綾は車のドアを開けて降りると、一度も振り返らず、まっすぐ学校の中へ歩いていった。門柱の前を通り過ぎたとき、視界の隅に肩を落として立ち尽くす健吾の姿が映った。何か深く考え込んでいるようだった。彼女は小さく声をかけた。「青木くん、授業に行くよ」健吾は我に返り、口元をほころばせて彼女の後に続いた。「湊さんは何て言ってた?」「病院で看病してくれたことを知って、すごく怒ってた」あの病院が湊の友人の病院だったことを忘れていたなんて。綾は自分の不注意を悔やんだ。でも、湊には遅かれ早かれ知られることだった。自分から言い出せずにいたし、これで良かったのかもしれない。健吾の瞳に不安の色がよぎった。「俺から離れろって言われた?」綾はうなずいた。「ルームシェアのことも話したら、余計に激怒させちゃった」健吾は静かに聞いていたが、どこか上の空だった。午前中の授業が終わり、学食へ向かう道中で、彼はようやく口を開いた。「俺から離れて、マンションを出ていくのか?」綾は驚いて、彼を見上げた。空はどんよりと曇り、日差しはなかった。それでも健吾の姿は眩しかった。「もし誰かに、私から離れろって言われたら、あなたは言うことを聞くの?」健吾は低く笑った。「まさか。この世に俺の考えを左右できる奴なんていないよ」綾は微笑んだ。「私だって同じだよ」健吾はその言葉を理解し、瞳の奥にあった曇りが消え去った。厚い雲の切れ間から光が差し込み、彼の瞳が生き生きと輝いた。綾を見くびっていたし、彼女の心にある自分の存在も見くびっていたのだ。綾は背中で手を組み、健吾の前に立つと、彼に向き合ったまま後ろ向きに歩いた。その目は輝いていた。「これからも住み続けるからね。家賃を値上げしちゃダメだよ」「足元に気をつけて」健吾は彼女の腕を掴み、自分の手元に引き寄せた。「安心して、絶対に値上げはしない。でも、湊さんはどう説得するつもりなんだ?」綾は口元を歪めて困った顔をした。それは大きな問題で、まだ良い案が浮かんでいなかった。「今夜はとりあえず家に帰って、湊を宥めようと思って」健吾は考え込むように言った。「また戻ってくるよな?」綾はきっぱりと答えた。「もちろん!一晩泊まるだけだよ。毎日家から通うのは大変だし」健吾はうなずいたが、胸に
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