All Chapters of Your'e My Only Shinin' Star〜あなたに逢いたい〜: Chapter 91 - Chapter 100

105 Chapters

91

部屋に入れられ、乱暴に膝裏を蹴られて跪かされた。床には分厚い絨毯が敷きつめられていたから傷みは少ない。でも、その分思い切り擦られて熱さで火傷をしそうな勢いだった。「やめて!」抵抗しようとする者は、躊躇なく押さえつけられた。そうしてしばらく屈辱に耐えていると、やがて静かにドアが開いて男たちが入って来た。「お父さん!」准を筆頭に本田と、それから比奈とあと2人の令嬢の父親たちだった。彼らは跪く娘たちを見て一様に痛ましそうな顔をしたが、すぐにそこから視線を逸らした。ボディーガードの一人が運んできた椅子に腰かけた准はゆったりと脚を組み、そして言った。「自分たちの罪が分かるか?」それは静かな口調だったけれど、視線と相まってとても威圧的だった。彼らの横に立っていた陸は、その底冷えするような声音に、思わずぶるりと震えた。「私たちが何をしたっていうのよ!ちょっと叩いただけでしょ!?」強気の比奈が喚くと、彼女の父親がサッと青ざめた。「なるほど…。その程度の認識か」眇めた瞳で連中を見渡す准に、彼女たちの父親は最早絶望的な思いを抱いた。「真田様…この件はー」「黙れ」彼の一言に、皆が縮こまった。その中で陸だけが、その瞳を見開いて高揚していた。彼は、育った環境で人はこんなにも周りを従わせるだけの人物になれるのだと、憧れの気持ちすら抱いた。だが准はそんな彼に見向きもせず、部屋に立つボディーガードたちに命令した。「コイツらを思い切り引っ叩け。片頬につき、50発だ」「ー!」その無情な言葉に、全ての人間が目を剥いた。だがこの場でその命令に逆らえる者など誰一人としておらず、黒服のボディーガードに無理やり顔を上げさせられ、部屋には重い音が響き渡った。バシッ!ビシッ!バシッ!「キャッ!」「やめて!」「嫌!!」始め、音がする度に彼女たちの悲鳴が口を突いて出た。崩れそうな身体は他のボディーガードに掴まれて、倒れることすら許されなかった。「お願い…もう、やめ…て……お願いしますっ…!」一人の令嬢が涙を流しながら、腫れ上がった顔で懇願した。それをきっかけに、後の者も皆、額ずくようにして准に頭を下げた。ボディーガードたちはどうするのかと振り返り、彼の冷酷な表情を目にした。「誰が手を止めろと言った?」その言葉を合図に、再び頬を打つ音が響き渡る。そ
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「准さん…どうして、私まで…?」その時、顔を腫れ上がらせながらも気丈にその視線を准に向ける女がいた。橋本莉緒だった。准はその問いに眉をピクリと跳ね上げ、嫌悪の表情を露わにした。「なぜ、お前が見逃されると思うんだ?」「だ…だって…っ」莉緒は必死に言い募った。自分は彼女たちがやり過ぎないように監視をしていただけで、手なんか出してない。それなのに、どうして自分が打たれるのかー。そんなことを言った。ハッ!その言葉の途中で准は怒りを込めて息を吐き、彼女を睨みつけた。「お前ほど虫唾の走る女はいないな」「な…っ!?…どういう……」彼女は怒りなのか羞恥なのか、一瞬にして顔を赤くして信じられない…と言わんばかりの表情をするけれど、准の軽蔑的な視線は少しも緩まなかった。「お前の薄汚い考えを、俺が気づいていないとでも?」「……」見下げるようなその物言いに、莉緒は何も言えなくなった。「あんなデタラメな噂をまさか、本気にする奴がいるとはな」「……」准の嘲るような口調と視線に、莉緒は羞恥を覚えた。「まさか……本気で…あんな子を妻にする、つもりなの…?」腫れ上がってよく開かない口を動かして、それでも莉緒は准の否定を待った。だがー。「〝あんな子〟とは、どういう意味だ?芽衣は、お前なんかとは比べようもないくらい、素晴らしい子だ」「嘘よ!」咄嗟に叫んでいた。莉緒は膝でにじり寄りながら、准の足下に近づいて来た。「准さん…嘘、つかないで…」「嘘?」眉を上げて訊き返すと、莉緒は彼の脚に縋った。「あなたが…あなたみたいな素晴らしい人が…あんな、知恵遅れの障害者なんて、好きになるはず…ないじゃない?…私ならー」言いかけた時、力強く顔を掴まれた。「お前なら?お前なら、何だって言うんだ?あ?」「離ーっ」自分の顔をまるで握り潰す勢いで掴まれて、莉緒はその痛みに藻掻いた。准の腕をなんとか顔から離そうとするが、まったく敵わなかった。やがて、彼女の目から涙が滲み出てその頬を流れると、准はまるで汚いものに触れたかのように彼女を強く押し離した。「キャッ!」みっともなく後ろに倒れたけれど、誰も何も言わなかった。心配もしなければ、からかいもしない。見て見ぬふり…そう言うのが正しい表現だった。だが彼女は負けなかった。「いいの……」起き上がると、莉緒は無
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「俺が何をした!?ただこの女に頼まれて、彼女たちを隅の方に連れて行っただけだ!それの何が悪い!?」唾を飛ばして喚く男に、准は終始冷めた視線を注いでいた。男が指さす莉緒は、それを聞いてギロリと彼を睨みつけた。彼女は口がきけない為に反論はできなかったが、激しく呻いて彼を非難した。「んんー!ん!んーっ」身体ごと、今にも男に突進して行きそうな勢いで前のめりになっていた。「何だよ!?本当にことだろ!?」「んーっ!!」会話として成立しないが、お互いに罵りあっているのはわかった。准はそれを鬱陶しそうに手を振って遮り、傍らのボディーガードに小さく顎をしゃくって合図した。「やめろ!おいっーんー!!」男の口にも布テープを貼り付け、手だけでなく、足もしっかりと縛りつけて転がしておいた。「理由なんかどうでもいい。やった事が問題なんだ」最後に准がそう言い捨てると、男は転がされたまま悔しそうに呻いた。その時ー。コンコン…ノックの音と共にドアが開けられ、2人の男が現れた。莉緒の父親と祖父だった。「ンンッ!」莉緒が声を上げると、父親は彼女をチラリと見て、スッと無関心に目を逸らした。「ずいぶんと、ゆっくりだな?」准がそう言うと、彼は苦笑して「仕事が立て込んでまして…」と言い訳した。それに対して祖父の方は目を剥いた。娘のことなのに、なんだ、その言い草は!彼女は他と比べて既に成人した大人で、その責任は大きい。それなのに、なぜこんなにも落ち着いているのか…。皆がそう思った時、彼女の祖父が顔を真っ赤にして震える指を突き出した。「お前!よくもっ…。いくら実の娘ではないとはいえ、よくもそんなことを…!」老人は莉緒の有様を見て、今度は准に噛み付いた。「真田准!お前もだ!よくも孫娘に対して、こんなことを仕出かしてくれたな!?」「……」准は彼の態度に鼻白んだように嗤い、莉緒のやった事の責任を問うことを告げた。すると、父親の方はひょいと肩を竦めて「構わない」と言った。「ンンッ!?」彼の返事に、莉緒は目を見開いた。「構わない?彼女を警察に突き出してもいい、ということか?」「ええ」「……」准は何かを疑うように眉をひそめた。「小細工をしても無駄だぞ?」その忠告にも、彼は「そんなつもりはない」とはっきり否定した。「といっても、この件に対して決定権は
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「ンンーッ!!」莉緒は思い切り藻掻いた。拘束は解けなかったけれど、父親の視線を向けることはできた。お父さん!お父さんっ、見捨てないで!お願い!!心の中で叫びながら、彼女は涙を流し、首を振った。莉緒にはわかっていたのだ。お祖父ちゃんじゃあ、どうにもならない。彼にはまったく経営能力がないのだ。私を助けることだって、きっとできない!「ああ…っ、莉緒や、お祖父ちゃんが助けに来たから、もう大丈夫だぞっ。安心しなさい」孫娘に駆け寄り、側に立つ黒服に早く彼女を解放するよう命令した。准はまだこの状況をきちんと理解していないような彼に呆れ果て、ボディーガードにとりあえず口のテープを剥がしてやるように言った。ビッ!「ンッ!」乱暴にテープを剥がされ、ヒリヒリする唇を舐める前に、彼女は喚き立てた。「お祖父ちゃん、何やってんのよ!うちを潰す気なの!?」「なー!なにを…っ」驚愕に目を見開く祖父に、彼女は更に言った。「お祖父ちゃんに今更何ができるっていうの!?潰れかけた会社を立て直したのは、お父さんでしょ!」「お、お前…っ」孫娘のまさかの罵倒に老人はわなわなと震え、刺激を受けたのか、急に胸を押さえて苦しみだした。「う…っ…!」「お祖父ちゃん!」慌てる莉緒だったが、他には誰も動こうともしなかった。ただ准一人が冷静に、部下に救急車を呼ぶように言っただけだった。「お父さん!」彼女が呼びかけると、今朝まで父親だった男は平然と言い捨てた。「救急車を呼んだんだろう?だったら、それでいいじゃないか」「ひどい!」詰ると、彼は皮肉げにその目を眇めて言った。「ひどい?じゃあ、訊くが、俺の二十数年の努力を一瞬で無駄にしたお前らは、ひどくないとでも?」「……」その冷たい声音に、莉緒の胸が痛んだ。「でもーっ」これはお祖父ちゃんなのよ!?彼女の胸には同時に、父親を責める気持ちも浮かんだ。その時、「もういいか?」彼女たちの会話に割り込むように、准のうんざりしたような声がした。「お前たちの家庭の問題をここに持ち込むな。本田ー」「はい」彼は自分の斜め後ろに控えていた本田に、警察を呼ぶように言った。その一言に、その場にいた者たちの雰囲気がまた、ピリッとした。「真田さん、私たちは娘と縁を切ることに同意しました。それなのにまだ、通報するんですか?」そう
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「社長、本当にあのガキにお礼なんかするんですか?」准たちが芽衣を寝かせている部屋に戻ると、本田は不満そうにそう言った。准はリビングの柔らかいソファに座り、疲れを取るように首を回すと、ニヤリと嗤った。「アイツの考えてることなんか、お見通しだ。浅ましい奴にお似合いの礼を考えるさ」「ちなみに、どんな…?」好奇心を前面に問うてくる本田に、だが准は冷たい視線を向けた。「そんなことより…有紗をどうにかしろ。これは、あれの失態でもある」「……」そうだ。確かに、あの時彼女が芽衣の側を離れなければ、こんなことにはならなかった。そう思うと、本田の胸中は複雑だった。彼女は、本田が女性と親しげに話していたことで嫉妬をして、追いかけて来たのだ。こんなことで事前に言い渡された命令を無視してしまうなんて、あってはならないことだ。彼女は嫉妬深い。どんなに他の女になど興味はないと言っても、信じていないのか、すぐに不安になる。これから先もこんな事が頻発するようでは、困った事になる。どうすればいいんだ…。「婚約すればいいんじゃないか?いっそ、結婚するのも手だ」悩みにその男らしい眉を顰めている本田を見て、准がサラリと言った。「結婚…ですか…」戸惑う彼に、准は更に言った。「なんだ?その気はないのか?それならサッサと別れろ。迷惑だ」「……」本田は困り果てていた。一緒になりたくない訳では無い。むしろ、自分でいいのだろうかとすら思う。彼女は若くて魅力的な女だ。その気になればもっといい男が手に入るのに、まだその誰とも知り合ってもいないこの時期に、彼女の一生を決めてしまってもいいのだろうか。彼はこの最近、気がつくとそんなことを考えていた。准と芽衣が婚約をして、結婚というものを現実的に見るようになって、なぜか、当人でもない本田の方がマリッジブルーのような症状を出していた。准はそれを見抜いて呆れていた。まったく…いい年をして。彼はフッ…と笑うと、様子を窺った未だ目覚めない芽衣の、赤く腫れた顔を見て、そっとその頬に触れた。*今回は上手くいったようだ。宗方陸は、自宅に帰り着くとキッチンで水を汲みながら、一人ほくそ笑んでいた。彼は、偶然とはいえ、比奈が何人かの女たちと共謀して芽衣を連れ去るところを目撃し、瞬時にこれを利用しようと思った。彼女たちは予め計画していたよう
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96

2週間後。とある小国の姫がお忍びでこの国にやって来ているという噂が、社交界にまことしやかに流れ出た。その姫のいるL国は小さいながらも豊富な資源に恵まれて、かなり豊かな国だった。皆は噂が流れて以来なんとかこの姫との接触を試みていたが、幼い頃はともかく、成長してからの写真など姿を確認できるものが何も流出しない為、誰もそれに成功しなかった。だがつい最近、真田家の主催にてこの姫を招いての歓迎晩餐会が開かれるという話が出て、その招待状を巡って各家からの根回しや交渉がいろいろなところで目につくようになっていた。そんな時、この界隈でも特に大きな家でもない宗方家に、その招待状がいち早く届けられたという。人々は我先にと宗方家に接触を図り、いったいどういう繋がりなのかと探りを入れ、そのおこぼれに預かろうと親しげに近づいて来た。家の中には贈り物が溢れかえり、両親も祖父母も皆、呆気に取られていた。「陸…お前、いったいどこでこの姫と知り合ったんだ?」父親に問われて、手にした招待状の宛名〝宗方陸様〟という文字を見ていた陸は、得意げに顔を上げた。「別に。大したことはないよ。ちょっと、真田家との繋がりでね」「真田家!?」皆が驚愕するのも無理はなかった。なにせ子供の頃、あの家には痛い目に遭わされているのだ。今更こんな縁を受けるはずがないと思っていた。「何かの罠じゃ…?」眉を顰めてそう呟く父親に、陸は苦笑した。「違うよ。この前、例の真田の令嬢を助けたんだ。それで、今の当主に目をかけてもらったのさ」「そうか……うん、それなら…」父親は何度も頷きながら相好を崩した。やっと我が家にも運が向いてきた。これで、その姫との繋がりも得て、L国との交流も得られれば、こんな良いことはない。彼は薄っすらと頬を紅潮させて、興奮しているようだった。陸はそんな父親を見て、それから一人静かにコーヒーを飲んでいる弟の海を見て、内心ふんっと嗤っていた。海…お前も羨ましいんだろ?痩せ我慢しやがって。手の中の招待状をひらひらと振って、陸は言った。「名前は僕のものしか書いてないけど…。たぶん全員で行っても大丈夫だと思うよ」「そうか?それなら…何か贈り物を用意しよう!」父親の言葉に、母もその目を輝かせて喜んだ。晩餐会は1ヶ月後だ。陸は喜ぶ父母に満足げに頷いた。*晩餐会の夜ー。そ
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やがてー晩餐会が始まり、准は迎えた招待客の対応に追われていた。その時、「准さんっ」目を遣ると、そこには宗方家が勢揃いし、陸が得意げな顔で自分に声をかけていた。「准さん、今日はお招きありがとうございますっ」「……ああ」馴れ馴れしい奴だな…。胸の中に嫌悪の呟きを残し、准は平然と向き合った。「ようこそ。大したもてなしはできませんが、楽しんでいらしてください」そう言って手を差し出すと、宗方家当主は戸惑ったように応じた。「准さん、お話いただいた方はどちらに?」来たばかりなのに急かすようにそう言う陸は、わざとなのか、若干声を大きく張っていた。それを聞いた周りの連中がざわざわと近くに寄って来て、自分たちを取り囲むように立って聞き耳を立てていた。准はこの不快な展開にチッと小さく舌打ちをし、思わず陸を睨みつけてしまった。それに気がついた彼の父親が慌ててその腕に手をかけたが、彼は気にせず続けた。「王女を紹介していただけるなんて、とても光栄ですっ」「……」准の眉が限界まで顰められるのを見て、側にいた本田が慌てて話題を変えた。「社長、そろそろご挨拶をー」そう言うと、准はチラリと本田を見て頷いた。そして、会場の前方に設けられた舞台に上がるとマイクを手に取り、今夜の晩餐会ではL国の王族を迎え、その交流相手を探している旨を伝えた。その瞬間、会場全体がザワッ…とした。交流相手とはつまり…王女とお近づきになれるチャンスだということか?男たちは皆一様に興奮し、女たちは鼻白む者と興味を示す者とに分かれた。陸は、この准の挨拶の言葉に焦りを覚えた。自分だけに紹介してくれるんじゃ、なかったのか!?彼は、芽衣との婚約に希望がないことを告げられた際、代わりに他の相手を紹介することを約束された。准は自分の目的を正しく理解しており、その時に「大きな後ろ盾を得る為の結婚相手を探しているんだろう?」と訊かれたのだ。陸は既に見抜かれている以上隠すつもりなどなく、素直に肯定した。すると准は「少し待てば紹介してやる」と言い、そうして言われたのが今日のノア王女だったのだ。それなのに…。「話が違いませんか?」挨拶を終えて他の招待客と談笑していた准の下へ行き、そう不満をぶつけた。「ちょっと、失礼します」そう言って話し相手に軽く会釈をし、歩き出した准はすれ違いざま
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会場に戻ると、皆が2階からの螺旋階段の方に注目していた。そして司会者の男が言い放った「本日のゲスト、L国ノア殿下のご登場です!」という声と共に、一斉に拍手が鳴り響いた。見ると、真田准は階段上で王女に手を差し伸べ、恭しく彼女の手を取ってエスコートをしていた。ワーッという歓声と拍手、それからあちこちから囁かれる「綺麗…」「素敵っ」という声が耳を掠め、陸も、階段を優雅に降りてくる王女に目を奪われていた。「ノアだ。よろしく頼む」微笑みながら、だがやはり上に立つ者特有の傲慢な物言いにも、彼は気を呑まれていた。なんて綺麗なんだ…。こんなにも綺麗な人、見たことがない…。ぼうっとして、王女の気品ある美しい顔に見惚れていると、次の瞬間、その視線が自分に向けられた。ノアは、准の耳打ちに頷いて、満足げな笑みをその口元に浮かべた。そして陸は、准と王女が親しげに話すのを目にしながら、胸が高鳴るのを止められなかった。「あれが…俺のものになるのか…?」小さく呟いて、顔を熱くした。*「お気に召しましたか?」尋ねると、ノアは「うむ…」と頷き微笑った。「見た目はな。後は、奴次第だな」ノアはこれまで、いろんな国に行っては数多の男たちと知り合ってきた。中にはこれは…と思う者も何人かいた。だがしかし、その誰もが結局は自分の手を取らなかったのだ。それは婚約の際に交わす契約書の内容に納得がいかないと不満を述べたり、臆したりした結果だった。L国王室には、過去に起こった事件から厳しい決まり事があった。それは、簡単に言えば例え王族の伴侶となっても、その身分以外何も与えられない…ということだ。だが伴侶は生きている限り、栄華は約束されている。余計な欲を出さなければ一生安泰。苦労することもなく、過ごしていける。それでも彼女との結婚を、彼らは拒否した。ノアは、陸の自分を見つめる視線に心の中で皮肉った。さて…お前はどうかな?次の日。陸は准が寄越した迎えと共に、ノアの滞在するホテルへとやって来た。彼の胸は高鳴っていた。いよいよ自分も…っ。そう思うと、興奮して昨夜はよく眠れなかったくらいだ。着いた所は例の真田家が借り上げているフロアーで、部屋はその中でも際立って豪華な一室だった。自分を案内するのは真田家で長年勤める執事で、彼は軽やかにノックをすると、実に丁寧に陸を中へと誘
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陸もずっと勉強をしていたが、如何せん始めたのがつい最近の為、まだ幼児レベルという感じだった。でも公用語は話せるし、それでなんとか…。そう言うと、ノアの顔からスッ…と微笑みが消えた。「わが国の、国民全てが公用語を話せる訳ではない」「……はい」部屋の中に気まずい雰囲気が漂った。だがしばらくすると、ノアが小さく空咳をして言った。「すまない。焦りすぎたようだ。…だが、国内でやりとりされる文書は、当然ながら我が国の言葉で書かれるのだ。読み書きができなければ、苦労するのはお前だ」それが、彼女なりの謝罪なのだとわかり、陸はホッとした。ノアは陸よりも5歳年上で、結婚相手として見た目も相まって弟扱いならまだしも、子供扱いをされたらどうしようと思っていたのだ。それが今、少し気まずそうに謝り、言い訳する姿を見て、彼女のことを〝可愛い〟と思えた。彼女は王族として、人々に傅かれて育ってきたのだ。立場的に安易に謝罪などできないだろうに、こうして素っ気なくも言葉をくれたのだ。理解しなくちゃいけない。陸は、ノアが自分を気にかけてくれることを喜んだ。こうして2人は1時間ほど話をしながら過ごし、ノアが滞在している間にできるだけ会う約束を交わして別れた。帰り際、陸はどれくらいで読み書きができるようになるか尋ねられ、3か月あればある程度は…と答えた。「それならば…3ヶ月後、我らの婚約式をしよう」と言われ、彼は大きく頷いたのだった。*その夜ー。真田家では、誰もがその顔に暗い影を落としていた。白血病の再発。それを聞いた時、准は足下から力が抜け、デスクチェアにドサリと腰を落とした。「そんな……」彼は頭を抱え、しばらくの間黙ってただ俯いていた。入院には今回も母親である尚が付き添っており、この事実を伝えた芽衣の父親であり、准の叔父である聖人は、沈痛な表情で拳を握りしめていた。「医者が言うには…今回は、前回よりも強い薬を使う必要があって、もしかしたら…芽衣には耐えられないかもしれないとー」「そんな訳ないっ」聖人の言葉を強く遮り、准はキッと顔を上げて睨みつけた。「そんな訳、ありませんっ…」彼の悲壮な表情には必死さが宿り、聖人の胸も痛んだ。「准…そうなったら、骨髄移植も難しい…。俺は、言われたんだ。もし…もし、そうなったら……後はあの娘の余生を、どう過ごすか…
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100

2ヶ月後。准は空港に、ノアの見送りに来ていた。帰国して、婚約式の準備に入るということだった。「順調そうですね」そう言うと、ノアはその形の整った眉を寄せた。「どうだかな」「?」首を傾げると、ノアはチラと周りを確認するように見回して、言葉をL国のものに変えた。『奴が、地位と権力を求めて我と結婚しようとしていることは知っている。それは良い。所詮、奴は身代わりなのだからな。…だが、後になって騙されたのなんのと騒がれるのは、迷惑なのだ』『…何かありましたか?』その不穏な言葉に、准も眉を顰めた。ノアは深いため息をつくと、その唇を尖らせて言った。『我は、婚約の契約書にはよく読んでからサインをするように言ったのだ。それなのに、アヤツは禄に目も通さずサインしたのだ』『へぇ……』面白そうに相槌を打つ准を、ノアは不満そうに睨みつけた。『笑っているが、矛先はお前にも及ぶやもしれないんだぞ?』憤慨するノアに、准は『大丈夫だ』と請け負った。『アイツはなんで目も通さなかったんですか?』そう問うと、ノアは『知らんわっ』と吐き捨てた。『ただ…何だったか……ああ、そうだ。確か〝内容を知って受けたり拒否したりするような、いい加減な気持ちではない〟とか言っていたな。…バカな奴だ』ふんっと鼻を鳴らすのを見て、准もクククと笑った。『まぁ、いいんじゃないですか?別に強制した訳でもないんですし』嘲笑するようにそう言う准に、ノアは呆れたように首を振った。『お前がいいなら、もう良い。サインした以上、アヤツの責任だ』『ですね。せいぜい、婚約期間を楽しんでください』『貸し1つだ。忘れるなよ?』睨みつけると、准は『はいはい』と軽くいなし、ノアの側近の者に頷いて合図を送った。そうしてノアは王室専用機で帰国し、残された准はもう彼らのことを頭から追い出して、芽衣の入院する病院へと向かったのだった。*やはり芽衣の治療は困難を極めていた。もともと最初の治療の時も、彼女は通常の半分しか薬を使えなかったのだ。薬に対する反応がそれだけいいということなのだが、それで更に強い薬を使うことなど、無理に決まっていた。准は、聖人から話を聞いてしばらくは何も考えられないくらい気落ちしていたが、芽衣を見舞った時に彼女から笑って結婚式の憧れを語られ、それ以降、世界中の白血病治療に特化した病院を
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