All Chapters of Your'e My Only Shinin' Star〜あなたに逢いたい〜: Chapter 81 - Chapter 90

105 Chapters

81

数日後ー。「お兄ちゃん…私、許してもらえるかな…?」不安そうに呟く笑に、福は言った。「この件に関して、俺に口を挟む権限はない」「……」その冷たい態度に笑の目にはじわりと涙が滲んできたが、ぐっと我慢した。今日のこの場を設けてくれただけ、感謝をしなければならないのだから。久しぶりの兄妹水入らずだというのにシーンと静まり返った重い空気が漂う中、やがて微かに足音が聞こえてきて、笑の緊張も高まった。そしてー「笑ちゃっ」「!?」驚いた。現れた芽衣が笑顔だったからだ。彼女は以前も痩せていたが、今は病気をしたからかそれ以上に痩せてしまっていて、ぶつかったりしただけで折れてしまいそうだった。腰近くまであったはずの髪の毛は短くなり、肌もまるで日にあたることがないかのように青白かった。「芽衣ちゃん…」目にして初めて、彼女が深刻な病気をしていたことに思い至った。それでも彼女の笑顔は花が咲くように見えて、笑は改めて自分たちのしたことに罪悪感を募らせた。「?…笑ちゃ、どうしたの?」芽衣は笑の顔がくしゃりと歪んだことに驚いて、首を傾げた。笑は堪らず涙を零した。「芽衣ちゃん……ずっと、ごめんね…。私…あなたにひどいことした…っ」「?」涙を流して頭を下げる笑に、芽衣はパチパチと目を瞬かせ、一緒に来た准を困ったように振り仰いだ。「准ちゃ…笑ちゃ、なんで泣いてるの?」本気でわからないというような顔をして尋ねる芽衣に、准は苦笑した。彼はとりあえず全員座らせると、改めて芽衣に向き合い、答えた。「芽衣は、彼女たちに沢山意地悪をされただろ?彼女は、それを謝りに来たんだよ」そう言うと、芽衣は驚いて目を見開いた。そして慌てて准の手を握り、首を振って言ったのだった。「違うよ!笑ちゃ…は、何もしてないよっ」「でも、黙って見てただろ?」准の問いかけに、「そうだけど…」と眉を寄せ、芽衣は少し考えていた。そしてやっぱり納得がいかないというように顔を上げると「でも…笑ちゃ……」と何かを言いかけて口ごもり、そして思い出したかのようにパッと笑顔になった。「テープ、貼ってくれた!」「テープ?」首を傾げると、芽衣は「うん!」と大きく頷き、拙いながらも説明をしたのだった。それは何度もしてきたように、沢口比奈が乗馬クラブの更衣室で芽衣に絡んだ時のことだった。その日
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82

*笑が真田家を後にしたのを見送って、福は准に頭を下げた。「ありがとうございます」「……」チラリと福に目を向けた准は、素っ気なく口を開いた。「別に。芽衣に直接謝りに来たのは彼女だけだったし。…そこは、評価してもいい」「…はい」2人は応接室から書斎に移り、准の前に立った福が改めて礼を言うと、しかし彼は冷たい声でそれを遮った。「礼などいらない。芽衣は許したかもしれないが、俺にはそんなつもりはないからな。ただー」お前が妹を助けてやることは目を瞑ってやる。それだけ言うと、准は途中になっていた書類を手に取って仕事に戻った。「ありがとうございます」福はそれに安心したかのような顔で、また頭を下げた。そして准の前を辞し、ポケットから取り出したスマホで信頼する弁護士に連絡を取ったのだった。トゥルルルル…トゥルルルル…『はいー』耳に届くこの深い声を、これほど頼りに思ったことはなかった。福は一つ息をつくと、依頼の話を口にした。「蜷川さん…笑を、助けてください」『……わかりました。お任せください』事情など聞かずとも、何もかも知っているかのように話す彼の自信に満ち溢れた声音は、いつでも福を安心させる。福はその顔に笑みを浮かべ、通話を切った。1ヶ月後。「お兄ちゃんっ」晴れやかな笑顔で駆け寄ってくる妹を迎え、福はその後から歩み寄って来る母親に笑顔を向けた。「母さん」彼女はついこの前までの生気の抜けたような表情から打って変わり、今は娘と共に明るい顔色をしていた。彼女は夫と離婚し、実家の姓に戻っていた。そして笑も彼女と一緒に望月家を出て、その名も母親と同じ姓に変えて尾形笑(おがたえみ)となっていた。状況だけ見ると愛人を囲った夫と離縁し、財産も貰わずに追い出されたような形となっていて、とても悲惨なようだった。でも彼女たちの顔にはそんな面影は全く無く、逆にどこかスッキリしたような晴れやかさがあった。福があの日頼んですぐ、弁護士の蜷川から笑の父で、彼女の夫である望月家当主、望月耀に面会の申し込みがあった。福への借りも全部回収されて他に用などないはずなのに、いったい何だ?…と訝しがりながらも承知すると、彼はとんでもないことを言ってきたのだった。「奥様から離婚の依頼を受けました。慰謝料、共有財産の放棄を条件に、笑さんの親権と即刻の離縁を望まれていま
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福は空港で母親と妹に別れを告げ、会社に戻った。彼女たちは母親の実家を出て、この街を離れることにしたのだ。笑は望月家の令嬢ではなくなり、将来的に名家へ嫁ぐこともできなくなった。だが母親の実家は代々商人として大成しており、その財力も、人脈も、なんら劣らないくらい力を持っている。父親の耀も、実際のところそれを目当てに結婚をしたようなものだったのだろう。が、彼らは商人なのだ。耀のビジネスマンとしての実力に疑問を持った時点で、関わりを持つことから手を引いていた。母親もその時に一度離婚を勧められたそうなのだが、既に子を設けていたことから、それを思いとどまっていたのだという。今回は、兄妹それぞれが大きくなっていたことも理由の一つとして、彼女に離婚を決意させたのだ。長年の夫の横暴な振る舞いも、愛人に肩入れする身勝手さも、もう我慢しなくていいのだ。一時は崩れた家族に絶望もしたが、結局蓋を開けてみれば、一番いい方法を取ることができた。彼女たち親子は、それを整えてくれた蜷川に感謝した。笑も、高校進学からの転校だった為、大した負担にもならないし、心機一転、新しい場所でやり直す気持ちでいた。もうお嬢様たちの間であれこれ画策するのは御免だった。これからはちゃんとした、本当の友達を見つけて、素敵な人と恋をして、誰にも恥じない生き方をしたいと思った。「お母さん、行こうっ」晴れやかな笑顔で母親の手を引く妹に、福も笑って手を振った。そうして2人を見送ったのだった。*「戻ったか」「はい」准のオフィスに行くと、どこからかの電話を終えた様子の彼が言った。福はその顔を見て、彼の機嫌が悪いことを察した。「何かありましたか?」「いや…なんでもない」そう言われては、福も引き下がるしかなかった。准は彼の気遣いにほんの少しだけ口角を上げて微笑んだが、その胸の内で湧き上がる怒りはやはり静まらなかった。その電話は、芽衣を虐めていたある令嬢の家からだった。その令嬢の父親は准に謝罪に行きたいと言い、一方的に予定を組もうとしてきたのだ。なんて無礼なのだろう。彼は、准が真田家の当主の座を継いだことは知っていたが、自分よりも年が若く、経験も少ないと見て侮ったのか、全体的に上から物申していた。「うちの娘が失礼をした。謝罪に行こうと思うのだが…明日の午後にそちらにお邪魔するよ」
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84

芽衣が高等部に上がって初めての社交パーティーに、准はエスコートとして同伴していた。他に理那人と有紗、本田も伴い、その夜の彼らはとても賑やかだった。このパーティーの前、准は芽衣に婚約の申し込みをしていた。「芽衣、君が僕のShinin' Starだって言ったこと、覚えてる?」「キラキラ星!」パッと瞳を輝かせそう言った芽衣に、准は頷いた。「そうだよ。君はね、いつもその笑顔で僕を癒して、どんなに嫌なことがあって気持ちが沈んでいても、温かく見守ってくれる。それに、これからどう進んでいけばいいのか道に迷った時も、いつも僕を信頼して、疑うことなくその身を預けてくれる」小さくても明るく輝く君は、僕の人生を照らす道標、Shinin' Starなんだよ。そう真摯に告げる彼から、芽衣は目が離せなかった。「准ちゃ…」まっすぐに、その大きな瞳を見つめて語る准の言葉の意味を、全て理解することは芽衣にはできなかった。でもいつも准は優しくて、絶対に怒らない。自分と目が合うと、いつも嬉しそうに微笑ってくれる。どんなに仕事が忙しくても、自分のことを思い出してくれる。芽衣は准と離れていた間、自分がとても淋しくて、心細かったことを覚えている。病気になった時も、皆はすごく心配して悲しそうな顔をしていたのに、准だけは優しく「大丈夫だよ」「きっと良くなるよ」て微笑って言ってくれた。准の側にいると、いつもうきうきした気持ちになる。准に、「お星さま」と言われた時、本当に嬉しかった。だって、一番最初に教えてくれた歌だったから。芽衣は、小さい頃からの准との思い出を思い浮かべながら、ニッコリと笑った。「准ちゃ、芽衣は、ずっと准ちゃ…のお星さまだよ!」「芽衣…っ」ぎゅっと抱きしめられて、芽衣はふふっとくすぐったそうに笑った。「芽衣…僕の、お嫁さんになってくれる?」「うん!」「…本当に?」少し身体を離して尋ねられ、芽衣は今度、自分からぎゅっと抱きついた。「本当だよっ。芽衣、准ちゃ…のお嫁さ…に、なる!ーきゃっ…!」そういった途端、准に高く抱き上げられた。そしてくるくると何度か回って降ろされ、またぎゅっと抱きしめられた。「芽衣!ありがとう!…?芽衣…?芽衣、どうした!?」「准ちゃ…目が回るよ……」ふらっと足下がよろけた芽衣に焦って問うた准は、その答えに慌てて彼女を横抱
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85

「行こう」准が理那人の方を見てそう言うと、彼も呆れたように2度頷き、有紗を促した。「おいー!」4人が自分に背を向けたのを見て、男は当然顔を怒らせて怒鳴りつけた。「お前、何様だ!?偉そうにしやがってー」そうして指を突きつけようとしたところ、サッと本田がその身体で彼らを遮った。「申し訳ありません」「なんだ、お前!?」大勢の参加者の前で恥をかかされたと思った男が、本田の身体をドンッと押した。だが彼はびくともせず、相変わらず男の前に立ち塞がっていた。「そこをどけ!」「無礼な振る舞いはやめてください」「無礼だと!?」「……」本田はその大きな体躯を利用して、男にズイッと迫った。「な…っ」「社長は、あなたのお友達ではありません」「っ…」顔を寄せ、低い声で威圧するように囁くと、男は一瞬言葉を失い、目を泳がせた。その顔には、目論見の外れた焦りが浮かんでいた。男は、自分が准よりも年上であるというその一点を利用して強引に親しい態度をとることで、彼に自分を蔑ろにしないようにさせようとした。准も世間体などを気にするならば、親しげにする年上に対して突き放すような態度は取らないはず。そうして体裁を取り繕っている間に、このバカバカしい通達を取り消させてやろうと思ったのだ。一度でも「わかった」「もういい」という言葉が准の口から出れば、それを盾に娘を許すように持っていけばいい。そう思って、今日は早めに会場入りをして待っていた。そうして遂にやって来た准の周りには、大して脅威になりそうな大物もおらず、男はこのチャンスを逃すまいと近づいて行ったのだった。だがー。チッ!なんだ、あの態度は!?男は、自分の目の前に立ちはだかる准の秘書に、苛立たしげに舌打ちした。「秘書の分際で、当主同士の話し合いに水を差すとは、いい度胸だな?」威圧を込めて言ったつもりだった。普段こんな風に言えば、家族や部下、誰もが恐れたように口を閉ざした。でもこの本田という秘書は、「知り合いでもないあなたとの話し合いを、なぜ約束もなくするとお思いですか?」と嗤ったのだ。「なー!」カッと頭に血が登った。「お前、よくもー」「話し合いをご希望でしたら、まず、約束を取り付けてください。ではー」儀礼的に頭を下げて、本田は男に背を向け准の後を追ったのだった。*「くそっー!」
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86

*「飲み物を取ってくる。ここで待ってて」男はそう言って、芽衣と有紗を会場隅の休憩スペースに連れて来た。有紗は、吉田(よしだ)と名乗ったその男の後ろ姿を見送って、芽衣に尋ねた。「本当に、見たことある?」「うん」それに頷くと、芽衣は微笑った。吉田は、芽衣が入院した病院の医師だった。彼女の治療に関わってはいなかったが、入院棟に詰めていたし、顔くらいは見たことがあったのだ。その彼が、准と理那人が提携先との挨拶の為に席を外した時、スッ…と近づいて来た。元気になったねー。そう言われて、始め芽衣も首を傾げていたのだが、彼から医師であることを告げられると「あぁ!」と思い出したのだった。だが、有紗は気に入らなかった。確かに医師が患者のその後を気にすることはあるだろう。でも、診察どころか、治療チームにすら入っていなかったのに、こんなに馴れ馴れしくすることってある…?有紗は、警戒心のない芽衣に小さくため息をつき、准が彼女をあれほど気にするのもわかるな…と思った。先ほど彼と兄が自分たちの元を離れる時、有紗はしつこいくらいに芽衣のことを頼まれていた。決して目を離すな。一人にするな。どこにでもついて行け。もう、うんざりするほど繰り返された。「もう!わかったから、さっさと行って!」遂にはそう癇癪を起こして追い払ったくらいだった。今も、離れた所から時々准の視線を感じる。一時だって目を離したくない気持ちは分かるけど…。はぁ…鬱陶しい…っ。有紗だって、本田の側にいたいのだ。彼は鈍いのか、意外に女性から秋波を送られているのに、まったく気づいていない。気づいていないならいないでいいのだが、中には積極的に彼に絡みに行っている女もいたことから、有紗はソワソワと落ち着かなかった。今もほらっ。有紗はギリッと歯軋りした。本田は准に何か言われたのか、その場を離れてどこかへ向かっていた。そうしたらー。すぐに一人の女が彼に近づいて行ったのだ。ちょっと、何よあの女!同じテーブルに芽衣がいて、他には誰もいなかったからか、彼女は安心して恋人を目で追っていた。もう!哲さんたらっ。あの女と知り合いなの!?彼女は、視界の中で楽しげに会話をしている2人に、嫉妬の炎を燃やしていた。「アリちゃん?」そんな彼女に、芽衣が首を傾げて「どうしたの?」と問うてきた。有紗はそれに
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その頃、准は本田からの電話で芽衣が短い時間とはいえ一人になっていることを知った。彼は、理那人に紹介する予定だった提携先の部長に断りを入れ、すぐさま自ら会場へと戻って行った。落ち着いた場所で話をしようと移動したことが、仇となった。芽衣…!ここには彼女と同級の奴らが沢山いる。会場に入った時から、そいつらの不満や敵意に満ちた視線を感じていた。だが彼らに、自分という盾のある芽衣を傷つけることなどできはしない。そう高を括っていた。そしてー。准は階段を下りる前、芽衣が3人の女たちに引っ張られるようにして、どこかへ連れ出されて行くのをチラと見た。その中の一人は、あの沢口比奈だった。「くそ…っ!」准は思わずそう吐き捨て、急いで階段を下りた。騒ぎを起こすわけにはいかない為、なるべく速歩で、静かに移動した。会場を横切り、声をかけようとする人々にはさりげなく頷きだけ返して、彼は芽衣の後を追った。大規模なパーティーだった為会場は広く、しかも芽衣たちがいた休憩エリアは階段がある場所とは正反対の所にあった。どんなに急いでも、人々の間をくぐり抜けて行くとなると時間がかかる。おまけに彼に声をかけようと行く道を遮るように出てくる者までいるのだ。准の表情は、だんだんと険しくなっていった。「真田さんー」「後にしてくれ!」普段の彼らしくない粗暴さに、声をかけた人物は驚いて目を見開いている。それを無視して、准は一人足を速めて少しでも早く芽衣を助けに行かなければ…と焦っていた。そこへー。「准」「社長!」別方向から自分を呼ぶ声に振り向くと、そこには顔を青白くした有紗と、准と同じく険しい顔をした本田が立っていた。「いたか!?」「いえー」「探せ!!」本田の言葉を遮り怒鳴る准に、有紗は震えた。こんなに怒る彼…初めて見るわ…。それを感じて、益々自分の責任を痛感した。「准……ごめんなさい…っ。私…」「御託はいいっ。悪いと思うなら必ず見つけろ!」厳しい口調は、怒りを抑え込んでいるのか、ひどく素っ気なかった。有紗は涙目になりながらも女性しか入れない洗面所などを重点的に見て回った。でもー。芽衣の姿は見つけられなかった。「これは……」もしかしたら、どこかの部屋に入ったのかもしれない…。そうなると、見つけるのは難しくなる。准は狼狽える有紗と、指示待ちの
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「私ー」彼女が口を開こうとした時、ふいにノックの音がした。コンコン…「入れ」准の言葉にそっとドアが開き、そこから一人の男が現れた。沢口比奈の父親だった。彼は、部屋の中の殺伐とした空気に、思わず足を止めた。だが准の秘書に「こちらへー」と手で示されて、そのまま中へと入って行った。どう見ても機嫌が悪そうだ。まさか…またあの娘が何かやったのか…?彼が恐る恐る「あの…」と口を開くと、准の刺すような視線が向けられた。「お前の娘を探せ」「娘…。あの娘が、何かー」「何人かと結託して、芽衣を攫った」「!?」衝撃の一言だった。終わった…。その瞬間、彼の脳裏にはその言葉が浮かんだ。呆然としていると、准の言葉が追い打ちをかけた。「この会場内にはいないようだった。どこにいるのか連絡して聞き出せ。言っておくが、彼女に何かあったら…覚悟してろよ?」そう言われて、男は焦ってスマホを取り出した。そしてー。『もしもし?何?』電話は繋がった。男はホッとして、そして急に怒りが込み上げてきた。「お前!どこに行ったんだ!?」そう怒鳴りつけると、不機嫌な声が返ってきた。『何よ、いきなり。つまんないから、友達と出たのよ』「どこだ!?…あ、いや……急にいなくなったら心配するだろう?行き先くらい言って行きなさい」『……わかった』不承不承呟く娘に、もう一度尋ねた。「どこにいる?」彼は准の視線に晒されながら、緊張に口が渇いてきた。『……』比奈の沈黙に唾を飲み、返事を待つ。「比奈」『この前貰ったマンションよ』「そうか……」それだけ聞き出すと、男はホッと息をついて最後に付け加えた。「こっちに戻らないなら、なるべく早く帰りなさい」そう言うと、娘の『わかった』という鬱陶しそうな声を無視して、通話を切った。彼は、位置情報を准たちに公開した。「行くぞ」准はそれを受け取るや、すぐに部屋を出ていこうとする。「待ってくださいっ」男は准を引き止め、一か八か口にした。「これで…どうか娘のことはー」「ふざけるな」バッサリと切るように吐き捨てると、准は人々を連れて去って行った。そして男はその場にガクリと膝をつき、項垂れた。「終わりだ……」絶望に呟くと、だんだんと先ほどの怒りがまた再燃してきた。「比奈っ…あいつ…!」男はガバッと立ち上がると、急い
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89

そう安心したのも束の間、再び鍵をかける前にバンッ!!と思い切りドアを蹴り開けられてしまった。「キャーッ!」「なに!?」部屋にいた仲間たちは驚いて叫び声をあげてしまうし、今自分の目の前には鬼のような顔をした男の人が立っているし…で、最悪の展開だった。「あ……」比奈が何かを言う前に、その男、真田准はズカズカと土足のまま部屋の中へと入って来た。彼の後ろにも何人かの男が続き、そして最後に…宗方陸が入って来た。「……」陸は、今まで一度も見せたことのない、軽蔑に満ちた視線を比奈に向けてきた。「陸……」横を通り過ぎざまに声をかけたけれど、無視された。彼の目には、もう自分など映っていなかった。残りの数人が玄関を塞いで立っていることから、逃げることもできなくて、比奈はその場に崩折れた。どうしてこうなるの…?ここを教えたのは父親に違いない。そして、案内してきたのは…陸だろう…。そう思って、比奈の心の中はズキリと痛んだ。裏切られた…。そんな気分が、彼女の顔を青ざめさせていた。*「芽衣っ…どけ!!」「きゃっ!」准は、一人の女に身体を押さえられて立たされ、既に虚ろな目をしている芽衣の姿を見て、怒りに我を忘れた。一気に駆け寄ると、彼女の前に立つ女を強く押しのけ、そして彼女の後ろに立つ女を足蹴にした。2人は勢いよく床に倒れ、呆然とした。だが彼はそれには一切目を向けず、倒れ込んできた芽衣を抱きかかえ、その赤く腫れ上がった頬にそっと触れた。「芽衣…芽衣…ごめん、遅くなった…っ」そう言いながら優しく撫で、熱を持った頬を冷やすように冷たい掌で包みこんだ。ぐったりとした様子に眉を寄せ、そして振り返ると、彼は自分の後ろに控えていた本田に言った。「全員、拘束しろ」それは、その場にいる者たちを凍りつかせるに十分な威圧的な声だった。本田がその命令に対して頭を下げて承知すると、准はそっと芽衣をその腕に抱え上げ、急いで部屋を出て行った。それを見送り、本田は鋭い眼差しで部屋全体を見回した。そしてそこにいた橋本莉緒と、もう一人、見覚えのない男を見て眉をひそめると、平坦な声音で連れて来た者たちに、全員拘束してとある場所に連れて行くよう指示をした。「あの…」そこで、今まで黙って成り行きを見ていた陸が口を開いた。「彼女たちをどこへ?警察には通報しないんですか
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90

そもそも陸の計画では、芽衣と結婚をするつもりだったのだ。といっても、彼女を宗方家の嫁にするのではなく、自分が彼女の婿養子として真田家に入る予定だった。その為に宗方の後継は海に譲ったのだし、まだこの計画を諦めるつもりはなかった。陸は、自分の野心が強いことをよく分かっていた。でも、それは悪いことか?確かに芽衣と結婚したからといって、自分が真田家の当主に将来的にもなることはないだろう。でも、それなりに重要なポジションには就けるはずだ。なにせ、芽衣は真田家で宝物のように大切にされているのだ。そんな彼女を娶れば、その夫を蔑ろにするはずがない。陸には、その野心を叶える為の努力をしたという自負がある。途中、彼女の病気治療などで間が開いてしまったが、あの頃確かに、彼女は自分を好いていた。今更、あんな年上の従兄になど負けるわけがない。彼女とは、これをきっかけにまた距離を縮めていけばいい。陸は腹の中でそう計算して、思わず頬を緩めた。*はぁ……最悪。橋本莉緒は、大きなため息をついた。やっぱりあんな子供じゃあ、役に立たないわね…。そう思いながらも、彼女は真田家の、おそらくボディーガードたちに幾分か乱暴に連れ出されながら、実はまったく焦ってなどいなかった。周りはキャンキャンと喚いて泣いている少女や、無関係だと言い立てる男の声で騒がしい。莉緒はそれらをどこか冷めた目で見つめながら、フッ…と嗤った。バカね。騒ぐくらいなら、最初からやらなきゃいいのに。彼女には、比奈の嫉妬も、その友達の八つ当たりも、全部が子供じみて見えた。自分の好きな男が他の女を好きだからって、何?婚約が破棄されたからって、何だっていうの?恋愛なんて…特に思春期の恋なんて、信用ならない。恋に恋してる女と、ただ自分の中の欲に忠実な男が綺麗事を抜かしてるだけでしょ?そんな気持ちが、どれだけ長続きするっていうのよ?バカバカしい…っ。莉緒は幼い頃からモテてきたから、その感情の信用のなさを痛感していた。確かに、中には一途にずっと一人の人を想い続ける者もいるだろう。でも大概は…特に普段からモテている人なんかは、簡単にその感情をもて遊ぶ。莉緒自身もそうだった。恋人ができても、その人よりいい人が現れたら簡単に乗り換えた。男の為に自分の人生を棒に振るなんて、バカげている。そう思っていたから。感情
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