書斎の窓を細く開けると、夜風が静かに流れ込んできた。 レースのカーテンがゆるやかに揺れ、どこか懐かしい夏の匂いを運んでくる。 ろうそくの灯がわずかに揺れて、机の影を柔らかく歪ませた。光と闇がまざりあうその空間に、沈黙が満ちている。 向かいのソファに座るノワールは、静かにカローラを見つめていた。 仮面は外されており、淡い蝋燭の明かりに照らされた横顔は、まるで氷で彫られた彫像のように冷ややかで、どこか現実離れしている。 ――それでも、それが今では日常になっていた。 背後にある気配。振り向けば必ずいる視線。 そんな彼の『在り方』が、カローラの日常に溶け込んで久しい。 けれど、今夜だけは違った。 これまで心の奥底に沈め、決して触れないようにしていた想いが、どうしても言葉として溢れてきそうで――逃げられなかった。 ずっと、言わなければならないと思っていた。 胸の内に、ひたひたと沈殿していたあの後悔の一言を。 声にすれば、何かが壊れてしまうかもしれないと分かっていても、それでも、今しかないと感じていた。「……ノワール。あのときのこと……その……婚約破棄の件、私……」 息を吸うたび、喉の奥が痛んだ。 言葉は指先からすり抜けるように心許なく、それでも震える声をなんとか紡ぐ。「本当に……謝りたくて。あなたに、ひどいことをしてしまったと……ずっと、思ってたの」 語尾がかすれ、沈黙が落ちた瞬間――言い終わるより早く、彼の右手が静かに上がった。 音もなく、風すら生まれぬ仕草。 けれど、そのたった一つの動きが、空間に張りつめた『線』を引く。 制止の意を含んだ指先は、どこまでも穏やかで、どこまでも冷たかった。 その手は拒絶ではなく、静かな断絶を示している。 まるで、そこから先には踏み込んではいけない、とでも言うように。
ปรับปรุงล่าสุด : 2026-02-03 อ่านเพิ่มเติม