少しして、彼らを囲むように立っていた人々の間に、ひそ…と声が漏れた。「正気か…?彼女…花房(はなぶさ)商会長の溺愛する孫娘だろ…?」「ああ…宗方家、終わったな…」その囁きに、陸とその父親の顔が一瞬にしてサーッと青ざめた。花房商会長の孫娘…。陸はゴクリと唾を飲んで、掠れた声を絞り出した。「嘘だろ…。奏斗、お前…いつの間に…?」そこには若干の悔しさや、戸惑いがあった。奏斗とは子供の頃からの親友で、なんでも話せる奴だった。奏斗だけには自分の素顔を見せてきたし、繕った性格なんかも全部知られている。今回の〝王女との婚約〟も、奴だけにはいの一番に知らせていたしその目的も教えていた。それなのに…。奴は、自分の婚約については教えてくれなかったのか…?陸は弟である海よりも信頼していた親友の、この裏切りとでもいう婚約にショックを受けていた。「陸……」奏斗が何か言おうとしていたが、陸は耳を傾けなかった。くるりと背を向け、その場から離れると、それ以降もう相手にしなかった。「……」奏斗がその背中を見送って眉を顰めるのに、彼の婚約者である小峰瑠李(こみねるり)はふんっと鼻を鳴らした。「放っておきなさいよ。今、彼と付き合うことになんのメリットもないわ。醜聞まみれで、付き合ったりしたらこっちまで何を言われるか、分かったもんじゃないわ」「でもー」「お爺さまに睨まれたいの?」「……」それを言われると、奏斗には何もできなかった。小峰家は昔、真田家には及ばずとも名門中の名門の家で、その事業は大きく、もちろん羽振りもよく、権力も握っていた。だがよくある正妻と愛人の子供とでお家騒動が沸き起こり、結果、正妻とその息子が家を出ることでそれも収まったのだが、それ以降衰退の一途を辿っていた。瑠李の母親は始め正妻の息子の婚約者だったのだが、その後残った愛人の息子の方に嫁いだ。母親の実家は花房商会を取り仕切る家で、名門家ではなかったが、界隈の商いをする家はほぼこの商会に属していた為、大きな力を持っていた。当時、勢いのあった小峰家と花房家との婚姻はとても話題になったものだったが、結局、争いに勝った愛人の息子には商才がなく、ゴミのようなプロジェクトしか出せない小峰家を今ではただの穀潰しとみていた。が、それでも可愛い孫娘の為に花房家の商会長は陰に日向に小峰家を支えているのだった
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