All Chapters of 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる: Chapter 641 - Chapter 650

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第641話

「ねえ、律。もう起きてしまった悲しいことばかりに囚われるのはやめにしましょう。私たちは前を向いて歩いていかなきゃ」紫音は彼を抱きしめる腕に少しだけ力を込め、耳元で優しく囁いた。「私がずっと一緒にいるわ。これから先、何があっても私があなたの傍にいて、あなたを愛し続けるから」紫音がこれほどまでに深い愛情を注ぐのは、彼がこれまでどれほどの苦難を乗り越えてきたかを、誰よりも知っているからだ。身も心も傷だらけになりながら生きてきたこの愛しい人に、自分が持てるありったけの温もりを与えたい。そうすればいつか、彼の心の奥底にある最も深い傷跡さえも、癒やしてあげられると信じているから。「……君が傍にいてくれて、本当によかった」律は紫音の肩に顔を埋め、縋るようにその華奢な身体を抱きしめ返した。「君さえいてくれれば、私はそれだけで十分だ。……おばあちゃんがいつか逝ってしまうことは、ずっと前から覚悟していたつもりだったんだ。でも、まさかこんなにも早く、その日が来てしまうなんて思わなかった。……喪失感が、あまりにも大きすぎる」その震える声を聞きながら、紫音は胸を痛めた。そうよね……大切な家族の死を、簡単に受け入れられる人なんていないわ。もし自分が律の立場だったとしても、この唐突すぎる別れを受け入れ、現実と向き合うことなど到底できなかっただろう。「二人の可愛い赤ちゃんが見たい」と微笑んでいた志津様の顔が再び脳裏をよぎる。そのささやかな願いさえ叶えられなかったことが、今でもチクチクと胸を刺した。深い悲しみの中でも、時間は無情なまでに過ぎていく。いつの間にか忌引きの期間が終わり、二人はそれぞれ、止まっていた日常へと戻らなければならなくなった。律は、巨大な拝島グループのトップとして、この数日の間に山のように溜まってしまった業務を処理するため、会社へと戻っていった。そして紫音も、自らの会社へと出社する日を迎えた。この数日間、拝島家で起きたあまりにも大きすぎる出来事にかかりきりで、仕事はすべてアシスタントの蘭に任せきりになっていたからだ。志津様を喪った悲しみはまだ全く癒えてはいない。しかし、一企業のトップとして、これ以上会社を空け続けるわけにはいかなかった。久々にオフィスに姿を現した紫音を、社員たちはどこか腫れ物に触るような、気遣わしげ
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第642話

みんなの温かい笑顔と歓迎の言葉に触れ、紫音は胸の中に立ち込めていた重い暗雲が、少しずつ晴れていくのを感じていた。そして何より紫音を喜ばせたのは、トップである自分が会社を空けていた間も、誰一人としてサボったり気を抜いたりすることなく、完璧に業務を回してくれていたことだった。現在進行中のプロジェクトはどれも滞りなく進んでおり、それどころか複数の取引先から、「紫音さんのところのスタッフは、皆さん本当に優秀で熱意がありますね」とわざわざお褒めの連絡が入っていたほどなのだ。誰もが現状に満足せず、より良いものを作ろうと高い向上心を持って仕事に取り組んでくれている。その事実が、紫音にとっては何よりも誇らしかった。やっぱり、私の人を見る目に狂いはなかったわね。自分の理想と情熱を形にするために立ち上げた、この小さな会社。自分の直感を信じて採用したスタッフたちは、誰もが優秀で、彼女と思いを一つにして伴走してくれる最高の仲間たちだ。息の詰まるような権力争いやしがらみとは無縁の、自分が心から愛せる仕事。そして、それを一緒に分かち合える仲間。彼らと共に学び、会社を少しずつ成長させていくこの日々が、今の紫音にとってかけがえのない幸福であり、大きな心の救いとなっていた。以前勤めていた会社では、いくら身を粉にして働いても誰からも正当に評価されず、周囲はいつも些細なことで足の引っ張り合いばかり。毎日が息苦しくて、ただひたすらに心をすり減らす日々だった。好きなはずの仕事をしていても少しも楽しくなくて、周りの人間が全員敵のように感じられたあの頃。けれど思い切ってその環境を飛び出し、ゼロからこの場所を作り上げてからは、本当に毎日が充実している。自分に一番合った生き方を見つけられたし、何より、律という心から愛せる運命の人に出会うこともできた。人生には、本当に『運命の巡り合わせ』というものがあるのだと、今の紫音は心から信じることができる。「紫音さんが戻ってきてくれて、本当に心強いです!紫音さんがいないと、私たちも蘭さんもなんだか張り合いがなくて……やっぱり、紫音さんは私たちの絶対的な大黒柱ですから!」「そうそう!これからも紫音さんに一生ついていきますからね!」スタッフたちの言葉に、紫音は思わず吹き出してしまった。ここには、社長と社員という
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第643話

「ええ、もうバッチリです!浩一さんとは、どんどん絆が深まってる気がします」蘭は照れくさそうに笑いながらも、どこか誇らしげに語り始めた。「でも実は、ここ数日彼が出張していて会えてないんですよね。本当は『君も一緒に出張先に来ないか』って誘われたんですけど、今は会社が大事な時期だからって断ったんです。そうしたら彼、分かりやすく拗ねちゃって」口では「困っちゃいますよ」と残念そうに言いながらも、蘭の顔には隠しきれない満面の笑みがこぼれていた。些細なことで拗ねてしまうくらい、彼から深く愛され、求められているという事実が嬉しくてたまらないのだろう。心底幸せそうなアシスタントの姿に、紫音まで胸が温かくなる。元々、二人の相性は悪くないだろうとは思っていたが、これほどまでにしっくりと馴染み、順調に愛を育んでいるのは紫音にとっても嬉しい誤算だった。「ねえ蘭。私が戻ってきたことだし、あなたには少し長めのお休みを取ってもらおうと思っているのよ。この数日間、本当に一人でよく頑張ってくれたわ。あなたが私以上にこの会社のために身を粉にしてくれていることは分かってる。だから、たまには彼とゆっくり羽を伸ばしてきて」紫音は蘭に心から感謝していた。右も左も分からない立ち上げの当初から、ずっと傍で影になり日向になり支え続けてくれた。どんなに困難な壁にぶつかっても決して諦めず、この小さな会社をより良くしようと一緒に走り続けてくれた、かけがえのないパートナーなのだ。ところが、蘭はぶんぶんと勢いよく首を横に振った。「とんでもない!お休みなんて本当にお気遣いなく!私、今はもっとお仕事に打ち込みたいんです」蘭の瞳には、真っ直ぐな熱意が宿っていた。「このお仕事を通じて、私自身すごくたくさんのことを学ばせてもらってます。今は会社にとって大事な時期ですし、ここで現場を離れるなんて考えられません。浩一さんと旅行に行くチャンスなんてこれからもたくさんありますし、今すぐじゃなくても大丈夫。このプロジェクトが落ち着いたら、いくらでも時間は作れますから!」今の蘭は、自分の生活も、仕事も、すべてを心から愛している。心から愛する人が傍にいて、やりがいのある大好きな仕事がある。だからこそ、今は少しも仕事の手を抜きたくないのだろう。プライベートを楽しむ時間はこれから先い
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第644話

今の蘭にとって、浩一からの愛情はむしろ仕事へのモチベーションを高める原動力になっていた。心から愛する人と結ばれ、満たされているからこそ、自分のキャリアもより一層輝かせたいと願っているのだ。「その責任感はすごく嬉しいし、今のプロジェクトを完璧に仕上げたいっていう気持ちも分かるわ。でもね、蘭。オンとオフの切り替えは絶対に必要よ。私が不在だったこの期間、あなたが一人で会社の全責任を背負ってくれて、どれだけ神経をすり減らしていたか、私には痛いほど分かってる」紫音は蘭の両肩にそっと手を置き、真剣な眼差しで彼女の目を見つめ、心を込めて言い聞かせた。「だからこそ、私からの社長命令よ。しっかり有給休暇をとって、心と体をリフレッシュさせてきなさい。……あなたには、それだけの価値があるし、今は絶対に休むべき時なの」紫音がこれほどまでに強く休暇を勧めるのは、蘭への深い労いと愛情があるからこそだった。この小さな会社を立ち上げた最初の一歩から今日に至るまで、ずっと自分の傍らには蘭がいてくれた。すべての困難を分かち合い、二人三脚で一歩ずつこの道を切り拓いてきたのだ。だからこそ、紫音は誰よりも蘭の計り知れない努力を知っているし、絶対に無理をして自分自身をすり減らしてほしくはなかったのである。「紫音さん……そう言っていただけて、本当に胸がいっぱいです」蘭は少し潤んだ瞳で、心からの思いを口にした。「紫音さんは、いつだって私に寛大でした。立ち上げたばかりの頃、私が使い物にならなくて失敗ばかりしていた時も、紫音さんは決して私を見捨てず、根気よく導いてくれました」「それに……この会社で、心から愛せる人にも出会うことができました。だからこそ、私がしてきた努力なんて安いものなんです。私は本気でこの仕事で成果を出して、紫音さんの右腕としてもっと相応しい、優秀な人間になりたいんです」蘭の言葉は、嘘偽りのない真っ直ぐな本心だった。社長とアシスタントという肩書きを超えて、今の二人はまるで本当の姉妹のように深い絆で結ばれている。相手を思いやり、お互いのために努力を惜しまない。似た者同士の二人だからこそ、どんな困難も乗り越えて今日まで一緒に歩んでこられたのだ。「それはあなたが、私のためにたくさんのものを捧げてくれたからよ。人と人との関係は鏡みたいなもの。私があな
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第645話

二人がそんなふうに和やかに言葉を交わしていると、オフィスの入り口にひょっこりと浩一が姿を現した。「あれ、紫音?もう会社に戻ってきてるのか!」彼は紫音の姿を見つけると、少し驚いたように目を丸くした。今日は進行中のプロジェクトに関して、蘭たちがどうしても解決できない業務をサポートするためにわざわざ出向いてきてくれたのだ。「身内に不幸があって大変だったって聞いてたから……志津様の後始末は、もう全部終わったのか?それに、足の怪我もすっかり良くなったみたいで本当に安心した。あの怪我のことは、今でも本当に申し訳ないと思ってる。俺のせいで、あんな目に遭わせてしまって……」浩一の顔に、深い自責の念が浮かぶ。実は少し前、紫音が足を負傷して長期間ベッドから起き上がれなくなったのは、浩一を庇って起きた事故が原因だったのだ。元々、自由を愛してじっとしているのが大の苦手な紫音に、あんなにも長い間、不自由なベッドの上での生活を強いてしまった。その罪悪感は浩一の胸に深く刺さっており、一生かかっても償いきれないとさえ感じている。だからこそ、これ以上彼女の負担になりたくなくて、この数日間はあえて連絡を控えていたのだ。「もう、その話は本当に気にしないでって何度も言ってるじゃない」紫音はわざと明るく笑い飛ばし、浩一の言葉を遮った。「あの時は、もしあなたじゃなくて他の誰かだったとしても、私は同じように庇ってたわよ。それにね、今こうしてあなたと蘭が幸せそうにしてるのを見られるだけで、私としては十分お釣りがくるくらい嬉しいんだから。あなたたち、本当にいいカップルだわ」紫音がからかうように隣の蘭を見ると、蘭は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。「でもね、浩一さん。私の大切なアシスタントは、本当に優しくて心の綺麗な子なんだから。絶対に泣かせたりしたら承知しないわよ?もし蘭をいじめるようなことがあったら、その時は私、本気であなたと絶交するからね!」冗談めかしてはいるものの、その瞳の奥には確かな真剣さがこもっていた。紫音は、蘭のことが心配でたまらないのだ。彼女はいつも明るく振る舞っているけれど、実はとても繊細で、何かあると一人で抱え込んでしまう不器用なところがある。だからこそ、浩一には何があっても蘭を大切にしてほしい。この心優しいパートナーが、これ以上傷つく
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第646話

以前の浩一なら、紫音以外の女性を愛することなど一生ないと信じて疑わなかった。彼女が別の誰かを選んだとしても、ずっと彼女の背中を見守り、一生待ち続けてもいいとさえ思っていたのだ。けれど、今日こうして久々に彼女の顔を見ても、かつてのような胸を締め付ける苦しさも、焦燥感も湧いてはこない。自分でも気づかないうちに、彼女へのあの熱を帯びた執着は、静かに終わりを告げていた。今、彼の心を温かく満たしているのは、隣で微笑む蘭というかけがえのない存在なのだ。いつの間にか、紫音に対する想いは「家族」にも似た、穏やかで絶対的な親愛の情へと昇華されていた。ああ……あの時、彼女に想いを告げなくて本当に良かった。浩一は今、心からそう思っていた。恋人になりたいという欲をかかず、友達という一線を踏み越えなかったからこそ、今もこうして彼女の隣で、無条件に味方でいられるのだ。これまで彼が紫音のために裏でどれだけ骨を折ってきたか、鈍感な彼女はまったく気づいていないかもしれない。けれど、それでよかった。恋という熱を手放した今、こうして心から笑い合えるこの関係こそが、自分たちにとっての唯一の正解だったのだと、深く腑に落ちていた。一方の蘭もまた、浩一がかつて紫音に深い想いを寄せていた過去を知っている。普通なら嫉妬してもおかしくない状況だが、蘭の心には微塵の不安もなかった。なぜなら、紫音自身が浩一のことを「大切な友人」としか見ておらず、二人の間に恋愛感情が入り込む隙など1ミリもないことを、誰よりも近くで見て知っていたからだ。蘭にとって紫音は、どんな時でも自分を導いてくれる憧れであり、側にいてくれるだけで絶対的な安心感を与えてくれる最高の上司だ。大好きな紫音と、愛する浩一。自分にとって大切な二人が、こうして温かい友情で結ばれ、笑い合っているこの空間が、今の蘭にとってはたまらなく幸福だった。「さて。君が無事に会社に戻ってきたってことは、もう俺がこの会社の心配をする必要はないな」浩一は満足げに頷き、少し胸を張って見せた。「君が休んでいる間、こっちのプロジェクトは俺が代わりに全部回しておいたからね。おかげで業績は右肩上がりだし、少しは感謝してほしいくらいだ。まぁ、君のところのスタッフたちがみんな優秀だからこそ上手くいったんだけどな。これならこれから
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第647話

どんなトラブルに見舞われても、一緒に矢面に立ち、泥を被ってくれた。浩一がいなければ、この会社は絶対にここまで辿り着けなかっただろう。本当に、人生って不思議なものよね……元婚約者の清也と婚約破棄をしてすべてを失いかけていたあのどん底の時期に、幼馴染である浩一と再会できたことは、紫音にとって大きな救いだった。長い年月を経て、今こうして信頼し合えるビジネスパートナーとして、そして何よりも互いを家族のように思いやれるかけがえのない親友として、共に歩んでいけること。その奇跡のような巡り合わせに、紫音は改めて深く感謝していた。「当然だろ。俺は君の一番の親友なんだから」浩一は誇らしげに胸を張って見せた。「君が一番支えを必要としている時に、俺が味方にならなくて誰がなるんだ。今だけじゃない。これから先、君がどんな道を選ぼうと、俺は無条件で君の背中を守るし、一緒に壁を乗り越えてやるよ」浩一は少しだけ真面目な顔つきになり、紫音を気遣うように声を潜めた。「だから、あまり自分一人で抱え込むなよ。君がいつも完璧を目指して無理をしているのは分かってる。でも、世の中には自分一人の力じゃどうにもならないことだってあるんだ。……拝島家の身内連中が面倒なのは知ってる。だけど、志津様が旅立たれた今、君がこれ以上あの強欲な連中に気を使う必要なんてないんだからな。何があっても、俺たちが一緒に立ち向かってやる。これからは俺一人じゃなく、俺と蘭、二人で君を支えていくから」浩一の言葉には、嘘偽りのない真っ直ぐな親愛がこもっていた。かつての熱を帯びた恋心を完全に手放した今でも、紫音が彼にとって世界で最も大切で、最も親しい「親友」であることに変わりはない。彼女がどんなピンチに陥ろうと、彼は必ず共に立ち向かう覚悟だった。……清也との婚約が破棄されたと知った時は、俺にもようやくチャンスが巡ってきたんだと舞い上がったものだけどな。浩一は密かに、少しだけ切なく、けれど懐かしい過去を振り返っていた。何年もの間、ただ密かに想い続けてきた愛しい女性。彼女がフリーになったと知った瞬間、浩一の胸には一筋の明るい希望の光が差し込んだのだ。やっと彼女の隣に立てるかもしれないと。だが、その儚い希望はあっけなく打ち砕かれた。彼女の前に、すぐさま新たな縁談の相手――拝島律が現
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第648話

浩一と蘭。自分にとってかけがえのない大切な二人が、こうして互いに想い合い、心から幸せそうに笑っている。その光景を目の当たりにできることは、紫音にとっても至上の喜びだった。今の二人は、確かな愛情で深く結ばれている。互いの存在を人生で最も尊いものとし、その目には相手以外の誰も映っていないかのようだ。二人の間に流れる温かく揺るぎない空気は、誰にも立ち入ることのできない、完全な一つの世界を作り上げていた。浩一と蘭との温かく穏やかな時間をこれ以上引き延ばしたい気持ちをぐっと堪え、紫音はすぐに意識を仕事へと切り替えた。会社を長く空けていた代償は小さくない。紫音のデスクには、最終決裁を待つ書類や確認事項が山のように積まれている。今夜は兄の州と食事の約束があるため、一分一秒たりとも無駄にはできなかった。紫音は瞬時に仕事モードへと入り、猛烈なスピードで業務を処理し始めた。京極家の兄妹は、愛する者に対してどこまでも純粋で不器用だ。打算や駆け引きとは無縁で、一度心を許した身内の人間には、自分のすべてを投げ打つほど真っ直ぐに、真心を込めて向き合う。だからこそ、紫音の周りには浩一や蘭のように信頼できる絆が集い、未来は確実に明るい方向へと切り拓かれていくのだ。一方、紫音の兄である州もまた、このところ息をつく暇もないほど奔走していた。愛する女性――有加里の看病のため、時間を見つけては病室へ通い詰める日々を送っている。かつて彼女を完全に失いかけた州にとって、再び有加里を自分の腕の中に取り戻せた「今日」という日は、決して容易く手に入ったものではなかった。奇跡とも呼べる今の穏やかな日々を、州は祈るような思いで大切に生きている。本当は、ただ彼女に温かい家庭を与え、この世界で一番幸せにしたかっただけなのだ。それなのに、どうしてあんなことになってしまったのだろう。彼女を誰よりも愛しているはずの自分が、結果として彼女の心を一番深く壊し、傷つけてしまった。過去の出来事は変えられない。それでも、州は未だにその残酷な事実を受け入れることができず、自分自身を到底許すことができなかった。有加里が重い病に倒れたのは、すべて自分のせいだ。自分が彼女を追い詰めてしまったからだ――その凄絶な自責の念が、今も州の心を血の滲むように抉り続けている。けれど、だからこそ、もう二度
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第649話

それは、隣に座る州も同じだった。やっと不破清也という最低な男と縁を切って、幸せになれると思ったのに……州は、妹の横顔を痛ましそうに見つめていた。せっかく心から信頼できる男、拝島律を見つけたというのに、二人が結ばれた矢先に拝島家でこんな大波乱が起きるなんて。愛する妹が、ドロドロの権力闘争に巻き込まれて疲弊しているのではないかと、兄として気が気ではなかったのだ。そんな二人の心配をよそに、紫音はフフッと明るい笑い声をこぼした。「二人とも、本当に心配しすぎよ。私なら全然大丈夫。たしかに律の家は今、ゴタゴタしているけれど……律は誰の力も借りずに、自分でしっかりと問題に立ち向かっているわ。私が口出ししてどうにかなる問題でもないしね」紫音の言葉には、愛する男への絶対的な信頼が滲んでいた。「それにね、私もすごく元気よ。毎日自分の会社に行って、大好きな仲間たちと仕事をしてる。お互いに自分のやるべきことに打ち込みながら、心の中で寄り添って、気遣い合う……今のこの距離感、私、すごく気に入ってるの」紫音はそこで言葉を区切り、わざと大げさにため息をついてみせた。「それよりも、私が今一番困っているのはお父さんとお母さんのことよ!」「え?ご両親がどうかしたの?」目を丸くする有加里に、紫音は唇を尖らせた。「お兄ちゃんがずっと有加里さんに付きっきりで家にいないでしょう?だから、あの二人の過干渉と小言の矢印が、全部私ひとりに向かってるのよ!二人とも知ってるでしょ、うちの両親がどれだけ口うるさいか。毎日毎日、『あれはどうなってる』『将来はどうする気だ』って、もう耳にタコができそう!だから……お願いだから早く良くなって、家に帰ってきて。私の避雷針になってくれないと、私、両親の小言で倒れちゃうわ」紫音の冗談めいたボヤキに、州と有加里は顔を見合わせ、たまらず吹き出した。個室に、明るく温かい笑い声が響き渡る。だから、絶対に良くなってね。笑い合う二人を見つめながら、紫音は心の中で強く祈った。両親の小言なんて嘘だ。本当は、二人に「未来」を信じてほしかった。この温かな食卓を、これからもずっと、何十年先までも囲んでいけるように。様々な障壁を乗り越えた兄と有加里が、手を取り合って、永遠に幸せでいられるようにと。紫音の冗談めいた愚痴を聞いて、州は苦笑し
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第650話

「あの事があってから、紫音さんがずっと私に負い目を感じて、どうにかして埋め合わせをしようとしてくれていたのも知ってるわ。でも、本当に気にしないで。私はもう、ちっとも気にしていないんだから」「有加里さん……」「それよりもね。州は紫音さんみたいな素晴らしい妹がいて、本当に幸せ者だなって思うの。自分のすべてを懸けて相手を守ろうとする……そんな風に無条件で愛し合える家族がいるなんて、本当に羨ましいわ」有加里の視線が、ふと手元のグラスへ落ちる。その横顔には、どこか儚げな色が浮かんでいた。相手のためなら見返りも求めず、どんな壁にも立ち向かっていく。そんな彼らの姿を見るたび、有加里は心の底から思うのだ。どうして自分の人生には、こんなにも温かく、見返りなしに愛してくれる存在がいなかったのだろう、と。「私にも、そんな風に愛してくれる兄弟がいればよかったんだけど……でも、私なんか、一生誰からも愛される資格なんてないって諦めていたから。……だからね、あなたたち兄妹に出会えて、私、本当に救われたのよ」有加里の寂しげな響きを帯びた言葉を、紫音が勢いよく遮った。「それは、これまで有加里さんが私たちに出会っていなかったからよ!でも、もう違うでしょう?これからは私たちが、今まで足りなかった分も有加里さんをいっぱいに愛していくんだから!」紫音は身を乗り出し、テーブルの上で有加里の両手をぎゅっと握りしめた。「だから、私たちの愛情は遠慮なく全部受け取ってね。これからは私たち、本当の『家族』になるのよ。私、ずっと有加里さんみたいな素敵なお姉ちゃんが欲しかったんだから。もし今後、お兄ちゃんが有加里さんを泣かせるようなことがあったら、私が絶対に許さない。その時は私が全力で有加里さんの味方になって、お兄ちゃんをこってり絞ってあげる!」そこまで一気にまくしたてた後、紫音はふと隣の州を見て、いたずらっぽく笑った。「……まあ、私のお兄ちゃんはすごく優しくて、マメで、とってもいい男だから。有加里さんを悲しませるような真似は、絶対にしないって信じてるけどね」からかわれた州が「おいおい」と照れくさそうに頭を掻く。その様子を見て、有加里が弾けるように明るい声を上げて笑った。個室の中は、まるで本当の家族の食卓のように、温かく穏やかな空気に包まれている。かつての苦しみを
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