血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

52 チャプター

11 犯人を捜したい

 殿下は腰を浮かせて私を見つめ、テーブルに両手をつく。 そして強い口調で言った。「ひとりめもふたりめも、僕のせいで死んでしまったんです。犯人を見つければこの悲劇は終わりますよね?」 私は迷いつつも小さく頷き答えた。「えぇ。それはそうですが……」 問題は犯人が複数いるかもしれないことだ。 なにせひとりめとふたりめの手口が全然違う。その事を考えると、このふたつの事件は違う犯人によるものである可能性がぬぐえない。 もちろん、そう思わせるための策かもしれないけれど。 まっすぐ曇りのない目で見つめられ、説得の言葉が何も出てこない。 私は大きく息を吸い気持ちをわずかに落ち着けてから言った。「危険です。もし殿下が犯人捜しを始めて、犯人を刺激して殿下へと刃が向いたら……」「僕以外の人間が殺されるほうが耐えられないです」 私の言葉に重ねるように、殿下は強く言った。 それはわかる。でもそれは自分は殺されても構わない、とも聞こえる。 そんなわけにいかないだろう。 殿下は皇帝になるお方だ。しかも希少な男だ。 殺されるわけにはいかない。代わりなどいるわけがないのだから。「ですが殿下は自分の身を守るすべを持ち合わせていないでしょう」 その私の言葉に、殿下は苦しげに顔を歪めた。 彼は私から目をそらしたが、すぐに顔を上げる。「そうですけどでも、このままじっとなんてしていられないです。お願いします、シュエファさん! 犯人を捕まえたいんです!」 まっすぐな言葉に私の心が揺らぐ。 その殿下の熱意は痛いほどわかる。犯人は捕まえなければならない。私だって犯人を見つけ出すつもりではいる。でも殿下を関わらせるつもりはひとかけらもない。 どうやって説得する? 迷う私に殿下は畳み掛けてくる。必死な顔をして。「殺された女官たちは皆、長く僕と共に過ごしていた女性たちです。家族の、孫の成長を楽しみにしていた普通の人たちです。そんな人たちの人生が僕のせいで奪われてしまいました。そんなの、耐えられないんです!」「悪いのは犯人です。貴方ではありません」 なんとか言葉を絞り出すが、きっと届かないだろう。 殿下は頷き言った。「わかっています。でも、僕に仕えていなければこんなことにはならなかった」 わかってないじゃないですか。という言葉をすんでで飲み込み、私は説得を早々に
last update最終更新日 : 2026-01-22
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12 思わぬ展開

 重い足取りで部屋に行き、箪笥にしまった資料を取り出す。 そして窓の外を見たあと、私は居間へと戻った。 すると殿下がお茶を淹れ変えたらしく、湯気の上がる湯呑をテーブルに置いているところだった。「殿下」 思わず声をかけると、彼はお盆を手に私の方を見て小さく首を傾げて微笑んだ。「冷めてしまったので。あと、かりんとうを見つけたので少し食べませんか?」 言いながら彼はテーブルの上を手で示した。 テーブルの中央、そ小さなお皿にのったかりんとうが見える。 そんなことまでしなくてもいいのに。 本当に調子が狂ってしまう。 私は内心戸惑いを感じながらも顔には笑顔を張り付けて、殿下に礼を伝えた。「ありがとうございます」 そして私は椅子に腰かけ、資料をそっとテーブルの上に置いて殿下の方へと差し出す。「これが、前回の事件の資料です」「ありがとうございます」 被せ気味に言い、彼は資料を手に取りそれを開きながら椅子に腰かけた。 そして神妙な顔で資料を開く。 手持無沙汰な私は彼の様子を見ながら、茶を飲みかりんとうを食べることにした。 静かな室内に、私が食べる音だけが響くのは少し恥ずかしい。 しばらくの沈黙のあと、殿下は苦しげに呟いた。「植物の、毒……」「えぇ。知識があれば誰でも扱えるので犯人の手掛かりにはなりませんね。宿舎での出来事ですが、怪しい人物を見かけた、という話もないです。そもそも女性ばかりですからね。誰かが女官に化けていたとしてもなかなかばれにくいかと思います」「でも、寮にすむ女官たちは年配の者が多いですし……そうなると年齢層は限られるんじゃないかと」 そう呟いて殿下は紙をめくる。 あぁ、そうか。確かにその可能性はあるかもしれない。 女官の多くは子育てを終えた世代……四十代以上だ。若い女性なら目をひく可能性はあるが、その世代なら目立たずこの宮廷内を歩ける可能性は高くなる。 そこは気が付かなかったな。 後宮の女性たちだって三十代後半からなはずだし、若い女性は目につくか。思い返してみたら今日見かけた女官は皆、私よりも年上に見えた。「この事件と今回の犯人、別、なのですかね」 不安げな顔で言い、殿下はこちらを見る。 それはさすがにわからない。毒殺と刃物による殺人。手口が違いすぎるので別人である可能性は高いと思うがわざとそう見せるため
last update最終更新日 : 2026-01-26
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13 振り回される

 殿下と一緒に湯呑などを片付け、彼を部屋に送る。 浮かない顔をする彼に、私はできるだけ笑顔で声をかけた。「おやすみなさいませ。ゆっくりお休みください」 その私の言葉に、殿下は微笑み頷く。「ありがとう、シュエファさん。おやすみなさい」 そして深く頭を下げて、彼は部屋の中へと入っていった。 ゆっくりと閉まる扉。そして、ガチャリ、という鍵のかかる音。それを確認して、私は風呂へと向かった。 風呂を出て寝る用意をし、私は自室にこもる。 淡い光の中でひとり、茶を飲みながら今日の出来事を思い出していた。 怒涛の一日だった。 殿下の護衛を申し付けられて引越しをしたはずが、また引越しをすることになって。 私が殿下と会談している間に女官がひとり、殺されてしまった。 私の事は関係ないかもしれないが、なんだか狙って起きたかのようにも思えて気に入らない。 私は深く息をつき、遺体の状況を思い出す。「次はお前だ」 などという血文字を残すなど、こちらを挑発しているとしか思えない。 気に入らないことばかりだが、殿下の申し出には度肝を抜かれてしまった。 唯一、皇帝になる方であられる殿下が自ら犯人を捜すなど、言語道断だ。そうわかってはいるのに、私には殿下を止めるすべなどなかった。 優しく頼りないがどこか芯が通っている。 そでが危うくも見えるが私にできることは殿下を危ない方へと行かぬよう、導くことだろう。「こんなこと、陛下が知ったら何を言うか……」 そう思うと気が重く、手にもつ湯呑も重く感じてしまう。 陛下の耳には入れない方がいいだろうな。 そう思い私は茶をぐい、と飲んだ。   翌朝。 早々に目覚めて私は着替えをして顔を洗う。 あまり寝つきが良かったとは言えず、酷い顔だ。 鏡台がないので仕方なく小さな鏡で軽く化粧をして、私は台所へと向かった。 まだ外は薄暗いが、見回りのものであろう足音がわずかに聞こえてくる。 殿下はまだ目覚めていないようで、私邸内は静けさが包んでいた。 台所が近づくと、料理をする音が聞こえてくる。 私は声をかけて中へと入った。「失礼します」「あぁ、シュエファ様。おはようございます」 そう私を笑顔で迎えてくれたのは、料理担当の女官だった。他の女官と同じく、五十近くであろう彼女は割烹着をきて頭には三角布をしている。 
last update最終更新日 : 2026-01-27
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14 朝食

 食堂でお茶をいただいていると、料理の匂いが漂ってくる。 魚の匂いに、醤油の匂い。空腹を感じ、私は思わず腹に触れた。 物音と、先ほどの女官とは違う声が聞こえてくるからきっと、他の女官たちが出勤してきたのだろう。 少しすると、扉が開く音がして殿下が入ってきた。 私は立ち上がり、頭を下げて殿下を迎える。「おはようございます」「おはようございます、シュエファさん」 穏やかな声で言い、殿下は椅子に腰かけた。 すると間髪入れず、盆をもった女官が入ってきて料理を用意していく。 私の前にも当たり前のように料理が用意され、どうしたものかと立ったまま殿下の方へと目を向ける。 いや、たぶんこれは女官たちの食事も用意されているではないか。 全部で五人分だ。 私の視線に気がついた殿下は、小さく首を傾けて笑って言った。 「僕ひとりでは寂しいので、女官たちに頼んで一緒に食事をとってもらってるんです。なのでシュエファさんも一緒に食べましょう」 そんなことがあっていいのか……? この方はいずれ皇帝になる方なのに。 戸惑うが殿下の言葉であるし従わないわけにもいかず、返事をして椅子に腰かけた。 料理は白米にスープ、焼き魚、煮物などだ。 料理を担当している女官と、他の女官が現れて椅子に腰かけると、殿下は言った。「今日もありがとう。では食べようか」 その声を合図に私たちは箸を手にした。 「この間生まれた孫なんだけどね、名前が決まったのよ」 なんていう会話を交わす女官たち。 殿下の前だが、彼女たちは容赦なく娘や孫の話をしている。初めて立った話、学校での話、働き始めた話など話題は様々だった。 まるで親戚の集まりに参加している気分だ。 それを殿下は、ニコニコしてたまに会話に参加しながら耳を傾けている。 それを見て私はひとり、なぜ殿下が女官の死にあんな感情的になったのか納得してしまった。 彼はずっと、女官たちとこういう話をしてきたのだろう。 女官の変わりはいくらでもいる。だが、彼女らの変わりはいない。だから殿下はあんなにも女官の死にショックを受けていたのか。 そう思うと心が痛んだ。 食事の終わるころ、殿下は私の方に目を向けて言った。「今日僕は大学に行きますが、シュエファさんも一緒に行かれますか?」「送り迎えはご同行いたします。ですが構内に入るわけ
last update最終更新日 : 2026-01-28
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15 叔母

 工事の様子を見ていると、背中から名前を呼ぶ声がした。「シュエファ?」 聞き覚えのある懐かしい声に振り返ると、私と同じ藍色の髪の女性が立っていた。 シンプルな色合いが多い女官たちと違い、着ている着物の色合いが派手だ。 濃い赤にオレンジや黄色の紅葉が描かれ、羽織っているは茶色に花の模様が描かれている。 胸元まで伸びた髪は綺麗に梳いているのが私でもわかる。耳飾りや頭に着いている装飾品も宝石がちりばめられていて、価値が高いだろう。 「春霞(チュンシー)様」 私の叔母であり、皇帝陛下に嫁いだチュンシー妃だ。女の子をひとり生んだと聞いている。 年齢は確か四十手前くらいだったと思う。 親戚であるため数回顔を合わせたことがあるが、よく私がわかったな、と感心してしまう。 彼女は笑みを浮かべて私に近づいてきた。 特に共の姿は見えず、ひとりきりだ。「お久しぶりですね、シュエファ。大きくなって」 と、文字通り親戚特有の懐かしさを含んだ声で言い、私の顔を見つめた。「最後にお会いしたのは私がまだ小さい頃でしたのに、覚えていただいていて光栄です」 そう答えて私は頭を下げる。 すると彼女は口元に手を当てて和やかに笑った。「そうねぇ。確か十年は前かしら? シュエファはうちの子と同じくらいだものね。新年のあいさつに来てくれて、その時娘たちと遊んでくれたし覚えているわ」 その日の事は私もよく覚えている。 なにせ皇帝陛下に一目ぼれをした日だからだ。 「ありがとうございます」「噂には聞いていたけど、シュエファ、貴方はツァロン殿下の護衛についたそうね」 そう、チュンシー様は声を潜める。 その様子から、彼女の耳にも女官暗殺の件が届いていることを察した。 私は小さく頷き、同じく声を潜める。「その通りでございます。陛下の命により」「騎士団の団長まで務める貴方を護衛につけるなんて……よほどの事よね」 悲しげに目を細めたチュンシー様はそのまま顔を伏せてしまう。 何かご存じないか、と言いたいが彼女の立ち位置がわからない状況では何も言葉にできない。「そうですね。私も驚きましたが、殿下が後宮を持ってご成人されるまでの間だけですから」「あぁ、そういえば後宮の妃集め、始まるころね。殿下の為の後宮の建築も始まるそうだし。貴方は後宮には入らないの?」 チュンシー様
last update最終更新日 : 2026-01-29
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16 歴史

 歴史とは? 疑問に思い、私はチュンシー様にむけて首を傾げて見せた。「それはどういう……?」 するとチュンシー様はちょっと驚いた顔になる。「なぜ、男子が生まれたら陛下は後宮に通わなくなるの。その理由よ」「妃を増やせない、とは伺っていましたが後宮にも通わなくなるのですか?」 その話は初耳だった。「えぇ、男子はひとりでいい。っていう考えなのよ。そもそも男子が生まれにくいわけだけど、その分男子の価値が高いわけよね。それで昔、陛下のお子に男子が複数生まれて権力争いが起きたくさんの人が殺されてしまったんですって。その中に男子も含まれて」 チュンシー様はそこで言葉を切り悲しげに目を伏せる。 あぁ、だからか。「小さな子供が暗殺される。そんな事態が起きたそうよ。だから男子がひとり生まれたら、陛下は後宮には通わない、妃も増やさない。その代わり私たちは後宮に閉じ込められることなく自由に歩き回れるし、子供たちが成人したら実家に帰ることも可能なの」 ずいぶんと自由な後宮だなと思いつつ、そうなるまでの経緯を考えると胸が痛くなる。「その時に大粛清が行われたらしいし……たくさんの人が処刑されたそうよ」「う……」 その過去は知らなかった。 宮廷としてもいわゆる黒歴史なのかもしれない。 そう思うと、陛下が外で女性を囲っているのはかなり危ないことではないだろうか。 「もし本当に陛下のお子を産んだ女性が外にいて、その子が本当に男子だったら……」「血が流れるのは当然でしょうね」 ため息交じりにチュンシー様は言い、呆れた顔になる。「皇帝陛下のなさることだからだれにも止められないものね。そして、子が生まれても絶対に陛下はお認めにならない。後宮で生まれた子以外、陛下の子ではない、と徹底してるようだから」 確かに、後宮で生まれれば陛下のお子であるという可能性しかないが、外で生まれたらそれが本当に陛下の子である、という証明はできない。 だから絶対に陛下は認めない。たとえ身に覚えがあっても。 かなりひどい話に思えるが、その徹底ぶりには感心してしまう。 「そんなことがあったのですね。知りませんでした」「大粛清があったのはだいぶ昔の話だそうだし、私も後宮に入るまでは知らなかったら無理ないわよ。公然の秘密、みたいな感じなようだし」 噂ですら聞いたことがないから、何世
last update最終更新日 : 2026-01-29
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17 後宮

 チュンシー様と別れ、私は宮廷の中を歩き回って情報を集めた。 チュンシー様の言う通り新しい後宮のために、妃選びが始まっているらしい。 妃は十二支族の年頃の少女からひとりずつ選ばれる。 私の家族、ホ家にも年頃の少女がいるからきっと、彼女らから選ばれるだろう。私には関係のない話だ。 家同士の関係についても知りたいが、私は騎士であり官僚ではないため宮廷に知り合いが少ない。 父に聞く事を考えたが、もしかしたら我が一族が関わりあるかもしれないと思うと何も聞けなかった。 信頼できる相手が殿下だけとは、詰みの状況ではないだろうか。 チュンシー様の顔が脳裏をよぎるが、彼女は信用にたる方か、その判断はまだついていない。 お昼のために殿下の私邸へと戻ると、女官たちに文字通り捕まった。「シュエファちゃん! ちょうどいいところに帰ってきたわね。お昼食べましょう!」 と、腕を掴まれ食堂まで引っ張られてしまう。「ちょ……」 食堂に着くと、女官がふたり増えていた。 彼女らは私を見るとニコニコ笑い言った。「あら、殿下の護衛のお嬢さん、ずいぶんと若い方じゃないの!」「シュエファちゃん、騎士団の団長だったんですって」「あらかっこいい! うちの娘も騎士なのよー」 と、母より少し年上の女性たちが会話を始める。 これはあれだ。 幼い時に何度も目にしたことがある。井戸端会議、というやつだ。全然井戸端ではないが。 五人も女官がいるとかしましい。 お昼を食べながら、彼女たちは色んな話をした。「後宮の妃選びが始まってるんですって」「いよいよなのねぇ。殿下も後宮を持つのね。感慨深いわぁ」「シュエファちゃんも十二支族なんですっけ?」 と、いきなり話を振られ、私は戸惑いつつ頷く。「は、はい。戌の家になります」 そう答えると、女官たちは声を上げる。「じゃあ守護獣がいるんでしょう? どんな子なの?」「えーと……黒い大きな犬です」「やだ絶対可愛いじゃないのー!」 その勢いに私は気圧されてしまう。 私は用意された食事に目を落とす。 温かいうどんに天ぷらだ。 料理担当の女官が皆の会話を遮って言った。「伸びちゃうから早く食べましょう! あぁ、おかわりあるから言ってね」「は、はい」 私は頷き箸を手にした。 だが女官たちの言葉は止まらない。「十二支族って皆仲
last update最終更新日 : 2026-01-30
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18 女官たち

 特に情報が掴めないまま夜を迎える。 夕食も賑やかな物で、女官たちが殿下に学校での出来事をいろいろと聞きだしていた。「一年生は学ぶことが多いのですねえ。明日も朝から講義でしょう? 殿下」「えぇ。一年生の内に受講しておけばあとが楽なので」「殿下は二十歳になったら後宮を持たなくちゃいけないし、さらにお忙しくなってしまいますわね」 後宮、と言葉を聞いて、殿下は苦笑を浮かべる。「まだ実感がないですよ。僕はまだ十八歳ですし」「もうすぐ十九歳じゃないですか。お誕生日は宮殿で皆様を招待しますわよね」 そうだったのか。それはそうか。十八歳で大学生ならもうすぐ十九歳か。 当たり前なことなのにすっかり頭から抜け落ちていた。 殿下の誕生日となると大きな宴会が開かれるはずだ。 私は参加したことがないので詳しくないが、そう思うと気が重い。「十九歳になられますし、たくさんの妃候補が集められるわけでしょう? なんだか私までドキドキしてしまうわ」 そう女官が目を輝かせる。 彼女らにとって、殿下は自分の子供のような存在なのだろうな。それが微笑ましくもあり、重くも見えた。 なにせ彼女らも、暗殺者の手にかかりかねないからだ。 殺されたふたりの女官は殿下付きの女官だったはずだから。 彼女たちも怖いだろうに。 けれどそんな様子、ひとかけらも見せない。 まるで戦場に立つ騎士のような強さを、女官たちから感じてしまう。 私がただの女官であったらきっと、逃げ出したくなっていただろうから。「後宮かぁ……僕には荷が重すぎます」 そう呟き、殿下は湯呑を手にする。 そんな殿下に、女官たちはうんうん、と頷き話を聞いていた。「まだお若いですものねぇ。でも国を背負うお方ですからね、殿下は」 その女官の言葉は同情に満ちていた。 まるで息子に対する母親みたいだな。殿下と女官たちは不思議なきずなで結ばれているようだった。 賑やかな食事のあと、私は見回りで私邸の外に出る。 すっかり外は暗くなっていて、灯篭の灯火が心もとない光を放っている。 私邸の周りには壁があり、門がある。その門の前には兵がいて、玄関前にも兵がおり辺りを警戒していた。 彼らの私を見る目も厳しい。 一通り辺りを見回った後私邸に戻ると、ずっかり静かになっていた。たぶん女官たちが帰ったのだろう。人の気配がない・
last update最終更新日 : 2026-01-31
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19 怪しい人はいる?

 後宮に勤める女官たち、殿下に仕える女官。皇帝陛下に仕える女官とかなりの人数がいる。 その役割も様々で、料理人から掃除係、洗濯などと多岐にわたる。 この中に犯人がいるのか? だとしてもこの中から絞り込むのは困難だろう。 苦い顔をしつつ資料を眺めていると、殿下が静かに言った。「女官の人数、多いですよね」「そうですね。かなりの人数なのでここから絞り込むのは無理でしょう」「ですよね」 正直、今殿下に仕えている女官たちだって怪しく見えてくる。疑いたくはないが。 私は腕を組み、資料を見つめて言った。「殿下は、陛下に隠し子がいることはご存知ですよね」「えぇ……その中に男子がいる、という話も聞いています」 苦しげな顔で殿下は答えた。 自分の父の醜聞など話したくはないだろうが、重要な話だ。「私も耳にしていますが、子の家だとか午の家だとか、好き勝手な噂ばかりでどれが本当なのか」 言いながら私は肩をすくめる。 すると殿下は顎に手を当てて、目をふせた。 そしてとても言いにくそうに言った。「子の家、という話は聞いたことあります。というか、父から、ですが」 父から、という言葉に私は目を見開いて殿下を見つめる。 「陛下が、ですか?」 私の問いかけに、苦しげな顔をして頷く。 「はい。あの、子の家の女性と通じていたのは確かかと思います。というか、どの家の女性とも関係を持っていたみたいですし」 その話を聞き、私は内心頭を抱えた。 そうか。そうなるか。戌の家の人間である私だけじゃなく、全ての十二支族と…… 容疑者だらけではないか。 もしかして私以外の戌の家の者と関わりがあるのか? だめだ、疑い始めるとすべてが疑わしい。 親族に何人か男子はいる。だが、父親不明の者はいないはずだ。 だから我が一族は違う、と信じたい。「あの、殿下は陛下から他にどんな話を……?」 何か手がかりはないかと思い、私は殿下に尋ねた。彼は首を傾げ、思い出すようなしぐさをする。「そうですね。あの、小耳にはさんだだけですけど、子の家の女性に男子が生まれたかもしれない、と言っていたことがあります。でも本当かどうかなんて証明が無理ですし……」 と、殿下は言い淀んでしまう。 確かにそうだ、でも。 私は殿下の言葉を思い出す。「でも確かめるすべ、あるのですよね?」 思わ
last update最終更新日 : 2026-01-31
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20 殿下の涙

 殿下が泣いている姿を見て、私は動揺してしまう。 殿下の苦しみは痛いほどわかる。 今日私は、女官たちと話をし、食事を共にした。まだそれだけしか一緒にいないが、彼女たちがもし殺されたら? きっと冷静ではいられなくなるだろう。 殿下が皇位継承を諦めれば殺人は止まるかもしれない。 けれどそれでまるくおさまるなんてあるのか? もし、陛下の血をひく男子が複数いるとしたら? 最悪の事態を想像してしまい、私は思わず顔を歪める。 きっと違う殺人事件が起こるだろう。 皇帝陛下が絶対に認めない隠し子たち。もし殿下が弱っていると聞きつければ、誰かが陛下に進言するだろう。 殿下は皇位継承者としてふさわしくないと。 考えただけで吐き気を覚える。 殿下は顔を背け、震える声で言った。「すみません、情けないことを言ってしまって」 涙を拭っているらしい殿下に私は何の声も掛けられず、私は首を振り、いいえ、とだけ答えた。 しばらく考えて私は何とか重い口を開く。「……彼女らを守るためにも早く犯人を見つけ出さないとですね」「そう、ですよね」 涙交じりの声が聞こえ、私の胸に痛みが走る。 私はじっと殿下の様子を見つめた。 殿下は深く傷ついているのだろうが、だからといってそれを女官たちの前で出すわけにはいかないのだろう。なにせ、殺人はなかったことになっているのだから。 女官たちもそれには一切触れない。 学校でも誰にも話せず、誰とも哀しみを共有できないのはさぞつらいだろうと思い至り、私はぎゅっと、膝の上で拳を握りしめた。 これが犯人の思惑なのだろうな。 本人に直接手を下さず地獄を味あわせているのだから。 なんて卑怯な。 なにか話題はないかと考え、私は今日の出来事を話すことにした。「殿下、今日、後宮の妃のひとりで私の叔母であるチュンシー様に会いました」 すると殿下の肩がびくっと震える。「あぁ……そうですよね、後宮の妃は皆、十二支族出身だからシュエファさんのご親戚もいるんですね」「はい、その通りでございます。一連の事件についてもご存知でした。彼女に招待いただいたので、今度後宮の方に足を運んでみようと思います」「後宮に、ですか?」 そう言って殿下は目を見開き私を見る。「私は十二支族の関係について詳しくありませんし。陛下の隠し子の事も情報を集めたいと思いま
last update最終更新日 : 2026-01-31
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