All Chapters of 初恋と付き合ったら、車椅子の元夫が立ち上がった: Chapter 741 - Chapter 750

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第741話

だが、陽葵が妥協案を口にするより早く、颯太は強い口調で遮った。「もう決めたんです。今日皆さんを呼び戻したのは、相談じゃなくて通知ですから」この言葉に、宗介は激怒し、手すりを握りしめて立ち上がり、憤りで激しく咳き込んだ。そして、すぐに執事を怒鳴りつけた。「こいつを部屋に閉じ込めろ!俺が許可するまで、一歩も出すな!」真由美は反射的に止めようとしたが、ふとブレーキがかかった。ここで止めなければ、颯太は本当にいなくなってしまうかもしれないからだ。真由美は胸を締め付けられる思いで、悔しさを堪えて一歩退いた。すると、沙羅が口を開いた。「おじいさん、今はもうそんな時代じゃないです。勝手に人を閉じ込めるなんて、監禁と同じですよ!」宗介は目をむき、杖を床に強く打ちつけた。「ここは杉本家だ。この家では俺の言うことが絶対だ!俺がいなければ、今の杉本家も、お前たちの暮らしもなかったはずだ!」陽葵が不服そうに鼻を鳴らし、冷ややかに言い返した。「おじいさんがいなければ、少なくとも美羽さんはあんなに悲惨な死に方をせずに済んだんですけど」そう言いながらも、陽葵も颯太を助けようとはしなかった。たぶん、ただの一時の迷いだ。そう思い、少し頭を冷やすのも悪くないと感じていたのだ。颯太は帰宅する前からこの結果を予測していた。反抗せず、反論も一切口にせず、大人しく自分の部屋へと向かった。力ずくで強行突破すれば、ソフィアとの未来が穏やかなものになることは、もう二度とないのだと分かっていた。どうしてもソフィアのいるI国へ行くつもりだが、だからといって家族との絆を断ち切る気はない。家族の祝福がない結婚など、どんなに華やかでも決して幸せにはなれないからだ。健吾と綾を見ていれば分かる。家族の反対の末、二人がいかに傷ついてきたか。自分が苦労するのはいい。しかし、ソフィアには正当で立派な関係性が必要なのだ。自分には健吾のような決断力はない。実家をあっさり捨てられるほどの根性もないのだ。祖父は頑固だが、唯一の孫である自分には格別な愛情を注いでくれている。両親や姉たちだって、自分を何よりも大切にしてくれていた。仕事なら一からやり直せる。でも、家族のことは、どうしても見捨てられないのだ。いつか、ソフィアを連れて胸を張って帰宅したい。そして、対立ではなく、
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第742話

真由美は颯太を慈しむように見つめ、その瞳を潤ませた。我が子の繊細で優しい性格を、母親として誰よりも理解していたからだ。「東都で良い女性と巡り合って、二人で静かに暮らせばいいでしょ?どうしてわざわざ、そんな遠い異国の地まで行かなければならないの?」颯太は穏やかに返した。「母さん。俺が愛している人はI国にいる。ただそれだけなんだ」真由美は声を詰まらせた。「颯太、昔は綾さんのことが好きだったでしょ?今なら綾さんも独身だし、もう一度やり直せるはずよ。おじいさんには私からしっかり頭を下げて、綾さんとの結婚を認めさせるから」「綾さんには、彼女の新しい生活がある。そんな話はもう二度としないでくれ」颯太は真由美の顔を見つめ、自嘲気味に聞いた。「数年前に真帆姉さんがD国人の恋人を連れてきたとき、母さんたちは反対しなかっただろう?なぜ俺だけダメなんだ?」真由美は、「男だからよ」と口にしかけて飲み込んだ。颯太が、3人の姉たち以上に杉本家の古い考え方を嫌っていることを痛いほど知っていたからだ。宗介や父親の杉本義治(すぎもと よしはる)が理不尽な扱いをするたび、颯太はいつも真っ先に立ち上がり、姉たちのために声を上げてきた。それに、仮に今の颯太ではなく真帆がD国へ嫁ぐと言い出しても、首を縦には振らなかっただろう。「母さん。俺はもう大人だ。自分の人生くらい、自分で選ばせてくれ」真由美は言葉を継げなかった。家で起きた数々の出来事を経て、颯太の言っている道理は重々分かっていた。ただ、我が子を想うがゆえに、年老いた今、颯太たちを側から離したくないと願うばかりだった。真由美は颯太の手を握り、その甲をぽんぽんと叩いた。自分でも理不尽だと分かっていながら、こう言い放つ。「颯太、私やお父さんの気持ちも少しは考えて。おじいさんだって、もう年なのよ」言い終わると、真由美はそそくさと部屋を出た。颯太は情に厚い。真由美は、息子のその優しさに付け込み、心を縛ろうとしていた。廊下で待ち構えていた沙羅と陽葵は、真由美の沈痛な面持ちを見て表情を曇らせた。「おじいさんは?」と真由美が尋ねる。沙羅が答えた。「胸が痛いって。医者の診察は済んだわ。過度の興奮が原因だから、これ以上刺激するなって言われてる」陽葵があくびを噛み殺した。「もう寝る。地球が滅びるわけ
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第743話

「頼めるのは綾さんしかいないのよ。母にとって颯太はたった一人の息子だし、祖父に至っては……」真帆は、そこで言葉を切った。綾の表情が曇った。「申し訳ありませんが、杉本家とは一切関わりたくありません。理由は真帆さんもよく分かっているはずでしょう」綾には忘れられない記憶があった。宗介の身勝手で非情なやり方のせいで、美羽は子供とともに命を落とし、ユリの花が咲く庭で非業の死を遂げたのだ。「分かったわ。無理を言ってごめんなさいね」小さくため息が漏れ、通話が切れた。綾は小さく笑った。颯太も随分と思いきったことをするようになったものだ。ソフィアと一緒になるために、I国へ婿入りするつもりだなんて。いかにも颯太らしい選択ではあるけれど。自転車で角を曲がった時、突然、コントロールを失った車が歩道を乗り越え、綾に向かって突っ込んできた。あまりに突然の出来事に、避けようとしたものの間に合わず、激しく道端に投げ出された。右腕に走った強烈な激痛で、意識が遠のく。涙が溢れ出し、冷や汗が一気に体から吹き出した。ぶつかってきたドライバーも青ざめ、車を降りた足はがくがくと震えていた。綾は相手が救急車を呼んでくれるとは思わず、痛みに耐えながら、自ら救急と警察へ通報した。事後処理のことが頭をよぎり、健吾にも電話をかけた。「健吾、事故にあって腕を折っちゃった。これから病院に行くから、そっちに来てくれない?」「車とぶつかった」とはあえて言わなかった。健吾が余計に動転するのを避けたかったからだ。健吾が病院名を尋ねた。「分かった。すぐに向かう」ほどなくして、警察と救急車が現場に到着した。加害者は警察に身柄を引き渡され、綾は担架に乗せられ、救急車で病院へ搬送された。病院へ着くと、すぐに健吾が駆けつけてきた。その姿を見るなり、綾は泣き出した。「健吾、すごく怖かった……」車が突っ込んできた瞬間、死を覚悟した。そんな恐怖を何度か味わった綾にとっても、今回はあまりに衝撃的だった。診察の合間に、車とぶつかった経緯を話した。健吾は胸を締め付けられる思いだったが、表面上は穏やかさを保った。綾の頭をなでながら、彼は優しく言った。「大丈夫、ここにいるよ」健吾は余計なことは聞かず、綾の検査に付き添い続けた。幸い検査結果に異常は
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第744話

「痛むか?」と健吾がそっと尋ねる。ギプスで固定された綾の腕に視線を落とし、健吾がごくりと喉を鳴らす。綾は首を横に振って、ふわりと笑った。「麻酔をしているから、平気だよ」本当は麻酔が切れるにつれ、鈍い痛みがじんわりと広がっている。それでも健吾に心配はかけたくなかった。健吾は看護師と共に綾を特別病室まで運んだ。看護師から細かく入院の説明を受ける。「2日間の様子見で退院できるはずですよ。2ヶ月後にギプスを外し、ボルトを抜きましょう」健吾は内容をしっかりと覚え、丁寧に頭を下げた。看護師が病室を後にすると、健吾は綾の顔に温かい手を重ね、親指で彼女の唇をそっと拭った。「これからは大人しく車で通勤しなよ」綾は声を上げて笑った。「今までずっと自転車で通ってたんだよ。今日はたまたまだし、あまり過保護にならないで」健吾はそれ以上言い返さず、椅子を引き寄せて綾の横に腰かけた。「マルスが警察署に行ってきたよ。相手のドライバーの居眠り運転が原因だから、向こうに全責任がある」綾が感謝の眼差しを向けると、健吾の目の下にうっすらとクマがあることに気づいた。最近仕事も立て込んでいて、昨夜も徹夜だったのかもしれない。「ありがとう。もう大丈夫だから、会社に戻ったら?」と綾が小さく促す。健吾は眉をひそめた。「仕事の道具も書類もこのあと秘書が届けるから。綾はただ養生することだけを考えて。俺はここで見守るよ」説得しても無駄だとわかっていた綾は、それ以上何も言わなかった。ギプスを巻かれた右腕を見下ろし、綾は心の中で小さくため息をつく。しばらく実験は無理だ。だが諦めきれず、左手でスマホを取り出し、惜莉にノートパソコンを持ってくるように連絡した。実験器具の操作はできないが、左手で入力くらいならできる。研究の進捗を確認するくらいは平気なはずだ。「テレビでも見て、のんびりしたらどうだ?」と健吾が苦笑する。綾が壁のテレビを見上げた瞬間、その目に消えない哀しみの色がよぎった。湊によって海の上で監禁されていた時、嫌というほどドラマや映画を見せられたからだ。今では娯楽として画面を見ることは、綾にとって無理に近い。思い出しただけで、胸が苦しくなる。「2ヶ月も大人しくなんてできないよ。じっとしているのは苦手だしね」と綾はふてぶてしく
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第745話

綾は胸の奥がキュンとして、その言葉を飲み込んだ。惜莉もすぐに駆けつけてくれた。彼女は綾の体を気遣い、自分は仕事を休んででもここに残って看病するとまで言い出した。綾がなんとか説得して、やっと惜莉を職場へと帰らせた。病室がようやく静まり返ると、健吾はすぐに仕事に戻った。綺麗な指先で、時折キーボードを叩く音がする。綾もまた左手でマウスを操り、画面のデータを真剣に追った。室内に響くかすかなタイピングの音が交互に重なり、そこに安らぎを感じるような心地よいリズムが生まれていた。昼過ぎ、幸子が差し入れを持ってきてくれた。綾のギプスを巻かれた腕を見た途端、幸子は目を真っ赤にして、悲しそうに涙を拭った。綾はあわてて笑い、幸子を安心させた。「山下さん、これはほんのちょっとの怪我だから。気にしないで」幸子は声を詰まらせて言った。「綾様、まだ30にもなってないのに、こんなに辛い目にばかり遭って……見ていて本当に切ないですよ」綾は黙り込んだ。人一倍苦労してきたかもしれない。けれど、得たものも人一倍多いはずだ。順調な仕事、賢い子供たち、いつも静かに寄り添ってくれる健吾、そして無条件に味方してくれる明里の存在……これらを一度にすべて手に入れられる人間は、そう多くはないだろう。だから綾は、自分が惨めだと思ったことは一度もない。起こることにはすべて意味があり、それを受け入れればいいと思っている。食後、少し廊下を歩いていると眠気がやってきて、綾はベッドに入ってまどろんだ。ふと目を覚ますと、健吾はまだ仕事を続けていた。綾は、健吾の集中した眼差し、光に照らされて際立つ凛々しい横顔を眺めた。本当にカッコいい。心の中で小さくため息をついた。何度見ても、この顔に簡単に惚れ直してしまう。気配を感じたのか、健吾がこちらを見て言った。その声は少し低かった。「喉が渇いたか?」「自分でやるからいいよ」綾は体を起こすと、スリッパを履いて水を2杯分入れた。まず片方を健吾の側に置く。彼は仕事に夢中になると水を飲むことさえ忘れてしまうし、病室は空気が乾燥して唇が荒れていたからだ。健吾は水をごくりと飲むと、瞳の奥に笑みを浮かべた。綾が横に立って言う。「健吾、夜は家に帰って寝て。子供たちが心配だから」彼が拒否しようとする前に、食い気味にこ
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第746話

普段は五体満足で気づかないけれど、両手が使えるのは本当に大事だ。利き手の右腕を骨折して、綾はようやくその不自由さを痛感していた。ただ手を洗うだけでも、ソープを出すのに一苦労。食事もスプーンか、最悪手づかみで食べるしかない……今も一人でシャワーを浴びているけれど、右腕を濡らさないように左手でシャワーヘッドを支えるだけで必死。動作がぎこちなくて、まるで人間社会に放り出されたばかりのゴリラみたい。なんとか体を濡らすだけで、もうへとへとに疲れてしまった。綾は濡れた姿で洗面所に立ち、ボディーソープを見つめて頭を抱える。汗もかいたし、水だけで流すわけにはいかない。「綾」どうしようかと悩んでいた時、外から健吾の声がした。「女性のヘルパーを呼んでおいたんだけど、手伝ってもらうか?」綾はすぐに答えた。「お願い!入ってきて!」夜も遅いし、ヘルパーの手配は明日でいいと思っていたのだけど。右手も不自由だし、転倒したら危ないからとドアの鍵は開けたままにしていた。ヘルパーがドアを開け、丁寧に手を消毒してから入ってきた。「ご夫婦なのに、こんなに遠慮し合っているなんて珍しいですね。お風呂で背中を流すくらい、気になさらなくてもいいのに。もっとも、ご主人は見るからに社長さんみたいですから、人のお世話をする機会なんてあまりなかったのかもしれませんけど」綾は困ったように苦笑するだけで、変な誤解を招くのが嫌で余計なことは言わなかった。確かに健吾は生粋の御曹司だけど、本当はすごく気配り上手で、普段から子供たちの世話も苦にせず自分からやってくれる人なのだ。今夜、わざわざヘルパーを呼んだのは、自分なりのプライバシーへの配慮からだろう。健吾はこんな時に、人の弱みに付け込んで彼女を困らせるような人ではない。綾がシャワーを終えて出てくると、健吾はまだパソコンに向かって仕事中だった。「もう遅いわよ。早く帰って、子供たちの寝る時間でしょ」健吾はパソコンを閉じると眉間を揉みほぐし、そのままそっと綾を抱きしめ、肩に顔をうずめた。「やっぱり、今夜はここにいてやろうか?」健吾の温かな息が首筋にかかり、くすぐったくて、綾は思わず身をすくめた。「必要な時はヘルパーを呼ぶから、大丈夫」「分かった」と健吾は短く返し、しばらくしてよう
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第747話

翌朝、綾が目を覚ますと、間もなくして健吾が朝食を持ってやってきた。「山下さんが手作りしたものだよ。冷めないうちに食べて」綾が牛乳を一口飲むと、心がじんわりと温かくなった。「昨夜、子供たちは騒がなかった?」健吾は綾にパンを手渡し、笑った。「いい子にしてたよ。ただ、朝から一緒に行くって聞かなくてね」何気ない会話を交わしながらの朝食中、綾は健吾の穏やかな横顔を見ていると、朝風が胸を通り抜けるような、不思議なときめきを覚えた。朝昼晩の食卓を囲む、こうした4人の生活は、かつて夢見ていた光景だった。綾は子供の頃の自分を思い出す。両親が生きていて、こんな風に穏やかな日々が続けばいいと願っていたあの日々を。壮真と瑞希は日ごとに大きくなり、理解することも増えてきた。もしも二人に、「なぜパパとママは一緒に住んでいないの?」と聞かれたら、どう答えればいいのだろう?切なさと不安が心の中で交差し、進むべき道を選べずにいた。綾の上の空の様子を見て、健吾は心配そうに尋ねた。「腕が痛むのか?」綾は顔を上げ、まっすぐ彼の瞳を見つめた。「健吾。客観的に考えて、私たちの未来はどうあるべきだと思う?」健吾は一瞬目を丸くし、瞳に星のような光が宿った。彼はゆっくりと口を開いた。力強い響きの声だった。「客観的に考えても、感情で考えても。俺たちの未来は必ず一緒になる。ただの時間の問題だ」「歴史が繰り返すのと同じように?」と綾が聞く。「歴史に比べれば、俺たちの人生なんて短い。そんな循環の中にはまったりはしないよ」健吾は手を伸ばし、綾の顔をそっと包み込んだ。その眼差しは深かった。「綾、今この瞬間を大事にして、自分がいちばん望む選択をすればいい」綾はあの日、車がブレーキを失って迫ってきた瞬間の恐怖を思い出した。死ぬかもしれないと思ったとき、健吾と真っ当に向き合わず、家族の時間を大切にしなかったことを深く悔いたのだ。自分が抱えていた健吾へのわだかまりは、まだ起こりもしない未来への不安に過ぎなかった。また離れ離れになること。また自分が切り捨てられることへの恐怖だった。今、目の前の健吾を見て、その不安が少しずつ解けていくのを感じた。昔の自分ではない。目の前にいる健吾も、かつてのような不安定な人ではない。お互いに、より強くな
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第748話

達也が綾たちを手術室の外まで案内すると、冬馬はすでに到着していた。綾は冬馬に挨拶を済ませると、達也に声を潜めて聞いた。「湊は元気にしてる?」「精神科の診察を続けていて、週に一度はカウンセリングも受けている。以前よりずっと落ち着いているよ」「達也さん、湊のケアをありがとう」達也は自嘲気味に笑った。「湊が今日のような状況に至ったのは、俺にも大きな責任がある」綾は思いを巡らせ、静かに言った。「これからは前を見ていこう。きっと良くなるはず」良くなるはず。そう口にはしたけれど、それは自分自身への励ましでもあった。健吾は歩み寄り、綾の手を握って座って待つよう促した。その直後、マーガレットが壮真と瑞希を連れてやってきた。二人の子供はすぐに綾が腕にギプスをしていることに気づき、取り囲んで何があったのかと問いかけた。健吾は屈みこんで二人を抱きしめ、優しく言い聞かせた。「ママがちょっとした怪我をしたんだ。腕に触れないようにしてあげてね」瑞希は目を大きく見開き、幼い声で言った。「ママ、痛いの?」綾は優しく微笑んで、瑞希の頭を撫でた。「痛くないよ。もうすぐ良くなるからね」壮真は唇を噛みしめ、大人びた様子で真剣に誓った。「いい子にしてる。ママを困らせないよ」冬馬は背中を丸めて座っていたが、子供たちの様子を見ると目元に慈しみが溢れ、沈んだ表情にようやく穏やかな笑みが浮かんだ。綾は瑞希に向かって言った。「ひいおじいちゃんがご病気で、おじいちゃんも心配してるの。おじいちゃんを慰めてあげられる?」瑞希はよく分からないながらも頷き、健吾の膝から滑り降りて、冬馬の懐に飛び込んだ。冬馬は瑞希を抱き上げ、自分の膝の上に乗せた。瑞希は見上げて冬馬の頬にキスをし、甘えた声で言った。「おじいちゃん、私がずっとここにいるからね。怖がらないで」冬馬は笑みをこぼした。「瑞希ちゃんがいてくれるなら、もう怖くないよ」瑞希は両手で口元を覆い、目を細めてクスクス笑い出した。この愛らしい子供の言葉に、手術室の外の張り詰めていた空気は一気に和らいだ。冬馬は瑞希の姿に微笑んだ。「二人の可愛い孫がいるなら、きっとひいおじいちゃんも持ちこたえてくれるよ」壮真と瑞希も一緒に笑い出した。二人は「持ちこたえる」という言葉の意味は分からないが、大人の顔に
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第749話

廊下は静まり返っており、健吾が一人、ベンチで頭を抱え、こわばった背筋をして座っていた。綾は隣に腰を下ろし、小声で尋ねた。「おじいさんの容態は、そんなに深刻なの?」健吾はゆっくりと顔を上げた。充血した目で、力なく答える。「医者は覚悟しておけと言っている。高齢だから、峠を越えるのは難しいそうだ」綾は胸が締め付けられるような思いだった。気丈に振る舞おうとする健吾の横顔を見ているだけで、痛々しくて胸が張り裂けそうだった。自分自身の事故に加え、彰人の危篤。過酷な運命が、すべて健吾の肩に重くのしかかっている。少し考えて、綾は提案した。「私も、ここに転院しようか」健吾は反対しなかった。ここにいれば、彼自身も綾の面倒を見やすい。「手続きに付き合うから、一緒に車に乗って」「健吾こそ、ここに残って。何かあったら困るでしょ。病院まではタクシーで行くから」健吾の肩をポンと叩くと、綾はもともと手術をした病院へタクシーで向かった。転院の手続きをしようとしたが、「腕は問題ないから、直接退院していいです」と主治医に言われ、手間を省くことができた。綾が黒崎病院に戻ると、健吾はまださっきの場所に座り込んでいた。その姿勢も、先ほどからほとんど変わっていない。綾は隣に腰かけ、伝えた。「腕はもう大丈夫だから、退院してもいいみたい」健吾は時計を見てから言った。「綾も青木家へ行って。使用人も多いし、療養には適しているだろうから」綾は首を振った。「やだ。ここに残って、一緒にいてあげたい」健吾は静かに2秒ほど綾を見つめ、溜息混じりに答えた。「分かった。じゃあここで見ていて。俺は何か買ってくる」「もう山下さんにお願いしてあるの。お昼はもうすぐ届くはずだから大丈夫よ」そう言うと、綾は健吾の肩に頭をそっと預けた。触れた瞬間、健吾の体がわずかに強張るのが分かった。それでもすぐに力が抜け、呼吸も少しずつ穏やかになっていく。どんな言葉をかければいいのか、綾には分からなかった。この状況下では、どんな励ましも空虚な響きにしか聞こえない。昼食後、綾が促すと健吾はようやく病院の付き添い用のベッドに体を横たえた。目を閉じてはいるものの、眉間に皺が寄り、薄い唇を強く結んだままだ。深い眠りの中でさえ、心の休まることはないようだ。綾は隣の椅子に座り、じっと
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第750話

健吾が目を覚ますと、窓の外はもう薄暗く、夕暮れ時になっていた。綾は病室の脇で、スマホで連絡を確認していた。健吾が目を覚ましたのに気づき、笑顔で聞いた。「お腹すいた?」健吾はベッドに手をついて起き上がり、首を横に振った。「ずっとそこにいたのか?」綾はスマホを見せながら答えた。「仕事の連絡を少し片づけてたの。顔を洗ってきて、外で食事しよう」「ああ」健吾は短く返事をした。声にはまだ寝起きの余韻が残っていた。彼が洗面所に行き、冷たい水で顔を洗うと、水滴が顎からこぼれ、ようやく意識がはっきりとしてきた。病院の向かいは飲食店が立ち並んでおり、綾はハンバーグ店を選んだ。以前にも来たことがあり、ここのハンバーグは手作りで美味しく、店内も清潔だった。この時間はまだそれほど混んでおらず、空いている席に座った。隣の席には親子連れが座っていた。どうやら学校帰りらしく、ピンク色のキッズ携帯が入った小さなバッグが隣の椅子に置かれていた。父親はメニューを眺めながら、母親と女の子に何が食べたいか優しく尋ねていた。「チーズ入りのハンバーグがいい」と女の子は言い、母親は「和風ソースのハンバーグ」、父親は自分用に「デラックスハンバーグ」を頼んだ。注文を済ませると、女の子は学校での出来事を嬉しそうに話し始めた。「ママ、今日クラスで男の子二人がケンカして、先生に廊下に立たされてたんだよ。それに、給食でこぼしちゃったお友達がいたの。ねえママ、明日から担任の先生がお休みなんだよ。もうすぐ赤ちゃんが生まれるんだって」「……」女の子は小さなコアラみたいに母親に甘えて、次から次へとおしゃべりが止まらない。両親はニコニコとそれを聞きながら、時折返事をしていて、とても愛情にあふれていた。綾も微笑ましく耳を傾けた。子供には子供なりの、世界を揺るがすような悩みがあるものだ。宿題が多くて大変だとか、おもちゃを先生に没収されちゃったとか、給食は残さず食べなきゃいけないとか……綾は自然と、壮真と瑞希のことを思い浮かべた。来年は幼稚園に入る。二人もあんなふうに、毎日おしゃべりしてくれるだろうか?店員がハンバーグを運んできて、健吾は小声で言った。「ほかの人の話に夢中になりすぎてないで、冷めないうちに食べな」綾は笑って口元を引き結んだ。「いつ
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