Your'e My Only Shinin' Star〜あなたに逢いたい〜 のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

40 チャプター

11

「行くぞ」准は一言そう言うと、芽衣を抱えたままくるりと背を向けた。そうして公園の出口へと向かって歩き出した彼らに、後ろから鋭い声が追いかけてきたのだった。「ちょっと待ちなさい!」その声にピタリと足を止めた准が振り返ると、先ほどの母親が腕を組んで仁王立ちしていた。視線は真っすぐに准を捉えている。「あなた、見たところずいぶん若そうだけど、なんなの?その態度はっ」「……」准以外の2人はその言葉に驚いて固まっていたが、当人の准はただ黙って、静かにその女を見つめていた。女性はその沈黙を彼の恐れだと思い、ふんっと鼻を鳴らした。「なに勝手に帰ろうとしてんのよっ。私は謝れって言ったのよ?」「僕の記憶では、この者が謝罪していたと思いますが?」准がチラリと保育士を見ると、彼女はまたもやいきり立った。「はぁ!?保育士が謝ったらそれでいいと思ってるの!?その子はアンタの家の子でしょ!?だったら、ちゃんと家の者が謝るのが筋じゃないの!?」「……」そこまで言われても、准は怒らなかった。ただ静かに、この女を見極めようとするかのようにジッと視線を据えていた。「ね、ねぇ…」ここでようやく、もう一人の母親が女の袖を引いて注意した。「ちょっと言い過ぎじゃない?相手は真田家よ?」コソコソと言うのに、女はバカにしたように答えた。「なに言ってんのよ。真田家真田家って言うけど、何程のもんだってのよっ。当主でもないのに誰かを罰する権限があるとでも?」「でも…そんな大したことでもないのに……」「自分の子が泣かされて、大したことない訳ないでしょ!?」「……」そこまで言われては、引き下がるしかなかった。確かにひなちゃんは泣いていたし、意地悪されたって言ってたし…。心の中にそう言い聞かせていた時、目の前の相手から「なるほど」と言う声が聞こえた。「当主が出てくればいいんですね?わかりました。帰り次第、伝えておきます」「え……」2人の母親はその瞬間、声を失った。嘘でしょ?こんなことで当主に報せる?私はただ、真田家の人間に頭を下げさせればそれでよかったのに!〝真田家の人間が自分に頭を下げた〟その事実があればいろいろと自慢できる。普段自分を下に見て笑っている、あの高慢ちきな奥様連中を見返せる。そう思って、強気に出たのだ。この男はどう見ても学生だし、自分のところの子ど
last update最終更新日 : 2026-01-09
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12

「美月〜」夕食の時間になって、ダイニングに集まってきた聖人一家はそこにいた美月に相好を崩した。特に尚は、彼女と久しぶりに会ったことで嬉しさのあまり駆け寄って、ぎゅ~っと抱きしめたくらいだった。「もうあなたったら、全然顔を見せてくれないんだからっ」「ふふっ、ごめんなさいね?」美月も、数少ない友人の中でも一番誰よりも信頼している尚に会えて嬉しかった。「みじゅきちゃ!」「芽衣ちゃん、こんばんは」彼女は舌足らずな口調の芽衣が可愛くて仕方ないというように目を細めて微笑い、その頭を撫でてやった。芽衣も嬉しそうに笑っていた。そうして彼らは使用人に促され、食事のテーブルについた。だがー。ない。空きがない…。美月は戸惑った。怜士は既に当主の席についている。そして准はその左斜め前の席に。その隣には芽衣。そしてその隣に、彼女の世話をする為に尚が。聖人は尚と芽衣の正面に座っている。空いている席は…。怜士の右斜め前のみ。えっと…。「どうした?早く座れ」美月が立ち尽くしていると、それを見た怜士が声をかけてきた。座れって…。まさかそこに?どう見てもそこは「妻」の席で、自分が座るには不適切では…。と彼女は思った。怜士はそれを知ってか知らずか、再度促してきた。「どこに座ろうが食事は同じだ。気にするな」「……」そう言われてはこれ以上渋っていることもできず、美月は密かにため息をついてその席についた。視線を上げると、准も尚もなんだかニヤニヤしているようで、居心地が悪いことこの上ない。この前まではちゃんとお客さん席だったのにっ…。美月は内心憤慨しながら、チラリと怜士を見た。「なんだ?怒ってるのか?」「いいえっ…」その強めな否定で彼女の機嫌が悪いことが知れて、怜士はふっ…と微笑った。そんな2人のやりとりを見て、尚は益々ニヤけていた。そこへ「なかよしね〜」芽衣の嬉しそうな一言が落とされて、美月は気不味い微笑みを浮かべた。「芽衣、おじさんたちは仲良しに見えるか?」「あい!」怜士の質問に、芽衣は悪気なく明快に答える。「だそうだが?」「……」チラリと視線を寄越して意地悪そうに口角を上げる怜士に、美月は無言で応えた。彼はそれにフッ…と鼻で笑い、「始めよう」と言って皆に食事を促した。実は美月は、怜士にプロポーズをされていた。だが彼女は
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13

「なるほどね…」美月は幼稚園側の呆れた対応に眉をひそめながらも、今は芽衣も楽しそうに学校に行っていると聞いて安心のため息をついた。「准くんには、感謝してるわ」尚は呟いた。彼のおかげで、芽衣が辛い毎日を送り続けなくてよくなった。だけどー。「それと婚約は別なのよね〜」彼女は困惑混じりの笑顔でそう言った。「准くんはきっと、芽衣ちゃんを守りたいのよ」「うん…。それは分かるんだけどさ〜」芽衣の場合、〝真田家の令嬢〟という立場だけではまだ弱い。どんなに皆が大切にしていても、「そんな事を言っても所詮障害者だし…」と簡単に侮られる。だがこれが〝次期当主の婚約者〟となると、話が違ってくる。それはつまり、彼女が将来の真田家の当主夫人になるということで、女性の中での最上位に就くということなのだ。誰からも侮られることなどない地位に立つことが約束される立場、それを准は芽衣に与えようとしている。「だけど…じゃあ、准くんに本当に好きな人ができた時はどうするの?その人と両想いで、結婚したいと思ったら?芽衣を捨てるの?」「尚…」「そうでしょ!?」美月はムキになって言い募る親友を宥めるように、その背中を優しくポンポンと叩いた。尚はそれでも胸の中の澱を吐き出すように、言葉を継いだ。「前の婚約を破棄しないと新しく婚約できないのよ?だったら、芽衣を捨てるってことじゃないっ。どうして?あの子は障害者だから婚約破棄されても当たり前で、傷つくことなんかないって思ってるの!?」「尚っ…」「……」「落ち着いて…」美月は尚をぎゅっと抱きしめ、よしよしと慰めた。きっと彼女は、准にこの話をされてからずっと考えていたに違いない。普段はおおらかで芽衣のことも特に気にしていないようにしているが、やっぱり彼女は一人の母親として、娘の幸せを誰よりも願っているのだ。だから准の申し出は、有難いけど腹立たしい…といったところだろうか。「准くんには、そのこと話したの?」「ううん…」鼻をぐすっ…と啜って首を振る尚に、美月は微笑んだ。「話した方がいいわ。あなたの心配も不満も全部。彼はそんなことで腹を立てるような子じゃないでしょ?」「……」尚はその言葉を聞いて微かに頷いた。それから2人は話題を変えて夜中過ぎまで喋り通し、そしていつの間にか眠りに落ちていた。翌朝、尚は照れくさそうに美月
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14

「じゅんちゃ、おほ…しゃま!」「ん?あ~、〝キラキラ星〟?いいよ」准は芽衣に手を引かれて、リビングのピアノの前まで引っ張って来られた。彼は芽衣が小さな頃から、ピアノでいろいろな曲を弾いて一緒に歌を歌って遊んでいた。「きぃや〜きぃや〜ひ〜か〜う〜…お〜そ〜あ〜の〜ほ〜し〜よ〜…」ゆっくりと弾いてやると、彼女もちゃんと歌える。発音がおかしいのはおそらく口の中の構造のせいなのだろうが、いつまでも幼子のようで可愛らしい。准は指を動かしながらふっと微笑い、愛おしそうに芽衣を見た。彼女は今、彼女の通う支援学校の運動会で披露するダンスの練習をしているのだ。准のピアノにあわせてその小さな手をひらひらと上から下に向かって振り、足踏みをしながらくるりと回る。芽衣は2つ以上の動作を一緒にすることが苦手でどうしても上手くできず、こうして家で自主練をしているという訳だった。1度目は、手を振りながら下ろすことに集中して、回るのを忘れた。2度目は、回ることを意識しすぎて、手をそのままサッと下ろしてしまった。3度目は、あちこちに意識をやることができなくて、足踏みだけした。歌だけは必ず口ずさんでいた。小さな頃からそうして遊んでいたせいか、それだけは自然にできていた。やがてー足踏みをやめた芽衣からぐすっ…と鼻を啜る音がして、准が手を止めた。彼女は悔しそうに俯いて、涙をポロポロと零していた。「じゅ…じゅん、ちゃ…」たどたどしく准の名を呼び、そして何度も唾を飲み込み、彼女は「ごめんねー」と言った。准は椅子を立ち、芽衣の側に来てしゃがむとその頭をそっと撫で、優しく言った。「大丈夫だよ。芽衣ちゃんは頑張ってるよ?」「が…がんば…てう?」流れる涙を拭うこともせずそう尋ねる彼女を、准はひょいと抱き上げた。そしてその涙を拭ってやると、「いっぱい歌って喉乾いたね。芽衣ちゃん、ジュース飲みに行こう?」と言った。「ジュース?」「うん」ニコッと笑うと芽衣も笑い、ぎゅっとそのまま准の首にしがみついてきた。そしてその鼻先を彼の首元にぐりぐりと擦り付けてポソリ…と呟いた。「芽衣…できない……」「……」准は近くのソファの上に芽衣を下ろし、その隣に寄り添って座った。「芽衣ちゃん」彼は顔を上げた芽衣の額をちょん…とつつき、もう一度「大丈夫だよ」と言った。「上手にでき
last update最終更新日 : 2026-01-09
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15

なんなの?なんでこんなに冷たいの?私、なんにもしてないのに…。咲は歩き去って行く2人の後ろ姿を見送りながら、ぎゅっと手を握り締めた。だめよ。こんなことくらいで諦めないわ。這い上がるチャンスなんだからっ。彼女は胸の中でそう呟き、一瞬恨みがましい視線を芽衣の背中に向けるとクルリと方向転換し、未だアーチの近くでウロウロとしている生徒たちを連れて、待機場所へと向かった。真鍋咲は名家の出ではない。だが祖父は元大学教授で、父も国立大学の教授。母は私立大学の教授をしている。そして3つ上の兄に至っては最近国立大の教授になり、業界ではそれなりに名の知れた物理学者だった。一家揃って大学教授という家柄で、娘の自分だけはそういった道を選んではいなかったが、支援学校の教師をしている。始め、彼女の選択を家族皆が反対した。「障害者に関わって万が一危ない目に遭いでもしたらどうするのか?」そんな風に説得されたのだが彼女自身が強く望んだ為、仕方なく許したのだった。咲だって別に子供の…特に障害のある子供に対して、熱心な教育が必要だとは思っていない。文法や公式を教えたところで使えもしないのに…。そう思っていた。だが教育大学にいた時、ある噂を耳にした。それは、〝あの真田家に障害のある子供がいるらしい〟というものだった。一瞬にして、彼女にとって見る価値もない者が、唯一彼女を這い上がらせてくれる者になった。彼女はよく分かっていた。名門の人たちにとって、瑕疵のある者はその家の傷にしかならない。排除まではしなくとも、隠されることは容易に想像できた。彼らには、障害のある者をわざわざ〝教育する〟ことに意味などない。でもあからさまな冷遇もできない。そんなことが世間に知られれば、何と言われるか分かったものではないからだ。咲はそこに目をつけた。自分がその子の〝教育係〟のような名目で真田家に入り込めないだろうか…?その考えに囚われると、もうそれしかないような気がして、彼女は迷わず『特別支援学校教諭免許』を取得する方向に舵を切った。〝免許〟を持っていることで雇用されやすくなると思ったのだ。そして教育実習でこの学校に来た時、彼女を見つけた。一目見て、彼女、芽衣が特別な子だということがわかった。だって毎日の送迎は高級車で、母親に伴われて登校して来るのだが、毎回きっちりボディーガードまで
last update最終更新日 : 2026-01-09
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あっという間に一年が過ぎた。芽衣は相変わらず楽しそうに学校に通っている。その日、彼女のランドセルから一枚の『お知らせ』の紙を発見した。それは〝授業参観週間〟のお知らせで、この一週間の間はいつ、どの時間の授業を見に来てもいいことになっている。といっても安全上、来校日と来校者を事前に学校に提出する必要があった。尚は芽衣に尋ねた。「芽衣、参観日ママが行ってもいい?」「じゅんちゃ、も!」「准くん?」尚は目の前で大きく頷く娘を見て、違和感を感じた。最近、学校での行事になにかと准を呼びたがる。以前はこんな時「ぱぱも!」と言っていたのに、なぜか毎回准を指定する。聖人は普通に気落ちしているだけだが、尚には違和感しかない。確かに芽衣は准が好きだ。もう准の娘なんじゃないかと思うほどべったりで、母親の自分ですら時々嫉妬してしまいそうになる。どうしてこんなことになったのか…。芽衣は小さな頃から、今までのやり方などを変えることを好まない。他からの介入があったのならまだしも、別に嫌な思いをした訳でもないのに自分の側にいる者を「ぱぱ」から「准」に変えるなど、尚には納得できなかった。「パパじゃ、だめ?」「だめ〜。おやくそくなの」「約束?」その言葉を聞いた途端、尚の眉間に皺が寄った。誰かが「准」を連れて来るように言ってる…?准ならばそんな卑怯な真似はしないだろう。聖人は彼の叔父だし、蔑ろにする理由がない。そこまで考えて、尚の胸はきゅっと痛んだ。純粋なこの子を利用するような真似をするなんて…。許さないわ。「芽衣、准くんはお仕事で忙しいから、行けないの。ママとパパで行くね?」「あ~い」芽衣は尚の言葉に何度か目を瞬いて、それでも素直に返事をした。尚はそれに微笑って頷き、彼女をお風呂に促した。*昨年初めて准に会ってから、咲は芽衣の『緊急連絡先』を調べた。これは毎年学校側が保護者に対して提出を促しているものなのだが、4名指定するようになっている。芽衣のものは…。両親と真田家の執事、それから真田家当主…の秘書だった。がっかりした。あれだけ可愛がっているのだから、当然准の番号が『緊急連絡先』に入っていると思ったのに…。咲はそれならば…と芽衣に直接働きかけ、准の学校行事への参加を促すようにした。彼女に「准くんに来てほしいね〜」と言うだけだったが、おそ
last update最終更新日 : 2026-01-16
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彼女は、自分が不当にバカにされたと思った。なんなの、あのおばさんっ。何が過ぎた欲よっ。人のことは放っといてほしいわ!咲はふんっと鼻を鳴らして、自分のクラスへ向かった。だがその日。咲は放課後の面談を、芽衣の両親である真田聖人、尚夫妻に希望された。そしてそこで、はっきりと忠告されたのだった。娘を使って成り上がろうとするな…と。そんなつもりはないと言っても、母親である尚には通じなかった。「じゃあ、なぜいつもいつも芽衣に彼を連れて来させるの?公の行事だけでなく、本来両親が参加するのが当たり前の授業参観までも?」そう言われて、なにも言い返せなかった。彼女は氷のような視線を咲に据えて言った。「知ってる?そういうの、〝職権乱用〟ていうのよ?あなたがどうやってこの学校に配置されたのかもわかってるわ。やりすぎると、後悔するわよ?お父様に恥をかかせたくないでしょう?」「……」その明確な脅しに、咲は血の気が引いた。自分はただでさえ家族の中で落ちこぼれなのだ。それを誤魔化す為に障害児への教育に心を砕いているように装っているだけなのに、よもやそれが男を落とす為だったなどと知られたら…。彼女はガクリと項垂れて、小さな声で約束した。「二度と…芽衣ちゃんを利用しません……」「……」尚は彼女の悔しそうに歪められた口元を見て、ため息をついた。「彼が好きなら、外で頑張ればいいわ。そこまでは干渉しない」彼女はそれだけを告げると、同席していた校長と学年主任に一つ頭を下げて、夫の聖人と共に去って行った。それ以来、咲は芽衣の担当を代わった。といっても同じ校内にいるのだから、会う機会は山ほどある。だが彼女は以前ほど積極的に芽衣と関わろうとせず、その熱のない態度に始めは戸惑っていた芽衣もやがてそれに慣れてしまい、日々は過ぎていった。翌年から咲は小学部の担当を外され、今は中等部をみるようになった。きっと芽衣が中等部に上がってきたら、彼女も今度はそれ以外の学年を担当するようになるのだろう。そうやって時々見かける芽衣を横目に、咲は淡々と日々の業務をこなしていた。あの日、尚が言ったように校外で准を追いかけようとも思ったが、校内ですら無視されていたのに外で相手にされるはずもなく、咲の中で、准は掴むことのできない高嶺の花となっていったのだった。*A国ー。「ねぇ、待ってよっ
last update最終更新日 : 2026-01-16
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この国に彼と共に渡ってもうすぐ2年になろうとしている。准はあと数ヶ月で27才になるし、自分はもう29だ。こんないい年をした男が2人して独身とか、寂しくて仕方がない…。本田は職務上いつも社長である准と一緒にいるし、知り合う女性は大概自分ではなく彼を好きになる。准は確かに名門真田家の御曹司だし、ここでは勢いのある会社の社長だ。お金も身分もある、しかもイケメンに惚れない女はいない。まぁ、その分厄介な女にも惚れられちゃうんだけどな…。目の前を警備に連れられて去って行く女を見送りながら、本田は苦笑した。橋本莉緒。彼女と会ったのは彼らがある都市に滞在していた時だった。街並みを眺めながら准と本田、それからボディーガードと、とある広場に来た。その広場はとても大きく、中央には美しい彫刻の施された噴水があった。人々はその広場の周りに配置されたベンチに腰かけたり、大きな樹の下にできた木陰に座って寛いでいたりした。そんな景色を見て心地良い風に吹かれていると、不意にどこからかポロンポロンと拙いピアノの音が聞こえてきた。准はキョロキョロと辺りを見回し、噴水を挟んだ離れた場所に1台のピアノと、そこにいる子供たちを目にした。やがて10才くらいの1人の女の子が少し得意げに椅子に座り、ピアノを弾き始めた。「これ、聞いたことありますね」本田がそう言うと、准は優しい笑顔を浮かべた。「アニメ映画の曲だよ。知らないか?」「ああ〜、あれですか」そう言いながらも、本田はちょっとあやふやな顔をした。准はそれをチラリと横目で見て、静かにピアノに近づいて行った。演奏をしている女の子を驚かせないように距離はとっていたが、その視線は真っすぐに少女に向けられていた。彼は今、この国に来る前に泣きながら「バイバイ」と手を振った芽衣を思い出していた。あの時彼女は確か11才だった。芽衣は、准が「しばらく会えない」と言った時、その大きな瞳にじわじわと涙を溜めてぎゅっと抱きついてきて言った。「じゅんちゃ…芽衣、きらい…?」その言葉に驚いてすぐに否定した。「そんなことないよ。大好きだよ。ちょっとお仕事でいなくなるだけだよ。また帰ってくるよ」そう言っても、彼女の腕は緩まなかった。不安そうに何度も「かえう?」「芽衣、すき?」と尋ねては答えをねだった。准も根気強く彼女の手を握り、視線を合
last update最終更新日 : 2026-01-16
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19

聞き慣れたピアノの音に耳を傾けていると、突然声をかけられた。「ねぇ!」「……」「?」准と本田が同時に振り向くと、そこには一人の女が立っていた。短めの、ボディコンシャスな服を身に着け、肩からはブランドバッグを下げている。長い首にはスカーフを巻き、茶髪の、顎のライン程度の長さの髪の毛は緩くウェーブがかっている。頭の上にはサングラスを飾り、耳元にはピアスが光っていた。それが、初めて会った時の橋本莉緒だった。本田は思った。社長の嫌いなタイプだ…。准は全般的に女性に対して厳しいが、育ちがいいせいか、こういういかにも奔放そうなタイプや馴れ馴れしい人物を嫌う傾向にあった。それが取引先の相手だったりしたらある程度は我慢するのだが、今は完全にプライベートだ。あ~、せっかく機嫌良かったのに…。本田は内心深くため息をついた。一方莉緒は、2人を前にして本田にチラリと視線を向けるとすぐにそれを外し、次に准に対してニコリと微笑んだ。「ピアノ、弾けるの?」「……」准は眉をひそめた。その顔を見て、本田は慌てて莉緒に言った。「なにかご用でしょうか?」「あなたに言ったんじゃないわ」彼女はこの横から割り込んできた男、本田に胡乱な目を向けると、ふんっと鼻を鳴らした。アンタの方なんか見てないでしょ!?なんで返事してんのよっ。彼女は、本田の大きな身体が目的の男を半分隠すように立ち塞がっていることに、腹を立てた。「なによ、人を害虫みたいにっ。失礼ねっ」「申し訳ありません」そう言いながらも彼に避ける気配はなく、莉緒は苛立ったが仕方なくそのまままた、問いかけた。「あなた、ピアノ弾けるんでしょ?あの子の演奏に合わせて指、動いてたものね」「……だからなんだ?」准の思った以上に冷たい反応に、莉緒は驚いた。彼女は子供の頃から友達が多く、社交的な性格も幸いして男性からのアプローチも数々受けてきた。自惚れるつもりはないが、顔だって美人の範疇に入ると思うし、スタイルだって悪くないはず。今まで自分から声をかけて、こんなに冷たく返されたことは一度もなかった。莉緒は少しだけ自尊心を傷つけられた気がした。そんな気持ちが表情に出ていたのか、准の顔には不快感が漂っていた。「行くぞ」彼は、彼を守るように立ちはだかっていた本田にそう声をかけると、クルリと背を向けて歩き出した
last update最終更新日 : 2026-01-16
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20

この子は、芽衣が乗馬クラブに通うことになったと知った准が、怜士を通じて贈った子だった。初めてこの馬に会った時、皆は大丈夫だろうか…と心配した。臆病で繊細な気質のこの馬を驚かしてしまって、万が一にも芽衣にケガでもさせてしまったら…。だが皆のそんな心配は全くの杞憂で、芽衣は初めて会った時からこの馬が大好きになったのだった。「かわいーね〜」そう言いながらよしよしと鼻先を撫でてやり、恐れることはなかった。馬の方も芽衣を気に入ったようで、自分を撫でてくれる彼女の掌にスリスリと鼻先を擦り付けてきていた。「芽衣、名前をつけてあげなさい」尚が言うと、彼女は馬の顔をじっと見つめ、そして次の瞬間満開の花のような笑顔で言ったのだった。「すたー」その言葉に、馬もなんとなく嬉しそうにブルルッ…と鳴き、益々芽衣に身体を寄せてきた。「きゃ〜」尚は嬉しそうに馬と戯れる彼女を見て、こんなにいい子を贈ってくれた准に感謝した。「スターって、お顔を見て思ったの?」「そ〜。じゅんちゃ、言ったよ。芽衣、じゅんちゃ…の、しゃいに…すたー、だって」「シャイニング・スター?」「そ〜。きあきあ…ほし」「キラキラ星?」「そ〜」そう言って、芽衣は自分の額を人差し指でつついた。馬のここにある、という意味なのだろう。准が自分を〝星〟と言ったから、彼がくれた馬も〝星〟だと言うのだろうか…?確かにあの馬の額辺りには、白毛が星形のように生えていたけれど。「……」尚は彼女の言葉を聞いて、少し複雑な気持ちになった。どっからそんな話になったの?芽衣が准くんのシャイニング・スター?どういう意味?准の亡くなった母親が彼ら父子に遺した曲に、彼は『Shinin' Star〜愛するあなた〜』とタイトルをつけた。それは彼女から夫への愛であり、息子への愛でもあり、そして彼らから彼女への愛でもあったから、尚はずっといいタイトルだなと思っていた。でもまさか、准がその言葉を芽衣に贈るなんて考えもしなかった。その愛は〝家族の愛〟?それとも〝一人の女性への愛〟?どちらとも取れる言葉をわざわざ贈る意味とは、なんだろう…?尚は、准の意図が分からなくて眉を寄せた。「まま…」その時、きゅっと自分の手を握る芽衣に、尚は気がついた。「どうしたの?」しゃがんで目線を合わせ尋ねると、彼女は不安そうに訊いてきた。
last update最終更新日 : 2026-01-16
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