綾は足を止め、振り返った。「何?」弘幸は周囲を窺った。廊下にはまだ、ちらほらと他の生徒がいた。彼は綾の袖を掴むと、人気のない方へ引っ張り、声を潜めて言った。「話したいことがあるんだ」綾は袖を引き抜き、彼が話し出すのを待った。弘幸は耳まで赤くして、たどたどしく切り出した。「綾ちゃん、俺……お前が好きなんだ。グラウンドでパス回しをした日から、ずっと。俺と付き合ってくれないか?」予想外の言葉に、綾は呆気にとられた。彼らの関係からしてそんなことは全く考えていなかったから。すこし黙った後、綾はゆっくりと首を横に振った。「その気持ちは嬉しいけれど、ごめんなさい」「どうして?」弘幸の声は張り詰めていた。「昨日のことが原因か?高木を気にしているなら、二度とそんなことがないように俺が守るから」「そういうことじゃないの」綾は努めて冷静に言葉を継いだ。「今はただ、勉強に集中したいだけ。うちはそういうのが厳しくて、家族は私のことを何より気にしているから。それに、あなたのことはただの友だちとしか見ていないの」すると、弘幸の表情が曇り、声のトーンが急激に下がった。「青木のせいか?」綾が答えるより早く、階段の方から人影が現れた。健吾は二人の隣で足を止め、困り果てた綾の顔を見つめた。「帰らないのか?」綾はすぐさまその言葉に乗っかって言った。「帰る!」そして、弘幸の方を向いて微笑んだ。「それじゃ、また明日」一方、弘幸は顔を歪ませ、綾の手首を乱暴に掴んだ。振り向くと、弘幸は血走った目でまた問い詰めてきた。「綾ちゃん、お前、やっぱり青木が好きなんじゃないのか?」健吾の前でそんなことを言われては、綾にやましい気持ちがなくても居た堪れなかった。弘幸の手を振り払い、綾は毅然と言い放った。「今は進学のことだけで精一杯なの。他のことは何も考えていないし、これから先もそうよ」少し離れた場所からその一部始終を見ていた健吾が促した。「行こう」「うん」綾は健吾の背中を追い、学校を後にした。校門にはマイバッハが止まっており、健吾は車に乗り込んだ。綾はその場に立ち、彼に手を振った。だが、マイバッハの窓が下がり、健吾が彼女を見つめて言った。「早く乗れ」そう言われ、綾はきょとんとした。「え?これから、親戚間の集まりじゃ
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