきで晴香を見つめた。「俺がいなくなっても、せめて君たち姉妹が残りの人生を穏やかに暮らせるように守ってやりたい」晴香の目から、突然、涙がこぼれ落ちた。両親が亡くなってから、彼女は恵と二人きりで寄り添って生きてきた。誠とは数年も愛し合ったのに、いざという時、彼は恵を見捨てたのだ。なのに、目の前のこの人は知り合ってまだ数ヶ月。自分の身さえ危うい状況で、彼女たちのことまで守ろうとしてくれている。晴香は慌てて涙をぬぐい、涼太の車椅子を少し押した。「ほら、もうベッドに戻ってください。誰かに見られちゃいますよ」涼太が去った後、晴香は横山家で薄氷

  • 月だけが見ていた   第16話

    涼太の言った通り、結婚の翌日から、晴香は彼の叔父の横山哲也(よこやま てつや)一家から目をつけられることになった。涼太が定期検査を受けている隙を狙って、哲也はわざわざ彼女をテラスに呼び出し、あれこれと探りを入れてきた。「涼太の具合は、どうだね?」哲也はお茶を一口すすると、探るような鋭い視線を晴香の顔に向けた。晴香はうなずき、淡々とした口調で答えた。「変わりありません。ヘルパーが、きめ細かくお世話してくださっています」「君が嫁いだのは、占いで相性が良いからだったな」哲也は湯呑みを置くと、話を変えた。「でも、運気を上げられるって、本当に効果があるのかね?もう2日も経つのに、涼太の容体は一向に良くならないじゃないか?」晴香の心に、ぴりっとした緊張が走った。やっぱり、疑われてる。幸い、昨夜、涼太から対処法を教わっていた。彼女は愛想笑いを浮かべて言った。「おじさん、こういうことは、縁とタイミングも大事ですから。ご安心ください。私は誰よりも涼太さんが回復することを願っています。もし何か変化があったら、真っ先におじさんにご報告します」それを聞いて哲也はようやく満足そうにうなずき、今度は晴香を引き込むような口調で言った。「晴香、君は状況をよく見るべきだ。兄はもういないし、涼太もあの状態だ。これから横山家を支えていくのは、おそらく俺になるだろう。今後、どちらにつくか、よく考えるんだな」彼は一呼吸おいてから、エサをちらつかせた。「もし俺が実権を握ったら、君に悪いようにはしない。株もちゃんと君の分を確保しておくさ」晴香が返事をする間もなく、哲也は笑って彼女の肩を軽く叩くと、テラスから立ち去ってしまった。その夜、晴香は先ほどの会話をそのまま涼太に報告した。彼女が話し終えるとすぐ、涼太はぐっと身を乗り出してきた。試すような目で言う。「横山家の株だぞ、欲しくないのか?たった1%でも、一生遊んで暮らせるんだが」晴香は黙って首を横に振った。「今からおじさんの側につくならそれでもいい。君を責めたりしない」涼太は声を少し低くして続けた。「もし俺が負ければ、俺に関わった人間は誰も逃げられないんだ。そして君は、この横山家に嫁いできた瞬間から、もう逃げられないんだ」彼はまるで心の奥底まで見通すような鋭い眼差しで、晴香をじっと見つ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status