Your'e My Only Shinin' Star〜あなたに逢いたい〜 のすべてのチャプター: チャプター 31 - チャプター 40

40 チャプター

31

結果として。怜士は2人に対して業務上横領の被害届を出した。野田がオーナーであった頃のものに関しては怜士に関係はないが、それでも彼が実質このクラブの経営者となってから、およそ10か月の間に野田らが不当に懐に収めた金額が大きかった為、下した判断だった。彼には相応な罰が言い渡されるだろう。そして島田に関しては、確かに野田から分け前をもらってはいたが、彼の場合父親を盾に取られて半ば脅されたという事情があったことから、お金を返還することを条件に示談で済ませることにした。ただし、クラブはクビになった。彼にしても、これだけ公になってしまったことから残ったところで居心地の悪い思いをするだろうから、良かったのかもしれない。中原は自業自得だと思いながらも彼の真面目さと、その管理能力の高さを惜しいと思わずにはいられなかった。数日後、島田の代わりとなる人物が新しく配置され、彼はこの感傷を胸にしまい込んだ。*A国。コンコン…オフィスのドアをノックする音に、報告書に目を通していた准が視線を上げた。「入れ」その言葉が発されると同時にガチャとドアが開き、秘書の本田が窺うように入って来た。「社長ー」「追い払え」准は本田の困ったような表情を見ただけでその用件を察し、冷たく言葉を遮った。「……」答えは出したのにまだその場に佇み、何か言いたげにしている本田に、既にまた書類へと視線を落としていた准が苛立たしげに眉を寄せた。「どうした?何かあるのか?」「その…」本田は言いたくなかった。言えば准の機嫌が悪くなることが分かりきっていたからだ。でもだからといって、このまま黙っているわけにもいかなかった。「橋本さんがいらっしゃいました」そう言うと、准は手にした書類を静かに横に置いた。そして言い含めるように口を開いた。「彼女のことをいちいち俺に報告するなと言わなかったか?関わる気はない。追い出せ」「いや…ですが社長、今日は相良(さがら)社長とご一緒に来られてまして…」「相良…?」准はピクリと眉を上げた。彼はつい先日のパーティーで知り合った、相良亮介(さがらりょうすけ)という人物を思い出した。A国の主要産業の一つに食品産業があるのだが、この相良という人物は広大な牧場に牛や豚、鶏を飼い、食肉として自社の工場で加工し、そしてそれを自社で経営するレストランチェーンや
last update最終更新日 : 2026-02-06
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32

は…?なんで?そんなはずは…。ニコニコと笑顔で准を見つめる莉緒を見て、本田の頭の中はちょっとしたパニックだった。その時一瞬自分に目を向けた准に気が付き、慌てて首を振った。俺は無実ですよ!だって、本当にそんな事実はなかった。本田は数ヶ月前、准から莉緒の素性を調べるように言われて、あの時すぐに取りかかった。いくら急いでいたからといって、こんなことを見逃すはずがない。え、そんな最近わかったのか?噂にもなってないけど…。サーッと青褪める本田を無視して、准は目の前の男に向き合った。「こちらの調査では、そのような事実は確認されなかったように思うのですが…。失礼ですが、いつ頃お分かりに?」「調査?」それまでの笑顔を消して、相良は眉を寄せた。その不快気な表情にも准は平然と頷き、「ええ。私もずいぶんと前からそちらのお嬢さんにしつこくされてまして。理由もなく付き纏ってくる人物のことを調査しないなんて、あり得ないでしょう?」と当然のように言った。「付き纏う…?」益々眉を顰め、訳が分からないというように彼は莉緒と准の間を視線で行ったり来たりした。莉緒はその視線を受けると肩を竦め、「だって、仕方ないじゃない?」と拗ねたように唇を尖らせたのだった。その仕草は一見可愛らしいものだったが、准は密かに鼻を鳴らした。ふんっ…図々しい女だ。「真田さん、この娘がそんな事をしていたなんて…。本当に申し訳ない。ただ…、理解してやってほしい。この娘は君に好意を持っているようなんだ」「……」相良の弁明は、まったく准の心に刺さらなかった。「だから?」という感想しかない。好意があれば何をやってもいいと?そんな自分勝手な感情など、迷惑でしかなかった。相良は、目の前の男の反応に戸惑った。普通、女性に好きだと言われたらそれなりに照れたりするもんじゃないのか?彼は突然できたこの娘の容姿を、贔屓目なしで良いと思っていた。こんな女性から好きだと言われて、喜ばない男がいることが信じられなかった。橋本莉緒は、彼が昔勢いで結婚をして割とすぐに離婚した元妻が、国に帰ってから産んだ子供だった。相良は長年その事を全く知らずにいたのだが、最近になって彼女が親子鑑定の紙を持って彼の前に現れてから、驚きはしたが失った時を取り戻すように可愛がってきた。なぜ元妻は子供を産んだことを知らせ
last update最終更新日 : 2026-02-06
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だが相良はそうだとして、莉緒は違う。本田の調べでは、彼女は准とは同郷で、家格は低いがそれなりに大きな家の令嬢だったのだ。そんな彼女が、真田家のことを知らないはずがない。数ヶ月前にパーティーで彼女と思わぬ再会をして以来、何度も何度も偶然を装って近付いて来たことで、准は彼女が何らかの方法で自分の事を知ったのだろうと予測した。とはいえ、准も別に自分の事を隠していた訳ではないので、知ろうと思えば知ることなど簡単だった。ただA国にはそれまで関わりがなかった為、地元の人たちに重要視されていなかっただけだ。これからどうなるかは分からないが、今の彼は単なる中小企業の社長で、ほんの少し上手くやっているだけの男だった。それなのに、彼女の付き纏いはほとんど異常なほどだった。それを思うと、やはり彼女が本国での准の立場を知ったとしか思えなかった。准はフッ…と嗤った。「橋本さん、あなたも私に〝後ろ盾〟が必要だと思いますか?」「……」この問いかけで、彼女は准に全て知られているのだと理解した。それならば、もう遠慮はいらないと思った。下手に隠し事をするのも、本当は性に合わなかったのだ。だから莉緒は言った。「そんな訳ないわ。あなたの家自体が強力な後ろ盾だもの。他には必要ないくらいにね!」「わかっているなら結構」莉緒の明るい物言いに比べて、准は終始平坦だった。相良は驚いた。彼の家が強力な後ろ盾だと?自分の申し出を断るくらいに?……なんてことだ。「莉緒…お前はそれを知っていたのか?」相良は恥ずかしさから来る屈辱に、内心震えていた。知らなかったとはいえ、まるで格下の者が格上の相手に向かって、身の程知らずにも「守ってやる」などと言ったのと同じことをしたのだ。恥ずかしくない訳がない!そんなことをさせた娘に、彼は出会ってから初めて怒りを覚えた。だがこの娘はそんな父親の心情などちっとも分かっておらず、あろうことかニッコリと笑うと大きく頷いたのだった。「もちろんよ!だって彼ったらひどいのよ?何度も会いに来てるのに、いつも門前払いで。だからね、お父さんと一緒ならこうして会ってくれるかなぁ…て思ったの」「……」つまりこの娘は、始めから自分を利用する気だったというわけか…。邪気のない顔で笑う娘に、相良は失望した。この娘は自分の立場を全く考慮してくれていない。何者でもない自
last update最終更新日 : 2026-02-06
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バタンッ!乱暴に閉められたドアの音で、准の機嫌が悪いことが知れた。彼は応接室に莉緒を置き去りにしたまま、警備に彼女を追い出すように指示を出し、自分のオフィスに戻って来ていた。バサッ…!彼らしくもなく、脱いだ上着さえデスクの上に放り出した。そしてドサリと椅子に座り、はぁぁ…と大きくため息をついたのだった。「お疲れさまです」本田は投げ出された上着を手に取りハンガーにかけ、同情の眼差しで准を見た。彼はそんな本田をジロリと睨みつけ、「もう一度、今度は本国のあれの家族も含めて、もっと詳しく調べ直してこい。至急だ」と言った。そうして、指示を受けてオフィスを出て行く本田を見送り、疲れを逃がすように目を閉じて掌で覆った。苛つく女だ…。准は最後に見た、相良の悲しげな顔が忘れられなかった。彼はその大きな立場に見合わず威張ったところもなく、相手が若いからと見下すこともない。常に親切で丁寧。初めて会った時からこの国で仕事をしていく上でのアドバイスや、気をつけなくてはいけない人物などを教えてくれ、困った時にはいつでも相談するようにと連絡先まで渡してくれていたのだ。ちょっと親切すぎて、逆に警戒してしまうほどのお人好し。そんな印象を准は持っていた。莉緒が本当に彼の娘なのか、それはわからない。全力で調べさせる。だが、もし本当に娘だったとしても、あの人の好い人物をあんなにも悲しませた彼女を、到底許すことができなかった。怒りを含んだ嫌悪。それが今の准が抱く、橋本莉緒への気持ちだった。はぁ…「芽衣……」ため息と共に小さく呟いたのは、いつも癒しと温かい気持ちをもたらしてくれる、年の離れた従妹の名前だった。准は、記憶の中にあるあの大きな瞳を嬉しそうに細めて笑う彼女の、無邪気な笑顔が見たかった。あの甘えるような声で、名前を呼んでほしかった。そして、「だいじょぶよ〜」といつものように言ってほしかった。「あ〜、帰りたい…」彼は今、切実に芽衣の癒しを求めていた。本国に戻るまであと少しとはいえ、この間の彼女の様子が報告書の文字でしか分からないのは、正直辛かった。彼女にも自分を思い出してほしくて贈ったプレゼントは、誕生日やクリスマス以外にも、彼女が好きそうな物を見つけた時にもその都度毎に送っていた。それを喜んでくれてはいるようだが、お礼のカードに書かれる文字がだんだん
last update最終更新日 : 2026-02-06
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「沙知子……」彼女は怒っていた。普段の彼女はとても穏やかで、誰にでも優しく寛容だった。だが亮介は知っていた。沙知子は確かに優しくて寛容な性格をしていた。でもそれは、何があっても…という訳ではなかった。彼女の心が広いせいかほとんど表立つことはなかったが、沙知子は理不尽なことに対して黙っているような性格ではなかった。いやむしろ、徹底的に相手を捻じ伏せる過激さを持っていた。一度、沢山の友人達の前で彼女を貶めようとした女が鼻を摘みながら「生臭い臭いがするわね、気持ち悪い」と言った時、彼女は始め冷静な声で「気のせいでしょう」と窘めた。実際そんな臭いはしていなかったし、その女が亮介の仕事を揶揄して言っただけなのは周知の事実だったので、相手にしなかったのだ。するとその女はそれをバカにされたと勘違いしたのか、次に赤ワインの入ったグラスを手にして、思い切り沙知子の白い洋服にかけてきたのだった。そして言った。「あら~、これって普段の姿に似てるんじゃない?全然違和感ないし。ねぇ…牛の血って、浴びるとどんな臭いがするの?」「……」ケラケラと嗤う女に、だが沙知子はその時、場違いにもふふ…と微笑ったのだった。一瞬、その場がシン…と静まり返った。「知りたければ、教えてあげるわよ?」チラリと視線をやると、女はサーッと青褪めた。「な…」言葉もなく狼狽える女は、静かにバッグからハンカチを出してワインを拭う沙知子を見て、拳を握った。生意気な!ビンタでもしてやろうと大きく手を振り上げると、すかさずそれを払いのけられた。「キャーッ!」そしてそのままガシッ!と髪の毛を鷲掴みにされ、厨房へと無理やり連れて行かれた。ここは相良が経営するレストランの本店だった。そして沙知子は、今日友人達と楽しむ為にここを貸し切っていたのだった。「な、何するの!?」女は恐怖に震えた。もしかして、殺されるの…!?頭の中には、厨房にあるだろう凶器となり得る器具が次々と浮かんできた。だが沙知子は、厨房奥にある大きな冷蔵庫の前に来るとそれを開け、中から新鮮な牛肉の塊肉を全部出して戸惑っているスタッフらに向かって言ったのだった。「彼女が、牛の血を浴びてみたいんですって。生憎血は置いてないけど、これなら少しは代用できるでしよ?さぁ、袋から取り出して彼女に浴びせてやりなさい」「や、や
last update最終更新日 : 2026-02-06
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莉緒は、着替えもせずベッドに突っ伏していたのだが、カチャリと鍵の開いた音に思わず顔を上げて怒鳴りつけた。「勝手に入って来ないでよ!!」そうしてサイドテーブルに置いていた写真立てを、ドアに向かって投げつけた。ガシャン!写真立てはひび割れて床に落ちた。そしてゆっくりドアが開き、現れたのは沙知子だった。後ろには亮介もいるようだったが、どっちにしろ2人共自分を可愛がっていたし、甘やかされてもいたから、莉緒は偉そうに命令したのだった。「出て行きなさいよっ」「……」だが、いつもなら慌てて慰めに来る沙知子が、今日に限って静かに佇んでいるだけだった。莉緒はその状況にも苛立ってガバリと起き上がると、指を突き立てて言い放った。「出て行けって言ってるのよ!わからないの!?」置いて行かれただけでも腹立つのに!「……」「なに?言葉も通じなくなったの!?ハハッ…もしかして、牛や豚に呪われちゃったんじゃないでしょうね!?」「莉緒!」さすがに黙っていられなくなった亮介が怒鳴ると、彼女は「なによ!」と反抗的に睨みつけてきた。「なによ!アンタたちがどんなにお金を稼ごうと、しょせん動物を大量に殺して儲けただけじゃない!穢らわしい成金のくせに、威張ってんじゃないわよ!だいたいねー」「黙りなさい」怒りに任せて言葉が過ぎる莉緒の口を一言で閉じさせ、 沙知子が静かに言った。「あなたの今の生活の全てはそのお金で成り立ってるって、わかってるの?」「はぁ?」ピクリ…と眉が跳ねた。「何言ってんの?アンタたちが勝手にやってくれたんでしょ!?私が頼んだ訳じゃないわ!」「そう…。じゃあ、出て行きなさい。今すぐ」「は!?」「私たちがあなたに買い与えた物、全部置いて今すぐ、出て行ってちょうだい」「……」「あ、穢らわしいお金は要らないのよね?じゃあ、今まであなたに渡したお小遣いも、返してね?」「なん…」なんですって!?正気なの!?莉緒はワナワナと震えた。こんな人だったなんて…!ベッドに座ったまま歯を食いしばって睨みつけてくるのを、沙知子は冷たく見下ろすように見つめていた。「本気なの?」莉緒が問うと、彼女はふっ…と鼻で嗤った。「あなたは?冗談だったの?」「……」黙り込んでいると、沙知子は言った。「まぁ、冗談だったとしても許さないけど。早く荷物をまとめなさ
last update最終更新日 : 2026-02-13
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亮介がダイニングに現れた時、既にこのバトルは繰り広げられていた。「どうしてプレゼントでくれたものまでお金払わなくちゃいけないのよ!?」「あら、だってそれは穢れたお金で買った物だもの。受け取りたくないでしょ?」「……」沙知子は実に無邪気な顔で首を傾げた。それを見て、莉緒は奥歯をグッと噛み締めた。「じゃあ、どうして持って行っちゃいけないの!?」「まだお金払ってないじゃない。払えば持って行こうが捨てようが好きにすればいいわ」「ハッ!ケチくさいわね!これだから成り金は!」莉緒が腕を組んで嘲るように嗤う姿を見ても、沙知子は肩を竦めただけだった。「当たり前でしょう?従業員たちが汗水垂らして働いて稼いだお金よ?1円だって無駄にできないわ」「それなら置いて行くから、その分引いてよっ」その言葉に、沙知子は今度こそ呆れたようにため息をついた。「あれを私たちが使うと思ってるの?置いて行かれたところでゴミになるだけよ。あなたが欲しがったから買ってあげたの。だからあなたが買い取って、持って帰るか捨てるか決めなさい」「なによ、それ!…ちょっと!」それ以上、沙知子はもう莉緒の相手をしなかった。なぜなら、ダイニングの入り口に佇んで苦笑している夫に気がついたからだった。彼の顔を見て、沙知子は昨夜莉緒の部屋に入った時に見た、床で粉々に割れていた写真立てを思い出した。それは、莉緒がここに来て亮介を「お父さん」と呼んだ日に撮った、3人の〝家族写真〟だった。彼女はそれをベッドサイドに飾って微笑っていたのに、いとも簡単に投げ捨てて壊したのだ。その時から、沙知子の中で彼女は家族ではなくなった。夫の仕事を蔑むのも許せなかったし、家族写真を躊躇いもなく壊したことも沙知子を失望させた。だが亮介はどうだろう…?自分は違うが、彼は正真正銘、莉緒の血の繋がった父親だ。どんなに怒っていても結局は絆されてしまうのではないだろうか…?沙知子はそっと窺うように夫の顔を見た。亮介はそれに気がつくとふっと笑い、「おはよう」と言うと妻の額にキスをした。彼には、沙知子が何を心配しているのか分かったのだ。沙知子は、彼が結局は莉緒に絆されて許してしまうのではないかと思っているのだろう。だが心配は無用だった。莉緒は母親によく似ていた。顔もだが、その心根が。当時この国に短期の交換留学生とし
last update最終更新日 : 2026-02-13
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ドンッ「あ…!」すれ違う時に強く身体をぶつけられ、よろけてしまった。「あら、ごめんね。大丈夫?」ぶつかってきた少女は振り向いてそう言ったが、その顔は意地悪そうに嗤っていた。「……」芽衣は悲しそうに眉を寄せ、それでも小さな声で「だいじょぶ…」と言った。「そ。なら、いいわね」少女はふんっと鼻を鳴らし、一緒にいた友人と共に去って行った。芽衣はその後ろ姿をじっと見つめ、やがて俯いて呟いた。「痛い…」大きな瞳から、涙が一粒転げ落ちた。芽衣にはわからなかった。なぜいつもあの子は自分にぶつかってくるんだろう…。芽衣はこの乗馬クラブに通い始めて、学校とか病院とか、今までとは違う世界が開けたみたいでとても嬉しかった。始めは知らない人ばかりで不安だった。だけど始めのうちはお母さんがついて来てくれていたし、新しく紹介されたコーチの中原さんは優しくて、自分の話もニコニコして聞いてくれて、「ゆっくりでいいよ」て言ってくれた。だから、だんだん安心して通えるようになった。新しくお友だちになった陸も優しかった。彼と話すのはとても楽しかった。でも、彼のお友だちの比奈は意地悪だった。彼女は初めて会った時もすごく怒ってた。何を言っているのか全然分からなかったから訊いてみたけど、余計に怒られてしまった。芽衣は彼女が苦手だった。どうしていつも怒ってるの?どうしていつも足を踏んだりぶつかってきたり、意地悪するの?訊いてみたこともあったけど、前と同じ。余計に怒られただけだった。でも芽衣は、彼女に怒ることができなかった。なぜなら、小さい頃から「ごめんね」と言われたら「いいよ」て言おうね…と言われてきたからだ。でも、どうして?「ごめんね」て言ってても意地悪だよ?それなのに「いいよ」て言わないといけないの?全然そんな風に思えないのに…。芽衣は比奈に「いいよ」と言いたくなかった。だから彼女は、黙って返事をしなかった。「准ちゃ…」芽衣はぐす…っと鼻をすすって、大好きな名前を呟いた。准はいなくなる前、芽衣に言った。「嫌なときは〝嫌〟て言っていいんだよ。許してあげたくない時には〝いいよ〟て言わなくてもいいんだよ」て。「お仕事が終わったらすぐに帰るからね」て。「ずっと大好きだよ」「ずっと味方だよ」て。だから芽衣はずっと待っている。「准ちゃ…会いたいよ…うぅ…」
last update最終更新日 : 2026-02-13
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真田家は、数多のボディーガードを育成している。それは、いちいち他から手配するのが面倒なのと、スパイが潜り込むことを防ぐ為。それから、忠誠心を育てる為だった。専属として抜擢されていない者は全て、このセンターの所属になっている。そうすることで彼らの過去は徹底的に調べられるし、個人のスキルも把握できる。信頼のおけないボディーガードほど危険な存在はない。だから怜士は、自分が当主になってすぐに彼らを育成するセンターを作った。センターではあらゆる体術を教えているし、その指導者も一流どころを揃えている。それに加えて自己研鑽も奨めているので、やりたことがあれば希望を出せるようにしている。それが有用ならば講師も専門家を雇うし、スキルを磨けば磨くほど、手にする給与も上がるのだった。もちろん、給与を貰いながらタダで学ぶだけ学んで、ふい…と辞めてしまうリスクを避けるため、彼らは最初にここに入る前、1つの契約を結ぶ。『センターに入ったら、最低でも10年間勤めること。例外として雇用主からの解雇、本人の死亡、または病気などやむを得ない場合を除く』とある。給与を与える以上、もちろん彼らにも査定がある。それによって給与も違ってくるし、場合によっては解雇の対象になる。不真面目だったり、遊び気分でやっていけるほど甘い所ではないということだ。いつもなら、そんな彼らの中から能力だけを参考に専属のボディーガードを選んでいた。だが芽衣の場合、そういう訳にもいかなかった。いくら優秀でも彼女との相性が悪ければ駄目なのだ。実力だけで選べれば、こんなにも出来の悪い女など絶対に選ばなかった。だが彼女を選んだのは、芽衣だ。まだ数の少ない女性のボディーガードたちを集め、芽衣と短い時間だったが交流させることで、相性をみたのだ。そうして彼女自らが選んだのが、この関根友梨だったというわけだ。怜士は目の前に立つ友梨を見て、湧き上がる不快感を隠せそうになかった。「答えないのなら、もういい。さっさと出て行け」「そ…!」その言葉は、クビ宣告と同じだった。彼女は驚愕に目を見開いた。まさか、そんなー!「なぜですか!?」思わずそう問い詰っていた。チラリと見上げる怜士の視線に怯みそうになりながらも、友梨は言い募った。「わ、私は適切に対処しました!」「適切?」ただでさえ苛立っているのに、こんな頭の悪い
last update最終更新日 : 2026-02-13
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40

コンコン…「入れ」その言葉に、中原はドアノブを握った。今日の夕方、レッスン終わりに芽衣が倒れた。たまたま本日分の報告書をスタッフルームで書いていた中原が、ふと見た窓外の景色に慌てたように駐車場へと向かっている関根という芽衣のボディーガードと、ここの男性スタッフを見つけた。あの女…何してんだ…?中原がそう訝しんでよく見ようとした時、彼女の隣を早歩きに歩いていたスタッフが芽衣を横抱きに抱えているのを目にした。「は?」アイツら、何やってー!そう思った時には自然と身体が動いていた。中原はスタッフルームを駆け出して、駐車場への最短ルートを走った。「おい!何やってる!?」駐車場の真田家の車の、後部座席のドアを大きく開けた友梨が、中原を見て一瞬慌てたのを見逃さなかった。スタッフが身体を屈めて車の中にそっと芽衣を横たえているのを見て、中原は彼が外に出て来るのを待った。そうして静かにドアを閉めたところを問い詰めた。「彼女に何をした!?」「え…?」狼狽えるスタッフを睨みつけていると、関根友梨がしゃしゃり出てきた。「やめてくださいっ」彼女は、中原からスタッフを庇う自分自身を正義の味方かなにかと勘違いしているのか、その細い腕を彼の前に広げてきゅっと唇を引き結んだ。フッ…中原はそのわざとらしい懸命な姿に、内心で嗤った。「説明しろ。彼女に何をした?」チラリと視線で芽衣を指すと、友梨は次にはもう呆れたように肩を竦めていた。おいおい、〝一生懸命な私〟はどこにいった?「何もしてません。それに、大丈夫ですよ。ただちょっと気を失っているだけです」は…?「〝ちょっと気を失っているだけ〟だと?」その言いように、中原はグッと息を詰まらせた。そして突然、腹の底から怒りが湧いてきた。「どうしてそうなった!?状況を説明しろ!」再び彼女を問い詰めると、小さな声で、だがはっきりと聞こえた。「うるさいな…」と。「お前ー!」「もういいじゃありませんか。今は一刻も早く彼女を連れて帰りたいんですよ。邪魔しないでもらえますか?」そのまるで、聞き分けのない奴に言い聞かせるような口調に中原もカッとしたが、ひとまず「芽衣を連れて帰りたい」という言い分は理解できたので、ここは引き下がることにした。なぜならその時、今まで黙って控えていた運転手からの眼差しに気が付き、
last update最終更新日 : 2026-02-13
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