ヴァルティア歴V.E.286年――現在より3年前。 アラーナは、いつもの廊下を歩いていた。 影衛の指令室へと続く、地下最深部の通路。 何度も通った場所。任務のたびに、感情のない靴音を刻んだ道。 だが、その夜だけは、空気が違っていた。 白い蛍光灯は変わらず天井を照らし、温度も規定のまま。 それでも、皮膚の内側が静かにざわついた。 息を吸っても、どこかに“密度”がある。そんな気配だけが、歩みに影を落とす。 まだ指令室には入っていない。 けれど、そこに辿り着く前から、アラーナは知っていた。 今夜は、“いつもと同じ任務”ではない。 重厚な鋼鉄扉の前で、立ち止まる。 冷たい金属の静けさは、これから入る者にだけ許された緊張を孕んでいた。 無音の開錠音が鳴る。 扉がゆっくりと開いた先にいたのは、 影衛・第四実行班の指揮官――セリア・グランネヴィル。 黒髪をぴたりと結い上げ、軍服を寸分の隙もなく身にまとい、 書類棚のように無駄のない所作で、端末を操作していた。「ゼロフォー。着座を」 それは指示であり、命令であり、慣習でもあった。 アラーナは、応じなかった。 沈黙のまま、入り口近くで立ち尽くす。 彼女にとって、“座る”ことは“従う”ことではなかった。 それはただ、意味のない動作だった。 セリアは視線をわずかに逸らしただけで、反応を返さなかった。 やがて、端末から一枚の命令書が排出される。 重々しい封印紙。淡く浮かぶ文字は、見る者の目に冷たい圧をかけてくる。 命令書の上部には、任務分類を示すコードが刻まれていた。 《A2》――暗号兵・処理対象同班所属・記録抹消指令。 その分類が何を意味するか。アラーナには、わかっていた。 ただの粛清。しかも、それは“身内”に対して発動されるものだった。 処理対象:ゼロセブン(暗号兵・第4班所属) 状態:行動不明/再教育不可と判定 命令内容:即時処理、記録削除。手段不問。 視線は、一瞬だけ紙の端を逸れた。 読み間違いではない。封印も正規。命令は、成立している。 指先の関節がごくわずかに動いた。 呼吸は浅くなったが、それでも外には出ない。 肺に入りかけた空気が、どこかで止まったまま沈んでいく。――ゼロセブン。 かつて、
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