Tous les chapitres de : Chapitre 351 - Chapitre 360

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第351話

「もうこれ以上飲んだら店の酒がなくなっちゃうわ。飲み比べは終わりにしよう」健吾はグラスを口元から離すと、苦笑混じりに言った。「うちの綾のお達しだ。これ以上は遠慮させてもらうよ」颯太は笑いながら最後の一杯を飲み干し、お代わりを注ごうとしたところを、綾にボトルを奪い取られた。綾は自分にたっぷり一杯、颯太には半量ほど注ぎ足した。「颯太さん、改めて乾杯しよう。これまでずっと私を支えてくれて、本当にありがとう。これからの毎日が輝かしいものになりますように」綾は颯太とグラスを合わせ、飲み干した。颯太に抱く感謝は本物だった。湊に追い詰められ、健吾に誤解されていた辛い時期、明里以外で唯一信じられたのは颯太だけだったからだ。もし実の兄がいたなら、こんな人であってほしい――綾は颯太に対してそんな理想の兄のように思っていた。「綾さんのことは俺の実の妹みたいに思ってるよ。だから、当然のことをしたまでさ」颯太はグラスを高く掲げ、一気に飲み干した。「これから先も何かあったら、いつでも相談してくれ」綾が頷こうとする間も待たず、健吾が遮るように口を開いた。「颯太さん、お気遣いはありがたいですが、必要ありません。これからは俺がいますので。綾の悩みなら何だって解決できますよ」「そう願いたいですね」颯太は穏やかな笑みを浮かべ、淡々と返した。微妙に流れるピリピリした空気を察して、雅也が場を収めようとした。「敗者は酒を飲まされるルールで、こっちはずっと勝ちっぱなしで、お酒を一滴も飲めていないんですけど。綾さん、この辺でお酒を片付けて、別の遊びをしましょうか」「千葉さん、この二人をお願いしますね」綾はボトルを下げさせ、スタッフにフルーツとお茶を運ばせた。明里はソファで満足そうにニヤついている。綾はそっと明里の顔の前で手を振った。「酔っ払ってないんでしょ?何がそんなにおかしいの?」明里は綾の腕に抱きつき、その肩に頭を預けた。「それで、これからは何をするつもりなの?」「まずはピラミッドを見て、そしてオーロラね。砂漠を歩くのもいいかも……」どこに行こうと、どうせ健吾がついてくる。健吾がいれば、どこだってそこが家になる。「ただ遊び回るだけ?前に約束してた共同創業のことは忘れたの?」明里はわざとらしく指摘した。
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第352話

G国行きの国際線機内で、綾はゆっくりと目を開き、疲れた体を少し動かした。「もう少し寝てなよ。着陸までまだ3時間あるから」健吾は、爽やかな笑みを浮かべながら優しく声をかけた。綾は呆れたように彼を睨みつけた。飛行機に乗るって分かっていて、昨夜あんなに疲れさせたくせに。よく眠れなかったせいか、全身の骨がバラバラになったような感覚だ。着いたら数日は休まないとダメかもしれない。キョトンとした顔の健吾は、「何がそんなにお気に召さない?」と聞いた。綾は顔を赤らめた。なんて答えればいいのだろうか?彼女はお腹をさすって「別に。ただお腹が空いただけ」と言い繕った。飛行機に乗ってからずっと眠っていて、水一滴すらも口にしていなかった。健吾は手を挙げて客室乗務員を呼び、綾に食事を選ばせた。綾はミネラルウォーターとパスタ、ソーセージ、それから野菜サラダを注文した。健吾はコーヒーを1杯頼み、ゆっくりと啜った。「私、食べすぎって思われてない?」と綾が冗談を言う。健吾の食は細い。一緒に食事をするときは、いつも綾のほうが多く食べている。健吾はくすりと笑った。「昨夜、うちの綾があれだけ頑張ってくれたんだ。これくらいは普通だよ」「やめて、からかわないでよ」綾はさらに真っ赤になった。仲直りしてからというもの、この人は数ヶ月飢えていた獣のようで、いくら求めても足りない様子なのだ。その恥じらう姿を見て、健吾は低く笑った。「寝ている間に、明里から連絡が来てたぞ」綾は口の中のものを飲み込んでから聞いた。「ネットに繋いだままにしてたのかな?」「離陸前に機内のWi-Fiに繋いでおいてあげたんだ」健吾は十数時間のフライトが退屈ではないかと先回りして準備していたが、まさか綾がこれほど深く眠るとは思わなかったらしい。「少しは気が利くのね」綾は笑いながらスマホを手に取り、明里に返信をした。大した用件ではなかった。【どこに着いた?】、【無事に着いたら連絡して】という心配の連絡だ。食事を終えると、先ほどの眠気はすっかり消えていた。綾は健吾の肩に寄りかかり、窓の外の雲海を見下ろした。本当に幸せだ。大好きな人がそばにいて、一緒に自由を楽しめるなんて、まるで夢のようだ。寝てしまったせいで、起きてもこの現実が消えていないか不安になっ
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第353話

しばらくいちゃいちゃしてから、綾はホテルの部屋の中をふらりと歩き回った。健吾はその隙に、二人の荷物を広げて中身をきれいに整理した。綾がパジャマを持ってバスルームへ向かいドアを閉めようとした時、健吾がドアを押さえ、彼もまた自分の着替えを持って中に入ってきた。「出て行ってよ」綾が健吾を押し出そうとする。彼を一緒に入れたら、まるで狼を入れるようなものだ。健吾が狼なら、自分は羊だ。素直に食べられるのを待つしかない。普段ならともかく、今日はもうへとへとで、そんな気分にはなれなかった。健吾は綾のささやかな不安を察して、「何もしない。ただ体を洗ってあげるだけさ」と言った。「本当に?」綾は半信半疑で聞き返す。「約束する」そう言って健吾がシャワーの蛇口を捻ると、二人は一瞬でずぶ濡れになった。綾は仕方なく、健吾のなすがままに任せることにした。幸い健吾は約束を守り、綾が眠るまで大人しく、何もしなかった。その夜、綾はぐっすりと眠り、朝にはすっかり目覚めが良く、身体の疲れもどこかへ消えていた。健吾は既に起きていて、ソファでノートパソコンを開き、仕事の処理をしているようだった。綾が起きたことに気づくとノートパソコンを閉じ、近づいてきて彼女の腰を抱き寄せ、「朝は何が食べたい?」と小声で尋ねた。綾は少し考えて、「地元の食べ物がいいな。あっさりしたものでお願い」と答えた。健吾はホテルのフロントに電話をし、希望を伝えた。綾が身支度を終えた頃、ちょうど朝食が部屋に届いた。専属のバトラーが、料理の歴史やおすすめのソースの組み合わせを丁寧に教えてくれる。ゆっくり煮込んだそら豆にオリーブオイルとレモンをかけた料理や、優しい味のコロッケ、さらに石窯で焼いた出来立てのパンまであった。飲み物はハイビスカスティーを選び、健吾はコーヒーを注文した。綾は好き嫌いがないため、朝食を存分に堪能し、その様子を写真に撮り、インスタにアップした。コーヒーを飲みながら、健吾も片手でスマホを確認する。「颯太さんが『いいね』、か。こいつ、まだ諦めてないのか?」綾がじろりと健吾を睨む。「やめてよ。颯太さんはそんな人じゃないわ」「そんな人だとしても構わないさ。お前は俺の目の届くところにいるんだ。死んでも離さないよ」真剣な面持ちで語る健
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第354話

それから二人は街でお土産を買って、配送の手続きをした。昼食には現地の料理を楽しみ、綾が疲れるまで街を散策してからホテルに戻って休んだ。ベッドに横たわると、健吾はまるで手放したくない宝物のように綾を強く抱きしめた。「健吾、苦しいよ」綾は目を細めてつぶやいた。とても眠く、まぶたが重くて開けられない。健吾は力を抜いたが、腕をほどくことはなかった。「おやすみ。いい夢を」綾は小さく返事をして、健吾の胸に寄り添いながらうつらうつらと眠りに落ちた。健吾は、彼女の寝顔をどれだけ見つめても飽きることはなかった。ようやく取り戻せたこの瞬間が、まるでいつ醒めるかわからない夢のように感じられた。翌日、二人は車でピラミッドを見に行った。綾はカメラを持ち出し、健吾の写真を何枚も撮影する。かつて恋人だった頃と同じように。綾のレンズも、目も、心も、すべて健吾だけで埋め尽くされていた。健吾は根気よく綾に合わせ、求められるままに色々なポーズをとった。夜のベッドでもこれくらい積極的になってほしいものだが、と、彼は密かに思った。二人は夢中になって遊び、健吾が綾からカメラを受け取った。「今度は俺が撮ってあげる」「ありがとう。上手に撮ってね」風に吹かれてロングスカートが舞い上がる。その姿は、砂漠に舞い降りた白い蝶のようだった。美しく儚げに見えて、嵐に立ち向かう強さと勇気を秘めている。「ねえ健吾、後ろ姿を撮って。空とピラミッドも全部入れてね」綾がそう呼びかけ、両手を広げてピラミッドに向かって駆け出した。熱い風が体を通り抜け、心が火照っていくような気分だった。「うまく撮れた?」数十歩走ってから振り返った瞬間、綾の笑顔は凍りついた。まるで時間が止まったかのように。健吾が立っていた場所には、誰もいなくなっていた。不安と焦りが胸を押しつぶす。「健吾!」叫び声を上げて、人混みの中をふらつきながら探し回る。「健吾、どこなの?冗談はやめてよ」何度も叫んだが、返事はなかった。「健吾!本気で怒るよ。隠れてないで、すぐ出てきて!お願いだから、返事して!」やはり応えはない。膝から崩れ落ち、熱い砂の上に座り込んでから、綾は震える手でスマホを取り出し電話をかけた。「おかけになった番号は電波の届かない場所に……」
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第355話

でも、そんなことあるはずがない。自分は今、健吾と一緒にG国に来ているのだから。昨晩だって、彼の腕の中でその体温と匂いを感じていた。女性観光客は落ちていたスマホを拾い、綾の手に握らせた。「警察に連絡して、探してもらいましょう」そうだ、警察だ。健吾が何か事件に巻き込まれたのかもしれない。綾は地元の警察に通報し、間もなく警察が到着した。綾が健吾の失踪の経緯を説明すると、警察官たちは顔を見合わせ、彼女を警察署へ連れて行った。彼らがホテルに問い合わせ、綾が男性と同行していたことは確認が取れた。「本当に相手がどこかへ行くとき、何も言わなかったのですか?」「はい。写真を撮ってもらっている最中で、振り向いたら姿が見えなくなっていました」綾は震える気持ちを抑え、毅然と言い切ろうと努めた。「ホテルに戻って待ってみてください。先に帰っているかもしれません。夜になっても戻らないなら、捜索しますので」「今すぐ探すことはできないのですか?」綾は必死に訴えた。「残念ですが、相手はしっかりした大人で、拉致などの可能性は極めて低いです。他にも急ぎの仕事がありましてね」どうやら警察は、綾を大騒ぎする旅行者か何かだと思っているらしい。追い返されるように署を出て、綾はホテルに戻るしかなかった。部屋のドアを開けるとき、心臓が大きく跳ねた。しかし、部屋には誰もいない。突きつけられた静寂に、希望は絶望へと変わった。力なくベッドに倒れ込む。魂が抜けたようで、体の感覚すら薄れていった。耳を澄ませて、鳴るはずのないベルの音を待つしかなかった。やがて部屋は暗闇に包まれ、混沌とした時間の中で意識を取り戻すと、綾は再び警察へ電話した。「あの、まだ夫が戻りません。どうしても探してはいただけないのでしょうか?」「こちらが確認したところ、ご主人はもう帰宅したそうですよ」返ってきた言葉に、綾は血の気が引く。自分の精神状態がおかしいのか、幻聴を聞いているのではないかと思った。「あり得ません!何かの間違いです!」「本人に確認の電話をしました。自分で『もう帰ったから探すな』と言っていたんです。不要な通報はおやめください」通話は切られた。綾の指が固まり、健吾の番号にかけた。電源が入っていないのではなく、拒否されている。綾はメ
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第356話

綾は自分の耳を疑ったが、聞こえてきたのは間違いなく健吾の声だった。何かの間違いだ。これは本当じゃない。綾が問い詰めようとメッセージを送ったが、いくら待ってもスマホの画面に既読はつかなかった。健吾にブロックされた。突然の出来事に、綾はただ呆然とするしかなかった。すべては夢だったのではないか、と疑う。健吾と仲直りしたことさえ、自分の幻想だったのかもしれない。綾は薄暗いホテルの部屋で、一晩中動かずに座り込んでいた。涙さえ出ず、ただ絶望と恐怖だけが募る。水で満たされた暗い箱に閉じ込められたようだ。息が詰まるような苦しみに、胸が押しつぶされそうだった。昼ごろ、ホテルのバトラーがノックをしにやって来た。何度呼んでも返事がないため、バトラーは扉を開けた。部屋の中を見て、彼はぎょっとした。綾は椅子に深く腰掛けたまま、まるで石像のように体が硬直し、顔色は紙のように真っ白だ。唇から血の気も失せ、うつろな目は一点を見つめて動こうともしない。バトラーがそっと近づいて鼻先に指を当てると、微かに吐息が感じられて、胸をなでおろした。「お客様、どうされましたか?」綾は首を横に振るだけだった。自分でも何が起きたのか分からない。まるで気が狂ってしまったようだった。「お手伝いできることはありませんか?」綾が何も答えられずにいると、突然スマホが鳴った。溺れる人が空気を求めたかのように、綾は激しくスマホに手を伸ばす。表示されていたのは冬馬からの着信だった。「あの、健吾がどこにいるか知りませんか?」冬馬の声は沈んでいた。「健吾はI国に戻った。離婚の書類は俺が代理で進めてくれと言われたんだが……二人の間に何があったんだ?」「私にも分かりません」綾は泣きじゃくりながら、昨日あった出来事を話した。「お父さん、健吾は誰かに脅されているのでしょうか?以前、スージーさんと無理やり結婚させられたのも、彼のお母さんの差し金でしたよね」「その可能性も否定はできん。だが昨夜のテレビ通話で見た健吾は、口調も穏やかで様子に乱れもなかった。誰かに強要されているようには見えなかったよ」冬馬の声には、気遣うような色と不安が混じっていた。「もう一度だけ確認してくれませんか?健吾がそんなことをするとは信じられません。彼との連絡手段も、すべてブロ
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第357話

「綾さん、何か口に入れなさい。お腹が空くでしょ」綾は食欲がなく、「お父さん、どうか真実を話してください」と返した。声が掠れ、喉が焼けつくように乾いていた。「どんな結果でも、受け止められるか?」お茶を一口飲みながら、最悪の結果とは健吾を再び失うことだと綾は思った。「受け止めます」運が悪い人生なんて、慣れっこだった。「健吾が言っていたんだ。君との結婚はただの報復だと。昔捨てられたことへの、復讐心だったそうだ」ガチャーン!綾の手から茶碗が落ち、砕け散った。「危ない。手を切るぞ」冬馬はすぐさま片付けるよう使用人を呼んだ。「綾さん、君には本当にすまないことをした。望む補償があれば何でも言ってくれ」綾は麻痺したように首を振り、「信じません。健吾に会いに行きます」と答えた。「だめだ。エステ家はI国で絶大な権力を持っている。彼らを怒らせれば命がない」「怒らせるつもりはありません。健吾から直接説明を聞くだけです」冬馬は困り果てた。実は彼自身も、息子の行動を信じ切れていなかった。しかし、それはビデオ通話越しに健吾が自ら告げたことだった。実の息子を見間違えるはずがない。「まずは1日休め。明後日、俺が付き添って一緒に行くから。それでいいかい?」綾は冬馬を見つめ、静かに頷いた。部屋へ案内され、シャワーを浴びて着替えたが、綾はどうしても眠れずに天井を眺めていた。いつの間にか眠りについたようだが、すぐに目が覚めてしまった。一晩に何度も目を覚まし、たまらなくなって服を着て立ち上がった。綾は健吾の部屋を借りていた。室内には彼の私物がそのまま置かれている。ハンガーには、綾が手作りしたネクタイがかかっていた。綾はそのネクタイに鼻を寄せ、健吾特有の匂いをそっと確かめた。ピラミッドを見に行く前は、あんなにも楽しそうに次の旅行の相談をしていたのに。どう考えても、これがすべて報復だったなんて信じられなかった。夜明けを待って、綾は下の階にいる冬馬に聞いた。「あの、今日すぐに出発することはできませんか?」冬馬は綾の憔悴した様子を見て、断りきれなかった。「手配させる。その代わり、俺の言うことを聞くんだ。しっかりご飯を食べるんだぞ」綾は小さく頷いた。「分かりました」食べなければ、この問題を解決
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第358話

綾が目を覚ますと、冬馬と食事をした。運転手に空港まで送ってもらった。綾は青木家のプライベートジェットに乗り込むと、健吾と初めてI国に行った時のことを思い出した。当時はまだ湊の妻で、健吾は自分のことを恨んでいた。ずっと前のことのようにも、つい昨日のことのようにも思える。あの幸せは、最初からなかったことのようだ。冬馬は傷ついた様子の綾を見て、何と声をかけるべきか迷った。二人はI国に到着すると、休みもそこそこにエステ家のお城へと向かった。使用人は冬馬だけをお城に入れ、綾を外で足止めした。すると、冬馬は怒って言った。「綾さんは俺と一緒に来たんだ。客人に等しいだろう!」そこへカタリナが芝生を通り抜けてやってきた。「彼女を気に入らないことは知っているでしょ?わざわざ連れてくるなんて、私を怒らせるつもり?一人で入るか、二人とも入らないか。どちらか選んで!」最後まで、カタリナは綾の方を一目も見なかった。綾は二人を困らせたくなくて急いで言った。「お父さん、中へ行って様子を見てきてください。私はここで待っていますから」冬馬は一瞬迷ったが、仕方なく頷いた。カタリナは頑固で気性が荒く、彼でも説得しきれないのだ。綾は冬馬を見送り、お城の前で不安げに待っていた。空はどんよりと曇り、お城の重苦しい雰囲気を際立たせていた。お城に入った冬馬に、カタリナはお気に入りの紅茶を用意させた。冬馬が離婚を求めたとはいえ、カタリナは彼に対して怨みを抱いてはいない。冬馬は単刀直入に尋ねた。「健吾はどこだ?」カタリナは使用人に指示した。「チェッコを呼んできて。お父さんが来ていると伝えて」使用人は急いで応じた。健吾はちょうどお城裏の馬場で乗馬中だった。話を聞くとすぐさま馬から降り、応接室へと歩き出した。「父さん、急にどうしたんだ?」冬馬は鋭い眼差しで健吾を観察したが、変わったところは見当たらない。「綾さんも一緒に来ている」健吾の表情が曇った。「あいつが何しに来た?ほんと、興ざめだな」「本当にもう、彼女のことは嫌いなのか?」「かつて病弱な男のために俺を捨てたんだ。心底恨んでるさ。好きなわけがない」冬馬は厳しく問いただした。「じゃあ、なぜ入籍までしたんだ?」健吾が綾のために青木家やエステ家と縁を切ると言
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第359話

冬馬はショックを受けつつも憤慨した。綾が外で独りぼっちで待っているかと思うと、いたたまれない気持ちになったからだ。「綾さんが外にいる。一度会ってやってくれ」健吾は躊躇することなく言い放った。「そんな取るに足らない奴に会う時間はない。帰らせろ。もう、二度と俺に関わるな」「何を言っている!ちゃんと会いにいくんだ!」冬馬の声には強い命令がこもっていた。健吾はため息をついた。「分かったよ。父さんの顔を立てて、一度だけ会う」空で雷鳴が轟き、綾はびくりと身を震わせた。遠くから黒い雲が押し寄せ、突風にあおられて、今にも倒れそうになる。綾はまるで木のように、エステ家のお城の外で踏ん張り、入り口をじっと見つめていた。しばらくして、ようやく待ちわびた相手が姿を現した。「健吾!」綾は震える声で叫んだ。健吾は眉間にしわを寄せ、あからさまな嫌悪感を露わにする。「大声を出さないでもらえるか?」綾は呆然とした。駆け寄ろうとしたが、足が鉛のように重い。目の前の人物は、健吾と同じ顔をしている。でも、健吾じゃない。全くの別人だ。「本当に……健吾なの?」「俺の復讐は終わりだ。俺たちもこれで終わりだよ」綾は瞳を大きく見開き、「信じない!」と声を張り上げた。健吾は鼻で笑った。「信じようとそうでなかろうとお前の勝手だ。二度と俺の前に姿を見せるな」諦めきれない綾が健吾の腕にしがみつく。「誰かに脅されているんでしょ?強引に私と別れさせられているのね?」健吾は力任せに振り払った。「誰も俺を脅しなんてしない。今の俺は最高に自由だ。お前たちが来る前も、乗馬をして楽しんでいた。このお城だって好きに歩き回れる。しようと思えば、明日にも父さんと帰国できるんだ……他に聞きたいことでもあるか?」綾は口を開いたが、それ以上言葉にならず、唇を強く噛みしめて涙をこらえた。今にも零れ落ちそうな瞳と対峙した瞬間、健吾の胸が鋭く痛んだ。綾の不服そうな視線は、まるで自分の身体を通して別の誰かを見つめているかのようだ。健吾は目をそらし、不快感を隠せなかった。この胸の痛みは、絶対に他の理由がある。綾とは関係ない。「さっさと帰れ。二度と来るな。俺の妻は、つり合いのとれる名家のお嬢様がいい。大人しく離婚届に判を押しな。でないと、力ずくで離婚させる手段は
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第360話

冬馬は綾を自身の別荘にかくまい、管理人のトーニーに綾の世話を託した。彰人は健吾が離婚を考えていると聞き、心労で倒れてしまった。冬馬は急ぎ帰国しなければならず、I国での滞在を切り上げた。綾は何の手がかりもなく、困り果ててマルスに連絡をとった。「マルスさん、健吾と会えるように取り計らってもらえないかしら?」「綾さん、直接お会いしてお話ししましょう」綾が別荘の場所を伝えると、マルスはすぐに駆けつけた。「綾さん、私は最近ルカ様に遠方への出張を命じられていたので、健吾様と綾さんの間に何があったのか存じ上げないのです」マルスは、健吾が離婚をしたがっているということだけ耳にしていた。綾が連絡をよこさずとも、自分から尋ねるつもりだったのだ。その話を聞き、何かがおかしいと確信した綾は、ここ数日の出来事を細かく伝えた。すべてを聞き終えたマルスは深く考え込み、断言した。「綾さん、私は健吾様と幼い頃から一緒に育ちました。私の考えは綾さんと同じです。健吾様がこのようなことをする方とは思えません」健吾が綾を深く想っていることは自分も見てきた。それは断じて、ただの復讐心などではない。その言葉を聞き、綾は少しだけ心が軽くなった。「だから、何が起きているのか突き止めるために、何としてでも健吾と接触しなきゃ」「実は健吾様は今日パーティーに参加される予定です。なんとかお連れしましょう。ただ、パーティーのスタッフに扮していただく必要があるかもしれません」綾は即座に応えた。「かまわないわ。健吾に会えるなら、どんな格好でもする」夜になり、マルスはパーティー会場に綾を潜入させ、使用人用の制服を用意した。綾は服を着替え、会場へと足を踏み入れた。シャンパングラスを載せたトレイを手に、人波を縫うように歩き、健吾の姿を探した。その時、一人の若い女性が目の前に立ちはだかった。青いドレスに豪華な宝石を身に纏ったその女性を見て、綾はすぐにこの人が健吾と婚約しそうになったスージーだと察した。綾は冷静を装い、初対面のような態度を貫いた。スージーも自分のことは知らないはずだ。ところが、その場を離れようとした綾の腕を、スージーが掴んだ。「綾さん、ここはあなたが来るべき場所じゃないわよ」おそらく綾にも分かるように、彼女はE国語で言った。
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