All Chapters of Your'e My Only Shinin' Star〜あなたに逢いたい〜: Chapter 111 - Chapter 120

135 Chapters

111

少しして、彼らを囲むように立っていた人々の間に、ひそ…と声が漏れた。「正気か…?彼女…花房(はなぶさ)商会長の溺愛する孫娘だろ…?」「ああ…宗方家、終わったな…」その囁きに、陸とその父親の顔が一瞬にしてサーッと青ざめた。花房商会長の孫娘…。陸はゴクリと唾を飲んで、掠れた声を絞り出した。「嘘だろ…。奏斗、お前…いつの間に…?」そこには若干の悔しさや、戸惑いがあった。奏斗とは子供の頃からの親友で、なんでも話せる奴だった。奏斗だけには自分の素顔を見せてきたし、繕った性格なんかも全部知られている。今回の〝王女との婚約〟も、奴だけにはいの一番に知らせていたしその目的も教えていた。それなのに…。奴は、自分の婚約については教えてくれなかったのか…?陸は弟である海よりも信頼していた親友の、この裏切りとでもいう婚約にショックを受けていた。「陸……」奏斗が何か言おうとしていたが、陸は耳を傾けなかった。くるりと背を向け、その場から離れると、それ以降もう相手にしなかった。「……」奏斗がその背中を見送って眉を顰めるのに、彼の婚約者である小峰瑠李(こみねるり)はふんっと鼻を鳴らした。「放っておきなさいよ。今、彼と付き合うことになんのメリットもないわ。醜聞まみれで、付き合ったりしたらこっちまで何を言われるか、分かったもんじゃないわ」「でもー」「お爺さまに睨まれたいの?」「……」それを言われると、奏斗には何もできなかった。小峰家は昔、真田家には及ばずとも名門中の名門の家で、その事業は大きく、もちろん羽振りもよく、権力も握っていた。だがよくある正妻と愛人の子供とでお家騒動が沸き起こり、結果、正妻とその息子が家を出ることでそれも収まったのだが、それ以降衰退の一途を辿っていた。瑠李の母親は始め正妻の息子の婚約者だったのだが、その後残った愛人の息子の方に嫁いだ。母親の実家は花房商会を取り仕切る家で、名門家ではなかったが、界隈の商いをする家はほぼこの商会に属していた為、大きな力を持っていた。当時、勢いのあった小峰家と花房家との婚姻はとても話題になったものだったが、結局、争いに勝った愛人の息子には商才がなく、ゴミのようなプロジェクトしか出せない小峰家を今ではただの穀潰しとみていた。が、それでも可愛い孫娘の為に花房家の商会長は陰に日向に小峰家を支えているのだった
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「どういう意味?」問いかけたが、答えてはくれなかった。彼女は、怒りのオーラを撒き散らしながら父親に宥められている陸の姿を、冷めた目で見つめていた。*I国。空港近くの日系のホテルの一室に、准はいた。彼とテーブルを挟んで対峙するのは、この国で理那人の父親であるレリーと敵対している組織のボスだった。彼は禿げ上がった頭に刀傷のような大きな傷痕を刻み、ただでさえ強面の顔を更に恐ろしくしていた。「で?俺に、何をさせたいんだ?」嗄れた声で面倒くさそうにそう言う男に、准は至って平然と答えた。「この3人を渡してほしい」「……」渡された資料をチラリと見て、男はその視線を准に向けた。「なんの為に?」ギョロリとした大きな目は濁っており、大きな石のついた指輪を何度が撫でていた指をピタリと止めた。普通の人ならこれで十分に威圧できた。だが、准は違った。彼は男の視線を受けてふんっ…と鼻で笑い、椅子の背もたれに身体を預けた。足を組み、冷めた視線を男に遣る。「話を引き伸ばさないでもらおうか。渡すのか、渡さないのか…どっちなんだ?」「渡したとして…俺に何が残る?」「何がほしい?」単刀直入に訊く。こんな所で無駄な時間を費やしている暇はないのだ。そうすると、男も直球で答えた。「金だ」この組織の資金繰りが苦しいことは事前に調べて分かっていた為、准はニヤリと嗤った。「いいだろう。…一人につき五千万出す」「……」たかが下っ端の奴らに対してこの金額…。男は胸の内で、カモを見つけたとばかりに准を嘲笑った。難しい顔をして押し黙る男に、准は言った。「どうした?不足か?」「ふん……」ゆっくりと、頷いたように顔を揺らしながら眉を上げて答えを促してくる男の余裕に、だが准はあっさりと手を打った。「そうか…じゃあ、仕方ないな。諦めるとしよう」そう言って立ち上がろうとした。その途端、男は慌てて彼を止めた。「ちょっ…!ちょっと待て!」それを聞いて、既に皺になったスーツを整えていた准が首を傾げた。「まだ何か?」「いや…えっと……」男は焦っていた。彼の想像では、平和な国から来たこのまだ若い男は、きっと自分を恐れているはずだった。どんなに建前上平気な顔をしていても、実際は震え上がっているはずだ…と。だからほんのちょっと脅してやって、金をたっぷりせしめてやろうと
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「一つだけ、忠告しておく。奴らを組織から追い出しておいた方がいい」「何をー」「アイツらを欲しがってるのは、L国の暗部だ」「ー!」それを聞いた途端、男はガタンッ!と激しい音を立てて立ち上がった。そして、そのまま部屋を出ようとしている准に向かって叫んだ。「待て!」だが、准たち一行の足は止まらなかった。男は側に立つ自分の手下に向かって喚き立てた。「バカ野郎!何やってる!早く追いかけて連れ戻せ!!」手下たちが慌てて部屋を出るのに、男は顔面蒼白になって佇んでいた。L国暗部…。最悪だっ……アイツら、一体なにやらかしたんだ!?そう考えて、ふと…男は今、自分の周りに誰もいないことに気がついた。「あ……」慌てて周りをキョロキョロと見回し警戒するが、そこには誰もおらず何もなかった。ホッとして深く息を吐いた時ー。「!!」いつの間にか、自分の後ろに誰かがいることに気がついた。「だ…誰ー…グッッ……」問いかける間もなく、男は首筋へ鋭い痛みを感じ、そしてその場に崩折れるようにして倒れ込んだのだった。一方、准は。部屋を出てエレベーターに向かって歩いていると、後ろからバタバタと自分を追いかけてくる足音を聞いた。「待て!」チラリと振り返ると、3人のガラの悪い如何にもな男たちが走り寄って来た。「待ちやがれ!」准はエレベーターの前で立ち止まると、フッ…と息を吐いた。「何か用か?」男たちが近づいて来た時、サッと自分の前に護衛が立ち塞がった。一見好青年風だったが、その威圧感は彼らを圧倒した。「へ…部屋に戻れっ。ボスがお呼びだっ」一人が口を開くと、他の2名が懐からナイフを取り出した。ジリジリと少しずつ姿勢を変え、いつでも飛びかかれるような体勢をとろうとしている。准はそれを見て、不快げに静かに言った。「気に入らないな…」「なにー!」パンッ!男がいきり立った瞬間、准の前に出ていた護衛がサッと銃を取り出し、躊躇うことなく撃った。「グゥッッ……」撃たれた男はその場にドサリと倒れ、残った2人は「わわっ…」と2、3歩たたらを踏んだ。彼らの顔は明らかに青ざめ、撃った男と倒れた仲間の間に視線を彷徨わせていた。「こ、殺しやがったっ…」ここ日系のホテルは安全で知られており、外国からの旅行者はほぼここに宿泊すると言っても過言ではないほどだった。そんなホ
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「こ…殺さないでくれ…っ」後退りながら口から零れた言葉は、紛うことなき本音だった。裏社会の人間だって、命は惜しい。死んで当たり前の世界にいようが、意味もなく死にたいわけがない。そんな男をチラリと見遣った護衛の男は、無表情のまま、予備動作なしにトン…とその首を打った。「あ……」倒れる仲間にもう一人が思わず声を出し、ハッとしたように自分の首に手をやった。准は、後から来た男に呆れたように言った。「面倒を増やすな。歩かせろ」「申し訳ありません」丁寧に頭を下げる部下に、仕方ない…と息をついた。とりあえず、倒れている2人を元の部屋に運ぶよう指示し、残りの一人には猿ぐつわを噛ませ、後ろ手に縛り上げて歩かせた。部屋に戻ると、彼らのボスは床の上に昏倒していた。「うぅっ…!」猿ぐつわを噛まされ、言葉にはならないが彼の手下が驚きの声を発した。 そのまま放置されている姿に、准は彼も縛り上げるよう指示し、麻酔が切れる頃にもう一度眠らせるように言った。麻酔…。その言葉に、未だ意識を持っていた手下の男はホッと息をついた。とりあえず、殺すつもりはないんだな…。そう思って、身体から力を抜いたのだった。その夜。深夜ー。准は置いていくボスにもう一度麻酔を打たせ、目が覚めた男たちを縛り、猿ぐつわを噛ませ、連れ立って無人の空港に向かった。そしてプライベートジェットに3人の男たちを連れて乗り込み、そのまま一路L国へと飛び立ったのだった。*L国。空港に着くと、サシャに指示されたのか、王城からの迎えが来ていた。准と本田、それから護衛についていた者がそれぞれ車に乗り、連れてきた〝王女連れ去りの犯人〟は護送車に押し込まれた。そのまま裏門から入城し、サシャの出迎えを受けた。「ご苦労だったな」サシャは准に握手を求め、それを受けた准は大したことではないというように肩を竦めてみせた。「これで、借りは無しだな」「ああ。…部屋は用意してある。数日の間、ゆっくりするといい」そんな会話を交わしたあと、彼らは別れた。サシャは犯人らの尋問に。准たちは自分らの部屋に。「そういえばー」メイドに案内をされながら中庭を通る時、ふと准が問うた。「本田、久しぶりに訓練に参加してみるか?」「え!?」それを聞いた本田は慌てて手を振りながら「大丈夫です!」と拒否するが、准の面白が
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「社長ー」夕食の後、ゆっくりとお茶を飲んでいた怜士のところに、手塚がやって来た。A国ー。カチャリと、繊細なラインを持つカップを受け皿に戻し、怜士はその視線を上げた。「どうした?」「I国のレリー様から、お電話がきております」「レリー?」久しぶりのその名に、怜士は僅かに目を眇めた。「なんの用だ…?」そう呟きながら手を差し出し、手塚から携帯を受け取るとスピーカーにして置いた。「久しぶりだな。なんの用だ?」『なんの用だと!?』実に20年以上ぶりだというのに、相手はろくに挨拶もせずまくし立ててきた。『おいっ、お前の息子はまったく礼儀がなってないなっ』「息子?准がどうかしたのか?」レリーの無礼さになど構わず問いながら、彼は指でソファの肘掛けをトントン…と叩いた。『どうかしたのか、だって!?お前の息子はなぁ!この俺に、なんの挨拶もなく!俺のシマで、勝手に、人を攫いやがったんだ!!』一言一言強調しながら言い募るのを、彼は静かに聞いていた。そして、側にいた手塚にチラリと視線を遣って、このことを調べるよう合図した。頷いた彼が下がるのを待って、まだ何事か喚いていたレリーの言葉を遮った。「あれが、そんな不躾なことをするとは思えんな」『なー!』「本当に、何も言わなかったのか?」『……』黙り込むレリーに、怜士はふんっと嗤った。「何を誤魔化してる?」『……』「言え」『いや、それが…』最初の勢いはどこへやら、レリーはポツポツと事の次第を話し始めた。始め、彼の息子、理那人を通じて昔自分の組織にいたらしい下っ端について訊いてきた。そいつらが組織の掟を破った為に追放したことを言うと、彼はそれらについての情報を求めた。それも教えてやると、今度は准が直接「そいつらを捕まえてくれないか?」と依頼をしてきたのだ。訊けばそいつらは昔、L国の王女を拐かしたのはいいが、途中その身分に気づいたのか、彼女を見知らぬ国に捨てたと言うのだ。それ以来王女は行方不明で、つい最近見つかったそうなのだが、当然L国側としては腹の虫が治まらない。『それで、なぜか准に、奴らを捕まえてL国まで連れてこいという依頼をしたらしい』「なるほど…」黙って話を聞いていた怜士は、カチリと煙草に火をつけた。「で?お前はなんで断ったんだ?難しいことじゃないだろう?」『バッ…!』
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准がA国にいた頃、例のごとくサシャがノアのふりをして訪れたことがあった。そしてとあるパーティで2人は知り合い、そこで准は一目で彼の正体を見破ったのだった。つまり…彼は王女ではなく王子であり、婚約者など探してはいないということを。「なぜ、わかった?」驚いて問うサシャに、准は不思議そうに首を傾げた。「あなた、どう見ても男の体型じゃないですか。王女のふりをするなら、もう少し柔らかい身体づくりをするべきでしょう?そんな、いかにも〝鍛えてます〟て身体つきでは無理がありますよ」「……」反論の余地もなかった。今まではこの顔に皆騙されてくれたのだが、どうやらこの男には通じないらしかった。この外見に騙されず冷静に人を見る目、そしてこの王族を前にしても卑屈になるどころか自分と対等に扱おうとする胆力。それだけではないが、彼の持つ独特の雰囲気や何か底の知れない為人が、強くサシャを引きつけた。この男…なんとか連れ帰れないものか…。サシャは、准をこの国での婚約者候補にしようと思って近づいたのだが、思わぬ出会いに心が弾んだ。「お前、我の側近にならぬか?」勢い込んで尋ねた。だが、「お断りします」バッサリと切り捨てられてしまった。「なぜだ!?」「興味ありません。それにー」「それに?」「私はここに長くいるつもりはありません。国に帰れば、一族を率いる立場になります。あなたに従うことはできません」「……」なんてことだっ……惜しい…。実に、惜しい…っ。サシャは抵抗を試みた。「他に継ぐものはおらぬのか?」「いません。いたとしても、譲りません」キッパリと言い切る准に、説得は無理だとサシャは思い知らされた。「一族の当主の方が、我の側近よりも魅力的とは……」呟くと、目の前の男がフッ…と笑った。「違いますよ。私には、当主になって守りたい人がいる。それだけです」「……そうか…」諦めきれないため息をついて、それでもサシャは言った。「では、我の友人になれ」その言葉には、准も微笑って頷いたのだった。「喜んで」こうして彼らは友人となり、今に至る。その間に准は、自身の側の人間を数名サシャに預け、一般には知られていないが裏では有名な、L国の王族が抱える暗殺部隊〝暗部〟の訓練に参加させてもらえるよう頼んだ。この部隊は世界でも指折りの成功率を誇る。証拠は一切残さ
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怜士の話を聞いて、レリーは思った。王子…意外と簡単だな…。その沈黙をなんと思ったのか、怜士が言った。「アレらは似てるんだろう。幼い頃から周りにいるのはご機嫌取りや嫉妬に目の見えなくなった愚か者ばかりで、本当の意味で自分のことを考えてくれるような者など、身内以外ほとんどいなかったんだろうさ」『だから、意気投合したって?』「知らん。俺に訊くな」『……』レリーは鼻から息を吐き出して、『とにかく』と続けた。『国から勝手に人を連れ出すのは、犯罪だろう?お前は、息子が犯罪者になってもいいのか?』「元々、奴らが勝手に王女を国から連れ出したんじゃないのか?おあいこだ。L国がなんとかするさ」『そんな問題か?』それには怜士は軽く「そんなもんさ」と答えただけで、「用がそれだけなら、もう切るぞ」と、通話を切ってしまった。その面倒くさそうな口調を最後に切れた電話を見つめ、レリーはチッ!と舌打ちをしたのだった。*S国。物陰に潜んで目の前の様子を窺う陸は、驚きに目を見開いていた。なんだ?どういうことだ!?真田芽衣…海…それに、あの女は…。あれが、まさか海の恋人?…嘘だ。あれは…あれは…あれはノアだ!陸は、2人の女が楽しそうに話しているのを静かに側で見守っている弟を見て、ギリッ…と歯を食いしばった。いつの間に…っ。彼は、国内での醜聞が広まってどこへ行っても嘲笑されることに耐えられず、気分転換も兼ねて海のいるS国へと来ていた。ついでに、最近できた〝恋人〟という女性にも会わせてもらおうと思ったのだ。海の恋人が看護士をしていて忙しい為、会う時はもっぱら彼の方から行っているのだと聞いていた陸は、迷わずその病院へと向かった。さすがにVIP専用の病院というだけあって、そこは広々としていて、普段目にする病院とは雰囲気からして違う穏やかで、ゆったりとした時間が流れる場所だった。施設内に入るのに警備に止められ、仕方なく建物の周りをうろついていたところ、公園かと思われる場所に出た。歩いていると、前方に見覚えのある姿を見つけて後をつけたところ、その場面を目にした…という訳だった。「お姉ちゃ、お休み、楽しかった?」無邪気に問う芽衣に、アンナは小さく笑って答えた。「楽しかったよ。はい、お土産」「わ〜、あいがとう!」ふふっと微笑って受け取った、見事な刺繍の入ったハン
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「芽衣!」病室に戻ると、仕事をしていた彼女の母親、真田尚が慌てて駆け寄ってきた。「どうしたの!?なにがあったの!?」「落ち着いてください。今、ドクターを呼びますから」「っ……」ナースコールではなく、直接担当医に電話をかけるアンナに、尚は焦りを隠せなかった。彼女は一緒に来た護衛の男に尋ねた。「なにがあったの?」それに今あったことを報告した男は、深々と頭を下げた。「申し訳ありません。油断して、駆けつけるのが遅くなってしまいました」「……」尚は、それに緩く首を振ることで応えた。油断…。それも仕方ないのかもしれない。ここはVIP専門とはいえ、入院しているのは皆余生を過ごしている老人ばかりだった。わざわざ狙ったりしなくてもいずれいなくなってしまう。毎日が穏やかで、静かで、のんびりとした日々が繰り返される中、いつもいつも気を張っていろというのがそもそも無理なんだろう。普段、彼らは芽衣に気を遣ってなるべく距離をとっていた。だから、今日みたいに突然現れた刺客とも言えない普通の青年に、そこまで脅威を感じないのも頷ける。とはいえ、宗方陸はいわゆる〝監視対象〟になっているはずだった。その彼が現れたのだから、こんな事態になって准が怒らないはずがなかった。次の日。芽衣の周りにいた護衛は、全て入れ替わっていた。昨日までいた彼らは皆准の元へ戻ったようで、代わりに来た者の中には明らかに、今までとは違うタイプの〝護衛〟が混じっていた。皆一様に厳しい雰囲気を持っていて、行動に隙がないように思えた。そして、今度から常に芽衣の側についていることになった者は、まだ若い女性だった。病院側としては始め渋い顔をしていたが、それでも実際に起こったことを考えて、特別に許可を出してくれた。おそらく准の「正面入口しか護らない警備に、なんの意味がある?」という問い詰めに、答えることができなかったからだろう。そして当の芽衣は、恐怖からくるストレスによる貧血と、免疫低下による感染症を引き起こしていた為、しばらくは誰とも会うことができなくなっていた。発熱に苦しみ、彼女の白い顔色は今、ほんのりと赤く色づいていた。「准ちゃ……」芽衣の乾いて少しひび割れた唇に綿棒で水分を与えていた尚は、きゅっと唇を引き結んだ。彼女は、芽衣の腕に繋がれた点滴のチューブを見て、つい先ほど言われた医師
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准の命令で急遽S国に飛び、数名のボディーガードたちとこの男を捕らえて戻って来た本田は、そんな彼の様子を見て背筋が寒くなった。マズいな…。准は普段、ここまで怒ることはない。相手に何らかの手段を講じている時ですら、いつもどこか余裕があった。それなのに今は…。本田は知らず、ゴクリ…と唾を飲んだ。一方陸は、准の言っていることがまったく理解できず、恐れながらも戸惑っていた。S国に行って弟に会って、そこにいたノアらしき女を見てカッとして、思わず怒鳴りつけたところ、一緒にいた真田芽衣が倒れたー。彼の認識はその程度だった。だから、尋ねた。「罪って…なんですか…?」掠れた声で訊くと、准はデスクチェアの背にもたれかかって足を組み、床に座る陸を見つめた。「わからないのか?」その声は、若干苛立っているように感じられた。「本当に?」「……」沈黙に、准はその目を閉じるとゆっくりと、何度か頷いた。それはまるで、内にある怒りを改めて確認しているようにも見えた。そして閉じた時と同様に、ゆっくりとその目を開いた。「死ね」「え……」呟くように告げられた言葉に、陸はサッと青ざめ、無意識にジリっと尻で後退った。そんな彼に、准は更に言った。「死ね。お前のような奴は生きる資格もない」「は?や、ちょっと…!」陸が何かを言う前に、准は素早く引き出しを開けてその手に小さな拳銃を握った。パンッ!そして躊躇いもなく、撃った。「社長ー!」「ぐ…っ…」肩を撃ち抜かれ倒れ込んだ陸は、その痛みにドッと冷や汗が噴き出した。「な…に…」血の気が一気に引いて、なにも考えられなかった。本田は駆け寄り、そんな陸をただ冷めた目で見つめる准の、掌の中にある拳銃を両手で抑え込んだ。そして、必死に言い募った。「殺してはいけませんっ。社長…っ…殺せばそこで終わりですよ!いいんですか!?」「……」その言葉に、准のこめかみがピクリとひきつった。「社長…落ち着いてください。…こんな一瞬で終わらせて、いいんですか?」本田は焦りつつも、説得するようにゆっくりと言った。「奴に、自分が何をしたのか…教えてやらなくていいんですか?」「……」「楽に死なせてやってもいいんー」「ダメだ!」本田の言葉を遮って、准はピシャリと言い放った。そして何かを考えるように少しだけ思考を飛ばし、やがて静か
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120

金銭を奪うでも、名誉を損なわせるでもなく、ただ痛めつける。その生死すら問わないやり方で。普段の准らしくない、乱暴なやり方だった。彰はしばらく口を閉ざしていたが、やがて諦めたようにはぁ…とため息をつき、そして承諾した。「わかりました。…ただし、何かあった時の処理は任せますよ?」『当然です。戸部さん』「……」彰は、その返事を聞いて静かに通話を切った。そしてまたすぐさまどこかへ連絡をすると何言か話し、同じようにため息をついて通話を終えた。「親子だな……」その呟きは、苦笑に彩られていた。電話の相手は准の父親で、彰が長年友人関係を築いている真田怜士だった。彰は准のやろうとしていること、そしてそれがどんなに危険なことなのか…この男に教えてやろうと思っていた。だが、結局彼の「好きにさせてやれ」の一言に、諦めのため息をついただけだった。しばらくしてー。S国にある彰の研究施設に、准たち一行がやって来た。彼らは車から意識のない一人の若い男を運び出し、施設内の入院個室のような狭い部屋のベットに寝かせ、両手を転落防止柵に拘束してから去って行った。彰は准からこの男の資料を受け取り、ざっと目を通すと言った。「特に問題はないように見えますが…本当に精神的な疾患を抱えてるんですか?」それに准は肩を竦めて、とぼけたように答えた。「人は見かけによらないって言うでしょう?」「……」要するに、健康体のように見えるが病んでいる…と言いたいのか。諦めのため息をついて、彰は資料をシュレッダーにかけるよう、助手に渡しながら伝えた。「痕跡は消しましたか?」「抜かりなく」准の返事に頷いて、彰は部屋の鍵をかけた。おそらく、この連れて来られた男は今後〝行方不明〟ということで処理されるに違いない。准は、彼をここから出すつもりなどないのだろう。まぁ、この新薬の治験を行えば万が一ここから出られたとしても、元通りの状態には戻れないだろう。元々、精神疾患のある患者に飲ませる為の薬なのだ。それをそんな症状などない人に飲ませるなんて、いったいどんな結果が出るのか想像もつかない。それでも…。「まぁ、いい」常人に飲ませた場合の結果のデータも取れると思えば、悪い取引ではないだろう。彰は自分にそう言い聞かせることで、この件を納得することにした。*「叔父さん、尚さん」病室の外で
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