精神病院の面会室。防音ガラス越しに向かい合う白衣の男を、神崎蓮は血の走った目で見つめていた。「音羽を……俺の手に……取り戻せるだと……?」かすれ切った声で問いかける蓮。白衣を着た組織の男は、冷ややかな口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。「ああ、可能だ。あの女は今、アメリカでKJという男の庇護のもと、何不自由なく演奏活動を謳歌している。君のことなどすっかり忘れてな」「嘘だ……! 音羽が俺を忘れるはずがない……! あいつは俺の……俺のものだ……!」机を激しく叩いて立ち上がろうとする蓮だが、拘束具に阻まれ、惨めに身体を揺らすだけだった。組織の男は興奮する蓮をたしなめるように、低い声で囁きかけた。「取り戻したくはないか? あの女を連れ戻し、再び君の足元で跪かせるのだ。我々にはその手伝いができる。……ただし、君には『役目』を果たしてもらうがね」「役目……?」「あの女の祖母が残した未発表曲……『終焉のソナタ』の楽譜だ。幼い頃、君もあの屋敷で音羽が弾くその旋律を聞いたことがあるはずだ。君の記憶の中にある手がかりを吐き出せ」男の言葉に、蓮の狂気に満ちた瞳が一瞬だけ泳いだ。音羽のおばあ様の屋敷で過ごした幼い日々。確かに、暗い部屋で涙を流しながらバイオリンを弾く音羽の姿と、どこか禍々しくも美しい旋律の断片が、記憶の底に眠っていた。「楽譜を渡せば……音羽を……俺にくれるんだな……?」毒と知りながら、蓮はその手を取った。自分を完全に失い、他人の傀儡となってでも音羽を所有したいという歪んだ執念が、彼をさらなる地獄へと引きずり込んでいく。一方、アメリカ・隠れ家の音楽室。部屋には、「黒のストラディバリウス」が奏でる重厚な旋律が静かに満ちていた。私が紡ぎ出す音色を、KJは譜面台の脇で一音も漏らさぬよう集中して聴き入り、五線譜へとペンで書き起こしていく。「……そこだ、音羽。今の一節、もう一度弾いてみてくれるかい?」「ええ。……こうかしら?」弓を滑らせると、短調の複雑な和音が空気を揺らす。幼い頃、おばあ様に繰り返し叩き込まれた独特の指使い。当時はただの厳しいレッスンだと思っていたけれど、いまこうして奏でてみると、曲の構造の中に不自然なコード進行がいくつも組み込まれていることに気づく。「すごいよ、音羽……。この暗号化された音符の配列、おばあさんは曲その
Dernière mise à jour : 2026-08-24 Read More