私の返事を聞いて、殿下は悲しげな顔になる。 その顔は本当にやめてほしい。情がわいてしまうから。 まだ会って二日しか経っていないのに、私は年下の殿下に振り回されてばかりな気がする。 私は殿下から目をそらして湯呑を手にし、お茶を飲む。 だいぶ冷めてしまったな。お茶を飲んだ程度では私の気持ちは落ち着かないが。 妃か…… 私が結婚なんて考えたこともなかった。陛下にこの命を捧げると誓っているから。 陛下の寵愛を受けているし、結婚などあるわけがない。自分が何をしているのか自覚くらいある。 だからこのまま騎士として生涯を終えるつもりでいた。なのに人生とはうまくいかないものだ。「貴方に危険が及ばなければいいんですが」 そんな苦しげな声が聞こえてくる。 そんなことになるのだろうか。 騎士である私に刃を向ける者がいると? なくはないだろうが、それはそれで相手にも相当な覚悟が必要だろう。 そもそも私は戦場を何度も生き抜いてきたわけだから。 私は戦場での事を思い出す。 闇から奇襲をかけられることもあるから常に神経をとがらせていた。私自身が暗殺される可能性もあったし、背後から切り付けられたこともある。 戦場は敵がはっきりしているが、ここは違う。誰が敵で誰を信用していいのかわからない。そんな状況だし殿下は不安で仕方ないのだろうな。 ――私の前だけでも心安らかに過ごせたらいいが。 そんな思いがよぎり、私はハッとする。 何を考えているんだ私は。 自分の中に、殿下へ不思議な感情が芽生えようとしている気がしてなんだか気味が悪かった。 その週末。 事件から数日が過ぎた。 女官が殺された話はかん口令が敷かれているためか、誰も口にはしない。 ただ穏やかな日々が流れている。表面的には、だが。 後宮の妃選びが本格的に始まり、殿下の妃候補は誰になるのか、という噂話が女官たちの口から流れていた。 「巳の家のお嬢さん、金色の目をしていてとても綺麗なんですって」「ひつじの家のお嬢さんは金髪だって聞いたわよ? 西の国の人の血が流れてるって」「子の家のお嬢さんはとてもおっとりとしていて殿下とお似合いよ?」 などと、女官たちのおしゃべりは止まらない。 皆どこからそんな噂を仕入れてくるんだろうか。 私は自分の親族すら全部名前、出てこないぞ。 皇帝一家に後宮
最終更新日 : 2026-01-31 続きを読む