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第6話

Author: シンプルノート
美優の首の傷は、ただの浅いかすり傷だった。しかし、心配した誠は、彼女を私立病院の最上階にある特別ルームに入院させ、自らつきっきりで看病していた。

晴香は病院の中をずいぶん探し回って、やっとその病室を見つけることができた。

ドアを開けたとたん、誠の笑顔が凍りつく。「なんでお前がここにいるんだ?また、美優を苦しめにきたのか?」

美優は布団に顔をうずめるようにして、おびえた声を出す。「晴香さん、私と誠はただの同級生だから、本当に何にもないの。誤解しないで……

それに、私が怪我したことは気にしないで……私は大丈夫だから。あと、お願いだから、このことで誠と気まずくならないで欲しいな」

誠は布団の中に手を伸ばすと、美優の肩をそっと抱き寄せ、優しい声でささいた。「大丈夫、俺がそばにいるから。怖がらなくていい。彼女には何もさせない」

晴香はぐっと目をつぶり、こみ上げてくる悔しさを飲み込む。「誤解よ。私は恵の薬をもらいに来ただけ。薬がもう無くなってしまったから」

恵の病状を安定させるには、M社のあの特効薬が欠かせなかった。

しかし、その薬はまだ市販されていなくて、誠の力で週に一箱だけ融通してもらっていたのだった。

以前の誠なら、いつも恵のことを気にかけてくれていたので、言わなくても、時間通りに病院へ届けてくれたのに。

でも今は、プライドをすべて捨てて、こうして彼にお願いするしかなかった。

誠はボディーガードから薬の箱を受け取ると、それを指でつまんで晴香の目の前でひらひらさせ、冷たく笑った。

「昨日はずいぶん強気だったから、もう俺の助けなんていらないのかと思ったよ。なのに、結局はこうして俺に頭を下げに来るんだな?

晴香、忘れたとは言わせないぞ。まずは、俺と美優に謝らないといけないはずだ。な?そうだろ?」

恵のことを思うと、晴香は逆らうことなんてできなかった。

彼女は爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。「ごめん。お願い、その薬をちょうだい」

晴香がそう言ったとたん、誠のスマホが鳴った。

電話を切ると、彼は晴香には目もくれず、美優に向かって優しく言った。「会社で急用ができちゃった。少しだけ戻らないといけないんだ。一人でも大丈夫か?」

美優は誠のほっぺを優しくつねって、にっこり笑う。「もう、心配しすぎだよ。子供じゃないんだから。早く行ってきて」

彼女は少し間を置いてから、晴香に視線を移した。「そうだ、晴香さんとちょっとだけ話したいことがあるの。薬はここに置いておいてくれる?帰るときに私が渡しておくから」

誠は少しも疑うことなく美優に薬を渡すと、急いで部屋を出ていった。

病室のドアが閉まった瞬間、美優の顔からか弱い表情がすっかり消えた。目に宿るのは、何かを企むような笑みだけ。「薬はあげてもいいわよ。ただし、1日分ずつね。

条件はキャバクラで働くこと。そして、毎晩お客さんからもらったチップで、この薬を買う」

晴香は、憎しみを込めた目で美優をにらみつけた。「そんなことして、誠に知られてもいいの?」

それを聞いて、美優はもっと楽しそうに笑った。

「あなたの病気の妹なんて、誠にとって何でもないわ。だって、彼は私のために、骨髄まで奪ってくれたのよ。そんな人が、あなたの妹の命なんて気にすると思う?」

晴香は全身の力がすーっと抜けていくのを感じていた。固く握りしめていた拳が、ゆっくりと​開いていく。

確かにそうだ。恵は自分の妹だけど、誠とは何の血のつながりもないのだから。

今の彼は、自分のことさえ、もうどうでもいいと思っている。そんな中、恵のことまで心配してくれるはずがない。

晴香は唇から血の味がにじむほど強く噛みしめた。そして、やっとのことで声を絞り出す。「わかった。やるわ。だから薬をちょうだい」

「待って」

美優は、去ろうと背を向けた晴香を呼び止めた。「見張りをつけるから。ズルしようだなんて考えないことね」

晴香がキャバクラで働き始めて3日目のこと。個室で、ひどくお酒臭い、いかにも成金といった感じの男たちによ取り囲まれてしまった。

机にはショットグラスが山積みになっている。彼女はマイクを無理やり握らされ、次から次へと歌うことを強要された。

声がかすれるまで歌わされた、その時だった。スキンヘッドの男たちがニヤニヤ笑いながら晴香を囲み、べたつく手を肩に置いてきた。

「おい、今夜は俺たちと朝まで楽しまないか?

俺たちを満足させてくれたらさ、チップは欲しいだけやるからよ」

晴香は、熱いものに触れたかのようにその手を振り払った。そして、震える声で言う。「すみません、うちはそういうお店じゃありませんので」

ヒゲ面の男が目をむいて、晴香の服をつかんだ。「やるかやらないかは、お前が決めることじゃないんだよ!俺がお前を気に入ってやったんだ。ありがたく思え!」

下品な言葉と一緒に、酒臭い手が伸びてくる。そして、男が乱暴に彼女の服をむしり取ろうとしたその時、晴香は必死にもがきながら、ありったけの声で叫んだ。「助けて!やめて!」

ちょうどその時、仕事の打ち合わせでここに来ていた誠は、晴香の個室の前を通りかかったとき、中から叫び声が聞こえたので、彼はふと足を止めた。「なんの声だ?」

そのとき、晴香の視界の隅に、ドアの隙間から見覚えのある人影が​映った。最後の希望にすがるかのように、彼女はドアに向かって必死に叫ぶ。

「誠!助けて!私、晴香よ!

お願いだから、ここから連れ出して」

聞き覚えのある声に、誠は深く眉をひそめた。そして、隣にいる美優の方を振り向く。

「今の声、聞こえたか?まるで……晴香みたいだった」
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