Tous les chapitres de : Chapitre 61 - Chapitre 70

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第61話

精神病院の面会室。防音ガラス越しに向かい合う白衣の男を、神崎蓮は血の走った目で見つめていた。「音羽を……俺の手に……取り戻せるだと……?」かすれ切った声で問いかける蓮。白衣を着た組織の男は、冷ややかな口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。「ああ、可能だ。あの女は今、アメリカでKJという男の庇護のもと、何不自由なく演奏活動を謳歌している。君のことなどすっかり忘れてな」「嘘だ……! 音羽が俺を忘れるはずがない……! あいつは俺の……俺のものだ……!」机を激しく叩いて立ち上がろうとする蓮だが、拘束具に阻まれ、惨めに身体を揺らすだけだった。組織の男は興奮する蓮をたしなめるように、低い声で囁きかけた。「取り戻したくはないか? あの女を連れ戻し、再び君の足元で跪かせるのだ。我々にはその手伝いができる。……ただし、君には『役目』を果たしてもらうがね」「役目……?」「あの女の祖母が残した未発表曲……『終焉のソナタ』の楽譜だ。幼い頃、君もあの屋敷で音羽が弾くその旋律を聞いたことがあるはずだ。君の記憶の中にある手がかりを吐き出せ」男の言葉に、蓮の狂気に満ちた瞳が一瞬だけ泳いだ。音羽のおばあ様の屋敷で過ごした幼い日々。確かに、暗い部屋で涙を流しながらバイオリンを弾く音羽の姿と、どこか禍々しくも美しい旋律の断片が、記憶の底に眠っていた。「楽譜を渡せば……音羽を……俺にくれるんだな……?」毒と知りながら、蓮はその手を取った。自分を完全に失い、他人の傀儡となってでも音羽を所有したいという歪んだ執念が、彼をさらなる地獄へと引きずり込んでいく。一方、アメリカ・隠れ家の音楽室。部屋には、「黒のストラディバリウス」が奏でる重厚な旋律が静かに満ちていた。私が紡ぎ出す音色を、KJは譜面台の脇で一音も漏らさぬよう集中して聴き入り、五線譜へとペンで書き起こしていく。「……そこだ、音羽。今の一節、もう一度弾いてみてくれるかい?」「ええ。……こうかしら?」弓を滑らせると、短調の複雑な和音が空気を揺らす。幼い頃、おばあ様に繰り返し叩き込まれた独特の指使い。当時はただの厳しいレッスンだと思っていたけれど、いまこうして奏でてみると、曲の構造の中に不自然なコード進行がいくつも組み込まれていることに気づく。「すごいよ、音羽……。この暗号化された音符の配列、おばあさんは曲その
last updateDernière mise à jour : 2026-08-24
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第62話

アメリカの隠れ家の音楽室に、どこか物悲しくも神秘的なヴァイオリンの音が響き渡っていた。譜面台に向かう私の横で、ケビンが静かにペンの音を走らせている。私がおばあ様との記憶を辿りながら奏でる一音一音が、五線譜の上に整然と書き留められていく。「……見事な暗号構造だ」ケビンが感嘆の溜め息をつきながら、書き上げた楽譜を見つめた。「おばあさんは、旋律の特定の音程と休符の長さに、デジタルデータの復号キーを潜ませていたんだ。この『終焉のソナタ』の完全な楽譜こそが、組織のメインサーバーを解錠する最後の鍵になる」「おばあ様は、私がいつか大人になり、自分の意思でバイオリンを奏でる日が来ることを信じてくれていたのね……」私は「黒のストラディバリウス」を優しく撫でた。神崎家で虐げられ、自分の音楽すら否定されていた暗闇の日々。けれど、おばあ様が私の中に遺してくれた真実の音だけは、誰にも奪うことはできなかったのだ。「解読作業はあと一息だ。これが終われば、国際捜査機関を通じて組織の全貌を完全に暴くことができる」「ええ……ありがとう、ケビン」力強く頷く私。未来への光が確実に差し込んでいるのを実感していた。しかし、その平和なセーフハウスの敷地外では、静かに不穏な空気が満ち始めていた。一方、日本――夜の闇に包まれた港湾地区の倉庫街。黒塗りのセダンから降ろされたのは、拘束具を外され、虚ろな目を浮かせた神崎蓮だった。白衣を着ていた組織の男が、蓮の肩を乱暴に叩き、一枚の偽造パスポートと搭乗券を押し付けた。「行け、神崎蓮。お前に投与した特別処置の薬は、一時的に君の精神と身体の動きを活発化させる。アメリカへ飛び、音羽の前に現れろ」「音羽……音羽に……会えるのか……?」「ああ。彼女は今、KJの隠れ家で楽譜の復元を行っている。君の役目は、彼女を混乱させ、隙を作ることだ。我々の実行部隊が同時にセーフハウスへ踏み込む」「俺の……音羽……」蓮の濁った瞳に、狂気の光が怪しく揺らめいた。組織にとって、蓮はただ捨て駒に過ぎない。精神を苛む薬物と甘い言葉で操り、音羽の心を揺さぶるための「肉の盾」として利用しようとしているのだ。だが、正気を失った蓮には、自分がハメられていることすら理解できていなかった。ただ、「音羽を取り戻せる」という歪んだ幻想だけが、彼の足動かしていた。「音羽
last updateDernière mise à jour : 2026-08-24
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第63話

隠れ家の音楽室。窓の外では、アメリカの静けさを濡らす冷たい雨が、容赦なくガラスを叩き続けていた。「よし……これで『終焉のソナタ』の楽譜データ、復元完了だ」ケビンがキーボードを力強く叩くと、青白いモニターの上に幾重もの複雑なデータ波形が浮かび上がった。 バイオリンの内部から見つかったあの極秘のマイクロフィルムと、私がおばあ様との遠い記憶を辿って奏でた繊細な旋律。長年離れ離れになっていた二つの要素が完璧に噛み合い、闇の組織のメインサーバーへアクセスするための真の暗号鍵が完成した瞬間だった。「ついに……やったのね、ケビン」「ああ。これで明日、ICPOの捜査本部にこのデータを転送すれば、すべての決着がつくはずだ」ケビンは安堵したように大きな息を吐き、温かい眼差しで私を見つめた。神崎家からの死に物狂いの逃亡、海外の地下オークションでの命がけの奪還劇、そしておばあ様の意志が宿る楽譜の解読。あまりにも長く険しかった道のりが、ようやく終わりを告げようとしている。私は胸の奥から溢れ出る深い達成感と安らぎに、そっと目元を緩ませた。だがその時――隠れ家全体に、鼓膜を刺すような低く鋭いセキュリティ警告音が鳴り響いた。「……っ!?」部屋を照らしていた柔らかな明かりが瞬時に赤く切り替わり、モニターの映像が自動的に隠れ家外周の監視カメラの映像へと切り替わる。雨に濡れた庭園の漆黒の闇の中を、黒い戦闘服に身を包んだ複数の影が、静かながらも圧倒的な速度で接近してくるのが映し出されていた。「組織の実行部隊だ……! なぜこの場所が破られたんだ!?」ケビンは即座に表情を険しくさせると、デスクの引き出しから護身用の銃を取り出し、私をかばうように前に立ちはだかった。「音羽、楽譜データを入れたストレージを持って俺の後ろに! 隠れ家の地下にある緊急脱出路へ向かうぞ!」「ええ……分かったわ!」私が命の次に大切な『黒のストラディバリウス』のケースをしっかりと抱きかかえ、ケビンと共に音楽室の重いドアを押し開けたその瞬間だった。ドドン、と重々しい玄関の扉が外から激しく破られ、冷たい雨風と共に、一人の男がフラつく足取りで廊下の奥から姿を現した。「音羽……っ! 音羽ぁぁッ……!!」濡れ鼠になり、着慣れない服は雨と泥にまみれ、激しく汚れていた。血走った濁った瞳、荒い息吐き、正気を完
last updateDernière mise à jour : 2026-08-26
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第64話

暗く湿った廊下に、狂気に満ちた叫び声が鼓膜を刺すように響き渡る。「音羽ぁぁッ! 戻れ、俺のところへ帰ってくるんだ!」泥と雨に塗れた神崎蓮が、刃先を鈍く光らせながら飛びかかってくる。薬によって理性も痛みも麻痺したその動きは、人間というよりも飢えた肉食獣のようだった。「下がれ、音羽!」ケビンが一瞬の迷いもなく私の前に躍り出た。彼は構えた銃の撃鉄を起こし、容赦なく蓮の足元へ向けて銃弾を放つ。パーン、と乾いた銃声が狭い廊下に重く轟いた。弾丸は蓮の右足の太ももを撃ち抜き、血煙が舞う。普通の人間ならその場に倒れ伏す激痛のはずだった。しかし、蓮は膝を一度ガクりと揺らしただけで、足から血を流しながらも恐ろしい笑顔を浮かべて突進を止めなかった。「痛くない……痛くなんてないぞ……! 音羽を取り戻せるなら、俺の身体なんてどうなったっていい……!」「くっ……正気じゃないな!」ケビンは即座に銃床で蓮のナイフを持つ腕を強く打ち払った。カラン、と鋭い音を立ててナイフが廊下の床を転がっていく。だが、蓮は攻撃を意に介さず、ケビンの体に体当たりするように組み付いた。「退け! お前が音羽を狂わせたんだ! 俺から音羽を奪うなッ!」「目を覚ませ、神崎蓮! 彼女はお前の所有物じゃない!」二人の男が激しく床に倒れ込み、もみ合いになる。目の前で繰り広げられる惨状に、私の全身は恐怖でガタガタと震えていた。かつて私を冷酷に支配し、バイオリンの音色すら奪おうとした男。その男が今、哀れな怪物となって私に執着している。怖い……。逃げ出したい……。恐怖に足が竦みかける。けれど、胸に抱え込んだ『黒のストラディバリウス』のケースの感触が、私に正気を取り戻させた。おばあ様が命をかけて守り抜いてくれた音楽。ケビンが自分の命を危険に晒してまで切り開いてくれた未来。私はもう、恐怖に怯えてただ守られるだけの「人形」ではないのだ。「蓮、やめて!」私は叫びながら、近くの壁に設置されていた非常用消火器を引き抜いた。そのまま重い金属の筒を抱え、ケビンに馬乗りになろうとしていた蓮の背中へ向けて、全力でノズルを向け安全栓を抜いた。シューッ!という激しい噴射音と共に、真っ白な消火剤の煙が廊下一面に爆発的に広がる。「うぐっ……!? 目が……ゴホッ、音羽、どこだ……!?」不意を突かれた蓮が
last updateDernière mise à jour : 2026-08-26
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第65話

消火剤の白い煙が漂う地下通路。冷たく湿ったコンクリートの壁に反射して、隠れ家の上に配置された防犯アラームの警報音が不気味に響き続けていた。「大丈夫かい、音羽! 走れるか!?」ケビンが私の手をしっかりと握り締めながら、地下の闇を切り裂くように先行して突進していく。背中には『黒のストラディバリウス』のケース、そして手には組織の不法送金と「終焉のソナタ」の解読データが収められた暗号化ストレージ。私は息を乱しながらも、ケビンの背中に必死についていった。「ええ、大丈夫よ……! 足は止めないわ!」かつての私なら、目の前で繰り広げられた激しい暴力と狂気に立ちすくみ、涙を流して運命を諦めていたかもしれない。けれど、消火器を構えて神崎蓮の襲撃を自らの手で退けた今、私の心には不思議なほどの強さと冷徹な覚悟が宿っていた。地下通路の奥へ進むにつれ、頭上からドスン、ドスンという重い足音と鋭い破壊音が聞こえてくる。組織の実行部隊が隠れ家の内部へと完全に侵入し、消火剤の煙の中で身悶えしていた蓮を排除して、私たちの後を追ってきているのだ。「脱出経路の出口は、この通路を抜けた先にある敷地外の古い給水塔の地下だ。そこにバックアップの車両を準備してある!」ケビンが力強く言い放ったその時、後ろの重い鉄扉が何者かの手によって激しく蹴破られる音が地下通路に響き渡った。「逃がすな! ヴァイオリンとストレージ、そして女を回収しろ! 邪魔する男は殺しても構わん!」耳を刺すような英語の怒号。暗闇の向こうから、複数の足音と暗視スコープの不気味な赤色レーザー光線が、通路の壁を揺らめきながら追ってきた。「くっ……追手が早すぎる……!」ケビンは立ち止まり、壁の陰に身体を滑り込ませると、追撃してきた最前線の男に向けて容赦なく銃弾を叩き込んだ。スパァン、スパァンと乾いた銃声が狭い地下空間で反響し、追手の悲鳴が上がる。だが、相手はプロの戦闘部隊だ。すぐに反撃の自動小銃の掃射が始まり、私たちが潜む壁の角を削り取っていく。「音羽、俺がここで敵を食い止める! 君はそのまま通路をまっすぐ進んで、給水塔のハッチを開けて車に乗り込むんだ!」「そんなのダメよ! ケビンを置いて一人でなんて行けるわけがないわ!」私は即座に叫び返した。神崎家から救い出し、私の音楽と人生を取り戻してくれた大切なパートナー
last updateDernière mise à jour : 2026-08-26
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第66話

背後で激しく交錯する銃声と怒号を背に受けながら、私は暗く湿った地下通路をがむしゃらに駆け抜けていた。冷たいコンクリートの壁を手が擦り、足元をすくわれそうになりながらも、背中に背負った『黒のストラディバリウス』と、手に握りしめた暗号化ストレージだけは絶対に手放さなかった。ケビン……お願い、無事でいて……!祈るような思いが、痛む足を前へ前へと突き動かす。おばあ様が託してくれた希望、そしてケビンが自分の命を賭けて切り開いてくれたこの道を、無駄にするわけにはいかない。通路の行き止まりに辿り着くと、そこには古びた金属製の垂直タラップと、上部に重厚な鉄製のハッチが見えた。ケビンの言っていた給水塔の地下へ通じる出口だ。私はヴァイオリンのケースをしっかりと身体に固定し、濡れて滑るタラップを一段ずつ必死に登り始めた。錆びついた取っ手が手のひらに食い込み、痛みが走る。けれど、ためらう暇などなかった。「くっ……あがれ……っ!」渾身の力で上部のハッチを押し上げると、キーという鈍い金属音と共に、夜の冷たい雨と風が一気に顔へと吹き込んできた。視界が一気に開ける。そこは、セーフハウスの敷地から少し離れた小高い丘の上に立つ、放置された旧給水塔の内部だった。ハッチを抜け出し、濡れた床に這い出た私は、荒い息を吐きながら周囲を見渡した。暗がりの中に、ケビンが用意しておいた一台の黒いSUVが静かに佇んでいる。「車……あった……!」駆け寄ろうとしたその時、ハッチの開口部からドスドスと荒々しい足音が響いてきた。「逃がすな! 女はハッチの上に上がったぞ!」追手だ――。ケビンが食い止めてくれていたはずの実行部隊の一部が、ついにこの給水塔まで迫ってきたのだ。追手の頭部がハッチから覗き込もうとしたその瞬間、私は足元に転がっていた太い鉄パイプを抱え、全体重をかけてハッチの蓋を叩き落とした。ガツンッ!という凄まじい衝撃音と、下からの短い悲眠。 私はそのままハッチのロックレバーを固くスライドさせ、下からの追撃を完全に遮断した。「ハァ……ハァ……っ!」激しく打ち付ける心臓を押さえながら、私はSUVへと駆け寄り、運転席のドアノブを引いた。鍵はケビンの言っていた通り、コード入力によって解錠された。車内に滑り込み、ダッシュボードの通信器のスイッチを入れる。『……音羽! 聞こえるか
last updateDernière mise à jour : 2026-08-27
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第67話

雨を突いて走るSUVの車内に、荒いエンジンの振動と激しい鼓動が響き渡っていた。ヘッドライトを消したまま、暗闇の裏道を慎重かつ迅速に進める。雨粒がフロントガラスを激しく叩き、ワイパーの乾いた音が車内に規則正しく刻まれていた。ダッシュボードに置いた小型インカムからは、ケビンの荒い息遣いが途切れ途切れに漏れ聞こえている。「ケビン、今どこ!? 北側の旧給水塔沿いのカーブを曲がったわ!」『そのまま……あと百メートル進んでくれ! 暗闇の茂みに隠れている……!』前方の街灯の届かない曲がり角に、黒い影が浮かび上がった。雨に濡れ、肩を軽く押さえながら走ってくるケビンの姿だ。私は即座にブレーキを踏み込み、助手席のドアを内側から勢いよく押し開けた。「早く、乗って!」「音羽……よくやった……っ!」ケビンが車内に滑り込むと同時に、ドアを激しく閉める。彼は息を乱しながらも、私の無事を確認するように力強く私の肩に手を置いた。その手に伝わる確かな体温と重みに、胸の奥を締め付けていた恐怖がすうっと溶けていくのを感じた。「怪我は……? 肩から血が……!」「かすり傷だ、心配いらない。それより、一刻も早くここを離れるぞ。追手の本隊が追いついてくる!」ケビンの言葉に応じるように、シフトレバーをドライブに入れ、アクセルを深く踏み込んだ。SUVは濡れたアスファルトを蹴り上げ、闇の中へと弾かれたように加速する。バックミラーに目をやると、遠くの隠れ家付近から激しい赤と青のパトカーのサイレンが交錯し、同時に組織の黒い車両が数台、追撃を開始する明かりが見えた。けれど、雨と夜の深さが私たちの逃走を覆い隠してくれていた。「ストレージとバイオリンは……?」「ここよ。無事だわ」後部座席にしっかりと固定された『黒のストラディバリウス』のケースと、助手席のシートポケットに収めた暗号化ストレージを指し示す。ケビンは深く安堵したように背もたれに体を預け、血の滲む肩を押さえながら小さく微笑んだ。「見事だったよ、音羽。君がハッチを破らせず、完璧なタイミングで車を回してくれたおかげだ。もう君は、誰かに守られるだけの存在じゃない」「ええ……おばあ様が私にくれた音楽も、ケビンが教えてくれた強さも、全部私のなかにあるから」ハンドルを握る手に力を込める。神崎蓮の狂気の追撃を振り払い、組織の暴力
last updateDernière mise à jour : 2026-08-27
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第68話

雨が激しく叩きつけるハイウェイを、SUVは高速で駆け抜けていた。バックミラーに映る追手の影は、すでに雨の霧と闇の彼方へと完全に消え去っていた。ケビンがナビゲーション画面を操作し、暗号化された通信プロトコルを起動する。「あと二十分で、ICPOが管理する隠れ家に到着する。そこなら完全な電波遮断と防弾設備が整っている。組織の手すら届かない絶対の安全地帯だ」肩の傷口を応急処置のガーゼで強く押さえながら、ケビンが横顔で微笑む。その表情には疲労の色が濃かったが、瞳には確固たる勝利の光が宿っていた。「ケビン……大丈夫? 血がまだ滲んでいるわ」「ああ、かすり傷だよ。君とバイオリンが無事なら、これくらいの傷なんて痛くもないさ」彼の言葉に、私はハンドルを握り直しながら静かに胸を熱くした。神崎家で孤立し、自分という存在すら失いかけていた私が、こうして誰かと絆を深め、共に未来を掴み取ろうとしている。おばあ様が残してくれた旋律が導いてくれた、新しい私の人生だった。二十分後。沿岸部の入り組んだ倉庫街の一角にある、一見すると何の変哲もない重厚な建物へと滑り込んだ。厳重な指紋認証と暗号入力の末、厚い防音シャッターが開き、車は地下の格納庫へと収容された。車から降りると、待機していたICPOの医療スタッフと捜査官たちが一斉に駆け寄ってきた。「ケビン捜査官! 無事だったか!」 「音羽さん、怪我はありませんか!?」「僕の処置を頼む。それから……これを今すぐ本部のメインサーバーへ接続してくれ」ケビンは助手席から取り出した暗号化ストレージを、特別捜査官の手へと託した。おばあ様の「黒のストラディバリウス」に隠されていたマイクロフィルムのデータ、そして私が記憶から呼び覚まして完成させた「終焉のソナタ」の解読コード。二つの真実が合体した極秘データが、光ファイバーを通じて世界中の国際捜査ネットワークへと転送されていく。大型モニターに青いロードバーが伸びていくのを、私とケビン、そして捜査官たちが固唾をのんで見つめていた。『データ転送完了――照合成功。闇組織の裏口座および幹部リスト、完全開示』システムが無機質な音声で完了を告げた瞬間、室内には歓声と安堵の吐息が漏れた。「やったぞ……! 本部が一斉逮捕の指示を出した! これで長年、世界中で悪事を働いてきた巨大組織のネットワーク
last updateDernière mise à jour : 2026-08-28
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第69話

太平洋を隔てた二つの世界を繋いでいた運命の糸が、ついに静かに切り離された。ICPOの隠れ家の窓から、ゆっくりと夜が明けていくのが見えた。昨日までの激しい雨は嘘のように上がり、群青色の空が澄み渡る朝焼けのオレンジ色へと染まっていく。建物の合間から差し込む光が、私の手元と、机の上に置かれた『黒のストラディバリウス』を柔らかく包み込んでいた。「音羽」肩に処置用の包帯を巻いたケビンが、温かい湯気が立つカップを二つ持って近づいてきた。一つを私に手渡し、静かに隣の椅子に腰掛ける。「ありがとう、ケビン。……肩、痛みは大丈夫?」「ああ、優秀な医療スタッフのおかげでね。それより……本当の意味で、終わったよ」ケビンが手にしていたタブレット端末の画面を見せてくれた。そこには、世界各地で一斉に行われた闇組織の幹部逮捕のニュースと、日本での神崎グループの完全な破綻・資産差し押さえを報じる国際ニュースのヘッドラインが躍っていた。おばあ様のバイオリンに隠された不法送金データと「終焉のソナタ」の暗号鍵によって、国際警察は組織の心臓部を完璧に撃ち抜いたのだ。「神崎当主の逮捕、そして……蓮さんも現地警察から日本へ送還され、正式に拘留されたそうね」「……ああ。彼が君に向かって伸ばそうとした狂気の爪は、もう二度と君届くことはない。君を縛り付けていたすべての檻が、消えてなくなったんだ」ケビンの穏やかで力強い言葉。私は手に持ったマグカップの温もりに指先を這わせながら、静かに息を吐き出した。神崎家で「身代わりの人形」として怯え、自由も感情も奪われていた日々。自分を傷つけ続けた過去の恐怖が、朝日の中にすーっと溶けて消えていく感覚があった。「私……生きているのね。誰かの所有物としてじゃなくて、自分の意志で」「そうだよ、音羽。君は自分自身の手で未来を選び取り、勝ち取ったんだ」ケビンはそう言うと、そっと私の左手を包み込んだ。その温もりは、かつて私を力づくで繋ぎ止めようとした蓮の冷たく歪んだ手とはまったく違う、対等で優しい信頼の証だった。一方、日本――東京拘留所の面会室。西園寺玲奈は、身内もいない静かな部屋で、弁護士と面談を行っていた。彼女の表情には、かつて音羽の身代わりとして整形し、神崎家で狂気と恐怖に怯えていた頃の刺々しさは微塵もなかった。「西園寺さん、あなたの組織
last updateDernière mise à jour : 2026-08-28
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第70話

隠れ家の音楽室に満ちていた澄み渡る旋律が、静かに余韻を残して消えていった。「素晴らしい音色だ、音羽」ケビンが心からの称賛を込めて拍手を送る。彼の温かい眼差しに包まれながら、私はヴァイオリンをそっと抱きしめた。恐怖も、悲しみも、過酷な宿命も――そのすべてを乗り越えて辿り着いたこの場所で奏でる音は、今までで一番自由に、そして力強く響いていた。「ありがとう、ケビン。……私、やっと理解できた気がするの。おばあ様がなぜ私にこの『黒のストラディバリウス』を遺してくれたのか」「おばあさんの真意……かい?」「ええ。ただ組織の罪を暴くための道具としてではなく……私がどんな暗闇に突き落とされたとしても、自分自身の魂を見失わないための『光』として、この楽器を私に託してくれたんだわ」窓から差し込む朝の光を受け、琥珀色に輝くヴァイオリン。神崎家の離れで息を潜めていたあの日々、歪んだ愛で私を縛り付けようとした蓮、そして私を追いつめた闇の組織。そのすべての呪縛が完全に断ち切られたいま、この手にあるのは私自身の未来だけだった。ケビンは静かに頷くと、ポケットから一通の高級感漂う封筒を取り出し、私に手渡した。「音羽、これを見てほしい」封筒を開くと、そこには金箔で彩られた招待状が入っていた。ニューヨークのカーネギーホールで開催される、世界最高峰の慈善平和音楽祭――そのメインゲストとしての出演依頼状だった。「これは……?」「ICPOでの捜査協力が完了し、組織が解体されたことで、君の安全は完全に保障された。そして、あのガラ・コンサートでの君の演奏を聞いた世界の音楽界が、君の本格的な復帰を心待ちにしているんだ」「カーネギーホール……」音楽家なら誰もが憧れる夢の舞台。かつて神崎家に自由を奪われ、表舞台から存在を消されていた私が、世界で一番大きな光を浴びる場所へ立とうとしている。「君が望むなら、俺はこれからも君のパートナーとして、隣でピアノを弾き、君の音楽を守り続けるよ。どうだい、音羽?」差し出されたケビンの手を、私は迷うことなく両手でしっかりと握り返した。「はい……! 行きたいわ、ケビン。私の音楽を、私を救ってくれた人たちへ、そして世界中へ届けるために!」一方、日本――東京郊外の刑務所。接見室の冷たい格子越しに、面会に訪れた弁護士が静かに書類を広げていた。そこ
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