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All Chapters of 断ち切るのは我が意: Chapter 141 - Chapter 150

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第141話

店側からの支払いの催促は容赦なかった。支払わないなら警察を呼ぶとまで言われ、はなはついに歯を食いしばって、残りの二百二十万円を全部振り込んだ。これで、彼女は本当に一文無しになってしまった。しかし今、はなに恐れるものはない。あと一週間もすれば、来希の会社が上場するからだ。来希からは、未公開株をたっぷり譲り受けている。つまり会社が上場しさえすれば、たちまち数十億円の資産家になる。たかが数百万円を失ったところで、痛くも痒くもない。あと一週間。たったの一週間だ。そう考えるだけで、はなはえも言われぬ興奮を覚えた。もうすぐ、使い切れないほどの金が手に入る。一方、誰かが通報したため、現場には警察も駆けつけた。はなも事情聴取を受けたが、適当に言葉を濁してその場をやり過ごした。当然、時雄を訴える気などさらさらない。相手は絶対的な権力を持つ一族のトップなのだ。たとえ暴行で訴えたとしても、彼は全国でもトップクラスの強力な弁護団を抱えている。下手に逆らわない方が身のためだ。それより、はなの苛立ちはむしろ来希のほうへ向いている。彼が萌花のことで、時雄を怒らせたに違いない。子どものころから今まで、はなは一度だって時雄があそこまで取り乱すのを見たことがなかった。確かに彼は冷酷な人間だが、自分の手を汚すような真似はしない。三十分後、来希が救急救命室から運び出された。奥歯が二本折れ、顎の骨と眉骨にひびが入っている。手術の必要はないものの、完全に治るまでにはかなりの時間を要する重傷だ。来希の顔は青黒く腫れ上がっていて、それでも意識はすでにはっきりしている。ろれつが回らない口調で、彼は萌花と時雄を呪うような悪辣な言葉を延々と吐き捨てている。はなは苛立ちをこらえていくつか慰めの言葉をかけたが、かえって来希の理不尽な怒りの矛先を向けられる羽目になった。豚のように腫れ上がった来希の顔を見て、はなの顔にも思わず嫌悪の色が浮かんだ。彼女は病室を出て廊下へ向かい、尚子に電話をかけた。尚子と怜はすぐに病院へと駆けつけてきた。「誰がうちの息子をこんな目に遭わせたのよ!いったい誰なの、ちゃんと警察には言ったの!?絶対に捕まえて、刑務所にぶち込んでやらなきゃ!」尚子は息子の痛々しい姿に胸を痛め、大声で泣き喚いた。はなは言葉を濁し、ただこう言った。
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第142話

唯一住める場所として思い浮かべたのは、尚子と怜を住まわせている自分のマンションだけだ。はなは車を走らせ、そのマンションへと向かった。この前来た時もひどい有様だったが、今日帰ってみると、部屋の中はさらに汚れ、足の踏み場もないほど散らかっていた。しかし、今の彼女には片付ける気力など到底残っていない。この家には部屋が二つしかない。主寝室は尚子が使っていて、ゲストルームは怜が使っている。尚子の部屋に入るのはどうしても嫌で、はなは迷わずゲストルームである怜の部屋へと向かった。ようやくベッドに横になろうとした途端、赤ちゃんが再び泣き出した。おまけに、ミルクすら持ってきていないことに気づいた。仕方なく、はなは赤ちゃんを抱えて近所のスーパーへミルクを買おうと出かけた。もう深夜になったため、ベビー用品店はどこも閉まっている。あちこち走り回り、遠くの店でようやく粉ミルクを二缶手に入れた頃には、時計の針はすでに午前三時を回っていた。赤ちゃんは相変わらず大声で泣いている。はなは疲れ果てて感覚さえ麻痺し、今にも泣き崩れそうになるのを必死に堪えて、自分自身に言い聞かせた。あと一週間。あと一週間やり過ごせばいい。会社さえ上場すれば、最高級の豪邸に住み、シッターやお手伝いさんを何人も雇って、自分へのご褒美に高級ブランド品を山ほど買ってやるのだ、と。うとうとと二時間ほど眠ったところで、はなは無情にもスマートフォンの着信音で叩き起こされた。画面を見ると、なんと尚子からの電話だった。「はな、悪いけど病院に来て来希の面倒を見てちょうだい。もう私みたいな年寄りにはきついのよ。ついでに朝ごはんも買ってきてね」はなは心底腹立たしかった。この母娘は、自分のことを一体なんだと思っているのだろう。まだ来希と結婚してるわけでもないのに。けれど、尚子がどういう人間かは、はなもよく分かっていた。萌花が三年間も散々こき使われていたのを見てきたからだ。まあいい、あと一週間の辛抱だ。それに、今こそ献身的な姿をアピールし、来希との絆をさらに深める絶好のチャンスでもある。はなは猫撫で声で答えた。「ええ、すぐに伺います。でもおばさん、私、赤ちゃんを連れてもうマンションに帰ってきたんです。おばさんが帰ってきたら、少し赤ちゃんの面倒を見ていただけますか?この子、手がか
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第143話

その言葉は、まさにはなの思い通りだった。もはや今がどんな境遇でも、どうでもいいとすら思えた。もっとも、このところのはなは本当に疲れきっていた。というのも、昼間は昼間でパーセクテックに出勤しなければならないからだ。それでも、彼女はご機嫌だ。萌花に嫌がらせをするという楽しみがあるからだ。ほんの数日の間に、はなは手にした権力を振りかざし、萌花が担当しているプロジェクトをすべて打ち切った。実質的に、彼女はパーセクテックの中での萌花の立場を空洞化させた。萌花と親しかった者たちも、少なからずとばっちりを受けた。そのせいで、萌花はここ数日、会社でほとんどやることがない。はなはわざとコーヒーを入れさせたり、書類を整理させたりといった雑用ばかり押しつけている。このやり方に不満を抱く者は多い。しかし、あの夜の出来事以来、はなはもう体面を取り繕うことすらやめた。要するに、権力でねじ伏せているだけだ。結局のところ、シャドウという輝かしい肩書きは、それほどまでに使い勝手が良い。実のところ、何人かの社員が本社の経営陣に抗議の声を上げている。しかしはなはあえて光代に、「競合他社から破格の条件で引き抜きの話が来ている」と匂わせた。それは事実でもある。業界内では、シャドウが現場に復帰し、パーセクテックに勤めたという噂がすでに広まっており、国内外の多くのトップIT企業からオファーが殺到していた。そのおかげで、最近のはなはまるで夢の中にいるかのような優越感に浸っている。光代から強大な権限を与えられた彼女に対し、周囲の人間は怒りを覚えても口に出すことはできない。会社を辞める覚悟でもない限り、黙って従うしかない。会議中、萌花はまたしても全員分のコーヒーを淹れるよう命じられた。給湯室で、隼人が萌花のそばに立って口を開いた。「チーフ、あんな女の理不尽な嫌がらせに、いつまで耐えるつもりですか?もし今辞めるなら、俺も一緒に辞めます」しかし、萌花は至って冷静であった。「焦ることないわ。今の国内で、パーセクテック以上に将来性のあるIT企業なんて見つかりませんから」隼人はやり切れない表情を浮かべた。「シャドウが来れば、俺たちを新しい時代へ導いてくれると期待していたのに、まさかこんな……」シャドウという名が出るたび、隼人の瞳には深い失望の色が浮
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第144話

その話になると、はなもさすがに少し身構えた。時雄を敵に回すのが怖くないわけではない。けれど、社内では時雄と光代がちょうど拮抗している。自分はすでに光代側についた以上、時雄に簡単に会社から追い出されることはない――はなはそう踏んでいる。まして今の自分には、シャドウという看板がある。外ではいくつもの競合企業が、こちらの動きをうかがっている。たとえ時雄が自分を切ろうとしても、取締役会がそう簡単に認めるはずがない。だから、はなが本当に気にしているのは別のことだ。「萌花さん、ひとつ取引しませんか?」「取引って?」「会社で少しでも楽に過ごしたいなら、あの録音を私に渡してください」今、はなが一番恐れているのは、萌花が持っているあの録音だ。本気で自分たちを潰す気なら、上場のタイミングであの録音を出してきてもおかしくない来希は元妻の金で愛人を養っていた――そんな事実が世に知られたら、新規上場した会社にとって大きな打撃になるのは間違いない。たとえその場を乗り切れたとしても、将来、自分が来希と結婚したところで、「愛人」と「薄情な男」というレッテルは一生つきまとうだろう。萌花はあっさりと言った。「いいですよ。じゃあ、あと一千万円くれたら、その録音は渡してあげます」はなは顔色を変えた。「あなた、自分が恐喝してるって分かってます?」「訴えたいならどうぞ。むしろ大ごとになったほうが都合がいいですから」「あんた!」はなは怒りで声を震わせたが、最後には歯を食いしばって言った。「分かりました。一千万円でいいですから。でも一週間だけ待ってほしいです。その代わり、先に録音を削除してちょうだい。この前だって、一千万円払ったのに、あなた動画を削除しなかったじゃありませんか。先に約束を破ったのはそっちでしょう。だから今回は、先に削除してもらいます」萌花は冷静である。「前にも言ったはずですよ。あのとき、あなたが余計なことをしなければ、その録音は二度と表に出なかったはずですよ。結局、自分で面倒を大きくしただけでしょう」はなはぐっと指先に力を込めた。「とにかく、先に削除してください」萌花はあっさりとうなずいた。「いいですよ。その代わり、一千万円借りたって証拠は残してもらいます」はなも迷わなかった。「わか
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第145話

なぜあの時、萌花はあんなにもきっぱりと離婚を決意したのか。なぜ振り返りもせずに出て行ったのか。なぜただ手作りのお弁当を届けてもらっただけなのに、そこまで大騒ぎするようなことだったのだろうか。しかも、あの時はまだ本当に浮気をしていたわけでもない。まさか、はなが萌花にそんなことを吹き込んでいたとは。今思えば、萌花が離婚を切り出したのは、はながかなり話を誇張し、火に油を注いでいたからに違いない。その言葉を聞いて、はなは胸が締め付けられる思いがした。恐れていたことが、やはり現実になった。たちまちその瞳には涙が溢れ出し、彼女は来希の手にすがりついた。「来希さん、あんなことを言ったのは、全部、来希さんのことが好きだったからなのよ。萌花さんにそんなことを言うべきじゃなかったし、お二人の仲を裂くような真似をしてはいけないって分かってる。でも、自分を抑えきれなかったの。あなたみたいな素敵な人が一人の女に尽くしているのが羨ましくて……何もしていないのに幸せそうにしている萌花さんが妬ましかった。だって彼女はあなたには全然釣り合わない、そうでしょう?」はなは涙をこぼし、痛ましいほどに泣きじゃくった。「来希さん、私も普通の人間なの。あなたが思っているほど完璧な女じゃないわ。全部、あなたを愛しているからなのよ。私がこの何年間、どんなふうに生きてきたか、来希さんは知ってるでしょう? 来希さんは、私の人生を照らしてくれた、たった一つの光なんだよ。そんな人を、どうやって諦めればいいの……」はなは肩を震わせ、泣き崩れた。そんな姿を見て、来希の心も少しずつ揺らいだ。男なら、ここまで言われて平然としていられるはずがない。まして来希は、萌花のことで男としての自尊心をひどく傷つけられたばかりだ。今の自分は、はなにとって神のように崇められる存在なのだ。それに、はなは元々彼にとって手の届かない憧れの存在だった。かつては高嶺の花だった彼女が、今は自分の足元にひれ伏し、可憐な花のように涙ながらに愛を訴えている。これは男にとって、これ以上ない自信の回復剤である。来希ははなの肩を抱き寄せた。「はな。俺たち、籍を入れよう」はなは驚いたように見せかけ、無垢で戸惑った表情を装った。「来希さん……今、何て……?」来希は指先で彼女の涙を
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第146話

「婚姻届の受理証明書ですか?部長、今日ご結婚されたんですか?」と、アシスタントは慌てて声を上げた。はなはわざと萌花の方をちらりと見やり、笑顔で答えた。「ええ、そうですよ。今朝遅れたのは、役所に婚姻届を出しに行ってたからです」はなは萌花の目をじっと見つめた。しかし、その顔には彼女が期待していたような反応はまったく浮かばなかった。萌花は波一つない静かな湖面のように、ただ落ち着き払っている。その空気を壊すように、誰かが小声でぼそりとつぶやいた。「略奪しておいて、よくそんなに得意になれるよね」隼人も今度は遠慮なく口を開いた。「部長、てっきりとっくに正式な奥さんになってるのかと思ってました。まさか今日になって、ようやく籍を入れてもらえたんですね」その言葉をきっかけに、他の社員たちもヒソヒソと噂し始めた。「この前の食事会の時、部長はあの男のこと主人って呼んでたよね。なんだ、ただの押し掛けだったじゃないか」はなの顔色は、赤くなったかと思えばすぐに青ざめた。この人たちの吐く言葉はどれも悪辣で、はなは一人残らずその口を引き裂いてやりたいほどの衝動に駆られた。彼女が今一番後悔しているのは、彼らをあの栄里亭に招待したことだ。大金を使った挙句、こうして陰口のネタまで提供してしまったのだから。今日、わざわざ婚姻届を見せつけたのは、萌花を悔しがらせるためだったのに。自分が痛いところを突かれるためではない。「会議はこれで終わります!」はなが声を荒らげた。すると、突然隼人が口を開いた。「部長、報告があります」はなは不機嫌そうに顔をしかめながら尋ねた。「何ですか?」隼人は答えた。「Y大学の教授が新しいプロジェクトで行き詰まっているそうで、会社に連絡がありました。協力してほしいとのことです」はなはそれを大したことだとは受け止めなかった。大学の教授がトップクラスのテクノロジー企業と協力するのは、ごくありふれたことだ。はなは素っ気なく答えた。「だったら陸崎さん、ちゃんと対応してください」萌花が来る前、隼人が技術部門のトップだったことは、はなも承知している。しかし、萌花が来てからは、なぜか彼はすっかり彼女に従順になっている。おそらく、萌花が時雄の妻だと知ってるのだろう――はなはそう踏んでいる。
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第147話

周囲の者たちはその言葉にひどく驚いた。「隼人さん、それって部長がシャドウじゃないって疑ってるんですか?」隼人はあえて何も答えなかった。そばにいた別の社員が口を挟んだ。「実は前から少し変だと思ってた。あの憧れの天才シャドウが、男に媚びるようなか弱い女であるはずがないからな」「それに、まだ一度も彼女の本当の実力を見たことないし」隼人が持ち出したこの課題は、実に巧妙だ。一般的なエンジニアと天才を区別するのに、まさにうってつけだったのだ。もしはなが本物のシャドウであるなら、彼女にとってこの課題を解決するのなど、ほんの数分で済むことだ。しかし、トップクラスのプログラマーであっても、必ずしも解けるとは限らない。天才でなければ不可能なレベルなのだ。隼人は静かに言った。「俺も確信があるわけじゃない。まあ、結果を見れば分かるだろう」その日を境に、技術部の中には暗黙の了解のような空気が生まれた。翌日の定例会議では、全員が口を揃えて「お手上げだ」と答えた。資料は昨日、すでに隼人からはなにも送られた。当然ながら、はなにはさっぱり分からない。会議のあとには来希にも送り、幸林テクノロジーの技術陣にも検討させてみたが、向こうからも答えは出なかった。はなは、せめてパーセクテックの技術部の誰かが片づけてくれることを期待していた。ところが、外では名の通った連中がこれだけ揃っていながら、誰一人として解決できなかった。その現実に、はなは内心かなり焦っている。はなは仕方なく言った。「陸崎さん、Y大学には、今回の件はうちでも対応できないと伝えてください」その瞬間、会議室は水を打ったように静まり返った。全員の視線がはなに集中した。彼女は不快そうに眉をひそめた。「何ですか?私だって神様じゃありませんよ。向こうが2年かけても解決できなかった問題を、たった2日で解決できるわけないでしょう?」隼人が口を開いた。「それはそうですが、部長は天才プログラマーのシャドウじゃないんですか?」「シャドウだからなんです? シャドウだって万能じゃありません。それに前にも言ったでしょう。あれは昔の話です。今後、社内でその名前を口にするのはやめてちょうだい」「シャドウ」の名に露骨な拒絶反応を示すはなの様子に、周囲もいよいよ違和感を拭いきれなくな
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第148話

はなのその言い回しは実に巧妙だ。ほんの数言で矛先が一気に光代へと向けられた。そうすることで、光代に「この人たちは社長である自分を標的にしている」と思い込ませることができる。「きっと誰かに指図されてやってるのです」と、はなはさらに火に油を注いだ。たった数回のやり取りで、彼女は巧みに萌花を標的に仕立て上げた。もともと、光代と時雄は対立関係にある。昔、時雄が萌花を技術部長に据えようとした際も、光代は猛反対していた。だからこそ、今の萌花にはこの場をぶち壊すだけの十分な動機があるというわけだ。案の定、光代は鋭い視線を真っ直ぐに萌花へと向けた。「二条さん、私の人に疑念を抱くというのなら、それなりの証拠があるのでしょうね?」萌花が口を開くより先に、隼人がスッと立ち上がった。「二条さんじゃありません。疑念を抱いだのは俺です」萌花も淡々とした口調でそれに続いた。「シャドウはこれまで一度も公の場に姿を見せたことがありませんよね。それなら、はなさんがシャドウだと言い切れる根拠はございますか?」「もちろん証拠はあるわ」と光代は胸を張った。「シャドウの持っているあの印鑑のことくらい、あなたたちも聞いたことがあるでしょう?」その印鑑については、誰もが耳にしたことがある。国から授与される特別な勲章のようなものだからだ。そのタイミングを見計らったかのように、はなも自分のバッグから一つの印を取り出した。「よく見ておきなさい。私がシャドウ本人よ」だが、萌花は冷ややかに言い放った。「それ、偽物でしょう」その言葉に、はなは血相を変え、今にも萌花の顔に指を突き刺さんばかりの勢いで詰め寄った。「萌花さん、デタラメにも程がありますよ!」はなは萌花の目の前でドンッと乱暴印鑑を置いた。「よく見なさいよ、これが本物かどうか!」萌花はその印章を手に取ってしげしげと眺め、「ええ、間違いありません。これは本物ですね」と頷いた。その場にいる全員が、わけがわからないという顔になった。はなの瞳にはようやく得意げな色が浮かんだ。「分かればいいですが」しかし、萌花は再び口を開いた。「でも、たか印鑑一つでシャドウだと証明できるのですか?」はなは声を張り上げた。「当然でしょう。これは普通の印鑑じゃありません。これを持ってい
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第149話

自分が解決できないなら、話を大きくしてうやむやにしてしまえばいい。どうせ誰にも解けないのだから、それが証明になるわけでもない。はなはそう高を括っていた。隼人が口を開いた。「あなたはシャドウなんでしょう。解決できないなんて、あり得ないです」「シャドウだったら、絶対に解決できるというのですか?シャドウだって人間なんですから、解けないことくらいあります。でも言っときますが、私が手も足も出ないような難問、他の誰かに解けるわけがないでしょう」隼人は冷笑して言い放った。「実のところ、この問題はそれほど難しくないです。技術部にも解決できる人間が何人かいますよ」はなの顔色が変わった。しかし、それでも彼女は信じなかった。6人の教授が半年かかっても解けないような難題を、彼らがたった1日で解決できるというのか?「大口を叩くのもいい加減にしなさいよ」とはなは吐き捨てるように言った。「私を追い出すためなら、そんな見え透いた嘘までつくわけですか?」ちょうどその時、萌花も口を挟んだ。「ええ、確かにそれほど難しくはありませんわ」はなの怒りの矛先は、すべて萌花へと向けられた。「難しくないって言うなら、やってみせなさい!もし今ここで解決できたら、部長のポジションはあなたのものですよ」このはなの言葉に、技術部門の人たちは一気に沸き立った。「チーフ、出番ですよ!」「二条さん、やっぱりチーフって呼ばせてくださいよ」「チーフ、こんなの朝飯前ですよね」技術部の人たちが次々と「チーフ」と呼ぶのを聞いて、はなはすっかり面子を潰された気分だ。それでも彼女は、萌花にこの問題が解決できるとは微塵も思っていない。萌花はただの学部卒業生で、大学院すら出ていない。専門分野は同じだとしても、ここ2年間ずっと専業主婦をしていたことをはなは知っている。たかが専業主婦が世界レベルの技術課題を解決するなど、笑い話にもならない。そもそも萌花がここにいられるのも、結局は時雄のコネにすがりついているからでしょう。彼女に本物の実力などあるはずがないとはなは思った。萌花は少し眉をひそめ、隼人に目を向けた。すると隼人は慌てて、用意してあるノートパソコンを彼女の前に運んできた。萌花がコードを書き始める前、隼人はY大学の教授たちとビデオ通話を繋いだ。6人の教
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第150話

彼女のコードの組み立ては飛躍しすぎていて、はなには全く理解できない。しかし、最終的にプログラムが間違いなく実行されたのを、彼女は確かにこの目で見た。向こうでは、6人の教授たちがが大騒ぎになっている。合わせればとうに何百歳にもなるような教授たちが、子どものようにはしゃいで、互いに抱き合って喜んでいる。しまいには涙を流しながら、幾度も感謝の言葉を口にした。「さすがシャドウだ。業界には君のような天才が不可欠なんです」「まさに後生畏るべし。女性ながら男に劣らぬ活躍を見せてくれました。シャドウは我々の誇りですよ」「本当に助かりました。タダ働きさせるわけにはいきません。いくらでいいです。必ず支払いますから」「遠慮はいらないです。我々はただの老いぼれだが、手掛けているプロジェクトにはそれなりの資金がついているんで、お礼くらいはきちんとできます」教授たちが言い張って、どうしてもお金を払おうとする。それに対して、萌花はふっと微笑んで答えた。「ほんの少しお手伝いしただけですから、どうかお気になさらないでください。お金をいただくつもりはありません」その様子を見て、はなは腹の底から憎悪をたぎらせた。萌花がいい格好をして、散々目立った挙げ句に殊勝なフリをしているようにしか見えない。ただ、はなはどうしても納得がいかない。ただの主婦にすぎない萌花に、なぜこれほどの難題が解けたというのか。はなの表情は、見るからに険しくなっている。そして光代の顔つきもまた、決して穏やかではない。画面の向こうでは、教授たちがすっかり萌花を気に入り、べた褒めしている。「本来なら先生とお呼びすべきですね。いつか機会があれば、ぜひY大学にいらしてほしいです。君に直接お会いしたいですね」「そうですよ。ついでに、うちの学生たちを指導してやってくれたら幸いです」萌花は愛想よく応じた。「ええ、機会があれば必ず先生方にご挨拶に伺います」配信ルームのコメント欄も大いに盛り上がっている。実は教授たちの後ろには、数人の学生たちが立って見ている。普段なら自慢の教え子たちなのだろうが、今となってはすっかり目の上のたんこぶ扱いである。彼らはまるで叱られた小動物のように縮こまり、ぴくりとも動けずにいる。「何を突っ立っているんだ。君たちにシャドウの半分の才能と努力があれば、
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